Fate/mille fiore-フェイト ミルフィオレ-【完結】   作:おるか人

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Scene.17  予感

 すっかり夜の帳が下りた冬木の街並みを、少年と少女の二人組が歩いて行く。

 

「……シロウ、本当に大丈夫なのですか?」

「大丈夫だって。それに、そんなこと言ったらセイバーの方が大怪我だったじゃないか」

「私と貴方では事情が違います。それに、刀傷と毒では後々の身体への影響も全く異なるでしょう」

 

 時刻を考慮して、ヒソヒソと小声で会話を交わす主従。傍から見れば夜の逢引と思えなくもない光景だが、二人がしているのは至って真面目な見回りである。敵マスター、もしくは敵サーヴァントを探しているのだ。

 発案は意外にも士郎の方で、万条千花の存在によって『悪しき魔術師』がどれほど危険かを身を以って知った士郎は、敵の凶行を未然に防ぐ事が重要だと主張したのである。

 セイバーからすれば、戦いに消極的だったマスターが能動的に動こうというのだから、本来なら喜ぶべき展開なのだが……ご存知の通り、今の士郎は数時間前に得体の知れない毒を受けて間もない、言わば病み上がりの身である。

 今こそ元気いっぱいで後遺症の『こ』の字も見当たらない有様だが、念のため今日いっぱいは静養に努めた方が良いのではないか、というのがセイバーの主張であった。

 二人の意見がぶつかった結果が現在の構図に繋がっている。結局は士郎の「もしかしたら、こうしている間にも学園の洗脳と同じような事態が進行しているかもしれない」という意見に、セイバーが折れた形になったわけだが。

 

「けど、セイバーの『テスト』にも合格しただろ?」

「それは……そうですが」

 

 士郎の言う『テスト』とは、意地でも夜の見回りを敢行しようとする士郎に、セイバーが『ならば、不調がない事を私に証明して見せてください』と仕掛けた試合の事だ。その内容は竹刀対竹刀、怪我させないように軽く何本か打ち込むから、それを捌いて見せろというものだった。

 

(私はあの時、シロウを言葉ではなく腕尽くで黙らせるつもりだった。貴方は理屈では止まらないと理解したからこその『テスト』だったのに)

 

 しかし―――士郎はセイバーの剣を裁き切り、あまつさえ打ち込みの隙を縫って反撃の一手さえ仕掛けてきたのである。いかに油断していても、人間の太刀を食らうようなセイバーではなかったが、一瞬ゾッとさせられたのは否定できない。あの時の士郎の一撃は、それほど鋭いものだった。

 病み上がりの身で拠点を出るのは危ない……そう主張していただけに、セイバーは反論の術を失ってしまったのだ。

 

(あの太刀筋……恐らく、人間相手ならばまず負けない。サーヴァントを相手にしても、数秒はもたせられるかもしれない)

 

 あくまで人間という枠内での話だが―――剣の英霊であるセイバーをしてそう言わせるほど、士郎は剣術に秀でていた。

 そうなると、当然の疑問が浮かび上がる。士郎は屋上の戦いで、アサシンの出現に驚いた隙を突かれ、短剣の一撃を受けている。しかし、あれだけの剣技を練り上げた人物が、あの程度の出来事で対応を誤るだろうか? 千花もまた人間の区切りで言うところの『強者』だったのか、それとも士郎があの時に限って常にないほど油断していたのか……? 戦闘開始以前のやりとりを知らないセイバーには、判断がつかない。

 

(この焦燥は何だ? 私は、何を見落としている―――?)

 

 セイバーは持ち前の直感で『何か』を感じ取るも、その正体が掴めない。

 出所不明の治癒魔術、死闘の後だというのに一切の疲弊を感じさせない主……先に生じたいくつかの謎、そして最も予想外だったイリヤスフィールとの出会い。それら全てが静かに彼女の心を乱していた。

 

「――――――バー、セイバー!」

「っ、あ……何ですか、シロウ?」

「いや、調べておきたいところがあるんだけど……大丈夫か?」

 

 どうやら、思考の海に沈んでいるうちにそれなりの距離を歩いていたらしい。セイバーは慌てて「問題ありません」と取り繕い、さりげなく周囲を見渡した。

 

「なるほど、これは確かに……」

 

 士郎が「調べておきたい」と言った理由はすぐに理解できた。此処は円蔵山(えんぞうざん)と呼ばれる山の麓であり、二人の目の前にある長い石段を登れば、聖杯降臨の祭壇が一つである柳洞寺に辿り着く。尋常ならざる霊気の漂うこの場所は、確かにあらゆる意味で『重要』と言えるだろう。

 

「一成……えっと、俺の友達がこの前、『最近お寺に素性の分からない女性が寝泊まりしてる』って言ってたんだ。変わった格好をしてるって話だし、もしかしたらって思ったんだけど……」

「え? ああ、そうでしたか」

 

 どうやら士郎は魔術師的な観点から此処の調査を思い立ったわけではないらしい。

 

「どうだ、セイバー?」

「過程はどうあれ、まず此処を調べるというのは正しい選択だと思います。これほどの霊地……他の陣営の目に留まらないわけがない」

「そうか、じゃあ行こう。もし本当に敵がいたら、一成たちが危ないかもしれない」

 

 そう言って石段を上り始める士郎。

 その後姿は健康そのもので、やはり毒の後遺症など何処にも見当たらない。

 

(……やはり私の考えすぎでしょうか? いや、しかし……)

 

 釈然としない思いを胸に抱えながら、セイバーも士郎の後に続いて階段を上っていく。

 その先に待ち受けるものも知らずに。

 

 

* * * * *

 

 

 柳洞寺の境内にて、キャスターは憂いの表情を浮かべていた。

 

「……いつか、こんな日が来ると思ってたわ」

 

 石段を登り詰めて来る存在の強大さ、それを相手にする事の意味。それが理解できるからこそ……彼女は、抗おうとする気力さえ失ってしまっていた。

 ()()が階段を上り終え、境内に辿り着いた時―――自分は死ぬ。

 それは逃れようのない絶対運命。努力や策略ではどうしようもない隔絶した現実が目の前に横たわっている。

 

「だから、ライダーを手に入れようと思ったのに……」

 

 思い出すのは昼間の事。間桐慎二の偽臣の書に“破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)”を命中させ、ライダーのマスター権を奪おうとした時だ。

 

 

* * * * *

 

 

「ッ、これは……まさか!?」

 

 パスの消失を感じ取ったライダーが反応を見せた。

 だが、計画の成就にほくそ笑むはずだったキャスターもまた、大きな動揺に包まれていた。何故ならキャスターに出来たのは契約の破棄まで。キャスターに繋ぎ直されるはずだった経路は、彼女の手をすり抜けて何処か別の場所へと逃げていったのだ。

 

(どういう事? この坊やは令呪を持っていない……!?)

 

 偽臣の書は、宝具の命中と共に燃え落ちた。本来なら未使用の令呪はキャスターの手に収まるはずなのだが、それも無い。まさか、全ての令呪を使い切った後だったのか? 令呪で『主に逆らうな』と命じられたから、ライダーは従属を強いられていた? いや、そんな曖昧な命令で英霊を律することなど不可能。ならば何故ライダーはこんな下らない男に従っているのか―――!

 

 キャスターは間桐家が抱える複雑な事情を知らない。対するライダーは全ての背景を知っている。両者の差が、この瞬間の挙動に表れた。

 

「逃げますよ、シンジ! しっかり捕まっていてください!」

 

 ライダーは事態の把握が間に合っていないキャスターから慎二を強奪し、結界の解除とペガサスの召喚を同時に行う。

 

「しまっ……!? お待ちなさいライダー! 何故っ、」

 

 もはやマスターですらない男のために行動するライダーの事が、キャスターには理解できない。慌てて引き留めようとしたが、時既に遅し―――ライダーは宝具“騎英の手綱(ベルレフォーン)”を発動させ、竜牙兵の群れごと校舎の壁をぶち抜いて空の彼方へと消えていった。

 

「…………何故……?」

 

 残されたキャスターは、ライダーの残した光の残滓の中に佇む。所在なさげにフラフラと彷徨う掌は、そのうちに何も掴むことなくゆっくりと落ちていった。

 

 

* * * * *

 

 

 ―――あの時のライダーの思惑は、今になっても分からない。

 ただ一つ分かることがあるとすれば、アサシンに代わる手駒を得ようとしていたキャスターの計画は完全に失敗し……次の対策もとれないままに、今この瞬間を迎えているという事だけだ。

 

 そう。いつか、この日が来るのは分かっていた。

 葛木総一郎が床に臥せた日から、アサシンを失った時から、万条千花に出会った夜から……今日、この日は予感できていた。

 

 ああ―――分かっていた。

 キャスターは最弱のサーヴァント。

 耐魔力を当たり前のように保持する英霊が多い冬木の聖杯戦争においては、この柳洞寺という最高の守護を使って、やっと勝機が見えて来る存在。

 だからこそ、キャスターにはこの陣地を死守するだけの戦力が必要だった。敵を山門で食い止め、自分は悠々と魔力を溜めこむ。そういう戦略を徹底してこそ、聖杯を手にする事ができるのだ。

 途中までは上手くいっていたはずだ。ルール違反を犯してまで自らの手でアサシンを召喚し、山門の守護を命じた。マスターに黙って、独断で街中から魔力を集めた。そうまでして引き寄せた勝ちの目を―――千花は、たったの一手で根本から突き崩した。

 結果、彼女のマスターである葛木総一郎は意識不明の重体にまで追い込まれ……柳洞寺防衛の要であったアサシンは、令呪ごと強奪された。

 

 ――― ねえ、月並みな脅迫をしようか。この人が()()()()()()いいのかな? ―――

 

 あの日、あの時、総一郎を抱き寄せながら言った言葉。月光に照らされたあの狂気を思い出すだけで、キャスターは背筋がゾッとする。千花がまるで、かつての自分に見えたからだ。呪いに侵され、時間稼ぎのためだけに弟を八つ裂きにして海に捨てた時の自分。彼は呪われてもいないのに、魔女に等しい精神を持っているのだ。ライダーとの戦闘時、屋上で起きていた戦いを知りながらも目を背けた理由は……きっと、恐怖だった。

 もちろん、キャスターはその後の千花が真っ二つにされたシーンも見ていたが……あんなものは茶番だ。そも、首をねじ切られても平気で生きているような化物が、胴を裂かれた程度で死ぬものか。

 アレとは二度と関わりたくない。……その思いがキャスターに焦りを生んだのだろう。結果として、策謀の英霊であるはずの彼女は多くのミスを犯し、そして―――。

 

「こんばんは、キャスター」

 

 石段を登り終えた小さな侵略者は、あどけなく笑う。

 真っ白な彼女とは対照的に、隣に控えるのは黒い巨人。

 万条千花とは別の狂気を振りまくそれが、無言の内に必殺を宣告する。

 

「じゃあ……殺すね。やっちゃえ、バーサーカー」

 

 唸り声と共に、巨大な斧剣が振り上げられる。

 迫り来る『死』を、キャスターは渇いた笑みで見つめていた。

 

 

* * * * *

 

 

 ―――士郎とセイバーは石段を上り詰めていく。

 つい数分前、彼らと縁の深い少女が歩いた道筋をなぞるように。

 

 

 

 

 

TO BE CONTINUED・・・




【作中捕捉】
■ライダー陣営、残り令呪・・・二画。
偽臣の書が消滅したため。また、それに伴ってライダーのマスター権が桜に移行。

■士郎の剣術スキル。
何故か原作初期より遥かに上達している模様(理由は不明)。
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