Fate/mille fiore-フェイト ミルフィオレ-【完結】   作:おるか人

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Scene.12  裏切られた魔女

 監督役が有する聖杯戦争の記録には、このような記述がある。

 

 “十年前に行われた第四次聖杯戦争は、序盤にして五騎のサーヴァントが一堂に会する大混戦となった”―――と。

 

 これは、真名を秘する事が常道であり、敵の頭数が減るまでは慎重な行動を取る者が多い……とされるこの戦いでは、非常に珍しい事例だと言えるだろう。

 しかし十年後の現在。第五次聖杯戦争においても、それに匹敵するような出来事が起きていた。

 戦いの舞台となったのは穂村原学園。屋上ではセイバー・アーチャー・アサシンの三騎が。そして、校内ではさらに二騎のサーヴァントが、熾烈な戦いを繰り広げている。

 時期は序盤も序盤、戦闘に参加しているサーヴァントが五騎。……『一堂に会し』こそしていないが、第四次の一件と並べても、十二分に大規模な混戦と言えるだろう。

 

 さて、士郎が令呪の力でセイバーを召喚してからほどなくして、校舎内で幕を上げた聖杯戦争第二戦目。

 果たして、その実態や如何に―――。

 

 

* * * * *

 

 

 ちょうど、凛と千花が壮絶なガンドの撃ち合いを始めたころ。

 悲痛に苦しむ生徒たちの嘆きが満ちる穂村原学園に、全く毛色の違う声があった。

 

「くそっ! くそっ、くそっ、くそっ、くそっ、くそっ、くそっ、くそっ、くそっ、くそっ、くそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそぉぉぉぉおおおおおおオオオオオオ…………ッ!!」

 

 ―――迸る怨嗟。異色の感情を吐き出しながら逃げ惑うのは、間桐慎二であった。

 足元に転がるクラスメイトを腹いせに蹴飛ばしながら、息をかき乱して走っている。……いや、本人は走っているつもりなのだろうが、フラフラと覚束ない足取りは、歩き程度の速度しか出ていない。遂にはフラつくあまりに進路が左へとズレて、壁に肩をぶつけてしまう。

 

「はっ、ゔ…………ぎぃぃぃぃ!!」

 

 とりわけ激しくぶつかったわけでもないのに、悲鳴が上がった。その勢いのままゴロゴロと廊下を転げ回り、また周囲の生徒たちに蹴る踏むの八つ当たりをする。……見れば、慎二の学生服は肩の部分がパックリと破れており、そこから多量の血が滲み出ていた。ぶつけた壁にも、赤い跡がべたりと張り付いている。

 

「シンジ、そう暴れていては傷口が広がりますよ」

 

 傍に控える長髪の美女、ライダーの助言は至極真っ当なものであったが、それを聞いた途端、慎二は顔を真っ赤にして彼女を口汚く罵った。

 

「誰の所為だと思ってるんだよ! お、お前が僕をちゃんと守らないから、こんな事になったんだろうがッ! サーヴァントの義務もまともに果たせないような役立たずが、僕に指図するなァッ!!」

 

 怒りのままに、左手で近くの壁を殴りつける慎二。……その腕が、手酷い傷を負っている方だという事すら忘れていたのだろう。すぐに「ぎゃああ!」と、自業自得の叫び声を上げた。

 

「………………………」

 

 罵られたライダーは無言で、杭のような鎖短剣を構えた。眼帯に覆われた彼女の視線は、真っ直ぐに慎二の方へと向けられている。

 

「な、なんだよ!? 何か文句でもあるのかよ! 悔しかったら少しくらい役に、」

「………………………」

 

 無言のまま、ゆっくりと慎二の方へと歩み寄っていくライダー。その全身に鋭い殺気が漲っている事に気付いてか、慎二があからさまに狼狽えはじめる。慌てて懐から一冊の本を取り出して見せびらかす。

 

「ひっ!? ま、ままま待てよ! 忘れたのか!? ホラッ、僕には令呪があるんだぞ!? そうだ、おおお前は僕に逆らえないんだ! 自分の立場を良く考えてからっ」

「………………………シンジ」

 

 容赦なく投擲される短剣。ライダーが放った一撃は「ひゃあああ!」と恐慌に喚く慎二のすぐ横を通り抜け、背後に迫り寄っていた竜牙兵を打ち倒した。

 

「…………また竜牙兵が集まってきています。あまり私の傍を離れないようにしてください」

 

 ガシャン、と背後で骨が崩れ落ちる音を聞いて、慎二もようやくライダーの思惑に気付く。

 

「………………っ!!」

 

 主を無用に怯えさせた従者への文句より、敵への恐怖が勝ったのだろう。慎二は何も言わず、すぐにライダーの後ろに隠れた。

 

 教室の中から、渡り廊下の向こうから、階段の下から上から、窓の外からワラワラと沸いてくる骨の兵士たち。ライダーはそれらを慎二に近づけさせないよう、遠巻きから次々と短剣の投擲で打ち倒していく。

 こんな攻防が、少し前……ちょうど屋上で士郎と千花の戦いが始まったころからずっと続いている。

 

(くそっ、何でこんな事になったんだよ…………!)

 

 慎二は心中で臍を噛む。

 こんなはずではなかった。本当なら今頃、自分は宴の中心人物となって、悦楽の最中にあるはずだったのに―――と。

 

 

 

 ―――事の始まりは昼休みであった。

 

 霊体化させているライダーから『結界が完成した』との報告が入ったので、慎二は凛に同盟を持ち掛けようと思ったのだ。『これだけの力があれば、遠坂も僕に降らざるを得ないだろう』と、意気揚々だった。しかし肝心の凜は今日学校を休んでいた。仕方なく自慢相手を士郎に変更しようと思ったら、士郎まで教室にいない始末。

 

「ったく、空気読めよ……」

 

 明日まで待つのは面倒くさいし、そもそも待ちきれない。

 しかし、考えてみれば授業中にいきなり結界を発動させてやるのも面白そうだと思い直し、慎二は一旦、士郎の帰りを待つことにした。

 思えば、そこがケチのつき始めだった。

 

「…………あ?」

 

 教室で席に着いた慎二は、唐突に呆けた声を出した。

 自分の目の前に、紫色のローブを纏った怪しげな女性がいたからである。

 誰? いつの間に? ウチの生徒じゃない。ウチにこんな教師はいない。じゃあ、誰?

 慎二が状況を理解できないうちに、その女性―――キャスターは素早く奇怪な形をした短剣を構え、慎二の胸に突き刺した。

 

「ぎぃ、っ……ひ、ぁぁぁぁああああああああああああッッ!!?」

 

 その剣はお世辞にも刺突に向かない形状だったため、傷の深さはどうという事もなかったのだが……『刃物で刺された』という事実が慎二を狂乱に導いた。

 

「な、……“破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)”が効かない!? 貴方、何者!?」

 

 そして何故か、刺した当人の方が非常に驚いていたものの、慎二にとってそんな事はどうでもよかった。「刺された」「痛い」「死ぬ」―――その三単語だけが、パニックを起こした頭の中でグルグルと回っていた。

 

「ひぃっ、……ら、ライダー ライダァァァァァっ!」

 

 刺された胸を抑えつつ、慌てて教室からまろび出る。

 ……よほどの動揺だったのだろう。慎二は逃走の際に自らの身体でなぎ倒した椅子や机から受けた鈍痛など気にはならなかったし、それだけ盛大な騒動を起こしたキャスターや慎二に、周囲のクラスメイトが何の反応も示していない事にも気付かなかった。

 

「どうかしましたか、マスター?」

 

 教室から出たところで、冷静な声が慎二を呼び止めた。慎二の命で結界に不備がないか確認を行っていたライダーである。

 

「どうかしましたか、だって? 何のんきなこと言ってんだよ、このグズ! 敵だよっ。あの女が僕に傷をつけたんだ! さっさと殺しちまえッ!!」

「あの女…………? どの女の事ですか?」

「ハァ!? オマエ、サーヴァントだろ! 目隠ししてるからって、そんな……」

 

 そこで、慎二はようやく気が付いた。

 自分がいま、骨で出来た兵士の集団に囲まれている事に。

 己を刺したあの忌まわしい女が、教室から忽然と姿を消している事に。

 

「な、なんだよコイツ等……!?」

「どうやら、使い魔の一種のようですね。……相手はキャスターでしょうか?」

「キャスター? ハ、ハハハッ! 何だ、最弱のサーヴァントじゃないかっ!」

 

 おぼろげながら敵の正体を知り、慎二はようやく精神的安定を取り戻す。しかし同時に、胸に負った刺し傷や、逃げる際にぶつけ回った膝や太腿の痛みも思い出してしまい、どうしようもなく苛立つ気持ちを吐き出した。

 

「痛ぅ……このっ。やれっ、ライダー! この傷の借りを一〇〇倍にして返してやれ!!」

 

 無言で命令に従うライダー。

 骨、骨、骨…………竜牙兵で溢れかえる廊下は、こうして戦場と化したのだ。

 

 

 

 ―――寄せては返す骨の群れ。

 人を相手にするには十分な力を持つ竜牙兵だが、当然、サーヴァントたるライダーを相手にするには不足が過ぎた。戦闘開始から今現在まで、ライダーは一切の傷を負っていない。

 だが、どれだけ倒しても四方八方から延々と湧き出てくる敵というのは……武器格闘を主な戦闘手段とするライダー一人では対処しきれなかった。ライダーは何度か「一旦退くべきです」と進言したが、慎二は頑として聞き入れようとせず、その結果が慎二に刻まれた肩の傷である。

 あの傷を負った事で、慎二はますます理性的な判断が不可能になった。

 錯乱し、激怒し、喚き散らして……最後には、ライダーに“鮮血神殿(ブラッドフォート)”の発動を命じたのである。

 結界内にいる人間を溶解し、魂を喰らう“鮮血神殿(ブラッドフォート)”だが、竜牙兵は魂どころか肉体さえ持ち合わせておらず、痛覚も何もあったものではないので、まるで意に介さず向かってくる。

 結界の発動によってライダーが得たものといえば精々、学園中の生徒から魔力を得る事で、身体能力が多少強化された程度だ。

 

(このような相手と戦うなら、大元の術者を叩くのが一番だというのに)

 

 合理性に欠ける慎二の指示は、ライダーに疲労……とまではいかずとも、多大なストレスを与えていた。彼女が抱える複雑な事情さえなければ、戦っている振りをして竜牙兵の進行を見逃し、主を謀殺するくらいはしていただろう。それができないのは、全く遺憾な限りだ―――と、慎二に気付かれないように小さくため息すら吐いている始末。

 

(キャスター……この際、もう少し本腰入れて攻めてきてくれませんか? 具体的に言えば、私がシンジを守り切れないくらいに。そうすれば―――)

 

 ――― こんな結界なんて早々に解除して、サクラを助けに行けるのに ―――

 

 ……それは、この上なく物騒で、それでいてこの上なく切実な願い。望まない状況に身を置く彼女が発した、心からの声なき叫びであった。

 

 

* * * * *

 

 

「同情するわ、ライダー」

 

 別の場所から戦場を観察するキャスターは、ライダーの内心を察し、憐みの表情を浮かべていた。

 真名こそ知らないが、恐らくは高名な英雄であろうライダーが、あんな男に従わざるを得ない状況。まるで生前死後、あらゆる意味でかつての自分を見るような気持ちになり、聖杯戦争という儀式の業を憎まざるを得なかった。

 

「けれど、安心なさい。その契約から今すぐに解放してあげましょう。下らない男の所為で苦渋を舐めた女のよしみ……優しく扱ってあげるわ」

 

 そう言って、キャスターは再び歪な形をした短剣を構える。

 

 ―――“破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)

 

 キャスターが保有する対魔術宝具であり、その能力は『刃で突いた対象のあらゆる魔術を“破戒”する』事。魔力による契約や、魔力によって生み出された生命体の魔力を、短剣の一刺しで強制的に“生まれる前”に戻してしまう力。

 これをサーヴァント、もしくはマスターに突き刺せば、両者の間にある契約を破棄させる事ができる。つまり、敵サーヴァントを無理やり“はぐれ”サーヴァントにする事が出来るというわけだ。

 

 キャスターは教室にて、これを使って慎二を刺した。

 本来ならあの時にライダーの契約は破棄され、はぐれサーヴァントになっていたはずなのだが……そうはならなかった。―――何故か?

 

「まさか、令呪を肉体から切り離しているとは思わなかったわ」

 

 そうなのだ。慎二の令呪は士郎や凜のように肉体に刻まれているのではなく、彼が持つ“偽臣の書”と呼ばれる本に刻まれているのである。先ほど慎二が『忘れたのか』とライダーに見せびらかしていた本がそれだ。

 神代の魔女たるキャスターをして予想外の判断が、白昼堂々、校舎内での戦闘に繋がっている。

 キャスターは教室の一件から、あの本が魔力供給から令呪の使用まで、サーヴァントと交わされている契約の全てを司っていると判断した。そうでなければ、慎二に“破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)”が『一切』効果を発揮しなかった事に説明がつかない。

 

「でも、それなら―――あの本を狙えばいい」

 

 軽く振り上げられる手のひら。

 キャスターの合図と共に、竜牙兵の勢いが増した。まるでおしくらまんじゅうのような勢いでライダーを抑え込み、素早い動きを阻害する。

 今まで単調だった兵士たちが急に動きを変えた事で、ライダーの意識が一瞬、慎二から逸れた。

 

 その瞬間を、策謀の魔女は見逃さない。

 

「ッ、――――――シンジ!」

 

 空間転移によって、キャスターは慎二とライダーがいる廊下に現れた。

 ライダーは即座に気付いたが、もう遅い。既に振りかぶられた短剣は、慎二の右手―――赤い本に狙いを定めている。

 肝心の慎二はキャスターの転移に気が付いておらず、ライダーは怒涛の勢いで迫る竜牙兵の檻に囚われ、僅かな間ではあるが自由に動けない。

 ならば、もはやキャスターの行動を阻害するものなど、この場に存在するはずもなく…………。

 

「“破戒すべき(ルール)――――――全ての符(ブレイカー)ッ!!”」

 

 裏切りの短剣は“偽臣の書”に突き刺さり、過たず―――ライダーの呪縛を破戒した。

 

 

 

 

 

TO BE CONTINUED・・・




【作中捕捉】
■二月五日の時間経過について。
ちょっとややこしい書き方をしてしまったので、ここに時系列をまとめておきます。

凜、遠坂邸にて十二時前に起床。軽い食事を済ませた後、結界完成の可能性に気付き、慌てて学校へ向かう。
    ↓
昼休み、士郎が千花を屋上に呼び出す。
    ↓
慎二、ライダーから結界完成の報告を受け、凜を探す。凛のクラスで穂村原三人娘から凜が休んでいる事を聞き、今度は士郎を探し始める。士郎は屋上にいるらしいと知るが、屋上では結界の効果をちゃんと自慢できないので、仕方なく士郎が教室に帰って来るのを待つことに。
    ↓
凛、学校に到着。とりあえず起点を潰そうと屋上を見てみれば、そこに士郎と千花を発見。様子を見守りつつ、待機する事に。
    ↓
千花の発言にキレた士郎が、令呪でセイバーを召喚。千花&アサシンと戦闘開始。
    ↓
屋上の戦闘に気付いたキャスターが、認識阻害の魔術を用いて慎二を強襲。アサシンの代わりにライダーを手に入れようと目論むが、間桐家の事情を知らなかったため、ルールブレイカーが不発に終わる。
    ↓
廊下で慎二とライダーが合流してしまったため、キャスターは仕方なく二人に竜牙兵を差し向け、戦闘開始。
    ↓
慎二の間違った指示に反対したライダーが、令呪のペナルティを受ける。そのせいで動きが鈍って慎二を守り切れず、慎二負傷(竜牙兵の剣についてた髪の毛と血はこの時のもの)。
    ↓
慎二は怒りのあまり、ライダーに“鮮血神殿”の使用を命じる。令呪で逆らえないライダーは仕方なく結界を発動させる。
    ↓
士郎、セイバーがアサシン陣営に敗北。
    ↓
凛とアーチャーが屋上に突入。
    ↓
キャスターがライダーの隙を突き、再びルールブレイカーを使用する。今度はちゃんと偽臣の書に命中。← 今話ラスト。
    ↓
凛が千花に拳法をかまして悶絶させる。しかしその直後、アーチャーはアサシンの燕返しに晒される事に。← 前話ラスト。

・・・以上。これが、Chapter2の中で語られた戦いの流れです。

■原作で無かった展開・・・(4)
キャスター(not葛木先生)VSライダー

■(勝手に)裏切られた魔女
キャス子さんはなまじ頭が良いので、ライダーが慎二に従う理由について、全く予想がつきませんでした。偽臣の書=令呪を肉体から切り離して使用するという行為も、相手の虚を突くためにそうしているのだと勘違い。
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