Fate/mille fiore-フェイト ミルフィオレ-【完結】 作:おるか人
「―――は、っ―――ぅ――あ」
グチャグチャに掻き乱れている頭で、士郎は回想する。
大上段から振り下ろした一撃。魔術で強化されたそれは、間違いなく肩と鎖骨を砕き、千花を戦闘不能にさせるはずだった。しかし、いざ振り下ろすという段になって、突然視界が霞み、足がもつれ、握力をなくし、最後には倒れ込んでしまったのだ。倒れる寸前、千花のガンドが己の頭を打ち抜いたように見えたが、士郎は倒れ込んだ時と同じく、痛みも衝撃も感じる事はなかった。
……結局、思い出してみても分からない。何が何だか分からないうちに、士郎はいま地に伏せている。
「『わけが分からない』って顔してるね、士郎?」
得意げな声がわんわんとエコーを伴って聞こえてくる。……士郎はそれだけで、この奇怪の原因が千花にある事を理解した。
「なに、―――しやが――――た―――?」
「何を? 何をしたって? ふふっ。ダメだなあ……ちょっと鈍いよ、士郎?」
そう言いつつ千花は懐から短剣を取り出す。チンクエデア……先ほど士郎の右腕を刺し、その後強化によって砕け散ったそれと寸分違わぬものだ。
「君は
改めて自分の目の前に現れた装飾短剣。士郎は必死の思いで再び“解析”を試みる。……見た目こそ同一であるが、先ほど砕け散ったチンクエデアとは別物のようだ。どうやら数本のストックがあるらしい。
(駄目だ……分からない)
創造理念、基本骨子、構成材質、製作技術、憑依経験、蓄積年月……あらゆる面から見ても、このチンクエデアはただの装飾短剣に過ぎない。相手の動きを封じるような効果があるとは思えない。―――となれば、後に残るのは単純な結論である。
「毒が、塗って……あったのか」
「あははっ。惜しい惜しい、半分正解」
何が半分なのか、もう半分は何なのか。それらを語らないまま、千花は魔術を用いて士郎の服を焼き払った。学生服のブレザーと下に着ていたシャツの一部が消し炭に変わり、士郎の上半身が外気に晒される。
突然の奇行に士郎は「何をする気だ」と掠れた声で抗議したが、千花は答えず、そのたおやかな指先を士郎の胸板に滑らせた。
「ご褒美にプレゼントをあげる。早めに済ますから、死ぬほど痛いと思うけど……今はわたしの毒で感覚の大部分が麻痺してるから……うん、きっと大丈夫だよね」
「なに、―――――――――――っが」
刹那、士郎の感覚は“痛覚”一色に染め上げられた。
「ぁ、ぁ……ゔぁぁぁあは、がぁあああああああああアアアアアアアアアアアアアアッッ!!?」
神経一本一本をハサミで乱雑に切り取られていくような痛み。身体中が数千本の釘で刺し貫かれていくかのような痛み。皮を剥いで肉を引きずり出して骨を摘出して、それらをメチャクチャな順番でしまい直されていくかのような痛み。
とにかく、衛宮士郎が体験した事のないような、この先何十年生き続けても経験できないような感覚が、痛みという形を以って士郎を責め立てる。
千花は『感覚が麻痺しているから大丈夫』と言ったが、この痛みが毒で鈍った神経で感じているものだというのか。もしそうだとしたら、悪い冗談だ。
「ふふっ。やっぱ―――士郎は――――しと―――けあって、馴染――――なあ」
千花が何かを言っている。が、よく聞こえない。耳にはちゃんと届いているが、いまの士郎の頭には、それを処理するだけの能力がないのだ。
痛みで視界がぼやける。自分の意思とは別のところでガクガクと暴れ回る身体は、もはや自分のものではないように思えてくる。
本当はすぐにでも目を閉じて、永久に覚めない眠りに落ちてしまいたい。諦めがこの痛みから自分を解放してくれると言うのなら、喜んで全てを手放してしまいたい。
そんな士郎の精神を支えているのは、戦う前に千花が口にしたあの一言。
――― じゃあ、繰り返そう ―――
(そん、なこと……!)
千花が何を考えてあんな戯言を口にしたのかは分からない。だが、いかなる理由であろうとそんな事が許されるわけはない。あんな悲劇は二度と起こしてはならない。衛宮士郎は衛宮切嗣の後を継ぐと決めたのだ。あらゆるものを分け隔てなく救う“正義の味方”になると、あの月夜に誓ったのだ。
(そうだ。俺は、……救われたんだ。救われたんだから……義務を果たさないと。こんなところで、こんなやつに殺されてたまるもんか……!!)
もはや声を出す気力さえ奪われても、その一心で士郎は尋常ならざる痛みに耐え続ける。
死を必した上で生を掴む。魔術師としての資質の一つである“痛みを乗り越える”という一点に関してなら、士郎はどんな魔術師にも負けはしない。
* * * * *
「さて、もうすぐ…………ん?」
セイバーがアサシンに、士郎が千花に敗れて十数秒後。ふと、千花は空を仰いだ。
いつの間にか快晴だった空が毒々しい血色に染まっており、校舎の中やグラウンドで嘆きの声が微かに響いている。
「これは……“
千花もまた、凜と同じく学校に張られた結界の内容を把握していた。それどころかアサシンを斥候に使い、犯人が結界を構築する瞬間まで目撃しているので、結界の主がライダーのサーヴァントであり、マスターが間桐慎二である事も掴んでいる。
確かに敵対陣営が二組もいる今の状態で発動させるのは理に適っているが……間桐慎二の自尊心や嗜虐性を考えると、どうにも違和感が拭えない。
(こんなタイミングで発動させるなんて……間桐くんらしくないなぁ)
そう、らしくない。たった二日間の付き合いではあるが、相手がマキリの子孫という事で、暗示をかける際に軽く記憶も読み取っている千花である。間桐慎二なら、サーヴァントの能力を自分の力として見せびらかせたがるはず。衛宮士郎・遠坂凜……慎二にとってのA級役者が揃っているにも関わらず、発動の際に姿も見せないのは、些か不自然ではないか。
はて、一体何がどうなってこうなったのか―――と呑気に考えていると、鋭い影が千花の視界を横切った。
ガツン、と。千花の足元に突き立つ短剣。……どのような力で投擲されたのか、強度が低いはずのそれは、コンクリートの地面に刀身の半分を埋めて止まった。
(……この剣は……まさか)
チンクエデア。いま千花が片手に持つ短剣と同一のものだ。しかもこの剣は、一昨日の夜にアサシンに投擲させた後、そのまま現場に捨て置いたと記憶している。
「―――忘れ物よ」
自信に溢れた台詞と共に、二つの赤い人影が屋上へと舞い降りた。うち一方が疾風の如き勢いで千花に迫る。目にも止まらぬその勢いは、しかし同じく人知を超えた速度の影が間に入る事で押し留めた。
「…………ふむ、一日に二度も不意打ちを受けるとは。どうやら聖杯戦争とは、私の予想以上に戦の作法に疎い者たちの集まりのようだな」
やれやれ、とでも言いたげに襲撃者―――アーチャーの攻撃を弾き返すアサシン。その嘆息に、アーチャーは皮肉気に返答した。
「フン、貴様も英霊の誇りがどうのと言い出す輩か? ならば『その通り』だ、と言っておこう。戦場に礼儀を求める考えなど、私には全く理解の外だからな」
長刀が翻る。双剣が荒れ狂う。
「しっ――――!」
「つぁぁっ!!」
対セイバー戦の熱も冷めやらぬうちに、新たなる剣戟が穂村原の屋上に響き渡る―――。
* * * * *
突如として空から屋上に降り立ち、アーチャーをけしかけた凜は―――千花と向かい合っていた。この構図は、奇しくも一昨日の構図と酷似している。尤も、近くでお互いのサーヴァントが戦っている事と、血塗れのセイバーが倒れている事と、千花の足元で激痛に喘いでいる衛宮士郎がいる事……それら三種類の異様が混ざり合っている事で、あの時よりも雰囲気が混沌としてしまっているが。
「こんにちは。一日振りね、フォレスティ。また会えて嬉しいわ」
「こんにちは。……小次郎じゃないけど、マナーがなってませんよ、トオサカさん。ご自慢の家訓はどうしたのかな?」
「あら、盗人のわりには勉強不足ね。遠坂の家訓には“受けた屈辱は十倍にして返せ”っていう一文もあるのよ」
「ああ、なるほど……そんな家訓ができるほど屈辱に塗れた人生を送ってきたってわけだ。ごめんなさい、察してあげられなくて」
「気にしなくてもいいわ。神秘を学んでおきながら金の事しか頭にない薄汚い商売人には、理解できない感覚でしょうし」
「ああ、理解できんよ。
二人は笑顔で言い合っているものの、それが上辺だけのものである事は明らかだ。笑顔とは本来、敵を威嚇するための行為であるとは言うが、この二人ほどあからさまな例もないだろう。
「……フォレスティ」
一通りの舌戦を終えた凜が、雰囲気を一変させる。
「今すぐ結界を止めなさい。こんな暴挙、仮に堕ちたとしても、魔術師がやっていい事ではないわ」
「ん? 結界?……ああ、なるほどね」
千花は何やら納得がいったように頷くと、右手で凜を指さした。
「止めてみなよ、
放たれる魔力の弾丸。―――凜も即座にガンドを撃ち返し、二人の間で圧縮された魔力が花火のように弾けた。
暗殺者らしからぬアサシン、弓兵らしからぬアーチャー。
同じく数百年続く名家の出自であり、同じ系統の魔術を使い、穂村原学園で似通った表向きの顔を持つマスターたち。
第五次聖杯戦争の第
* * * * *
同時刻。学園の校舎内では、とある変化が表れていた。
生徒たちが死屍累々と倒れ伏す廊下、教室……それらの中を、平然と闊歩する人影がある。いや、人影は人影であるが、人のカタチをしているだけで、その正体は人間ではない。
人形。竜の牙でくくられた兵士たちが、数十の群れを成して学園のいたるところを彷徨っているのだ。
一挙一動ごとにカタカタと不気味な音を打ち鳴らす骨の兵士たち。
―――そのうちの一体が持つ剣には、幾房かの青い髪の毛と、多量の鮮血がべったりと張り付いていた。
TO BE CONTINUED・・・
【作中捕捉】
■凜の発言について。
テンポを優先するために削りましたが、今話の「魔術師が一般人を犠牲にしてはいけない」という発言は、凜個人の心情だけでなく「こんな真昼間から大規模な神秘漏洩を行ってんじゃねーよこの野郎」という魔術師としての一般論でもあります。例によって勘違いですが。