空が赤く染まり、もう少しすれば月が空を照らす頃合いに、人が居ない田舎町をのんびり歩くスーツに仮面を合わせた怪しい人物たちがいた。俺とティアマトだ。
片や楽しげで、片や落ち着きがない、ティアマトと俺は並んで歩くが、その歩調はバラバラだ。
先をゆくティアマト、追いかけるように俺が歩く、近づいては離れ、近づいては離れて、それが気に入らないのかティアマトが後ろを見ずに俺を捉え、歩く速さを緩めて横並びになって歩く。
「堂々としたまえよ、これから友人に新しい姿を見せるのだからな」
「とは言え、仮面にスーツ、気恥ずかしいと思うが」
「『万魔の集い』の装いだ、仮にも一員だから相応しい姿をしてもらわねば」
着慣れない高級スーツに着け慣れない月のようなベネチアンマスク、他者が見れば変態か変人か、といったところか。
奴に会うにしてもこんな格好で果たして俺とわかってくれるか不安だが、呼びかければ分かるだろうか、気質的に目立つのは苦手だ、事前に奴に仲間がいると聞いているから余計に。
そもそも、戦いになっている所へ乱入する形だ、流れ弾で死なないだろうか。
「案ずることはない、君は仮面によって力を得た、完全適合だ、問題ないだろう」
「心を読む事について言及はしませんが、仮面と完全適合した事の何がメリットなんですか?」
「一つは身体能力の向上、今の君は指先一つで暴走トラックを止め、蹴り一つでトラックを真っ二つだ、二つ目に新たな能力の獲得だ、それが何かは君だけが分かるものだよ」
「トラックに何の恨みが……」
「実は私、トラックで跳ねられて死にかけてね、その折にラハムに助けられて今がある」
ティアマトの竜を模した仮面が震える、その時の痛みを思い出して、怖いのか怒ったのか、死にかけた者しか分からない判別できない感情が渦巻いている。
ティアマトは唐突に足を止めた、遅れて俺も足を止める、ティアマトの仮面越しに伝わる強い視線がとある方角に向けられた。その方向にトラックでもいたのかと俺は探したが見つからず、必然的にその他のモノに注目しているだろうと思った。
「うーむ、不味い、負けそうだ」
「アンタの部下か?」
「遠慮がなくなってきたな君…………ああ、私の部下の一人であるギルガメシュと言う者だ、早乙女童子たちを抑え込むよう言ってあるが一人では難しいと通信をよこした、能力に対応されたらしい」
「……奴らしい、で、それを抑える英雄王も凄い」
「厄介なことにそれについては同じ意見だ、何度も辛酸を舐めさせられて来たからな、あとギルガメシュはコードネームだ、本人はその弄りを嫌っているから気を付けろ。いずれ君にもコードネームを与えるつもりだからその弄りは返ってくるぞ」
なるほど、コードネーム、ティアマトもコードネームか、まぁそうだろうな、本名だと言われたら正気を疑う、で俺にもか、本名よりは……いいか。
それとティアマトが実力を期待するそのギルガメシュ、名前から来る強そう感は異常だ、この目で見たい。
「予定変更だ、直接乗り込もうか」
「何処に、どうやって?」
「戦場に、転移能力でね、私は転移能力を持つ、ある程度の力を持つ仮面には自然と宿る能力だ、その内六原くんにも目覚めるだろう」
「初めからそれ使えば楽だったのでは?」
「状況が詳細に分からない以上直接転移は危険だ、それと近場に転移も無理だ、同じく仮面を持つ者をビーコンにしているからな」
なるほど便利な反面考えることも多いか、中々上手く出来た力だな。
ティアマトが俺に手を翳す、何かされると考えた瞬間には行動が終わっていた、体が考えるより早く、それでいて軽く、反射的に動いたのだ、ティアマトはそれを見て笑い、俺は怪しんだ。
「ただの反射テストだ、どうかな、思った数百倍の速さが出ていたと思うが」
「確かに……今までよりずっと体が軽く動いた」
「なら、君だけ先に送っても問題ないかな?」
「あ、おい──」
瞬間、翳された手は発光して俺の視界を覆い尽くし、目を閉じて光に背を向ける、ガクンと膝が支えを無くしたように力が抜け、実際は地面が無くなって俺は空中に投げ出されていた。
「──待てっ…………は?」
◆
いつか見た逆さの空と街並み、それが今度は俺が街へと落ちていく、上空1000メートルからの急降下、高まった身体能力を先ほど自覚したおかげか落ちる恐怖は幾分マシだが、だからこそ真下で戦っている一人と4人たちが落ちるよりも恐ろしく見えた。
身体能力の向上は何も筋力だけの話だけでなく、五感もまたその一つ、視力が上がったお陰で地上で今なにが起きているのかハッキリと分かる、分かるから怖い、なんだあの戦闘は、痛そうすぎるだろ。
一人を取り囲む4人、一人はおそらくギルガメシュと呼ばれたモノ、4人は早乙女童子とその仲間たち、内訳は早乙女童子、体の大きい男、背の低い女、姿を隠したローブの人間。
ギルガメシュが鈍色の鎖を振り回し、蛇のように生きた動きで操る、早乙女童子たちはそれをいなし、体の大きな男が掴み取り固定する、その隙に背の低い女は身軽な動きで鎖の上を伝ってギルガメシュに短剣を振りかざす、首の動きで避けたギルガメシュが鎖を手から離して背の低い女の腕を取って投げ飛ばし、空間を引っ掻くように指を立て腕を振ると鎖がそこから飛び出してきた背の低い女に巻き付く。
時間にして10秒とない一瞬の攻防、更に畳み掛けるのは早乙女童子、背の低い女に巻き付いた鎖を赤熱化する剣で溶断し、返す刃で熱波を起こす、飛び上がり避けようとするギルガメシュが急にその場に沈み込む、ローブの人間が手を突きだしていた。
瓦礫を巻き添えにしながら吹っ飛ぶギルガメシュ、榴弾砲の着弾と言えるような衝撃と共に壁へと撃ち付けられたにも関わらず気絶寸前で止まっていた。
しかし鎖はいつの間にか消え、ギルガメシュは壁を背もたれに上を、というかこちらを見た。
『よう、新入り、派手な登場を決めてやれ』
口パクでそう言われたような気がする、あくまで予想だ、けど確信めいたモノがあった、これも仮面による能力向上なのか。
「死にはしないだろうが……痛そうだなぁ……」
着地は足からになるようにしたが、空中での姿勢制御なんて習ってないので思うように行かない。諦めて落ちる。
──ダァァァン!
高度1000メートルからの自由落下は地面を叩き割るような衝撃と噴煙を巻き上げ、小規模なクレーターを作り上げる。
落ちる直前ではギルガメシュと早乙女童子たちの間に落ちたと思ったが、舞い上がった煙が落ち着くとクリアになった視野に飛び込んでくるのは……切っ先まで赤熱化した剣。
「っ!」
思わず刀身を掴み取るが、ライターで炙られるような痛みと、爪楊枝で皮膚を突かれたような痛みが生じて、手の力が緩む、慌てて反対の手で柄を掴んで落とさないように持ち直した、高そうな物だからつい……という奴だ。
自分でも驚くほどの反射的な行動は投げつけてきた奴、早乙女童子にとっても驚くべき行動だったようで。
「な……嘘だ、僕の神器『七陽剣』を素手で受け止めた……!」
万人受けする奴の顔がコミックみたいに大げさに変化して驚いている、見ている俺の方がびっくりするくらいに。昔からわかりやすい奴だったな、そこが良いんだ、裏表もないありのままの感情ってのはどっちにしろ人を動かす。
驚き返しと言うわけではないが、剣を肩に担ぎ、奴の名を俺は呼ぶ。
「……それなりに痛いんだが、刺さったら危ないだろ、童──」
「シイッ!」
名を呼びかけた所で背の低い女の短剣が俺の首筋を撫でていく、孫の手で強く掻くくらいの痛みを感じてやっと背後に気配を感じて、その気配を追いかけていくと既に童子の隣に立っていた。
「はぁ! 硬った!? 何よアイツ! ダサい仮面付けてるクセしめちゃめちゃ硬いんだけど!」
……ダサいか……いやまぁ、うん……ダサい……ダサい……女の子に言われるの辛いな……結構、うん。
何気に一番ダメージを与えた背の低い女の肩に大きな手を置いたのは体の大きい男、背の低い女と比べると2倍くらい違う、体の大きい男は豪快に笑う。
「硬さは分かったなら、次は力だ、なぁっ!」
吠えると同時に突進、俺へと大きな拳を振り下ろす、見えてる、追えてる、軌道も何となく分かる、殴られると1000メートル落ちるよりも痛そうだなぁ。
「避けるなよダサ仮面!」
チクリと言葉で突き刺した男の一撃を思わず受け止めてしまう、顔面で。
──ドンッッッ!
何かしら爆発したような迫力と音があったが、大きな拳の下では仮面も俺も無傷で存在している。
それを察したのか体の大きい男は顔を顰めて咄嗟に後ろへ飛び、童子の隣に立つ。
「……人間か、アレは……オレが赤ん坊にでもなった気分だ……」
「……マジ? おっさんの拳クソ硬えのに?」
「おっさんと言うな、同い年だろ」
「かーっ! 嘘つけ! 20くらいちげーだろ!」
「老け顔なのが認めるがそこまで言うならここで免許証を見せてやってもいいぞ」
「どうせ偽造だろ偽造!」
「あー二人とも? 今は止めような」
背の低い女と体の大きい男、恐らくいつものやり取りに移行しようとした所に童子の制止が入った、と見た。
さて、これで三人、あと一人居た筈だが、今どこに居るのだろうと探すと、童子の背後に佇んで俺を睨んでいるような気配、顔が見えないから多分と付くが。
ま、これで4人揃った、介入する前は怖かったが意外と大丈夫だったことで俺の心には余裕が生まれている、少なくも死ぬ心配がないのは嬉しい、調子にのって掛かってこいと言いたくなるところをぐっと堪えて、俺の本来の目的である早乙女童子との対話を始める。
背後でギルガメシュがもう動けるようになったのが分かるが、そこから動かず俺に任せてくれるのか、静観するようだ。
俺は肩に担いでいたもう冷めきった剣を地面へ突き刺し、杖代わりに手を置いた。
「えーと、何から話そうか……ま、最初は挨拶か、うん」
「なにブツブツ言ってんのよー?」
「いやなに、自己紹介しようかと、俺の名前は」
「『
「ええ……話くらいしようぜ、童子も言ってやれよ、そこの二人と……後ろの人はまぁいいけど、話し合いは大事だってさ」
「お前の言う通りだな……あれ……え? おい……この声って」
童子に明らかな動揺が見て取れた、俺がまさかここに、こんな姿で居るのが分からないのだろう、理由も、意味も、俺も分かんない所だよ。
「こうやって、お前の前に立つことを、心の何処かで望んでいたんだよ、童子」
「お前は……綾人……なのか……!」
俺は仮面を外し、童子によく見るようにしてやった、ああもっと驚いてくれ、今だけはお前より特別だと感じられる、悦に浸れるんだ。
「知り合いか」
「ふーん……」
「……」
俺を知らない三人は反応が薄い、驚かれても困るが。
童子は周りが見えていない様子で、必死に何かを考えている、俺はそれを止めないで見ている、奴の武器を手元に置いてるのもそうだが、今は負ける気がしない。
「綾人……なんでそこに立ってるんだ」
「そりゃ『万魔の集い』側の人間だからな」
「……それは、理由を聞いて答えてくれるか?」
「もちろん、俺は特別になりたかった、お前みたいな誰からも頼られて頼りになれて……いや、違うな、誰とも違うことができる、そんな特別に。
特別になって初めてやっとお前の横に立てる気がするんだ、それにな、一方的に縁を切った俺がどうして童子と一緒にいられるんだ、それが理由かな」
「そんな……理由で……僕は、縁を切ったなんて思ってない、今も、これからもずっと親友でいたい、だから今すぐその仮面を……取るんだ、綾人」
童子の言葉は俺に染みる、そこまで俺のことを考えてくれて、全力で思ってくれて、俺を許してくれて……だけどな、こればかりは俺が納得できるか、そうじゃないか。
それに、俺とお前の間に一つ解決しなきゃならない事があるだろ。
「童子、親友だって言うなら一つ聞きたい」
「なんだ」
「俺と童子がさ、『親友になったきっかけ』教えてくれないか?」
「そ……れは…………ま、ぁ、いいじゃないか、別に、そんな些細なこと気にしなくても」
「そうか……おかしいんだよな、俺、お前とずっと仲がいいと思ってんだが……どうしてここまで仲良くなれたのか、分かんないんだ、それも指摘されるまで気にしなかったレベルの自然さで、忘れさせられてるような……わかるか?」
言い出すと止まらない、止められない、俺の不審感は言葉となって吹き出してくる。
「こんな人外魔境があると知ってさ、人の記憶の一つや二つどうにかなるんだろうなって、確信がある……だから教えてくれないか、俺とお前の間にあるもの、縁切った上に親友面したくないが……この不審感の正体に、心当たりはないか?」
どう出るか、童子。
「ぼ、くは……覚え、てない……いや、違うんだ……言えない、言葉にしてしまうと……僕は君に……すまない、これだけは言えない、どんなに僕を蔑んでくれていいだけど、これを言えば……言ってしまえば……僕か君、どちらか死ぬ」
「死ぬ……か……はぁ、あー……もう、そうか……」
大の男が泣く寸前の顔で、涙を流さないように食いしばって絞り出した言葉を俺は蹴っ飛ばしてまで否定する気が起きない。
姿の分からないローブ姿の人間からの視線が強まったように感じた、咄嗟にそちらに目だけやると、怪しげな光を宿らせた目がフードの奥から見つめていた、何かしらを知る者であると言っているようなものだが。
それを知ってか知らずか早乙女童子は更に言葉を繋いでいく、覚悟を決めた顔をしていた。
「だけど、どうしても聞きたいなら僕は教えるつもりだ、君がこちら側になってくれるなら、僕は命がけで本当のことを教える」
「童──」
「お話はそろそろ終わったか」
「……ギルガメシュ、さん……、タイミング」
俺の隣にギルガメシュが立つ、腕に鎖を巻き付け、肩から袈裟懸けに鎖を垂らして引っ掛けたスタイルで登場した、現れた瞬間からピリピリとした戦いの気配と言うものが漂う。
「さっきなぁ、上役から追加で注文があってよ、新人の戦闘テストをやるように言われてな、早乙女童子たちとある程度戦ってこいってさ、やる気がねーなら、やらなくてもいいぞ、ティアマトの野郎は結構適当な奴だからな」
「……『万魔の集い』最高幹部のティアマト直々の命令……綾人、君は……」
……ふむ、場の空気がここまでシッチャカメッチャカになったなら、もう暴れて帰るくらいで丁度いいか。
と言うか今すぐ帰りたい、童子の側に付きたいのに行かせる気ないだろうしなぁティアマト。
ギルガメシュの鎖には俺では勝ち目がない、と気配だけで圧倒される、ギルガメシュの本気はさっきの戦いでは発揮されて居ないのだろう、完全に俺を試すだけの場だ、ここは。
なら、今は都合いい、俺も色々と試したいことがある、あと日を改めたいのもある、言えば死ぬ秘密とか言われて簡単に聞けるわけがないだろ。
杖代わりにしていた剣を童子に投げつける、童子は咄嗟の行動だっていうのに見事に柄を取り素早く構えた。
「一試合どうかな、童子、お前が勝てば俺はそっちに行けるだろう」
「なら勝つ、どうやっても勝つ、行くぞ綾人、君をもとに戻す!」
いや、別に悪に落ちてる訳でもないんだが。