Fate/mille fiore-フェイト ミルフィオレ-【完結】   作:おるか人

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Chapter.1 ‐静かなる変質‐
Scene.02  麗しの来訪者


 二月一日、夜。

 柳洞寺、山門前―――。

 

 サーヴァントに召喚されるというイレギュラーの下、この世界に根を下ろした英霊……アサシン・佐々木(ささき)小次郎(こじろう)は、今まさに初仕事の瞬間を迎えていた。

 

「……何奴だ?」

 

 誰何の声には、常の彼にはない喜色が僅かに含まれていた。

 それもそのはず。『この山門を、悪意を持って通ろうとする者を迎撃せよ』―――それがアサシンに与えられた唯一の任務だ。しかし現段階では未だサーヴァントが出揃っていないため、戦う機会には一向に恵まれない。しかもイレギュラーな召喚の代償に、アサシンの身体は山門に縛られているため、こちらから相手を探しに行くこともできない。よってアサシンは召喚されてから実に十日近く、山門前で棒立ちの日々を送っていたのだ。剣の道に生き、心を鍛えているとはいえ……流石に退屈を感じずにはいられなかった。

 

 しかし、ついにそんな日々にも終止符が打たれる時が来たのだろう。何しろ、こんな夜更けに、それも気配を隠しながら近寄ってくる相手が敵でないはずがない。

 

「何奴だ、と聞いている」

「………………………、」

 

 相手は答えず、夜の闇の中を歩いてくる。ゆっくりと一段一段、階段を登り詰めて来る所作には、一切の警戒心が感じられない。まるで、そもそもアサシンの声が聞こえていなかったかのような反応だ。

 おかしい。今の一言には、一般人なら心胆から震えあがる程度の威圧を込めた。武に心得のある者であれば耐えられるだろうが、それでも無反応というのはおかしな話だ。少々訝しさを覚えつつも……侵入者の足先が『遊びで踏み入ってはならない間合い』達しようとしたので、アサシンは「待て」と、先程よりもう少し語気を強めた。

 

「それ以上山門に近づけば、斬る。私は此処の門番なのでな……」

 

 冗談口の類ではないと理解したのだろう。侵入者の足がピタリと止まった。

 その時―――雲間から月が覗き、柔らかな青い光が、侵入者の総身から夜闇を払った。

 

(…………何と)

 

 月光に照らされる侵入者の姿。それを目にした時、アサシンは一瞬、門番の役目を忘れた。

 

(……美しい……)

 

 まるで絹糸のように艶やかな、純白の髪。男性的な力強さと女性的な柔らかさを併せ持つ、しなやかな体躯。夜に爛と輝く黄金の瞳。侵入者の正体は、まるでおとぎ話に伝わる“天の使い”が、そのまま姿形を成したかのような人物であった。

 

「あ、あー……うん」

 

 何かを確かめるような所作。鼓膜を揺らす鈴の音が、人間の肉声である事に気付くのには数秒を要した。

 

「はじめまして、お侍さん」

 

 柔和に微笑むその表情も、男女問わず見惚れるような美しさだ。

 そう、見惚れる。

 まるで一個の芸術品を目の当たりにしているかのように……無粋な気持ちが一欠片も湧いてこない。ただ呆然と心を奪われるばかり。視線も、関心も、魂さえも、他人の全てを根こそぎ持って行って放さない。それは暴力的なまでの魅力であった。

 相手がそうであるように、アサシンもまた、警戒心というものを存在ごと忘却してしまっていた。それは僅か数瞬の出来事であったが、何の魔術も用いずに引き出した成果と考えれば、破格のものであったろう。きっと、忘我の隙を突かれていたなら、アサシンは己の命が潰えた事にすら気づかないままに死んだはずだ。

 

「……はじめまして。この寺に何用かな?」

 

 思わぬ不意打ちの動揺も抜けきらぬまま、アサシンは改めて、天の使いに問いを投げる。その声は先ほどよりも遥かに険の抜けたものであった。

 

「お寺に用はありません」

「ふむ。では、何故ここに?」

「わたしは、貴方に会いに来たんです」

 

 そう言って、彼(いや、彼女?)は、遂にアサシンの間合いへと踏み入った。これにはアサシンも夢から覚めるような思いであったが、しかし彼(彼女?)は動じない。今やアサシンの気分一つで首を落とされる『弱者』の立場にいながら、彼(彼女?)は些かの動揺も見せず、まるで『強者』のように、運命の言葉を口にした。

 

「お侍さん、わたしのサーヴァントになってくれませんか―――?」

 

 それが、一月前……衛宮士郎によって撒かれた運命の種が芽吹いた瞬間だった。

 この日、この時より―――第五次聖杯戦争は大きな変貌を遂げてゆく。

 

 

* * * * *

 

 

「うーん……」

 

 ―――二月二日の朝。穂群原(ほむらはら)学園二年C組の教室にて、士郎はハの字眉の困り顔を作っていた。その珍しい光景に、見かねたクラスメイトが声をかける。

 

「おはよう。どうしたのだ、衛宮?」

「あ、一成(いっせい)。おはよう。……いや、大した事じゃないんだけどさ」

 

 そう言って、士郎は友人の柳洞(りゅうどう)一成(いっせい)に自分の左手甲を示してみせた。そこには、常にない湿布と包帯がアクセサリーとして飾り付けられている。

 

「怪我でもしたのか?」

「みたいだけど……どうも、覚えがないんだ。今朝、気付いたら蚯蚓腫れみたくなっててビックリした」

「なるほど。それで先ほどからウンウンと思い煩っていたわけか」

「……俺、声に出してたか?」

「うむ。出ていた。珍しく衛宮が悩んでいるようだから、普段世話になっている分、今度はこちらが助力しようと思ったのだが……」

 

 それでは力になれそうもないな、と残念そうに肩をすくめる寺の息子。他人の悩みを自分の事のように感じてくれている友人に痛み入る一方、士郎は一成の方にこそ、表情に影が差しているように感じた。

 

「そう言う一成こそ、難しい顔してるな。どうしたんだよ。何かあったのか?」

「ん? ああ、すまん……気を遣うつもりが、気を遣われてしまうとは」

 

 喝、と自らを叱咤する一成。……士郎は、自分の疑惑を否定されなかった事に驚いた。自分にも他人にも厳しいこの友人が悩みを表に出すのは、非情に珍しい事だ。どうやら、彼の悩み事は士郎のそれよりよっぽど深刻な内容らしい。

 

「そうだな、衛宮には話しておくべきか。実は―――」

「おい、そこ。朝から辛気臭い空気出さないでくれよ。気分が悪くなるじゃないか」

 

 一成の告白に先んじて、間桐(まとう)慎二(しんじ)が横柄な態度で割り込んできた。よりにもよってのタイミングで登場した三大仏敵の一角に、一成は眉根を寄せる。

 

「なら、わざわざこちらに来なくてもよかろう。別に大声で騒ぎ立てているわけでもなし」

「ハッ、何で僕がお前らの都合に合わせなきゃならないんだよ? 鬱陶しいからどっか行けって言ってんの。迷惑だって分かんないわけ?」

「何だと…………!?」

 

 一瞬で険悪な雰囲気を形成する二人。清廉潔白の生徒会長と、成績こそ優秀だが素行不良の問題児。元より相性の悪い両者なのだが、今日は一成に余裕がなく、慎二はいつにも増して情緒が不安定であった。

 普段なら、こういう場面を仲裁するのは士郎の役目なのだが……その士郎は、何故か慎二の登場を機に沈黙している。

 正確には、慎二と―――その後ろに立つ人物を目にした瞬間から。

 

「喧嘩は駄目だよ、柳洞くん、間桐くん」

 

 男性にしては高く、女性にしては低い……通りの良い声。どことなく中性的なそれが、朝の教室に浸透していく。

 

「な、…………?」

 

 士郎の視線の先には、謎の人物がいた。色素の抜け落ちた真っ白な髪に、金色の双眸。……日本人に見えないどころか、この特徴が当て嵌まる人種など地球上には存在しないのではないかと思える容姿の人物が、穂村原学園の男子制服に身を包んで立っている。

 

「む、万条(ばんじょう)か」

「何だよ万条……邪魔するなよな」

 

 二度目の驚愕は、友人たちから。

 

「邪魔しちゃってごめんね、柳洞くん」

「ああ、いや……万条が謝る事ではない。気にするな」

「そう言ってくれると嬉しいよ。……で、間桐くん」

「な、なんだよ?」

「ハイこれ。前に頼まれてたやつ」

「! へえ、早かったじゃないか」

「バイト先の友達が好意で譲ってくれたんだ。これでご機嫌直してほしいな」

「何だよ、気が利くじゃんか。し……仕方ないな。今日のところは譲歩しといてやるよ」

「ふふっ。寛大なるご処置、痛み入ります。……なんてね」

 

 人見知りの激しい一成が、気に食わない相手はとことんまで貶める慎二が、この謎の人物を不審者として見ていない。それどころか、まるで長年の知己のように扱っているのだ。

 

「え、…………え?」

 

 突然の展開に困惑する士郎をよそに、慎二は上機嫌で自分の席に戻り、一成は「すまん、世話をかけたな」と、謎の人物に礼を言っている。

 

「いいよ、お礼なんて。それより、二人は大事なお話の途中だったんでしょう? あんまりわたしに構ってると、HRが始まっちゃうよ?」

「む、そうだな。……」

 

 噂をすれば、という事なのか。一成の機先を制すようにお馴染みのチャイムが鳴り響いた。いつの間にか教室もそれなりに騒がしくなっている。

 

「……ふふっ」

 

 やれやれとため息を吐く一成に、それを見ておかしそうに笑う誰か。……二人の姿は、仲の良い友人同士にしか見えない。

 そして、三度目の衝撃が士郎を襲う。

 

「じゃあ、またね―――柳洞くん、()()

 

 金色の視線と共に、士郎へと注がれた言葉。

 ぎこちなさなんて少しも感じさせない名前の呼び捨ては、()()()ものを感じさせた。

 

「衛宮といい、万条といい……俺は友人に恵まれたな。いつも助けてもらってばかりで申し訳が立たんが―――ん? どうした、衛宮?」

 

 からからと笑う一成に、士郎は意を決して問いかけた。

 

「……なあ、一成」

「何だ? 俺も早く席に着かねばならんのだ。できれば後に―――」

 

 

 

「あいつは―――誰だ?」

 

 

 

 それは当然の質問だ。

 あんなやつは昨日まで学校にいなかった。仮にいたとしても、自分には何の関わりもなかったはずだ。

 しかし一成は「……寝惚けているのか?」と困惑の表情を浮かべるだけだった。

 まるで、おかしいのは士郎の方だと言わんばかりに―――。

 

 

 

 

 

TO BE CONTINUED・・・

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