Fate/mille fiore-フェイト ミルフィオレ-【完結】 作:おるか人
「あまねく世界の人々に、魔術の恵みがあらん事を」
フォレスティ家初代当主、エドガルド・フォレスティが目指したのは、あくまで魔術という『技術』によって齎される革命である。
例えば、その時代の医療技術では治せない病気を治す。
例えば、その時代の開拓技術では切り開けない土地を開拓する。
その時代の技術では成し得ない事―――即ち“魔法”―――を世界に持ち込むことで時代を先に進めよう、というのがエドガルドの理想の骨子であった。
晩年、エドガルドはその理想を息子へと託した。
継承魔術を用いて己の知識や経験をも受け継がせることで、確かに託した……はずだった。
―――しかし、遥か遠い現代。
フォレスティ家はその理想を叶えることなく滅亡の憂き目に遭っている。
しかも『研究資金を稼ぐための商売で予想外の成功を収めたため、次第に手段が逆転し、金稼ぎのために魔術を悪用する恥知らず』として名を残している始末。
一体、フォレスティ家に何があったのか?
エドガルドの高潔な意志は、息子へと受け継がれたはずの理想は何処へ消えたのか?
運命が歪み始めたのは、フォレスティ家の誕生から三世紀を数えたころ。
否。正確に言えば、全ては継承魔術が生まれた瞬間―――即ち、エドガルドが息子に全てを受け継がせたあの日あの時から始まっていたのだ。
* * * * *
―――継承魔術とは何か?
一言で言うなれば、術者の持つ『記憶』と『経験』を被術者へとコピー&ペーストする魔術である。
術者が円周率を百桁まで暗記した上で継承魔術を使ったならば、被術者は―――仮に被術者が円周率の『え』の字も知らない人物であったとしても―――円周率を百桁まで暗唱できる。
術者がプロでも通用するような野球の技術を身に着けた上で継承魔術を使ったならば、被術者は―――仮に野球なんて見た事もやった事もない、運動音痴な人物であったとしても―――まるで
もちろん、継承魔術も万能ではない。
この魔術で手に入れられるのは『記憶』と『経験』のみ。この二つはあくまでも他人の持ち物であり、被術者はそれをあたかも自分の持ち物のように錯覚するだけに過ぎない。即ち『記憶』と『経験』を得るために過ごしたはずの時間が、被術者の肉体には存在しないのである。
先ほどの野球の例で言えば、継承魔術の影響で野球の『ルール』『バッティングのフォーム』『ピッチャーの投げる球を予測する眼力』等を手に入れたとしても、被術者の肉体に筋力が無ければ、ホームランを打つことはできないのだ。
尤も、逆に言えば相応の筋力さえあれば打ったボールをバックスクリーンにスッ飛ばすことはできる。本来は何年、何十年という時間をかけて培われる経験則を一瞬で、そっくりそのまま手に入れてしまうのだから、強力な魔術なのは間違いない。
強力な魔術なのだが―――しかし、この『精神と肉体のズレ』とでも言うべき現象こそが、フォレスティに悲劇を齎した。
* * * * *
十四世紀半ば。フォレスティ家の当主が十代目を数えたころ、問題は表面化した。
「あまねく世界の人々に、魔術の恵みがあらん事を」
フォレスティ家が十代に亘って掲げてきたこの信念が、意味合いを異にしていたのだ。
つまり、魔術によって産業革命を起こすのではなく―――そのまま、
「あまねく世界の人々に、魔術の恵みがあらん事を」
そして、その行為に最も適した手段を―――既にフォレスティは手にしていた。
そう、継承魔術。血の繋がった人間であれば、容易く『記憶』と『経験』を植え付けることが出来る魔術が。
人は『記憶』と『経験』によって自我を構築してゆく。
ならば、他人のそれをそっくり植え付けられた人物は、果たしてどのような人格を構成するのか? 答えは、火を見るより明らかである。
「あまねく世界の人々に、魔術の恵みがあらん事を」
革命の始まりは、フォレスティ発祥の地であるイタリアの地方都市。
フォレスティの男が一般人の女を抱いた。
一般人の男がフォレスティの女を抱いた。
精を注ぎ、注がれて―――そうして、二人の間には
それを幾度も繰り返した果てに、地方都市はフォレスティ家
「あまねく世界の人々に、魔術の恵みがあらん事を」
信念は意味合いを取り違えたまま暴走し、その勢いを増してゆく。
決して裏切らない忠実な手先が全世界へと散らばる様は、さながら
豊かな商才を受け継いだ子供たちが世界中で名を馳せ、その利益を惜しむことなく本家へと還元する。―――斯くして、フォレスティ家は世界有数の資産家となり、瞬く間に世界経済を動かすまでの大家へと成長を果たしたのだ。
「あまねく世界の人々に、魔術の恵みがあらん事を」
確かに、魔術によって世界は恵みを得た。
フォレスティ家の商業が世界に与えた影響は大きい。魔術によって得た財産は、その多くが世界の発展のために投資された。彼らがいなければ、現代の技術の発展や国交は数百年の遅れをとっていたかもしれない。そういう意味で、彼らは間違いなく英雄と呼べる存在である。
しかし、果たしてそれは本当に、エドガルドが望んだ未来だったのか?
世界に齎された恵みの雨は、その代償に世界をフォレスティ一色に染め上げてゆく。
産めや増やせ―――まさに鼠算式に世界へと放たれるフォレスティの種は、徐々に人類から個性というものを奪っていく。
継承魔術を受けた人物は、もはやフォレスティの一部となってしまうからだ。
フォレスティの理念を実現すべく動く、忠実な部品。それは決して人間のあるべき姿ではない。
「あまねく世界の人々に、魔術の恵みがあらん事を」
―――結局のところ、不幸の始まりはエドガルドの存在そのものだったのだろう。
彼は間違いなく善人だった。他人のために己が身を粉にできる人物だった。魔術という技術を用いて世界を豊かにしよう……そういう考えを持てたのは、彼が善人の心を持っていたからだ。
だが、彼は些か善人過ぎた。『良い人』が過ぎたのだ。
自己犠牲は美しいが、手放しで称賛される行為でもない。
エドガルドの下に産まれた子供が、エドガルドと同等の善性を備えていなかったとして―――それを誰に責められようか。
―――自分を守りたい。
―――自分が恵まれていたい。
―――自分の幸福に背を向けてまで、他人に施したくはない。
そんな当たり前の、ささやかな悪心を抱いたとして―――それを誰に責められようか。
だが、結果としてエドガルドとその息子の間にあった『心情の差異』が、フォレスティの運命を決定づけた。エドガルドの善性と息子の悪性が継承魔術によって混ざり合い、ズレが生じ、時と世代を経る事で、高潔だった信念は少しずつ捻じ曲がっていったのだ。
―――魔術を金儲けに使う恥知らず。
―――神秘を貶めるドブネズミ。
―――特一級の異端者。
―――最優先の抹殺対象。
魔術師からも神職者からも憎まれ、追い立てられて―――それでも、フォレスティは止まらない。もはや彼らの持つ力は、同じ神秘の力を用いても留めようがないほどに膨れ上がっていたのである。
「アマネク世界ノ人々ニ、魔術ノ恵ミガアラン事ヲ」
ああ、世界が歪んでゆく。
ああ、世界が狂ってゆく―――。
* * * * *
ところが、無限の栄光を約束されていたかに思えたフォレスティ一族は、ある時、思わぬ落とし穴に嵌り……そこから、挫折と屈辱の地獄坂を転がり落ちてゆく事となる。
崩壊の始まりは、フォレスティの端末と呼ぶべき親族が齎した、たった一つの情報だった。
――― 極東の地にて、大規模な魔術儀式が行われるらしい ―――
時は十九世紀初頭……現代より約二百年前。
即ち、第一次聖杯戦争の勃発である。
TO BE CONTINUED・・・
【作中捕捉】
■今回のお話を分かりやすくまとめてみる。
エドガルド「魔術は素晴らしい技術だ! これを広めれば、世界はもっと豊かになる! みんな幸せなら私も幸せ!」
+
息子「何で顔も知らない人のためにそんな事しなきゃならんの? ボランティアとかクソ喰らえなんだけど・・・」
=
フォレスティ「全人類を親族(魔術師)にしちゃおうぜ!」
要は、エドガルドの『人々のために魔術を広めたい(利他)』という願いと、息子の『魔術を一人占めしたい(利己)』という願いが混ざり合った結果、論理の飛躍を起こしたわけです。
エドガルドの息子は決して悪人ではありません。本当に、どこにでもいる『普通の人』だったのです。