Fate/mille fiore-フェイト ミルフィオレ-【完結】   作:おるか人

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Scene.13  千花の毒

 ―――数分前。屋上の戦いを観察していた凛とアーチャーは、セイバーとアサシンの戦いも一部始終を目撃していた。故に、アサシンの必殺技である“燕返し”に関しても、一応は既知の範囲だ。

 魔剣の前に、成す術もなく斬り捨てられていくセイバーを見て、遠坂凛が零した感想は、以下の通りである。

 

「剣技だけで魔法の域に、って事? じょ、冗談でしょ……!?」

 

 語彙豊富な優等生にしては、少しばかり斬新さに欠ける驚き方ではあったが……事実、凜からすれば『冗談』としか言い表しようのない光景だったのだから仕方がない。

 というのも、アサシンが放った“燕返し”の原理は、いわゆる“多重次元屈折現象”と呼ばれるものであり、神秘が潰えつつある現代にもその名を残す、第二魔法の片鱗と言っても良い代物なのだ。

 使用時に真名解放が確認できなかった事から、セイバーを屠った剣技は宝具ではない。

 つまり、遠坂家がその生涯を賭けて追い求めている境地に―――たとえ英霊とはいえ―――魔術師ですらない人物が辿り着いている。それも、魔術の『ま』の字もない方法で。さて、これを冗談と言わずして何と呼べばいいのだろう。

 そして、更なる凶報は己が従者から齎された。

 

「凛、驚いているところ済まないが……聞いてくれ。恐らく、奴の剣技にはまだ先がある」

「ッ、どういう事!?」

「常識外れの長刀から、全く同時に繰り出される二つの剣閃……これだけでも脅威と言えば脅威だが、技としては不完全さが残っている。セイバーも体勢の問題さえなければ躱せていたはずだ」

「……アンタは、その『不完全な部分』が気になるって事?」

「ああ。もしもアレが単なる未完成ではなく『セイバーを屠るにあたっては放つ必要性がないから省いた』だけだったとしたら……逃げ道を完全に塞ぐための“三太刀目”が存在する可能性がある」

 

 その言葉に、凜は絶句してしまった。

 一体どれほどの才能と修練が積み重なれば、そんな神業を会得できるのだろうか、と。

 誇張を疑いたくなるが、凜はランサーと戦うアーチャーの姿を見ている。人知を超えた戦いの様。アレを目にしてしまった以上、戦闘におけるアーチャーの観察眼は無視できない。可能性は十二分だ。

 

(……ん?)

 

 しかし、慄きと同時に凜の脳裏を一つの閃きが走った。

 攻撃範囲内で発動させさえすれば、確実に敵を殺せる技。……それは。

 

「つまり……あの技の発動を許せば」

「死は免れんだろうな」

「なるほど、接近戦は自殺行為ってわけね。―――けど、」

 

 そこで凜は、アーチャーに向かって勝気な表情を浮かべた。

 

「それってきっと、―――()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

* * * * *

 

 

 そして現在。アーチャーは、アサシンの攻撃範囲内で“燕返し”の発動を許してしまっていた。

 先に自身で推測した通り、完成系として放たれた“燕返し”には逃げ道など何処にも存在しない。もはやアーチャーは刹那の後に死を待つのみの存在と化した。

 しかし、凜はそこに……聖杯戦争のマスターのみに許された手段を以って、強引に風穴をこじ開ける。

 

「アーチャー、『()()()()』!」

 

 事前に打ち合わせされていた切り札。

 両者同意の令呪が可能とする、空間転移―――!

 

「何ッ…………!?」

 

 完全に捉えたはずの獲物が“燕返し”の軌道をすり抜けていく光景を、アサシンは驚愕を以って見届けた。

 絶対不可避、文字通りの『必殺技』に、まさかこんな抜け道があるとは―――流石の佐々木小次郎も想定外だったようだ。

 

「く、―――ぐあっ!?」

 

 アサシンは不可思議の原因であろう凜を見ようとして……その方向から飛来した矢に貫かれた。

 驚異的な反射速度で急所への命中だけは凌いだものの、その代償に矢は右腕と右脚をを貫通し、アサシンの戦闘力を破壊していった。これではとても、先ほどまでのような美麗なまでの剣捌きは望めまい。

 見れば、己のマスターである千花が凜の前で倒れ伏し、その凜の隣に、消えたはずのアーチャーが弓を構えて佇んでいる。それは、紛れもない『決着』を示す構図であった。

 

「貴方のマスターは見ての通りよ。……まだ続ける?」

 

 千花の首に手を添え、強気で言い放つ凜。

 令呪を用いた短距離転移で必殺剣を躱し、その隙に死角から矢を撃ちこむ。凜がもしもの場合にそなえて用意しておいた策は、ここに実を結んだ。

 

「……ふむ、確かにこれでは、迂闊には動けんな」

 

 やれやれ、と言わんばかりに肩をすくめるアサシン。たったそれだけの動作にも激痛が走るであろうに、外面からは一切の動揺を感じさせない。この点は流石英霊と言ったところか。しかし、凜の立場としては感心ばかりしているわけにもいかないのだ。

 

「妙な動きをしたらどうなっても知らないわよ。貴方も、貴方のマスターもね」

 

 まるで悪役のような台詞であるが、そうしなければならない理由が凜にはあった。

 

「何がお望みかな?」

「この学園に張られている結界を消しなさい」

 

 アサシンは『予想外』とばかりに目を丸くしたが、凜は構わず続ける。

 自分とアーチャーでは“鮮血神殿”を解除することが出来ない。一刻を争う状況下、千花を気絶させてしまった以上、アサシンに要求するしかないのである。

 

「早く消しなさい。さもなければ、……」

 

 ―――さもなければ、どうするのか。それは凜自身にもよく分からなかった。

 マスターを殺す?

 それとも、お前をいたぶった末に殺すぞと脅す?

 どちらにしてもあまり有効だとは思えないし、後者に至ってはそもそも誇り高き遠坂の魔術師として、それを口に出せていたかは疑問である。

 幸か不幸か、凜が要求の内容を口に出す前に、事態が動いた。

 

「――――――えっ?」

 

 突如として消えていく結界。

 次いで、校舎全体を揺さぶる振動と、轟音。

 

「“騎英の(ベルレ)――――――――手綱(フォーン)!!”」

 

 一筋の白い流星が校舎から飛び出し、冬空の彼方へと消えていく。

 

「な、何? 何が起こっ…?…………!?」

 

 そして、最後に。

 視界がグラリと傾いたと思ったら、凜は地面に蹲っていた。

 

「お―――――凛! ど――――!?」

 

 アーチャーが何かを言っている。

 だが、わんわんと響く耳鳴りが邪魔で、うまく聞き取れない。

 

「はっ、はぁっ、はっ、はぁっ―――――ぅ……!?」

 

 息が乱れる。動悸が不規則だ。寒気と熱気が同時に肉体から噴出する。吐き気が止まらない。視界ノイズはひっきりなく、意識のチャンネルがカチカチ回る。

 全く未経験の感覚が、凜の全身を支配していく。

 天地も分からなくなるような無重力の中、ハッキリと聞こえる声が一つだけ。

 

 

 

「―――迂闊だな、トオサカ。魔術師を捕まえるつもりなら、気絶ぐらいじゃ不用心だ。最低でも『相手が息をしてさえいればいい』くらいの気持ちで臨まなくてはな……?」

 

 

 

 この声は、果たして誰の声だったか?

 それを認識した瞬間、凜は血と胃の中身が混じった液体を吐き出した。

 

 

* * * * *

 

 

 苦悶の表情で蹲る少女が一人。

 ゆらり、と幽鬼のような佇まいを見せる少年が一人。

 二人の魔術師の力関係は、あっという間に逆転してしまった。

 

「ははっ、いい格好だな。手先足先は痺れて感覚が失せたか? 胸が締め付けられるように苦しいか? 頭の中はグチャグチャに混濁しているか? ああ、そうだろうな。そうでなければ困る! はは、あはははははははははははは」

 

 美しい顔を醜悪に歪めて笑う千花。アーチャーは即座にアサシンへと矢を放ったが、アサシンは既に千花の魔術によって先の傷を再生しており、あっさりと躱されてしまった。

 さらにアサシンはその勢いのままアーチャーに接近し、長刀の切っ先を喉元へと突きつけてきた。いつでも首を撥ねる事のできる体勢だ。

 

「くっ……凜に何をした!?」

「ん? 君たちは私と士郎の戦いを見ていたんだろう? だったら分かるはずだが」

 

 そう言われて、アーチャーは衛宮士郎が敗北した瞬間を思い出した。もうすぐ千花を倒せる、というところで突然倒れた少年の姿。その中で一際気にかかるのは、士郎に「毒か」と聞かれ、「半分正解」と認めた問答の一幕だ。

 

(だが、凜はあの礼装で刺されてなど……いや待て、まさか!)

 

 アーチャーはハッとした。千花は今、凛とアーチャーの監視に気が付いていたと言ったではないか。ならば、自分の情報をひけらかしたのは何のためだ? 礼装には毒が仕込まれている。刺されたら毒に侵される。凛とアーチャーにそう思わせる事が千花の狙いだったとしたら? 意識的にも無意識的にも、あの短剣による攻撃を警戒させる事こそが狙いだったとしたら?

 そうだ。毒とは何も、傷口から入り込むものとは限らない―――!

 

「ガスか!?」

「その通り。散布型の毒薬だよ。フォレスティ家特製のね。効果のほどはご覧の通り……まぁ、もちろん本来はこんな開けた空間で使うものじゃあないが、良い感じに密着してくれたから、ちょうどいいやって、たっぷり嗅がせてやったのさ」

 

 一体どのタイミングで嗅がせたのか。

 戦う前も、戦っている最中も、千花が毒を撒いたような様子は無かった。

 そもそも、いかに魔術師とはいえ、無味無臭で目にも見えず、即効性も効果も高い毒薬……そんなものが作り出せるのか。

 諸々の疑問はあれど、今は悠長に謎を解き明かしている場合ではない。

 

(形勢逆転……か)

 

 アーチャーは内心で舌打ちを漏らす。

 もしも学園に張られた結界が、術者を倒しても止まらないモノだったら―――凜の抱いた一つの懸念が、勝てたはずの戦いを敗北に導いた。

 生徒への被害が甚大になれば、神秘の漏洩、ひいては聖杯戦争が破綻する可能性もあるとして、一応はその方針に同意したアーチャーだったが……こうなっては「やはり遠距離からの狙撃で校舎ごと吹き飛ばすべきだったか」という後悔は否めない。

 

「さて、アーチャー。分かってると思うが、妙な動きをしたらどうなっても知らないぞ。トオサカも、……君も」

 

 千花は苦しみ喘ぐ凜を羽交い絞めに抱き起こし、喉元に指先を突きつけた。その構図は、攻守こそ逆転しているが、先ほどまでの凜と千花の関係によく似ていた。

 

「……何が望みだ?」

「今のところ、君に望むことはない。ただ何もせず、そこで大人しく突っ立っていればいいさ」

 

 意味深な言葉だけを残し、それきり千花はアーチャーとの会話を打ち切った。

 抱き上げた凜の耳元に唇を寄せ、何かを囁く。

 

「聞こえるか、トオサカリン……?」

 

 どこか色香を漂わせる囁き声が、ゆっくりと凜の耳朶を侵食する。

 

「いま、君は私が生み出した毒で苦しんでいる。相手を生かさず殺さず苦しめるタイプの、エゲつない毒さ。

 主な症状は代謝阻害による多臓器不全。特に酷いのが各消化器官への影響で、しばらくは腹痛と嘔吐と下痢が止まらない。三十分もすればめまいや手足の痺れがもっと酷くなって、皮膚のあちこちが水ぶくれみたく腫れ上がる。間違いなく、君の端正な顔立ちが、二目と見れないものになるだろう。そして、それを越えたら、毒はいよいよ脳まで影響を及ぼし、幻覚症状、呼吸困難、言語障害を引き起こし始める。

 ここまで症状が進行したら、毒が抜けても残りの一生は後遺症と一緒に過ごすことになるだろうな。ははっ……いや、大変だな?」

 

 さもおかしそうに語られる毒の内容。アーチャーは、目の前の少年が狂っている事を理解した。

 どうして他人をそんな目に遭わせられるのか―――ではなく、千花は凛をそんな目に遭わせる事に、心からの喜びを感じていると悟ったからだ。

 そもそも、そこまでの症状を引き起こしながらも『死なない』毒を作り出す時点で正気とは思えない。

 

「けど安心するといい。初期症状のうちに解毒剤を投与すれば、すぐに治る。尤も、この毒は自然界には存在しないものだから、病院じゃあ対処できない。魔術師なら、時間をかければ何とかできるかもしれないが……成分表もナシじゃあ、初期症状のうちに治療する事はまず不可能だ」

 

 千花は制服のポケットから小瓶を取り出した。小瓶の中には薄緑色の液体が入っている。

 

「これが解毒剤だ」

 

 そう言った途端、凜の手が小瓶へと伸びた。

 だが、弱々しいその手は、あっさりと千花に阻まれてしまう。

 アーチャーはその光景を、痛ましい気持ちで見つめた。

 

(凛……君は……!)

 

 あれが本物の解毒剤である保障など一つもない。

 千花の語った『毒の効果』がその通りであるという証拠もない。

 なのに、目の前に示された救済に、一も二もなく縋り付かねばならないほど……今の凜は追い詰められているというのか。

 あの誇り高き少女が。英霊を前にしても自身を貫いた少女が―――。

 

「あはは……あははは! 気が早いなあ、トオサカ!? どうしたんだ? そんなに苦しいか? あれだけ優雅だ誇りだと人に説教垂れたくせに! 眉一つ動かずに私を殺したくせに! いざ自分が追い詰められればこのザマか! ぁははははははは! 滑稽だ、滑稽な姿だ! 最高の見世物だよ! ひゃはぁはははははははははははっ!!」

 

 ゲラゲラと笑い声を上げる千花。なおも小瓶へと手を伸ばす凛。

 

「はは、は。慌てるな。心配しなくったって、解毒剤はちゃんとくれてやるさ。―――君が、その令呪を渡せばな」

 

 その瞬間、千花の双眸が妖しい光を帯びた気がした。

 

 

 

 

 

TO BE CONTINUED・・・

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