「やぁ、おはよう六原くん」
「……どうも」
「では行こうか」
『
その理由は会社案内、なんてものではなく、『万魔の集い』構成員に必要な物を渡すため、らしい。
ビルに入り、出迎えたのはティアマト、俺は素っ気ない返事を返して、ティアマトの背中を追って中へと入る。
ついて行く先にはエレベータの扉が開いた状態で待機していた、ギャルもそこにいた、エレベータに乗り込むとしばらく無言の時間が続き暇が出来る、すると、ティアマトが語りかけてきた、語ると言うより現状把握の意味合いが強い言葉選びだった。
「たった今、近くで早乙女童子が確認された、部下が対応に向かっている」
「そう……ですか」
「死ぬかもしれないな、など、言ってみたりしたが、かなり激しく動揺するのだな、縁を切った相手なのに」
「……見た目の割に愉快犯ですよね、アンタ」
「よく言われる」
最悪の空気の中でまた沈黙の時間が訪れた、このままでは俺が先にギブアップしそうだと、話題を切り替えるために何かを探して、ギャルを見る、エレベータの操作パネルの前で断つ彼女の後ろ姿を見て、ギャルの名前を知らない事に気が付いた、お互い自己紹介も何もしてない。
俺を机越しに蹴り飛ばした張本人で『万魔の集い』もいう組織の構成員だから、変に距離を縮めなくても良いんだが、名前も知らないのは気持ちが悪い、教えてくれたりするのだろうか。
「あの、そう言えば貴女の名前は?」
「そーいえばだね」
「っ、六は──」
ティアマトが何か言う前にギャルが割り込み、笑顔を浮かべて名を名乗る。
「間藤ティナでーす! よろしくね!」
「知ってると思いますけど一応、六原綾人です」
同時に手を差し出したので俺の方も名乗りつつ握手を交す、ティアマトは何か言いたげだが、それ以上のことはしなかった。
エレベータが止まる、いつの間にか到着したようだ、操作パネルに地下100階と表記されているのは、故障じゃなさそうだ。
エレベータの扉が開くとその先から真っ白な廊下が続き、両脇には扉が向かい合わせにいくつも並ぶ、廊下の最奥には貴族の館にでもありそうな一際目立つ扉が見えた。
ティアマトは無言で動き出す、俺もそれに従う、間藤ティナはエレベータの中から俺へと手を振り応援を送っている、俺とティアマトがエレベータから完全に降りると扉が閉まり上へ登っていく。
「ここは?」
「『仮面の母』、私の被るこの仮面を作った者のアトリエだよ」
「アトリエ……なぜここに連れてきたんですか」
「君にも必要だからだよ」
最奥に辿り着く、そこにあった扉は遠くからでもわかるほど豪華な金の装飾を施されている、植物の蔦のような触手のようなものが人の頭から生えているようなデザイン、メデューサをモチーフしていると思った。
ティアマトがその扉を何度か叩き、反応を待つ、何も返ってこなかった、露骨に気分を損ねたと舌打ちすると扉がすぐに開く。
扉を開いて勢いよく飛び出してきたのは床を舐めるほどの長い金髪と病的な白さの肌の女性、フェイスベールによって目から下を隠してはいるが間違いなく美人と言える。
顔はいいとして、その姿に俺は思わず目を逸らす、素肌に白衣を纏っているのか色々と見えてしまい、髪がカーテンとなって見えてはいけない所はかろうじて、たまに見えてないか? 『仮面の母』と言うはこの人だろうか、母と言うよりはだらしない独身女性だが。
ティアマトは慣れているのか、それを見て眉一つ動かさないように見える、仮面の下で鼻を伸ばしてるようなことはないだろう、ティアマトの怒気をはらんだ声が女性へ向けて解き放たれた。
「遅い」
「何よティアマト、ふぁ……寝てたのに……新人クンの仮面の調整に手間取って徹夜でね…………あ! この子が新人クン?」
「お前、なんて格好をしてるんだ、今すぐ服を着てこい」
「いーじゃない、問題あるぅ? あ、新人クンも肩の力抜いてね」
動くと見える、動く見えるから動かないでくれ、揺れるな左右に体を揺らすな何がぷるんぷるんだふざけるな青少年の何かがヤバい。
念じたら聞こえないか、ティアマトみたいに、彼女には届かないが、ティアマトには届いた。
「はぁ……おい、いい加減しろ」
「きゃは、怒られちった」
「分かったならさっさと着替えてこい」
ティアマトの深い、深いため息が聞こえてる、手綱を握るのも大変らしい、少し同情したくなった。
仮面越しにティアマトが俺へ視線を送ると疲れたような目が見えた、達観すら感じる、いつもこうだと言っているようだった。
しばらく、と言っても五分程度、また扉が開き彼女が現れた。今度は白衣の中に肌着を着ている、それでも下着の類は身につけてないようだが……これ以上は話が進まなくなりそうだ、見ないことにした。
「あれは出来たのか」
「バッチリ! 今世紀最高の出来かも」
「ほう、期待できそうだ、だが──」
「えーと、それなら──」
ティアマトと彼女の間でやり取りが終わるまで、俺は視線を下げて物思いにふける。
『
ティアマトから聞かされている俗に言えば運営方針と呼ばれる考え、『
個の大小、優劣、貴賤、それを無くし、仮面の元に平等となる、それだけ聞けば良い組織と思いそうになるが、やっていることは自分、唯一、特別を捨てる事に他ならない。
だが、俺としては、共感をしない訳でもない、何かに成れなかった特別じゃない者、俺含め、居ても居なくとも変わらない人間にはこの組織は魅力的に見えてくる。
何もない自分が大きな特別な物の一部になる。
そうすれば自分も特別になった気分になる、優しく騙されていると知っていても、自分も騙され続ける。
奴なら否定するだろう、こんな考え、でも俺は否定しきれなかった、それが俺と奴の差、まあ、今は隣には立てない、正面、あるいは後ろから観るためにここにいる、都合がよいと思っておく。
沈み込んだ思考は更に深きに行こうとして、目の前に晒された掌で一旦途切れた、ティアマトの手だった。
「六原くん」
「……はい?」
「どうやら君の友人とその仲間たちは、私の部下と遊んでいるようだ、仮面を付けたら挨拶にでも行こうか」
それは……つまり……奴と顔を合わせるということか、いきなりだな……俺はまだ心の準備が……なんて言葉を掛ければ……それに仲間、新しい友人もそこにいるだろう、俺よりも……俺よりも気心の知れた仲になっているとしたら……直視すると辛いな、縁を切ったつもりでも、結局は見続けている。
だが、忘れてはいけないのは『親友になったきっかけ』だ、お互いにあるはずの親友になったきっかけ、少なくとも俺にはあったはずなのに思い出せない、そこだけない。
一番いいのは俺が忘れているだけだって奴が言ってくれる事だ、そうだろう、人より記憶力が良いんだ必ず言ってくれる、そしてその日のことを二人で思い出話でもして、俺は何もかも謝って、この組織を抜けて奴の側に寝返ろう。
「分かりました」
ティアマトも察しているだろう、だが、だからどうした、と毅然としていればいい、そもそも所属だけだ、仲間とは思ってもいない。
そのティアマトの横で手をワキワキと動かして何かを我慢出来ない彼女は一人で盛り上がっている。
「ティアマト〜、そろそろ始めよー!」
「そうだな」
「よろしくお願いします」
「さぁさ、入って入って」
彼女に半ば強引に背中を押されて彼女が、出てきた扉に押し込まれていく、その後ろをティアマトがついてくる形だ。
部屋の中は暗く、所狭しとパソコンや実験器具のような機材が置かれている、そのなかであえて照明が強く当てられている場所がある、スポットライトに照らされた大きな黒い板、切ったような形が上から下まで羅列している。
黒い板の幅は両腕を広げて余りあり、高さは手を伸ばしても上に届かない、板と言うより壁と言えそうだ。
「気になる? 気になるよねぇ? アレは『天命の書』の1ページだよ」
「『天命の書』……アレで1ページ?」
「なんせ古い時代から見て古いものだからねぇ、当時のデータ圧縮率なんて知れてるよねー」
データ圧縮率、か、古いモノを見てその感想は流石に出てこないな俺では。
俺がそんなことを考えているうちにテキパキと彼女が動きあちこちの装置のスイッチを押したり値を操作して、機器を稼働させる、まるで映画のワンシーンのような、闇に浮かび上がる数列、デジタルな光。
最後に彼女は両手に収まるほどのケースを持ってきた、ケース内よ赤のクッションの上に置かれているモノは、まっさらな仮面、目も口もないすべて覆い隠す、まさにマスク。
「さぁどうぞ、手にとってあの『天命の書』の前に立ってね」
「そうするとどうなるんですか」
「『天命の書』が貴方に合わせて仮面に力を与えてくれるのさ〜! 正確には、君を丸ごと読み取って仮面に適正な力を注入するだけ、簡単!」
「周りの機械は?」
「雰囲気作りが一つ、後は不慮の事故の観測用かなー、『天命の書』自体が解析不能のオーパーツだから想定外の事態に備えてね、まぁ起きませんよ! 私がやってますからね!」
奴に会う前に俺がどうにかなっちゃそうだ……よ、よし、男は度胸と妥協、やってダメならそれまでだ。
俺は仮面を受け取り、それを持ったまま『天命の書』の前へと立った、その時点で反応はない、彼女を見ると仮面をかぶるようにジェスチャーをしていたので従う。
仮面が目を覆い、鼻を閉じ、顎まで隠すと、吸い付くように張り付き、しかし呼吸は一切遮らないという不可思議な状態に変化する。
驚きと焦りが同時に襲いかかってくる、仮面を剥がそうと手に力を込めるがまるで俺の顔の一部になった仮面は、生皮を剥がすような痛みでそれを咎める。
「……っ!」
痛みから反射的に手を離すと、仮面はポロリと顔から落ちていく、アレは一体何だったのか、『天命の書』はこれと言って変化しておらず、俺はもっと分かりやすい変化が起きているモノと想定していたが。
なら落ちた仮面にはどうだろうか、拾い上げその表を見る。
「……ふぅん?」
「ほぉ」
どちらも俺の声ではない、俺よりも先に感嘆の声を上げるティアマトと彼女は影響が少なかったと思う。
手のなかに引力を感じる、そこにまるで月があるかのように。
まっさらな仮面だったものはその形すら変えていた、この形はベネチアンマスク、仮面舞踏会で使われているような目元だけ覆うタイプのマスク、以前なにかで見た記憶がある、色は白、純白とも呼べるほどの眩しい白。
それが、右目部分だけが三日月のように上へ伸び、きらびやかな宝石によって彩られている、まるで仮面自体に自我があり、自ら飾り立てているような仮面そのものもが引き立つようなデザインだ。
研究者のような好奇心に満ちた目で彼女が俺の仮面をマジマジとみる、よく見、よく触れ、それを手に取ろうとする。
「ほいほいちょっと貸してみな〜……ってあれ?」
「離れません……ね?」
俺が意地悪しているわけでなく、差し出すように手を開けた状態でも仮面がくっついたように手から離れない、俺が触るとそれは起きない。
「やはり特別だったな、六原くん」
「…………と言うと?」
「はは、まずはそのニヤけている顔を収めるんだね」
つい特別という言葉で頬が緩んでしまう、引き締めて、ティアマトの言葉の続きを催促した。
「仮面が、君の一部になったんだ、手足同様にね、まさに完全適合、選ばれし者だ」
「後半は置いといて、仮面が俺の一部に?」
「そんな、ありえないよティアマト、こんな簡単に仮面との繋がりが出来るわけがないじゃない、力の源となった存在ならいざ知らず、新人クンはただの人だよ? 何処からどう見ても一般人Aだよ?」
「だけど現に起きているではないか、研究者なら今を認めて今後原因を明かすことにしたらどうかな」
「うぐぅ……新人クン、私はラハムって言うんだけど、今度から定期的にここに来て研究させておくれよ……今、プライドがズタボロだけどね……しくしく……予想外が悔しーよー……ティアマトのクソヤロー……」
傷心の彼女もといラハムは壁際にあったソファに寝転びふて寝しだしたと思えば寝息がもう聞こえてくる、それで良いのか、ティアマトは何も言わずに部屋から出ようとしたので、俺はひと言「失礼しました」と言ってから出る。
部屋の外、真っ白な廊下ではティアマトが自分の仮面を触りながら、口角を上げていた、笑いすぎなほどだ。
「いやはや仮面にこうも適合するとは、ラハムは言わなかったが、アレは死者が出るような行いなのだよ」
「……は?」
「だからこそ君は特別だよ、予想外だ、我々の切り札として期待したくなる…………さて、そろそろ君の友人にも仮面を見せてやろうじゃないか、なぁ?」
そうだったな、奴に会いに行くんだ。
……ティアマトの言葉に乗せられてここに居たいと思い始めて来たが、それは流石に流され過ぎだ、俺はこんな悪の組織で生きていけるほど人間を捨ててない。
俺がここにいて、仮面を手にしたのは、早乙女童子に聞きたいことがあるからだ、こうでもしないと俺はいつまでも逃げてしまうのが自分でわかる、正直支離滅裂で意味不明な道程だ、元親友と話すくらい敵対組織に所属しなくていいだろうさ、でもだ、だからこそ奴に近づいているような気がするんだ、普通ならやらないことをやる、特別であることが大事なんだ。