Fate/mille fiore-フェイト ミルフィオレ-【完結】   作:おるか人

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Scene.16  明かされぬ謎

 ―――夢の世界から目覚めると、見慣れた天井が見えた。

 

「ん、……朝か?」

 

 士郎は寝惚け眼を擦りつつ、布団から身体を起こす。

 

(何だか変な夢だったな……『イタリア』『商人』『フォレスティ』『エドガルド』……内容をやけにハッキリ覚えてる……)

 

 此処は衛宮邸の自室で、今自分が寝転がっていたのはいつも使っている布団。いつも通りの目覚めのはずなのに、何だか大事なコトを忘れているような気がする……と、士郎が寝惚けた頭で現状を認識していく最中、不意打ちの声が背後から飛んだ。

 

「目が覚めましたか、シロウ?」

「おわっっ!!?」

 

 飛び上がる士郎を安堵の目で見つめるのは、彼のサーヴァント、セイバーである。見れば彼女は青と銀の戦装束を纏ったまま、枕元で正座の姿勢をとっていた。

 

「せ、セイバー!? 何で俺の部屋に……部屋、に?」

 

 夕陽に照らされるセイバーの鎧姿を見て、士郎の頭が急速に回転する。

 ―――何でここにいるかだって? そんな事はどうでもいい。

 

「セイバー、怪我……! あんなに血が出てたんだ、まだ休んでなきゃ駄目じゃないのか!?」

 

 思い出したのだ、穂村原学園の屋上で起きた戦いを。士郎は千花の礼装に敗れ、そのせいでセイバーもまた千花のサーヴァントに敗れた。その時、セイバーは敵サーヴァントの攻撃を受けて身体を斬り裂かれている。素人目にも相当な重傷であったはずだ。それが何故、平気そうな顔で士郎を心配しているのか。

 

「私の傷なら、シロウが治癒の魔術をかけてくれたおかげでなんともありません。サーヴァントの本体は霊体ですから、急所をやられない限り、大抵の傷はどうにでもなります」

「ああ、……そういえばイリヤがそんな事を言ってたような気がするな。確か、霊核がどうのってやつだっけ。なら、本当に大丈夫なのか?」

「はい。その節はありがとうございます」

「いや、セイバーが無事ならそれでいいんだ」

 

 強がりの類ではなく本当に大丈夫そうなので、士郎はひとまず胸を撫で下ろした。

 そして、セイバーの話に覚えのない単語が混じっている事を追求した。

 

「けどセイバー、俺の治癒魔術ってどういう事だ?」

「どういう事も何も、そのままですが。あのコジロウというサーヴァントにやられた私は、即死こそ免れたものの、かなりの重傷でした。シロウの助けがなければ、遠からず消えていたでしょう。自分こそ命が危うい状態だというのに、冷静に戦場を俯瞰したあの一手……素晴らしいものでした。今回の勝利はシロウのお陰です」

 

 手放しの称賛に面食らう士郎である。

 何せ士郎は、千花に毒を盛られてからは得体の知れない苦しみに耐える事で精一杯だったのだ。治癒魔術などかけた覚えはないし、戦場を俯瞰的に観察できる冷静さも残されていなかった。

 そしてそこから覚えているのはせいぜい『死ぬほど痛かった』事と『遠坂凛が殺されかかっていた』事と『それを止めようと必死に立ち上がろうとした』事の三つ。しかも、結局自分の身体は一ミリたりとも動いてくれず、そのまま力尽きるように気を失ったはずだ。

 

「あ……そうだ、俺が気を失った時……」

 

 士郎の頭に四つ目の光景が浮かんできた。気を失う寸前―――セイバーの剣で真っ二つに両断される千花の姿だ。それに合わせ、セイバーの『今回の勝利はシロウのお陰』という言葉から考えると……。

 

「なあ、セイバー。アイツは……万条は……死んだのか?」

「バンジョウ……というと、白髪のマスターですね。はい。私がこの手で」

「そうか……」

 

 ―――死んだ。

 その言葉は、士郎の心に重くのしかかってきた。

 セイバーが殺したのなら、それは彼女を令呪で呼び出した自身の責任である。衛宮士郎は人の命を奪ったのだ。

 

(アイツは、何だったんだ……?)

 

 そうなると気にかかるのが、万条千花という人物に関する謎。

 穂村原学園の関係者の記憶を人知れず改竄し、士郎の信念を聞くや否やそれを嘲笑い、士郎と凜を不必要なまでにいたぶった。悪人である事は間違いない。間違いないはずなのだが……何故か、そう言い切れない自分がいる事に、士郎は気付いていた。

 

(どうしてか分からないけど、俺は、アイツは悪い奴だって言い切れない……何か、喉奥に小骨が引っかかってるような……よくわからない気持ちを感じてる。一体、なんで……?)

 

 士郎はしばらく考えあぐねて、やがてグシャグシャと頭を掻き毟った。

 

(駄目だ、分からない。そうだ……分かるはずないじゃないか。そもそもアイツとはロクな話をしてないんだから)

 

 二日前に突然出会い、その日は挨拶以上の会話を交わさなかった。次の日は学校が休みで出会わなかった。その次の日、つまり今日は話もそこそこに戦闘が始まってしまい――――現在に至る。日数だけ数えても三日、実際にちゃんと話したのは今日の戦闘前のみ。これで万条千花が何者かを推し量れというのは、士郎でなくても無茶というものだ。怒りより不可解が前に出るのも当然の話。

 いや、それ以前に。既に死んだ相手の正体が今更判明したところで、それが一体何の慰めになろうか。

 

「…………ん?」

 

 益体の無い思考を振り払った士郎は、部屋の窓から漏れる光が茜色に染まっている事に気が付いた。

 

「夕陽………? なあセイバー、俺はどれくらい寝てた? あの屋上の戦いから、どれくらい経ってるんだ?」

「およそ三時間ほどですね。……ああ、そうだ。シロウ、貴方はあのバンジョウという魔術師に毒を盛られたのでしょう? 私の事などより、貴方こそ身体に不調は残っていませんか?」

「え? ああ、それは大丈夫。……ん? 本当に大丈夫だな……?」

 

 言われてから気付いたのか、士郎は立ち上がると、何度かその場で小さくジャンプしたり手首足首をプラプラ振り回したりと身体の調子を確かめるが、とても起き抜けとは思えないほど問題がなかった。むしろ普段より活力に溢れているような感覚さえ覚える。

 

「俺に何かしたのか?」

「いえ、何も。ただ……寝ている時、シロウの腕の傷が独りでに塞がっていきましたので、私はてっきり、貴方は卓越した回復魔術の使い手なのだろうと思っていたのですが……違うのですか?」

「えっ? あれ? ほ、本当だ……剣で刺された傷がない!」

 

 士郎が自分の右腕を確認すると、セイバーの言う通り、千花に短剣で刺された際の傷が跡形もなく消えていた。これはおかしい。確かにそこまで深い傷ではなかったが、数時間で塞がるようなものでもなかったはずだ。

 

「俺が使える魔術は強化だけだ。召喚した夜にも説明しただろ?」

「確かに聞きましたが。……では、私にかけた治癒魔術は? 本当に強化しか使えないと言うなら、どうやって?」

 

 不可解が次々と明らかになり、主従二人して首を傾げるセイバー陣営。

 その後もいくらかの議論を交わしたものの、二人の間で納得のいく答えは出なかった。

 

「あっ」

 

 グゥ、と士郎の腹の虫が鳴いたのが、議論の終わりを告げる合図となった。士郎は昼休みが始まってすぐに千花を屋上へ呼び出したので、昼食を食べていないのである。

 

「今食べると、晩食べられないか……?」

 

 そう思いつつも、戦ったり叫んだり苦しんだりと忙しかったせいか、自覚したそばから士郎の空腹感は強まっていくばかり。

 

「……我慢した方が体に悪いかもな」

 

 万条千花とは一体何者だったのか?

 セイバーを救った治癒魔術とは何なのか?

 瞬く間に塞がった傷、活力に満ち溢れる身体……自分の身に何が起きたのか?

 

 結局、それら全ての謎は棚上げのままで、士郎は軽い腹ごしらえの準備に入るのだった。

 

 

* * * * *

 

 

 士郎が衛宮邸で目を覚ましたのと同じころ、凛もまた遠坂邸の自室で目を覚ましていた。

 彼女も士郎と同じく、戦いの終わり―――千花の死―――を見届けたと同時に気を失い、己のサーヴァントによって拠点まで運び込まれていたのである。

 

「……アーチャー、悪いけど肩を貸してくれる?」

「凛! 目が覚めたのか!?」

「今覚めたわ。それより肩。私を電話の前まで連れてって」

「なに、電話? 凛……それは今、すぐに、君がやらなくてはならない事か?」

「ええ。今、すぐに、私がしなきゃいけない事よ。私の体調が心配なら、なおさら早くしてちょうだい」

 

 士郎と違って、凜は一目で体調不良が分かる状態であった。肩を貸せと言ったのも、この気丈な少女をして「そうしなければ電話までたどり着く事すらできないだろう」という確信があったからだ。

 これは梃子でも動くまい―――と、目覚めて早々の“命令”に、アーチャーは渋々従った。

 結局、両者の体格差の問題で横抱き、つまり俗に言うところの『お姫様抱っこ』の体勢で電話まで運ぶ事になり、主従間でひと悶着があったのだが……その辺りを語り出すと長くなるので、ばっさりと割愛させていただく。

 

『もしもし』

「もしもし、綺礼? 私よ」

『凛か。どうした、リタイアの申し入れかね?』

 

 羞恥に耐えて電話までたどり着き、凜が連絡をかけた先は、冬木教会であった。

 万全には程遠い精神状態で、この兄弟子―――第五次聖杯戦争の監督役である言峰綺礼―――を相手にしなければいけないという状況に、心底頭を抱えたい凜である。

 

「そんなわけないでしょ。三時間くらい前に穂村原学園で戦闘があったんだけど、アンタに何か連絡がいってる?」

『ああ、その件か。監視役から連絡を受け、即座に情報操作に乗り出したが……三時間前か、やはり初動が遅かったようだな』

 

 凜は内心でチッと舌打ちをした。

 何せ真っ昼間にあれだけの騒ぎが起きたのだ。本来ならばあの場にいた魔術師である士郎、凜、千花のうち誰かが監督役に事態の収拾を頼まなければならなかった。しかし士郎と凜は毒に倒れ、残る千花は死んでしまっているのだ。

 

 ―――もしも私が眠っていた三時間の間に、取り返しのつかない事態が起きていたら!

 

 今の凜が抱えている心配はそれだ。神秘の漏洩はもちろん、あの人喰い結界による被害者が適切な処置も施されぬままに放置されていたら、どうなるか。想像するだけで冬木のセカンドオーナーとして、魔術師として、何より人として身震いする心持ちである。

 

「……死者は?」

 

 恐る恐る、といった様子で尋ねる。

 

『今のところ確認されていない。全校生徒が軽い衰弱状態に陥っていたので、ひとまずは新都で起きた“ガス漏れ”との関わりを臭わせている段階だ。この分だと、人為的な事件……悪質な愉快犯の仕業として処理されることになるだろうな』

 

 死者はいない、という下りでホッと胸を撫で下ろす凜だが、それは最悪の事態を避けられたというだけで、十分に大事である事は理解できた。

 

『しかし凛、その言い分からすると、お前はその時現場にいたのかね?』

 

 言外に「何故もっと早く連絡を寄越さなかったのか」という意図が混ざっている事を感じ取り、凜は忌々しげに唇を噛んだ。

 

「…………ええ。その時の戦闘でちょっと、ね」

 

 相手にしてやられて、今の今まで気絶していました―――とは流石に口にできなかった。これは自身の恥を晒すのは云々というより、受話器の向こうにいる男にそんな告白をしてしまえば、この先の人生まるごとに大きな影が差すことは間違いないという切実な危機感からの行動だった。

 

『そうか、ちょっと―――か』

 

 だというのに、次の瞬間には受話器から心底愉快そうな声が聞こえてきた。

 考えてみれば『事件が起きた時に現場にいたにも関わらず、今まで連絡できなかった理由』など……少し考えれば想像はつくのだろう。

 ひょっとすると、綺礼の頭の中には事実よりも更に酷い凜の醜態が浮かび上がっているのかもしれない。

 

「~~~~! 戦闘の最中に毒を受けて今まで動けなかったの! 文句ある!?」

『ほう、戦いの最中に毒をか。遠坂の後継者であるお前を相手にそこまでやってのけるとは、相手はなかなかの手練れだったようだな』

「ええ―――“だった”わ。性根こそ腐ってたけど、やっぱり八〇〇年の歴史は伊達じゃないって事ね」

 

 凜にしてみれば、その一言は「そんな奴が相手だったのだから、この傷もまあ仕方がない」という―――彼女にしては珍しい―――ちょっとした言い訳のようなものだったのだが……それに対する綺礼の返答は、予想外のものだった。

 

『なに、八〇〇年? 驚いたな、そんな家がまだ……………………いや、まさか万条家か?』

 

 フォレスティではなく、万条。

 信じられないと言わんばかりの綺礼の声色に、凜はギョッとした。

 

「あんた、アイツの事知ってるの!?」

『当然だ。むしろ、何故お前が知らないのかが疑問だな』

「どういう事よ? 詳しく説明しなさい!」

 

 凜にしてみれば、遠坂の魔術を自分のもののように操る千花の正体は知っておかなければならない。だからこそあの時、殺さずに捕まえる手段をとったのだ。その千花本人がセイバーに殺されてしまった今、謎は謎のままかと諦めかけていたが……まさか、こんなところに光明があろうとは。

 

『説明してやるのは構わんが……まぁ、待て』

「何でよ!?」

『今日一日は事後処理で忙しいのでな。そうだな、明日の昼頃にでも教会へ来るがいい。その時に話してやろう』

「ぐ………………………………………………………分かった、明日の昼ね? ちゃんと全部話してもらうわよ!」

『もちろんだとも。では、そろそろ切るぞ』

 

 ―――がちゃん、と乱暴気味に受話器を置く。

 途端に、凛はぐったりとアーチャーに体重を預けた。

 

「お、おい凜……大丈夫か?」

「ハァ、ハァ……平気よ」

 

 青白い顔で息を乱す様子は、どう見ても平気ではない。電話相手に不調を気付かれぬように声を張る―――たったこれだけの事が、今の凜には重労働だったのだ。

 

「でも、そうね。明日は綺礼を問い詰めに行かなきゃいけないし、早めに休むことにするわ。アーチャー、悪いけどまた私の部屋まで連れて行って」

「…………………了解した」

 

 アーチャーは命令に従い、再び凜の身体を抱き上げて歩き出す。しかし此処へ来る時と違い、腕の中から文句も照れ隠しも飛んではこなかった。

 ただ、静かな屋敷の中に―――凜の荒い呼吸だけが響いていた。

 

 

 

 

 

TO BE CONTINUED・・・




【作中捕捉】
雪だるま式に増えていくばかりの謎。読者のためにも作者のためにも、ここで一度整理しておきます。

謎① 万条千花とは何者なのか?
謎② フォレスティ家と万条家の関係とは?
謎③ 何故、千花は遠坂の魔術を寸分違わず再現できるのか?
謎④ 灰聖杯とは何か?
謎⑤ 千花の魔術と礼装のあれこれ
謎⑥ 士郎はどうやってセイバーに治癒魔術をかけたのか?
謎⑦ フォレスティ家が辿った末路とは?
謎⑧ 士郎は何故フォレスティ家の夢を見たのか?
謎⑨ アサシンは何故千花をマスターとして相応しいと認めたのか?
謎⑩ そもそも、千花はどうやってキャスターからアサシンを奪ったのか?
謎⑪ 葛木先生の現在は?
謎⑫ なぜ千花は学園の関係者全員に暗示をかけたのに、士郎にだけ暗示をかけなかったのか?
謎⑬ 何故『凜が万条家を知らない』事がおかしいのか?
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