Fate/mille fiore-フェイト ミルフィオレ-【完結】 作:おるか人
「お膳立ての面倒は、全部わたしが請け負ってあげる」
あの夜、千花はアサシンにそう言った。
あなたが望む通りの戦いをさせてあげるから、わたしのサーヴァントになってくれ―――と。
(……ふっ。分からぬものよな)
当時のアサシンは、自身に手駒としての価値しか見ず、ぞんざいに扱うキャスターにそれなりの不満を抱いていた。だが、山門の戒めはキャスターとの主従関係には関係のないところにあり、反旗を翻したところで自由は得られない。千花の誘いに乗ったのも「山門に縛られ続けるよりはマシか」という、ある意味妥協の決断だった。千花がキャスターと同じく、自分の望みを叶えるには不適格な存在だと判断すれば、いつでも契約を反故にして、消滅するまでに最期の好敵手を探すつもりでいた。
だが、今のアサシンにはそんな腹積もりなど欠片も残っていない。
(あの女狐に呼び出された時は、己が悲運を嘆いたものだが……)
千花は契約を順守した。以前に口にした通り、アサシンが余計な事を何も考えず、存分に戦える舞台を用意したのだ。セイバーは言わずもがな、アーチャーもまた清廉な剣筋の持ち主であり、思う存分に全力で打ち合える相手だ。
(今では、あの出会いをくれた事に感謝したい気分だ)
いや……今、こうしてセイバーやアーチャーと戦うまでもなく、アサシンは万条千花という人物を『己の主に相応しい』と認めていた。
優秀な魔術師でありながら、英霊に対する偽りない敬意を持ち合わせており、同時に、血の通う『人間』としての配慮を忘れない。まあ、相互理解のための話し合いはともかく―――「せっかく現代に来たんだから」と、食事会を持ち掛けられたのは流石のアサシンも困り顔を浮かべたものだが。
とにかく、そうした人間らしい温かさだけでなく……敵と見定めた者は容赦なく追い詰める冷徹さも持ち合わせており、千花の優しさは即ち『甘さ』ではないのだとハッキリ理解できる。
魔術師として必要なモノ、人間として必要なモノ……その二つを絶妙なバランスで持ち合わせている人物。それが万条千花である。
きっと、彼以上の主をこの時代で見つける事は不可能だろう。そう確信できるほどの逸材だ。
もっとも―――アサシンが千花を“己の主に相応しい”と認めた一番のきっかけは、別にあるのだが……。
(っむ)
それまで守勢一辺倒だったアーチャーの双剣が攻撃に転じてきた。思索に耽っていた所為か、アサシンの剣筋は少し鈍ってしまっていたらしい。
(いかんな。戦いの最中に雑念を交えるとは、剣士の恥だ)
慌てて気を引き締めるものの、やはりアサシンの頭には千花の事がちらちらと浮かんでくる。戦いに集中できない、というほどではないのだが……月光を纏うあの髪が、夜に輝く双眸が、冬気に漂う花の香りが……ふとした拍子に思い返され、うっかり表情を綻ばせてしまいそうになる。
「はっ!」
返す刃に力を込める。それだけでアーチャーの双剣は握力の限界を超えて宙を舞い、彼の顔に苦渋を浮かばせた。
続けて第二撃。アサシンの太刀筋は、防御の術を失くしたアーチャーの首を正確に狙い打つ。
「“
突如として、再びアーチャーの手の内に現れる双剣。
そういえば、ランサー戦で同じ現象が起きていたな―――と、アサシンは改めて観察したアーチャーの“特性”に目を見張った。
必殺だったはずの剣閃は双剣の鉄壁に防がれ、再びアーチャーが攻勢を示す。
「ぬぅあッ―――――!」
十字交差の一撃。非常に強烈だ。強度に難のある物干し竿では、とても正面から受け止める事などできないだろう。しかしアサシンの速力ならば、今からでも後方に飛びのけば回避する事はできる。
「むっ!?」
しかし、その後方には先ほど弾き飛ばしたアーチャーの双剣が旋回していた。迂闊に退けば直撃する位置だ。
これぞアーチャーの双剣、干将・莫邪の能力である。陽剣・陰剣の関係である干将と莫邪は、互いが互いを引き寄せ合う性質がある。
そして、アーチャーは投影魔術の使い手。新たに複製され、手元に現れた干将・莫邪にも当然……アサシンが弾き飛ばした干将・莫邪と同じ性質が宿っている。
つまり、弾き飛ばされた干将・莫邪は、アーチャーが生み出した干将・莫邪に引き寄せられ、この場に戻ってきたというわけだ。
(動きを縫われた……!)
正面にはアーチャーの十字剣。背後には円の軌道で迫る双剣。これでは逃げ場がない。
(私が双剣を打ち払ったその瞬間に、この状況を想定していたというのか。……見事!)
アーチャーが仕掛けた王手を、アサシンは心から称賛した。なるほど、確かにこれは『詰み』だ。
―――
瞬間、アサシンの姿が
サーヴァントの、それも弓兵の視覚を以ってしても全てを正確に捉えきれぬ速度に、アーチャーは瞠目した。
* * * * *
穂村原学園の屋上で行われている、もう一つの戦い。
数発のガンドが千花に弾かれ、避けられ……同じく千花から放たれてくるガンドを撃ち落とし、軽い身のこなしで躱してゆく。
(互角、か……)
自分の思考に、凜は密かに冷や汗を流す。
実のところ、凜は士郎と千花が戦い始める少し前に学校へと辿り着いていた。と言っても、午後の授業だけでも受けようなどという殊勝な考えからではない。一昨日の夜、ランサーと戦闘になったせいで結界への干渉が出来なかった事を思い出したのだ。
完全な解除はできずとも、発動は遅らせる事が出来る。……そう正しく推測できていたにも関わらず、昨日と一昨日の二日間、うっかり何もせず放置してしまったせいで、結界の構築は順調に進んでしまった。これで今日もまた見逃してしまえば、結界は完成、いや下手をすると発動してしまうかも知れない。そればかりは冬木の地を預かる
そうして慌てて学校へと赴いてみれば、屋上とはいえ、あろうことか昼間の学校でサーヴァント戦が行われているではないか。アーチャーの予想がズバリ当たったわけだ。
しかも憎き万条と戦っているのは、よりにもよって
だが、その混乱が解けないうちに、危惧していた結界の発動が起きてしまい……凛は全ての混乱を頭の隅に放り込み、アーチャーの力を借りてグラウンドから屋上へと飛び込んできたのである。
そう、凜は全て見ていたのだ。千花のあるまじき挑発も、千花のサーヴァントの戦いも、千花がどうやって士郎を追い詰めたかも……屋上で起きた出来事の全てを、だ。
(宝石細工だけじゃなく、ガンドの撃ち方まで私に瓜二つなんてね…………いよいよ、コイツには正体を全部吐いてもらわなきゃ耐えられないわ)
千花が屋上を駆け回りながら、宝石をバラまいていく。宝石は地面につくまえに多量の魔力を爆発させ、凜の視界を遮った。
「っく……!」
もうもうと沸き立つ塵芥の向こうに、当てずっぽうで数発のガンドを撃ち出すものの、やはり命中した様子はない。逆に相手はこちらの位置を正確に掴んでいるのか、塵芥を突き抜けて来るガンドは一秒前まで凜が立っていた場所を容赦なく抉り取っていく。
(ガンドの威力を始めとして、全体的な魔力量は私の方が上。……でも、立ち回りを始めとした戦闘技術は、向こうが明らかに上ね……!)
優れた魔力量でゴリ押しする事で、何とか互角を保てているものの……凜はギリ、と歯を食いしばる。
つまりそれは、千花が
確かに、凜には実戦経験など皆無である。対する千花は“魔術使い”として外道を歩んできたであろう人物。目の前の差異は当然の事なのかもしれないが……それでも、やはり“魔術使い”に魔術師として劣っている屈辱は抑えきれないものがある。
(心を静めなさい、遠坂凜…………結果として、勝てば良いのよ!)
更なるガンドが飛んできたタイミングを見計らい、凜は自身の脚力を強化し、ロケットのような勢いで前方へと飛び出した。
煙の中を突き抜け、走りながら右手を構えている千花の姿を確認する。
(いた!)
目標を発見するや否や、即座に方向転換し、鋭角なターンで千花へと突撃していく。当然、真正面から迫る凜にはガンドの洗礼が浴びせられるものの……。
「これで、どうッ!?」
大型の宝石を進行方向に投げ棄て、炸裂させる。その威力は凄まじく、千花のガンドは凛に届く前に完全に封殺されてしまった。
「くっ。まさかトオサカがこんな乱暴な手だ、ッ」
千花はそこで言葉を切った。否、切らされた。
何故なら、千花が近距離での魔力の爆発に気を取られている隙に、凜は千花に隣接していたからだ。
滑らかな足さばきと共に放たれた冲捶の一撃が鳩尾に叩き込まれ、千花の言葉は意識ごと刈り取られていった。
「がぁ、………は!!」
ピクピクと痙攣した後、力無く崩れ落ちていく千花。
まさか魔術師が拳法を使うなど、完全に予想外だったのだろう。気絶する寸前に見せた表情は驚愕で固まっていた。
「ハァ、ハァ、ハァ…………」
一瞬の隙を見逃さず、勝利を手にした凜だが……何故かその顔は困惑に染まっている。
(勝った……私、勝ったのよね?)
千花は倒れ、凜は立っている。明らかな結論を目の前に―――しかし、凛は何度も自問する。「私は本当に勝ったのか?」と。
どうして疑問に思うのかは、凜自身にも分からない。
(っ! そうか、まだコイツのサーヴァントが残ってる!)
聖杯戦争は、極論すればマスターを倒す必要などない。敵サーヴァントを脱落させることが唯一にして絶対の勝利条件である。まだアーチャーが戦っている以上、勝利とは言えない。それが自分の感じていた違和感なのだろうと結論し、凜は慌てて周囲を見渡した。
「いた! アー――――――…」
凜の声が止まる。アーチャーは見つけた。五体満足で、目立った傷も見当たらない。だがしかし、その命は風前の灯火であった。
相対する千花のサーヴァントが、特異な構えをとっている。
あれは確か、衛宮士郎のセイバーを屠った必殺の―――――――。
* * * * *
「な、ッ―――――!?」
驚きの声は、アーチャーのもの。アサシンは十字剣を後退する事で躱し、その上で、飛来する干将・莫邪を撃墜したのである。
対飛び道具用のスキルでも持っているのか、と疑うアーチャーだが……残念ながら、今回の現象には一切、神秘の介入する隙間は無かった。単純に、アサシンの反応速度がアーチャーの予想を遥かに上回っていた。それだけの話だ。
なにせアサシンの敏捷値はA+。最速の英霊と称されるランサーを上回る驚異の数値なのだ。
なまじランサーとの戦闘経験があったがために、アーチャーはアサシンの速力限界を見誤ったのである。
(馬鹿な……あのタイミングで回避を間に合わせただと!?)
「良いものを見せてもらった。そなたは礼儀はともかく、剣士としては十二分に優秀だな。性根を疑った事は謝罪しよう」
そして、必殺の一撃を外したアーチャーに対し……今度はアサシンの必殺が放たれる。これまで無形に構えていたアサシンが、独特の構えをとった。
突入前、セイバーの戦いを観察していたアーチャーである。それが何を意味するかは即座に読み取れた。
「せめてもの詫びだ。黄泉への手向けに、この秘剣を受け取るがいい」
―――“燕返し”―――
とある名もなき剣士が、狂気とも呼べる執念の果てに生み出した秘剣がいま、再び牙を剥く。
(躱せ、ない…………!)
アーチャーの心眼が、直後に待ち受ける己の運命を見抜いた。
頭上から股下までを断つ縦軸の“一の太刀”
一の太刀の逃げ道を塞ぐ円の軌道の“二の太刀”
最後に、左右への離脱さえ阻む払いの“三の太刀”
これら三閃を
空を舞う燕にすら回避できないこの
「く、ぉぉぉおお……!!」
叫ぶアーチャー。
しかし無情にもアサシンの剣閃が止まることはなく、赤い弓兵の姿は剣閃に呑み込まれて消えていった。
TO BE CONTINUED・・・
【作中捕捉】
■セイバーにしてもアーチャーにしても、一番の難敵は千花でもアサシンでもなく『昼間の学校』という立地だったりする。気軽にカリバるわけにもいかず、狙撃もちょっと考えモノ。