Fate/mille fiore-フェイト ミルフィオレ-【完結】 作:おるか人
柳洞寺を後にした士郎とセイバーは、重い足取りで衛宮邸への道を歩いていた。両者の間には一切の会話がなく、ただ夜の静けさだけが二人の間を吹き抜けていく。
今回、二人は戦果を得た。最も警戒すべきサーヴァントであるキャスターの消滅を確認し、戦わずして優勝候補のアインツベルンを退けた。物資や体力といった貴重な資源を消費することなく得た成果としては、破格のものだろう。この帰路は意気揚々とした雰囲気でも良いはずだった。
「……、……………」
「…………、………」
にも拘わらず、何故彼らは意気消沈と肩を落として歩いているのか―――これには、双方共に歴とした理由がある。
(何でだよ……?)
衛宮士郎は考える―――イリヤスフィールが去った後、柳洞寺で目の当たりにした光景の意味を。
そもそも、士郎が柳洞寺の調査をしようと思い至ったのは、柳洞一成の証言から「柳洞寺にサーヴァントがいるのではないか?」と考えたためであり、また同時に、その友人の安否を確認するためであった。故に、一方の目的であるキャスターの消滅を確認したからといって「良かった、もう安心だ。じゃあ帰ろう」というわけにはいかない。
無事でいてくれよ、と決意を固めた士郎は、セイバーを伴って柳洞寺の屋内へと踏み入った。
結論から言えば、柳洞一成の無事は早々に確認できた。自室でぐっすりと眠りこけている友人の姿にホッと一息ついた士郎は、セイバーの「これだけ優れた霊地です。念のため、もう少し調べてみましょう」という提案に従って探索を続行し、
(何で、葛木先生が……)
―――そうして、友人に次いで馴染みの深い男の悲劇を目の当たりにした。
全身に赤黒い斑点を浮かべ、皮膚のあちこちが水ぶくれのように変形し、苦悶に引き攣った表情を浮かべ、血と吐瀉物の床に沈む―――『人』と呼ぶにはあまりにも変わり果てた、葛木宗一郎の姿を。
「ハァ、ハ―――ハ、ぐぅ、ゥ……!」
脂汗を浮かべて呻く彼の姿を見て、士郎はゾッとした。
―――生きている。
息をしている。意識を保っている。あんなにも……もはや異形とさえ呼べる姿になって、なお。
「あ、……ぁぁ」
生き地獄を彷徨う宗一郎の姿を見て、士郎は身体をがくがくと震わせた。理不尽な悲劇。少年の目には、彼の姿が、炎に焼かれ、黒くねじくれていく死体と重なっていたのだ。
どうして、どうして、どうして、どうして―――ぐちゃぐちゃに混線していく思考だけが、当時の士郎の全てであった。
結局、何一つ手を打つことができないまま……士郎は現在に至っている。
セイバーの簡易的な診断の結果、宗一郎の症状は何らかの魔術によるものだと判明したからだ。病院に連れて行ってもどうにもならない。そして『強化』しか扱えない半人前の魔術師に出来る事は何もない。見てみぬふりで帰る……それしか、士郎に出来る事はなかった。
(くそっ。俺は……何でこんなに弱いんだ……)
万条千花との戦闘では、一方的に敗れた。イリヤスフィールとの対話では、結論を先送りにする事しかできなかった。葛木宗一郎の悲劇を、見てみぬふりしかできなかった。挙句の果てに、それらの失態をセイバーに対して弁明する事すらできずにいる。
歯噛みする程の無力感で、士郎は一言すら発する事ができなかった。口を開けば、そこから情けない泣き言や言い訳がが漏れてしまいそうで怖かった。
そして、セイバーもまた……そんな主に、かける言葉を見つけられずにいた。
思い思いの沈黙。
結局、二人は一言も会話を交わさないままに、衛宮邸の玄関へと辿り着く。そこに、彼らを更なる混乱を呼び込む人物が待ち受けているとも知らずに。
* * * * *
「あっ、しろ~~~! よかったぁぁ~~~!」
玄関を開けて間もなく、大きな塊がドンと士郎の胸に飛び込んできた。普段からトレーニングを欠かさない士郎ではあるが、突然の不意打ちと重量に耐えきれず「うわっ」と一歩半程の後退を果たす。後ろでセイバーが「敵か?」と僅かに色めき立つ。
しかし、それが無用の心配である事は、士郎が一番分かっていた。
「藤ねえ!? ど、どうしたんだよ、こんな時間に!?」
士郎はセイバーに「大丈夫」とサインを送りつつ、おいおいと泣きじゃくる藤村大河を抱き留める。……彼の言う事は妥当だ。なにせ今は真夜中と呼んで差し支えない時刻である。家主のいない家に何の用事で留まっていたのか。
「どうしたじゃないわよぅ! びょ、病院にいないから、家にいるんだとばっかり思ってたのに……も、もしかしてまだ見つかってないんじゃないかって、何かあったんじゃないかと思って心配で心配で……!」
「ま、待ってくれ。病院? 見つかってないって……一体何を言ってるんだ?」
支離滅裂な彼女の言には、どこか不穏な響きがあった。
「何って、学校で起きた事件の事よ! 士郎は大丈夫だった? 体調が悪かったりしない?」
「だから、何の―――ああ、そっか」
士郎が思い返したのは、屋上での一幕だ。なるほど、納得である。現代社会、学校の屋上で惨殺死体が見つかれば、それは大事件だろう―――と。
「大丈夫だよ。ちゃんと元気だから」
しかし、大河が次に発した言葉で、その認識が大きな間違いである事を知る。
「良かった~~~。クラスみんなが病院に搬送されてるのに、士郎と間桐くんだけいないし……警察の人は『間桐くんは連絡ついたけど、衛宮くんはまだ分からない』って言うから。私、嫌な想像ばっかりしちゃって」
「―――なんだって?」
クラス全員が病院に搬送?
それは一体―――どういう事だ?
「藤ねえ……何だ? さっきから、何の話をしてるんだ……?」
「え?」と呆ける大河に構わず、士郎は彼女の肩を掴み、真剣に問い質す。
「教えてくれ、藤ねえ。学校で一体……何があったんだッ!?」
―――斯くして、士郎は『何者か』が引き起こした穂村原学園集団衰弱事件を知った。
この事件の真実は、間桐慎二の暴走だ。キャスターに襲撃された慎二が焦り、ライダーに結界の発動を命じた。たったそれだけの事。
しかし士郎から、そして凜から見れば……この事件は、
たった一つの誤解が、この第五次聖杯戦争を別の運命へと捻じ曲げてゆくのだった。
* * * * *
さて、穂村原学園で起きた生徒の集団衰弱――――これは数ヶ月に亘ってメディアを賑わす大事件となってゆくのだが、同じ場所、同じ時間にもっと大きな事件が起きていた事はあまり知られていない。
事件の数少ない目撃者である士郎と凜も、予想外の出来事が立て続けに起きたせいで、その事をすっかり失念してしまった。
そう。万条千花。
セイバーに胴を裂かれて殺された一人の生徒。
その場の誰にも事後処理の余裕がなかったので、やむなくその場に置き去りにされた死体がその後、どのような行く末を辿ったのか――――という事。
結論から言うと、死体は消えた。
セイバーたちが屋上から立ち去った後、事態に気付いた聖堂教会が情報操作に乗り出すまでの間に、千花の死体は、忽然とその姿を消していたのである。
* * * * *
冬木市某所。都心から少し離れた閑静な住宅街に、広い庭に囲まれた平屋作りの家がある。
この家は実に不思議だ。
普段、人の出入りなど全くないにも関わらず、その広い庭は隅々まで手入れが行き届いている。周囲の家々が老朽化で身姿を色褪せさせてゆく中で、その家の外壁にはくすみの一つも生まれない。まるで敷地内だけが時間の流れに取り残されているかのようだった。唯一、庭にしっかりと根を下ろす樹齢数百年の立派な大木だけが、季節の移り変わりと共に姿を変えてゆく。
一年、十年、百年―――冬木の人々はいつしか、その光景を当たり前の事として受け入れ、疑問を覚えなくなっていった。
そんな奇怪な家に今、大きな袋を担いだ男性が踏み入っていた。アサシンのサーヴァント、佐々木小次郎である。
「着いたぞ、主殿」
アサシンはそう言って、両腕に抱えていた麻袋を下ろした。
袋の口を結んでいた糸を解き、中身を居間の畳に転がしていく。
ごろ、ごろと袋からまろび出て来たのは、青白い腕・足・胸・腰・顔―――ああ、何と言う事か。それはバラバラに寸断された人間の肉体ではないか!
「全く……事前に知っていたとはいえ、そなたがセイバーに斬られた時は肝が冷えたぞ」
「ふふ。驚かせてごめんね。それと、運搬ご苦労様」
生首に話しかける男と、それに笑って返事をする生首。それは、心臓の弱い者が見れば悲鳴を上げて卒倒するような光景であった。
見れば、バラバラになっていた肉体の断面がピク、ピクとひとりでにうごめき、一つ、また一つと癒着している。四肢が胴体と一体化し、首なしの身体が頭を引き寄せ、また一つに。
一体どういう理屈なのか。常人ならば当たり前に抱くであろう感想を置き去りにしたまま……数秒の後、バラバラ死体は元通りの生者へと生まれ変わっていた。
万条千花―――今日、学園の屋上で殺されたはずの人物は、ここに完全な復活を果たしたのである。
「でも許してほしいな、わたしだって予想外だったんだよ。トオサカをいたずらに追い詰めたのが不味かったのか、やたらと興奮しちゃってさ」
「継承魔術の弊害……だったか?」
「そう。えーっと、アレは六代目だったかな? 第三次……火達磨にされた時の気持ちが浮き出ちゃったみたい。毒で苦しんでるあの子の顔を見ると、もう『ざまあみろ』って気持ちでいっぱいだったよ」
「難儀な話だ」
「まったくだね。おかげで、肝心の士郎をイジめ損なっちゃった。……まあ、死体を処理されなかったのが不幸中の幸いってトコかな」
目晦ましをくれた間桐くんには感謝しないとね―――そう言って、千花は立ち上がった。蛍光灯の冷たい光が、彼の美しい裸身を余すところなく映し出す。その白い肌には傷どころかシミの一つも見当たらず、もはや彼が先ほどまで死体であった事自体が見間違いであるかのようだった。
「それで、これからどうする?」
「そうだね……」
千花はキョロキョロと視線を彷徨わせた後、思いついたように言った。
「うん、灰聖杯の動作確認もできたし……ひとまずは当初の計画通り、士郎の周りからちょっかいを出していくことにするよ。知り合い、友人、家族……一人一人、じっくりとね。その過程で、小次郎にサーヴァントをご馳走してあげる」
言葉の内容とは裏腹に、屈託のない笑顔―――しかしアサシンは、自分にとって魅力的であるはずの話も、それを笑顔で語る主の恐ろしさにも関心を覚えなかった。
彼が気を取られていたのは、傷一つ無い千花の身体。美しく、しかしどこか違和感を感じる裸身。普通の人間ならば生まれつきあるもの。生物として必要なものが、万条千花には無かった。
(……これが、主殿の『傷』か……)
小次郎が目にしたもの、それは千花の股座である。
そう、彼の身体には生殖器が無かった。男性器も、女性器も存在しない。その股間には文字通り『何も無い』のだ。
しかし、これは欠損ではない。彼の肉体はこの状態こそが十全。
男性でも女性でもない―――それこそが、九代目万条千花のコンセプトなのだ。
先ほどの再生能力と同じく、事前情報として知ってはいたものの……いざ実際に目の当たりにすると、小さくない衝撃がアサシンの心中を駆け抜ける。
「どうしたんだい、小次郎?」
「いや、―――何でもない」
不審そうな声をかけられて、小次郎は目を逸らした。
佐々木小次郎……否、名もなき剣士には、生前では叶わなかった願いがある。『名だたる強敵と立ち会いたい』―――それを許してくれる主を戴いたにも関わらず、今の彼は願いに没頭することが出来ない。
むしろ自分の願いなど二の次にして、主の願いを最優先に叶えてやりたいという気持ちが、後から後から湧き出てくるのだ。
「消耗がないわけではないのだろう? 私のことなど気にせず、今はゆっくり休むと良い」
「そうかい? なら、そうさせてもらおうかな。ちょうど今、士郎も眠ってるみたいだし……ね」
「………『夢』か?」
「そう、『夢』だよ」
少しの沈黙の後、二人はくつくつと意地悪そうな忍び笑いを漏らした。
こうして、波乱の幕開けを見せた第五次聖杯戦争の一日目は幕を下ろす。
続く二日目からの出来事が、二百年続く冬木の聖杯戦争を根幹から揺さぶってゆくのだが―――今のところ、それを知るのは舞台の脚本家たる千花と小次郎の二人のみであった。
TO BE CONTINUED・・・
【作中捕捉】
■謎⑪ 葛木先生の現在は?
解⑪ 柳洞寺にて、毒でメチャクチャ苦しんでます。
一時は冗談抜きに死ぬ一歩手前まで追い詰められてましたが、キャス子さんの治療の甲斐あってなんとか現在のレベルに回復。葛木先生の寝室には寺の人たちを誤魔化すための魔術(魔術の素養がない人にはただ寝ているだけに見える)と、治療のための術が施されてます。術はキャス子さんが死んだ今でも生きており、このまま何も起こらなければ、先生はそのうち見た目も含めて完治します。このまま何も起こらなければ。
■キャス子さんの苦悩
アサシン盗まれた上、愛しの旦那様をズタボロにされる。
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キャス子「宗一郎様のお命は何とか繋ぎとめたけど、今攻め込まれたらマズいわね。でも魔力調達をもっと派手にやっちゃうと、それこそ他の陣営に目をつけられるかも。かといって、この霊地を離れると宗一郎様の治療に差し支えるし……。よし、まずは早急にアサシンの代わりの門番を調達しましょう」
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学園でライダーを奪い損ねる。ワカメに(勝手に)出し抜かれる。
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キャス子「ライダー奪取に失敗した以上、残る候補はセイバーかアーチャー(ランサーはマスターの所在が不明、バーサーカーは無理ゲー)ね。この二人なら、マスターが素人なセイバーが狙い目だけど、彼女は対魔力が高いから、もしもの事も考えて万全の対策で挑まないと!」
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その日の晩に、件の無理ゲーなバーサーカーに襲撃される。
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キャス子「\(^o^)/」
■ま さ に 外 道
士郎「お前、学園の奴らには暗示以外には何もしてないって言ってなかったっけ?」
千花「うん、暗示以外の事は何もしてないよ。学園の『生徒』にはね?」