Fate/mille fiore-フェイト ミルフィオレ-【完結】   作:おるか人

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Scene.14  遺言

 衛宮士郎は、途方もない苦しみの中でもがいていた。

 

(動け……動けよ、俺の身体……!)

 

 血だまりに沈むセイバー。

 苦しみ喘ぐ遠坂凜。

 それらを見て高笑いをする万条千花。

 

(今動かなきゃ……俺は、一体何のために……!)

 

 心はもはや肉体の痛みになど頓着していない。

 なのに、肝心の身体が鉛のように重くて、ピクリとも動いてくれない。

 

(動け……動け、動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け――――――!!)

 

 魂は叫び、心は力に満ちている。

 しかし、士郎の身体は主の意思に反し、ただ沈黙を守るのみ……。

 

 

* * * * *

 

 

 ―――令呪を渡せ。

 その一言は、混濁した意識でもきちんと聞き取る事ができた。本来なら「ふざけるな」で一蹴するはずの提案。しかし、今に限っては砂漠で見つけたオアシスのように、凜の心に響いた。

 

(令呪……令呪を渡せば、楽になれる……?)

「さあ、一言『YES』と了承してくれればいい。そうすれば、解毒剤は君のものだよ」

 

 一言『YES』と言えば。この、全身を苛む苦痛が消えてなくなる。

 それはとても素晴らしい事だと、凜は思った。

 でも、サーヴァントという力を失えば、結局自分は死ぬしかないのではないか? という理性的な反論も浮かぶ。

 

(そうよ……それなら一旦、提案に乗った振りをすればいい……表向き従う振りをして、油断させて、解毒剤を奪えばいいじゃない。下らないプライドに拘って、交渉を拒否しても意味なんかない……)

 

 甘美な誘惑が自分の中から溢れ出る。

 どうにかして自分の判断を正当化しようとする甘い毒が。

 

 ―――分かったわ。令呪を渡すから、解毒剤をちょうだい。

 

 そんな返答は、もう喉元まで出かかっていた。

 なのに……何故か、言葉は喉元に留まるばかりで、外に出て行こうとしない。

 

(……………………………ああ、そうか)

 

 凜はすぐに納得した。

 同じだからだ。―――素直に令呪を渡すのも、降参した振りをするのも、どっちも同じ。ならば。

 

「お、ことわ、り…………する、わ」

「…………………何だと?」

 

 心底愉快、という顔をしていた千花の顔が―――固まった。

 してやったりな気持ちが湧き上がり、今度は凜が口角を不器用に持ち上げる。

 

「だ、って……わた、しは……、とお、さ…かのまじゅ、つ…し、だもの」

 

 自分より強いものに屈するのは、まだいい。ただ自分の実力が足りなかっただけ。生きていれば次を望むし、死ねば納得が先に来るだろう。

 しかし、自分より弱い者に。魔術師ですらない者に屈するのは……遠坂家当主として許されない。

 誇りを以って魔道を歩む者が、誇りを捨てた者に敗れれば、それは貴族としてあるまじき失態。矜持の存在価値が失われてしまう。例え肉体が命を保ったとしても、『遠坂凜』は死んでしまう。それだけは断じて許容できないのだ。

 

「――――――――――――――――、」

 

 凜の宣言を前に、千花は全ての表情を削ぎ落とした無貌となった。喜びも怒りも、何もない、空っぽののっぺらぼう。整った顔立ちは、そのまま命なき人形に見える。

 そのまま沈黙する事数秒間。やがて千花は、独り言のように言った。

 

「……なら、もうちょっと追い詰めてやろう」

 

 懐から抜き放たれる一本の短剣。

 万条千花の礼装、装飾短剣チンクエデア―――。

 

「鏡を見て、自分が自分だと分からなくなっても同じセリフを吐けるかどうか……確かめてみるのも面白そうだ」

 

 千花の本気を感じ取り、アーチャーが叫んだ。

 

「凛――――――ッ!!」

 

 

* * * * * 

 

 

 喉元に突きつけられた刀にも構わず、凜に向かって駆け出す。

 彼らしからぬ激情の発露に驚いたのか、それとも別の理由があったのか。アサシンは一息にアーチャーの首を落とすことはせず、あえて彼の正面に回り込み、力づくで行く手を阻む。

 

「ッ、どけ!」

「悪いが、行かせん!」

 

 双剣が振るわれる。

 長刀が翻る。

 神速の勢いで躱される剣戟の勢いは、先の戦いをも超えた激しさで屋上を彩っていく。

 今のアーチャーは限界を超えた速度で肉体を酷使している。剣術の腕で明らかに差があるアサシンに対しても互角に戦えるほどに。

 だが、足りない。互角では足りないのだ。

 千花は今にも、凜にあの礼装を突き立てようとしているのだから!

 

「どけ、侍ッ!」

「行かせんと言った! そなたの主を思う心は見事だ。できるなら見逃してやりたい……だが、私にも主の願いを遂げさせてやりたいという思いがある! そのためならばッ」

 

 横薙ぎの一撃が、アーチャーの双剣を二本まとめて弾き飛ばす。しかも今度は粉々に打ち砕いた上での事だった。これでは、干将・莫邪の特性を用いた奇襲はできない。

 

「ク、“投影(トレース)()―――ッ!?」

 

 アーチャーは即座に新たな干将・莫邪を投影するも、投影開始から投影終了までのその刹那、攻撃も防御も叶わなくなったタイミングで、アサシンは“燕返し”の構えを見せた。

 

(しまった…………!)

 

 それは、セイバーが敗北した場面の焼き直しだった。

 セイバーは士郎を助けようと焦り、判断力を欠いた。

 ならば凜を助けようともがくアーチャーもまた、その二の舞を演じるのは当然の流れであったのだ。

 

「秘剣、“燕返、――――――――ッ!?」

 

 まさに必殺の魔剣が放たれる、というタイミングで、アサシンは弾かれたように振り返った。

 

「主殿ッ!!?」

 

 飄々とした風体からは想像もできないほど緊迫した声。

 つられてアサシンの視線を追ったアーチャーは、彼の後方……死にもの狂いで目指していた地点にて、万条千花が胴体から真っ二つに斬り裂かれる瞬間を目の当たりにした。

 

「な、ぁ――――――――」

 

 言葉とも言えない音の羅列。それが、千花が死に際に遺した一言だった。

 凜の胸にチンクエデアを突き立てようとした瞬間……彼の上半身は胴体からズレ、重力に引かれて地面へと落ちていったのだ。

 自分の身に何が起きたのか。彼は命尽きる瞬間まで理解できなかったに違いない。

 最大の脅威であるアーチャーをアサシンが抑えている以上、自分を脅かせる戦力など屋上に存在しないのだと思い込んでいた。まさか背後から致死の一撃を叩きこまれるなど、想像もつかなかった事だろう。

 

 ―――ベチャリ、と。

 上半身の落下と共に、地面は赤いペンキを零したような惨状を晒した。一拍置いて、残された下半身もその後を追って倒れ込む。

 

「―――――――――――」

 

 物言わぬ肉の塊となった千花を、セイバーは何とも言えない気持ちで見送った。

 その表情に込められた感情は、外道を討った達成感か、それとも背後からの不意打ちという、騎士にあるまじき行いを恥じる後悔なのか。

 ただ一つ確かな事は―――万条千花は死んだ。セイバーの一太刀によって斬り捨てられたのだ。

 

「…………助かりました、シロウ」

 

 未だに謎の痛みに倒れ伏している士郎へと目礼する。

 その呟きの意味を理解できた人間は、この場にはセイバー本人以外にいなかっただろう。

 セイバーは一度目を瞑り、ふぅ、と重いため息を一つ吐き出すと、今度はアサシンに向かって不可視の剣を構えた。

 アーチャーも自然とセイバーに倣い、双剣を構え直す。

 敵の敵は味方という事なのか。無言のままに、セイバーとアーチャーは共闘の体勢をとりつつある。前門の虎、後門の狼。アサシンはいつの間にか前方をアーチャーに、後方をセイバーに塞がれ、挟撃の構図の内にあった。

 

「退きなさい、コジロウとやら」

「私を見逃すのか?」

「貴方のマスターは死んだ。この世の依代を失った以上、どの道長くはもたないでしょう。本音を言えば、貴方もここで確実に倒しておきたいが、あいにく私のマスターも予断を許さない状況だ」

 

 故に、見逃す―――と。

 士郎と同等か、それ以上に苦しんでいるであろう凜を思えば、アーチャーも文句はつけられない。

 

「それとも、主の仇討ちを望みますか?」

「……いや、承知した。では、この命が消えてしまう前に、新たな主を探しに行くとしよう」

 

 先の激昂がウソのように、アサシンはあっさりと屋上から姿を消した。

 

「……セイバー」

「何です、アーチャー?」

「礼を言う」

「いえ、こちらこそ助かりました。―――決着はいずれ」

 

 セイバーもまた、速やかに士郎を抱き上げて屋上から駆け下りていく。

 恐らくは早く安全が確保された場所へと赴き、マスターの治療にあたらんとする考えだろうが……あれだけの戦いの終わりにしては、あっけない幕切れと言えた。

 

 アサシンが退き、セイバーと士郎は消え去った。

 屋上に残されたのは、アーチャーと凜、そして千花の死体のみ。

 アーチャーは千花の手の中にある解毒剤を抜き取り、凜の許へと歩み寄る。

 

「凛…………?」

 

 コレを飲ませるべきか、飲まさざるべきか。そんな考えはすぐに消え去った。

 何故なら、屋上で仰向けに倒れている凜は、あれだけ苦しんでいたのがウソのように、穏やかな表情を浮かべていたからだ。

 苦悶の色は跡形もなく消え失せ、全身から力が抜けきった寝姿。

 

 

 

 ―――その姿はまるで、童話に描かれる眠り姫のようで。

 

 

 

「まさか……! おい、凜! しっかりしろっ、凛! 凜ッ!」

 

 焦燥に支配されるまま、アーチャーは凜の肩を揺さぶる。だが凜は一切の反応を見せない。力なく揺さぶられるままで、それがまたアーチャーの『最悪の想像』を加速させた。

 

「凛ッ――――――――――――!」

 

 空を貫く男の叫び。

 

 

 

 ……斯くして。有利不利が幾度となく転換を見せた第五次聖杯戦争初日の戦いは、ここに幕引きを見た。

 後にこの戦いは、世の魔術師たちを驚愕させる“ある事件”の始まりとして―――魔道の歴史に刻まれる事となる。

 

 

 

 

 

Chapter 2“決戦、穂村原”――――――――――END

Chapter 3へ続く。

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