Fate/mille fiore-フェイト ミルフィオレ-【完結】 作:おるか人
Scene.15 パスト・ヴィジョン1/4 -始原の善意-
全ての始まりは、偽りのない善意だった。
――― 世の人々が幸せでありますように ―――
その清らかで美しい願いは、世が世ならきっと“彼”の礎となり、その人生を実りあるものに変えていったはずだ。
だが、そうはならなかった。―――何故なら“彼”は魔道の家系に生まれた子であったからだ。
* * * * *
ある日“彼”は、自分の父にこう言った。
「父上、何故魔術は秘匿しなければならないのですか? これほど素晴らしい技術は世に広めなければ勿体ない。魔術が人々にとって当たり前のものになれば、世界はもっと豊かになるはずです」
それは心からの発言であったが、父は「馬鹿な」と“彼”の言葉を鼻で笑った。
「魔術は“神秘”でなくてはならぬ。“根源”への手段たる魔術が凡俗に成り下がれば、それだけで魔術は価値を失ってしまうのだ」
魔術師にとって、魔術とは“根源”に至るための手段である。
“根源”より流れ出す事象の川は、人に知られれば知られるほどに細分化してゆく。
何故魔術師が魔術を“根源”へ至る手段としたか。―――それは、魔術が『人に広く知られていない事象』であり、思い当たる限り“根源”に最も近しい存在を保っていたからだ。
故に、その魔術を世に知らしめる事は、魔術の存在価値を地に貶めるも同義の愚行である。
以上が、父親の主張であった。
「父上、私は“根源”を目指すつもりなど毛頭ありません」
だが“彼”からしてみれば、そんな事はどうでもよかった。
何故なら“彼”は『世の人々を幸せにする事』が望みであり、父が力説した“根源”のなんたるかなど一片の興味もなかったからだ。
例え魔術という事象が神秘を失おうと、技術としての価値が残ればそれで良い。―――これが“彼”の主張。
そう、魔術師が魔術を“根源”に至る手段に相応しいと見定めたように、“彼”は世を幸せにするために最適な手段として、魔術を選択したのだ。
息子が発した予想外の一言に、父は怒り心頭となった。
“彼”の家は神秘と伝統を重んじる貴族の家系であり、今の発言は子どもの戯言とて、いずれ家督を受け継ぐ長男が口にしてよいものではなかったからだ。“彼”は類稀なる魔術の才能を誇り、両親の期待も厚かった。だからこそ―――その期待が裏切られた時、怒りは何十倍にも膨れ上がる。
「このうつけ者がっ。決めたぞ、家督はお前の弟に継がせる。お前は勘当だ! 出て行け、二度とその顔を儂に見せるなっ!」
斯くして“彼”は『貴族の恥晒し』の烙印と共に、身ぐるみ一つで冬空の下へと投げ出された。
しかし“彼”はそれを悔いなかった。
父親の反応を見て、あの家に留まっても自分の望みは叶わないと確信したからだ。
「私はいま、自由の身となった。これで下らない格式や伝統に縛られず、夢を追いかける事ができるだろう」
帰る家と家族の庇護を失ったにも関わらず、“彼”は誇らしげに胸を張り、雪のちらつく街角へと消えていった。
それはまだ、“彼”が十にも満たない歳の頃の出来事だった。
* * * * *
―――二十数年後。“彼”はイタリアの小さな地方都市で、やり手の商人として名を馳せていた。
字の読み書きや数字の計算。元貴族の教養を活かし、下働きから加速度的に成り上がっていった“彼”は、今やその街の顔とも言える人物となっていたのだ。
「ようやく下地が整った。まずは、この街から魔術を広めてゆこう」
大人になった今も、“彼”はかつての志を忘れてはいなかった。
魔術という名の『技術』を人々に広め、世界をより豊かにする。そのために“彼”は研究のための資金を稼ぎ、街の人々から信用を得、強い影響力を手に入れた。今なら、魔術という得体の知れないものを明かしたとしても、多くの理解を得ることが出来るだろう。“彼”の夢はようやくスタート地点に立ったのだ。
―――そう、思っていたのだが。
“彼”の夢は、走り出す前に思いもよらぬ妨害を受けてしまう。
「父上、何故魔術を世に広めなければならないのですか?」
そう言ったのは“彼”の息子であった。
魔術という技術の可能性、それを世に広める事の素晴らしさ……己の持論を日頃から言い聞かせていたはずの息子が、かつての“彼”のように、己の父に問いかけてきたのだ。
「魔術が世に広まれば、人々の生活はより豊かになるだろう。それのどこが不満だ?」
「見も知らぬ人々の生活を豊かにして、それが何になるというのですか。私には父上ほどの商才はないのです。ならば、専門技術を秘匿する事には価値がある。私にとっての魔術を無価値にしないでいただきたい」
“彼”の息子には、商人としての才能がなかった。魔術師としての才能も平凡である。
もしも父の夢が実を結び、魔術が当たり前になったら。自分よりも才能のある者がこの街に現れてしまったら。たとえ平凡であっても、魔術だけが取り柄の自分は―――果たして、その世界でどうやって生きてゆけばいいのか。……というものだった。
息子は息子なりに切実な理由で、父の行動に待ったをかけた。
それが分かるからこそ“彼”は苦悩した。
夢を実現させれば、人々は豊かになるだろうが……代わりに息子が不幸になる。
しかし、だからと言って生涯をかけて追い求めてきた夢を、こんなところで諦めることなどできるのか。
何か、全てを解決する方法はないのか。
悩み、苦しみ、もがき―――そして“彼”は、ある事を思いつく。
「そうだ、お前に私の『全て』を継がせよう。さすればお前は、商人としても生きてゆけるし、魔術が当たり前になったとしても―――“賢者”としての役目を持つことができるはずだ」
それは、“彼”の一族に脈々と伝えられてきた魔術を応用したもの。
“水”属性―――“流動”の魔術。
高所から低所へ、血の流れに沿って親から子へ。文字通りの『全て』を受け継がせる秘術。
“継承”
それを完成させる事で、“彼”は息子を一人前の魔術師に成長
息子は“継承”によって父の知識や記憶、経験……その全てを自身のものとする事で、商人としても魔術師としても、天才の父同様の実力を得る事に成功したのだ。
後顧の憂いは全て断たれ、十二世紀初頭―――イタリアの地方都市にて“彼”の夢は動き出した。
全ての人々に魔術を。
世界に大いなる繁栄を齎すために。
* * * * *
全ての始まりは、偽りのない善意だった。
世の人々が幸せでありますように。……そんな、清らかで美しい願いだった。
少なくとも“彼”―――エドガルド・フォレスティはそう考えていたはずだ。
だが、運命の皮肉は数百年の時を経て、彼の一族を残酷な結末へと導く事となる。
裁きがエドガルド自身に落ちなかったのは、神の悪戯か、それとも―――…。
TO BE CONTINUED・・・
【作中捕捉】
■エドガルド・フォレスティ
フォレスティ家初代当主。一言で言うなら『良い貴族』って感じの人。
「全世界の人たちが幸せいっぱいだと良いなー」とか本気で考えるし、そのためなら実際に行動にも移せる正真正銘の善人。ボランティアとか大好き。ただ少しばかり頑固で正義感が強すぎる面があり、友人にすると息苦しいタイプ。
九歳の誕生日に「せっかく魔術っていう便利な技術があるのに、根源なんて下らない理由で秘匿するとか馬鹿なの? 死ぬの?」という考えの下『全人類魔術師化計画(仮)』を親の前で堂々とプレゼンし、父親と大喧嘩。その結果家なき子と化す。以後は地元を離れ、経歴を活かして商家の下働きとなり、大きくなったら独立し、気付いたら大商人になっていた。
ちなみに、実のところ両親は「反省したら家に帰って来るだろう」という考えでエドガルドを追い出したのだが、当のエドガルドは本当にそれきり行方をくらませてしまう。エドガルドを追い出した事よりも、彼が貴族の坊ちゃんとは思えない、恐ろしいバイタリティの持ち主である事を見抜けなかった事こそが、両親の犯した一番の失敗であった。
彼を語る上で欠かせない『全人類魔術師化計画(仮)』だが、もちろん、そもそも魔術回路がない人間には魔術が扱えないという事はエドガルドも承知しており、まずは『魔術回路はあるけど魔術を習ってない人』を対象に少しずつ魔術を広めていき、魔術の探求を活性化させ、そのあとに資質を持たない人でも魔術を扱えるような研究に着手していく予定だったらしい。計画の足掛かりとして、十年と少しかけて街の住人の信用を築いた事を含め、孫子の世代も視野に入れた、かなり長いスパンの計画である事が伺える。
そもそも、多くの人間に知られれば『魔術』は神秘を失うだろうという問題もあるが………『全人類魔術師化計画(仮)』はあくまで分かりやすく掲げた建前であり、その本質は魔術の研究をする上で積み上げてきた知識や技術を一般に広める事。一言でいえば『秘匿技術の開放による文明開化』こそが目的であり、魔術を広める事自体はぶっちゃけ重要ではない(なぜこの技術が生まれたのか? という発想の起源、そして魔術という文化そのものも後世に残すべき知識なので、一緒に教えているだけ)。この本音と建前の違いが、後の時代でさらにややこしい事態を引き起こす事になる。
■継承魔術
エドガルドが生み出した、フォレスティ家特有の魔術。
原理としては原作でイリヤがやっていたような『意識や記憶の同調』の応用で、その効果は『血の繋がりを縁に、術者の持つ記憶・知識・経験などを対象にまるごとコピー&ペーストする』というもの。商人としても魔術師としても半人前だったエドガルドの息子は、この魔術によって天才の父と同等の実力を得るに至った。
アインツベルンのように純血を保っていたわけでもないのに家が長続きしたのも、この魔術による影響が大きいようだ。
なお継承魔術というのは通称であり、ちゃんとした名前が別にあるらしい。