Fate/mille fiore-フェイト ミルフィオレ-【完結】   作:おるか人

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Scene.18  彼らの分岐点

「駄目よ、シロウ。シロウには第五次聖杯戦争に参加しなきゃいけない責任があるの」

 

「どうしてって? 簡単な事よ。貴方の養父、衛宮切嗣は十年前に行われた第四次聖杯戦争の参加者だったの。けれど、何を思ったか、彼は最後の戦いで聖杯を自らの手で破壊してしまった」

 

「分かる? つまり言い換えれば、シロウがいま『馬鹿馬鹿しい』と言い捨てた第五次聖杯戦争が起ころうとしているのは、貴方の父親が原因って事」

 

「責任をとるべき人が既に死んでいる以上、その子供にお鉢が回って来るのは不思議な事じゃないでしょ?」

 

 

 

「じゃあ勉強会を始めるけど、その前に、シロウの実力をある程度でいいから教えて?」

 

「……え? できるのは強化だけ? しかも失敗ばかり? ある程度って言ったでしょ! 何でそんな事まで喋っちゃうの!?」

 

「うそ……スイッチのON/OFFも切り替えられないの? そ、それじゃ本当の本当にド素人じゃない! キリツグは一体何をしてたのよ!?」

 

「えっ。…………聖杯戦争の事情は話したでしょ? キリツグは第四次の時、アインツベルン陣営のマスターとして参加してたの。だからそれなりに人物像は知ってるの。それだけよ」

 

「それにしても、予想外にも程があるわ。時間には余裕をもたせたつもりだったのに……基礎の基礎から教えてたら、零時までになんてとても間に合わないじゃない」

 

「こうなったらシロウには、スイッチのON/OFFと召喚の呪文だけをしっかりと教え込むしかないわね」

 

 

 

「召喚も無事に済んだ事だし、そろそろわたしは帰るね」

 

「……シロウ、話を聞いてなかったの? 本来、わたしとシロウは敵同士。召喚を手伝ってあげたのは、あくまで聖杯戦争を滞りなく進めるため。別にあなたの味方になったわけじゃないわ」

 

「これ以上分からない事を言うなら、今ここで戦ってもいいのよ? でも、サーヴァントとまともに意思疎通もできない今の状態で、わたしとバーサーカーに勝てる自信がある?」

 

「聞き分けなさい、シロウ。これはわたしとシロウの個人的な問題じゃないの。シロウに『十年前のような悲劇を繰り返させない』って信念があるように、わたしにも『アインツベルンの悲願を果たす』という使命があるのよ」

 

「じゃあ……さよなら、シロウ。次、夜に出会った時は―――――――」

 

 

* * * * *

 

 

 ―――炸裂する衝撃が、境内の土を盛大に吹き飛ばす。

 台風に見紛うような力の暴風を前に、キャスターが渾身の抵抗を試みるも、全ては風前の灯火である。雨あられと放たれる魔力弾は巨大な斧剣に弾かれ、粉微塵にされるだけ。いや、仮に命中したとして、今のキャスターの攻撃がバーサーカーの肉体を傷つけられるかどうか。

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■――――――――!!」

 

 心臓の弱い人間なら耳にしただけでショック死しそうな大音量の咆哮。振り下ろされる致死確実の一撃が、紫色のローブをあっさりと真っ二つに切り裂いた。

 肩口から斜めに両断されたそれは、即ち内に隠された人体の惨劇を表すものである。

 凡百の魔術師ならば「仕留めた!」と得意になる場面だろうが、そこは千年の歴史を持つ名家、キャスターのクラスを侮りはしなかった。

 

「逃がすと思う?……バーサーカー!」

 

 イリヤスフィールはヒラヒラと漂うローブの切れ端を指さし、バーサーカーに攻撃を命じる。猛る斧剣が、再びローブに狙いを定めた。

 

「くっ、う――――――!」

 

 すると、どういう原理なのか、その瞬間までただの切れ端だったローブから、無傷のキャスターが現れた。バーサーカーの斧剣をすれすれのところで躱し、その勢いで地面に叩きつけられる。だがイリヤスフィールもバーサーカーも、その現象に一切の動揺を見せず、冷静に獲物を見据えている。

 

「手品はもう終わり? なら……死になさい」

 

 地に伏すキャスター、襲い掛かるバーサーカー。

 数秒先に待ち受ける決着の瞬間。バーサーカーは狂気故に、イリヤスフィールはバーサーカーへの絶対の信頼から、キャスターの最後の抵抗を見逃した。

 

(今しかない)

 

 キャスターが密かに取り出したのは、歪な形の短剣。

 数時間前、間桐慎二の令呪を一撃で破壊した対魔術宝具―――“破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)”。

 

()()が当たりさえすればっ)

 

 ―――肉を切らせて骨を断つ。

 キャスターは『命さえ残ればいい』という覚悟で、バーサーカーに向けて短剣を振りかぶった。

 例え腕をもがれても、足を裂かれても、この短剣が命中しさえすれば、その時点でサーヴァントの契約は断たれる。はぐれとなったサーヴァントを手中に収めることなど、キャスターのクラスである彼女には容易い事。そう、彼女の想像通り、当たりさえすれば、その時点でキャスターの『勝ち』なのだ。

 彼我の実力差など無視して、問答無用で勝利を呼び込む切り札の存在。イリヤスフィールがそれに気付いていない今こそが、ただ一つ残された逆転のチャンス。

 

「私は死ねない……宗一郎様のためにもッ!」

 

 だが、文字通り彼女の全てを賭けた策は……予想外の方向から完膚なきまでに叩き潰された。

 

 

 

「―――イリヤ! その剣に当たっちゃダメだッ!!」

 

 

 

 横槍は、山門の方角から。いつの間にか現れた第三者―――新たなマスターと、そのサーヴァント―――がこちらを見ていた。

 

(敵!? あれは、セイバー? マスターの坊やまで? どうして? 屋上の戦いで負傷したはず。いや、それよりも今の言葉。彼らはバーサーカーのマスターと知り合い? まさか同盟? 加勢に?)

 

 高速回転する思考は、キャスターのもの。生死の交錯する刹那にそんな考えを巡らせたのは、きっと彼女自身『もはやどうにもならない』事に気付いていたからだろう。

 その剣に当たっちゃダメだ。―――衛宮士郎の発した叫びに反射で即応し、イリヤスフィールはバーサーカーに「殺せ」以外の命令を下していた。

 

「――――■■■■■■■■■■■■■■■■■!!」

 

 剣を交えるには少しばかり遠い間合いで、バーサーカーが斧剣を地面に向かって振り下ろす。地面は()()し、巻き上げられた土砂が雪崩めいた勢いで前方のキャスターに襲い掛かった。

 

「がッ、ァ――――ァアアアアアア!?」

 

 吹き飛ばされた土や小石は、バーサーカーの筋力によって散弾銃と化す。

 一か八かの近接戦を挑むつもりだったキャスターは、バーサーカーが繰り出したまさかの遠距離攻撃に対応できず、土砂と共に数メートル後方へと吹き飛ばされた。

 

 ―――どずん、と。

 まるで砂袋が落ちたような鈍い音と共に、キャスターは首から落下した。

 受け身をとっていたような様子はなく、魔術を使うような事も無かった。そうなれば、肉体的な強度ではいかなるサーヴァントにも劣るキャスターである。数メートル上空からの落下に耐えられるわけもない。

 

 予想とは過程が違ったものの、結果は違わず。

 ここに、キャスターとバーサーカーの戦いは決着した。

 

 

* * * * *

 

 

「―――イリヤ! その剣に当たっちゃダメだッ!!」

 

 叫んでから、士郎は自分の行動がもたらす意味に思い当たった。

 

(しまった)

 

 石段を上っている最中に境内で戦闘が行われている事に気付き、そして片方がイリヤスフィールである事を知った士郎は、急いで境内に駆けつけた。キャスターが取り出した短剣が“魔術殺し”の宝具であり、万が一にでも命中すればイリヤスフィールの身が危ないと考えたから、それを教えようとして叫んだ。

 そこまではいい。間違っても、それを後悔する士郎ではない。

 問題はそこからだ。セイバーを召喚した日、イリヤスフィールは別れ際に言ったのだ。「次、夜に出会った時は容赦しないからね」と。

 だが、衛宮士郎はイリヤスフィールと争いたくなかった。

 彼女は悪い人間ではない。無関係な人間を巻き込むような戦いはしない。彼女が聖杯を手に入れてくれるのなら、もし自分が敗れても安心だとさえ思っていた。

 

 だから、士郎はイリヤスフィールと出会ってはならなかった。

 少なくとも夜、彼女に『敵』だと判断される時間のうちには―――決して出会ってはならなかったのだ。

 

 イリヤスフィールはちらと一瞬だけ士郎に視線を向けたあと、すぐにキャスターに向き直った。

 

「とどめよ。バーサー」

「待っ て」

「……何? 命乞い?」

 

 仰向けに倒れているキャスターに向けて、イリヤスフィールが問いかける。手足はおかしな方向に折れ曲がり、ピクリとも動かないキャスターは、微かな声で最期の要望を口にした。

 

「マスターを、……そういちろうさまを、殺さない、で」

 

 途切れ途切れの掠れ声で紡がれる助命嘆願。

 

「あの人は、よりしろをうし、なって、きえかかっていたわたしをたすけて、くれただけ。れいじゅももってない、まじゅつしですらない、ただのいっぱんじんなの。だか ら」

 

 ごふ、と大量の血を口から吐き出す。

 紫色のローブがじわじわと赤色に染まっていく。

 

「おねが、い」

「……貴女のマスターは令呪を持っていない、魔術師ですらない。この言葉に嘘偽りはない?」

 

 もはや頷くこともできないのか、キャスターは視線だけで肯定を示した。

 

「いいわ。向かってきたら殺すだけだもの。そっちから来ない限りは見逃してあげる」

 

 改めて下される『とどめ』の命令。今度は割り込む声もなく、キャスターのサーヴァントは斧剣の一撃で跡形もなく消し飛んだ。

 命が失われる最期の一瞬……裏切りの魔女の胸を過ぎったのは安堵か、それとも無念だったのか。それを確かめる術はもう、どこにもない。

 

 

 

 そうして、この場にはセイバー組とバーサーカー組の四人が残された。

 

「…………こんばんは、シロウ」

 

 ゆっくりと振り向けられる、赤い眼差し。

 

「こんなところで会うなんて、奇遇ね。キャスターを倒しに来たの? それとも……戦いが終わった後の疲弊を突こうとしたの? だとしたら、素人なりにちゃんと戦略を考えたのね。偉いじゃない」

 

 くすくすと笑う彼女には、不快感というものが存在していなかった。むしろ、士郎が『そういう考え』でこの場に来た事を心底喜んでいるかのようだ。

 

「シロウ、下がって!」

「違う、下がるのはお前だ、セイバー!」

 

 戦闘態勢で士郎の前に躍り出たセイバーを、士郎は即座に静止した。

 

「……どういうつもり?」

 

 明らかに『不戦』の態度を表す士郎に、イリヤスフィールの表情が強張った。さっきまでの機嫌の良さは一瞬で霧散し、濃密な怒気が境内に満ちていく。

 

「俺はイリヤと戦いたくない」

「なら、どうして此処に来たの? 言ったでしょ? 夜に出会ったら容赦しないって」

「ああ、言ってた。俺だって本当は、見なかった振りで引き返したかったけど……できなかった」

 

 境内で行われている戦いを見た時、士郎には選択肢があった。

 少なくとも、境内に着いた直後はキャスターもイリヤスフィールも士郎たちに気が付いていなかった。あの時点ですぐに引き返していれば、こうしてイリヤスフィールの怒気を浴びる事も無かっただろう。

 だが、士郎にはそれが出来なかった。イリヤスフィールが人を殺す姿など見たくなかったし、イリヤスフィールが傷つくところを見るのはもっと嫌だった。仮に“破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)”の件がなくとも、士郎は遅かれ早かれセイバーにイリヤスフィールへの助力を命じていたはずだ。

 

(だって、優しい子なんだ。イリヤは―――優しい子じゃないか)

 

 士郎はあの一日を覚えている。大判焼きを頬張りながら過ごした昼下がりも、未熟な衛宮士郎にあれこれと世話を焼いてくれた月夜も。イリヤスフィールは『主催者としての義務』と言っていたが、あれは彼女自身の優しさから来るものではないのか。あの時見せた顔こそが、イリヤスフィールの真実ではないのか。

 

「イリヤ……戦わなくて済む道はないのか?」

 

 いや、士郎も分かっている。いかにイリヤスフィールが『優しい子』であろうと、彼女にはアインツベルンの使命がある。それが恐らく、士郎にとっての『正義の味方』に勝るとも劣らぬ重みを秘めている事も想像がつく。だからこそ、士郎は苦渋の思いで本心を口にした。

 

「俺たちは、どうしても戦わなくちゃダメなのか?」

 

 もしも、ここでイリヤスフィールが一言「そうよ」とでも言えば。僅かなりとでも肯定の意を示せば、士郎も全ての踏ん切りがついただろう。もはや戦った末にしか手を取り合う未来は有り得ないのだと諦められただろう。しかし、現実は違った。

 

「っ、それは……」

 

 イリヤスフィールは一瞬、ほんの一瞬であるが―――その顔に『迷い』を浮かべたのだ。

 普段の彼女ならば決して迷わなかっただろう。いかに衛宮士郎と衛宮切嗣の関係に誤解があったと知っても、多少の便宜を図った事で交流を深めても、精々が戦闘前、或いは戦闘後の扱いが変わるだけ。戦う事自体に迷いを見せる事はなかったはずだ。

 にも関わらず、この日この時、イリヤスフィールを迷わせた理由は何だったのか。

 

「…………いいわ。今日だけは見逃してあげる」

 

 最悪の事態を覚悟していた士郎が思わず「え?」と呆けてしまう程にあっさりと、イリヤは戦意を収めた。そしてそのまま士郎の傍を横切り、黒い巨人を従えて山門へスタスタと歩いて行く。

 ―――戦わなくて済んだ。

 自分の望みが叶えられた安堵と共に、根本的な解決には至っていない焦燥が少年の心を焼いた。

 

「待っ……イリヤ!」

「なに? やっぱり戦う?」

 

 まるで隙間風のように吹き抜けて来る殺意に、『呼び止めたのは失敗だったか?』という後悔が過ぎる。だがここで止めるわけにはいかない。士郎にも意地があった。

 

「明日! 昼のうちに会おう!」

「え?」

「だから、昼! 夜は駄目なんだろ? 夜は聖杯戦争の時間なんだろ!? なら昼だ! 明日、あの時の公園で待ってるから……だから、また話をしよう!」

 

 それが、士郎に出来た精一杯。

 今すぐ彼女に戦いを止めさせることはできない。なら、せめて敵同士になる事を一日でも遅らせたかった。

 

「―――――――――――――」

 

 士郎の叫びに、イリヤスフィールは何の返答もしなかった。是も否も返さず、黙って石段を下りて行き……そのままゆっくりと、夜の闇に消えていった。

 

「シロウ……」

 

 最初の静止以降、黙ったままだったセイバーが声をかけてくる。

 戦う事も逃げる事もしない、答えを出せない自分。今の情けないマスターの姿を見て、彼女は何を思っているだろう。心中で『軟弱者』と罵られているかもしれない―――そんな自虐的な考えが浮かびつつも、士郎は「ごめん」と謝る事しかできなかった。

 

「いまは何も言わないでくれ、セイバー。いまだけは、何も……」

 

 この聖杯戦争(バカげた戦い)を一刻も早く終わらせたい。

 自分のワガママに付き合ってくれるセイバーに、聖杯を渡してやりたい。

 でも、イリヤスフィールと争う事だけはしたくない。

 

 自分の考えに決定的な矛盾がある事は分かっている。

 けれども、この矛盾を安易に割り切れないからこそ―――彼は、衛宮士郎なのだった。

 

 

 

 

 

TO BE CONTINUED・・・




【作中捕捉】
■キャス子さん退場。
二次創作において、ギルガメッシュと並んで扱いにくい原作キャラだったのが彼女の不運。

■士郎が知る限りのイリヤ。
士郎はイリヤが切嗣の実娘である事を知りません。イリヤは敢えてそこをボカしてます。今回明かされた通り、士郎が第四次について知っているのは『切嗣がアインツベルン陣営のマスターだった』『切嗣が最終的に聖杯を破壊した』『切嗣の関わった最終決戦の結果が冬木市大災害である』って感じです。聖杯の抱える欠陥の事や、聖杯の破壊が大災害の原因だとかは知りません。

あと、イリヤの『勉強会』の内容は、スイッチのON/OFFと召喚の方法を除けば、だいたいゲーム中で凜に教えてもらった内容と一緒です。よってカット。

■イリヤの姉属性。
本作のイリヤは、真っ先に士郎のダメっぷりと切嗣の怠慢を目の当たりにした事で「私が何とかしなきゃ」と姉属性がパワーアップしたようです。

■原作に無かった展開・・・(5)
キャスターVSバーサーカー(描写されてないだけで、戦ってはいたらしい)
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