Fate/mille fiore-フェイト ミルフィオレ-【完結】 作:おるか人
この作品は、Fate/stay nightにオリジナルの敵キャラを一人登場させる原作再構成モノであり、本編には無かった展開を出来る限り追求しようという趣旨のお話です。
【注意事項】
作品の都合上、Fate/stay night及びFate/Zero本編のネタバレが多分に含まれます。それらを未プレイ・未読・未視聴の方は、非読推奨です!
【大事なコト】
本作はイリヤルートです。
イ リ ヤ ル ー ト です。大事な事なので(r
では、始まります。
Scene.01 黄昏の呼び声
………その顔を覚えている。
目に涙を溜めて、心の底から喜んでいる男の姿。
男は何かに感謝するように、ありがとう、と言った。
Fate/mille fiore -フェイト ミルフィオレ-
―――年が明けて間もない、肌寒い風が吹く日。
衛宮士郎はコートも手袋も脱ぎ捨て、木登りをしていた。
「よっ……、ほっ……!」
人一人がしがみ付いてもビクともしない立派な木の幹を、ゆっくり、ゆっくりとよじ登っていく。現在、標高四メートル。目指す目標は地上約十一メートル地点にある枝の一本。
経験の乏しいウッドクライミングは、なかなかの難易度である。と言うのも、日課のトレーニングの成果もあり、腕力は十分に足りているのだが……登り方に問題があるのか、どうにも力が無駄に逃げてしまっている気がするのだ。
「これ、……良い鍛錬にっ、なるかもな……!」
苦笑しつつ、右足を一段上の幹にかける。重心の安定を確認したら、右手により上の木肌を掴ませる。上へ、上へ。たった数メートルの距離を、たっぷり数秒かけて上昇してゆく。
「赤毛の兄ちゃん、頑張れー!」
「もうちょっと、もうちょっとー!」
その間、キャッキャと賑やかな応援が耐えることなく士郎に注がれる。声の主は、眼下四メートルの地面から遠巻きに士郎を見つめる子供たちだ。彼らはまるでヒーローショーでも観覧しているかのような様子で、そこに険悪な雰囲気は少しも見当たらない。
(良かった)
士郎は内心でホッと胸を撫で下ろした後、殊更に明るい声で声援に応じた。
「ああ、任せとけ!」
何故、士郎は木登りなどしているのか? これにはもちろん理由がある。
と言っても、別に複雑な事情ではない。夕飯の買い出しに出かけた時、野球をしていて、うっかり木の枝にボールを引っかけてしまった子供たちを見かけたのだ。
最初は、子どもたちの問題に高校生の自分が割り込むのもどうかと思った。が、子どもたちの一部が「お前の所為だ」と、ボール紛失の原因であるファールフライを打ち上げた男の子を囲み始めたのを見て、流石に黙っていられなくなった。
「どうしたんだ?」
士郎は『気の良いお兄ちゃん』といった雰囲気を演出しつつ子供たちの輪に割り込み、事情を聞き出す事に成功した。
やはり士郎が睨んだ通り、諍いの種は子どもたち同士の不仲ではなく、一つしかないボールを失くしてしまい、野球の続きができなくなった事に対する不満である。ならばこれは、ボールが返ってさえ来れば解決する話だ。
「分かった。じゃあ、俺がそのボールを取ってくるから、もう喧嘩しちゃダメだぞ」
―――斯くして、士郎は今どきの高校生に似つかわしくない行為に没頭しているのである。
しかしこの木、
「ぐ、……もう、ちょっと……!」
それでも、努力の甲斐あって登頂開始から一分弱。ついに士郎は幹から目的の枝へと手をかけようとして、
「あれっ、ひょっとして士郎? おーい、しろーっ! 何やってんのー!?」
「え? 藤ねっ―――わ、ぉおっ!?」
子どもたちの応援に混じって届いた聞き覚えのあり過ぎる声に気を取られた。迂闊にも枝を掴み損ね、その勢いで幹にかけていた足まで外れてしまう。
―――落ちる!?
「っく……!」
反射的に残った左半身に力を込め、重力に負けて落下せんとする身体を押しとどめる。幸い、優れた反射神経が功を奏し、背中や頭から地面に叩きつけられる事は無かったが……それ以上は何もできず、士郎はズルズルと今までの努力が無に帰していくのを黙って受け入れる他なかった。
どすん、と。―――意図せずして尻から地面に帰還する羽目になった士郎は、不満げな視線を元凶たる肉食獣に差し向けた。
「藤ねえ……」
「え? えっ? 何この空気? 私、何かやっちゃったかなー?」
何が何だか、という様子でオロオロと狼狽える女性―――藤ねえこと
士郎はハァ、とため息を一つだけついて、大河に事情を説明した。
「この子たちが野球してて、ボールを木に引っかけちゃったらしくてさ、揺らしても落ちてこないから、俺が取りに行ってたんだよ」
「あっ、あー……ひょっとして、邪魔しちゃった? ごめんごめん」
申し訳なさそうな顔をする大河に、士郎は何とも言えない気持ちになった。確かに直接の原因は大河だが、悪意あっての行為でない事は分かっている。もっと言えば、あの程度の事で気を逸らしてしまった自分にも、責任の一端はあるのだ。
「別に、」
「ねえ士郎」
別にいいよ、と返答しようとした士郎に、大河が台詞を被せた。
「……む。何だよ?」
「ここの家の人に、道具借りたりとかはできないの? ホラ、脚立とかー、物干し竿とかー……」
そう言って大河が指し示したのは、いかにも日本然とした平屋である。件の木はこの家の庭に生えているため、助けを乞うならば絶好のポジションと言える。が、
「ああ、俺もそれは考えたけどさ……どうも留守みたいだ」
そもそも、他人の家の敷地内に入って行動するのである。助力を乞うためでなくとも、事前に伺いを立てるのは当然のことだ。士郎はアルバイトとはいえ、既に社会を経験しており、そのあたりの礼儀はしっかりとしている少年であった。
しかし、肝心の家主は呼び鈴を何度鳴らしても反応はなし。仕方がないので、士郎は内心で家主に「お邪魔します」と頭を下げつつ、早急にボールを回収して早急に立ち去る事にしたのだ。
「さて、事情説明も終わったところでもう一度……」
「まあ待ちなさいって、士郎」
「……今度は何だよ?」
一度ならず二度までも割り込みを受け、士郎は呆れ顔である。大河は反対に、フフンと得意顔を作っている。
「士郎が落っこっちゃったのは私の所為だし、今回はお姉ちゃんが責任を取ってあげましょう!」
言うが早いか、大河は手荷物を士郎に預けると―――「どりゃあああーっ!」という叫び声と共に、士郎を打ち負かした大木へと突貫した。
「ま、待てっ、藤ねえ! 早まるな―――って、何ぃ!?」
士郎の心配は、この場に限っては全くの杞憂であった。大河は士郎があれだけ悪戦苦闘した木の幹を、まるでトカゲか何かのようにスルスルと登り詰めていく。士郎と共に大河にブーイングをしていた子供たちも、突然かつ意外すぎる展開に、目を丸々と見開いて呆然とするばかり。
僅か十秒足らず―――大河はあっという間に目的の枝へと辿り着き、特大のファールフライ以降、漫然と空に取り残されていたボールをポイと地上へ投げ落とした。
テンテン、と数バウンドの後に沈黙したボールを見て、未だに「信じられない」が張り付いた面持ちの衛宮士郎以下数名。そんな愚か者たちを、十メートル上空から見下し、嘲笑う虎が一匹。
「ふっはっはっはっは……ど~~~~~よ士郎!? 小さい頃、仲良しの友達を引きつれ、近所に生ってた柿を無断・無許可で食い荒らし、ついたあだ名が“フジ隊長”! カミナリ親父に目をつけられたわたしが、それでも柿を食らおうと欲するならば! 道具など使わず、身一つでやり遂げる他なかったのよっ! 気が付けばこの通~~~り!」
いま明かされる衝撃の真実!……というより恥実。どばーん! と、大河の背景に荒波が押し寄せている様を幻視しながら、士郎はアレが己の姉貴分……即ち身内であることを天に呪った。
ああ、周囲の子供たちが「すげー!」とか「カッコいいー!」とか目を輝かせているのが、もの凄く居たたまれない。ここにいる子供たちの親御さんに「ヘンな影響与えてスイマセン」って頭を下げて回りたい。
………………だが、しかし。
登った時と同じように、またスルスルと軽快に木から降りて来た大河と、歓声と共に大河を迎える子どもたちを見ていると……士郎も「まあ、いいか」と、自然に笑みをこぼした。
* * * * *
「ありがとーございましたー!」
「はーい。今度はファールで引っかけたりしちゃダメよー? どーせなら特大ホームランで引っかけるように! おねーちゃんとの約束よー?」
「おにーちゃんもありがとー!」
「ああ、これからは誰かがミスしても、みんな仲良くなー!」
子どもたちの感謝を背に、士郎と大河は並んで帰途につく。
「……なあ、藤ねえ」
「んー? なーに、士郎?」
「今度、木登りのコツを教えてくれよ」
「ふっふっふ~~……良いけど、フジ隊長の特訓は厳しいわよ?」
「お、おう! どんと来いだ!」
自分が助けたかったのに……という名誉欲ではない。もしも今度同じことがあった時、今日のように大河が来てくれるとは限らないと思ったからだ。そんな士郎の内面を薄々察しつつも、大河は「しょーがないわねー」とニヤニヤ笑いで応えるのであった。
黄昏時の帰り道、一組の姉弟は微笑ましい遣り取りと共に歩いてゆく。
ゆっくり、ゆっくりと。
* * * * *
―――その日、衛宮士郎は人助けをした。
それは彼にとって、特に珍しい出来事ではなかった。
だから、日々を重ねるうちに、その日の出来事を忘れてしまった。
衛宮士郎は知らなかった。
まさか、この日の出来事が―――己の運命を根本から覆す事になろうとは。
暦は一月四日。
彼が第五次聖杯戦争に巻き込まれる、およそ一ヶ月前の出来事であった。
TO BE CONTINUED・・・
【作者の一言】
本作は、藍井エイルさんの楽曲“Back To Zero”をから着想を得て執筆しております。もしもこの曲を聴ける環境にある方は、一度メロディを聴き、歌詞を読んでから本作をご覧になられますと、面白さがアップする・・・かもしれません。