Fate/mille fiore-フェイト ミルフィオレ-【完結】 作:おるか人
【第五次聖杯戦争 二日目】
ゆっくりと浮上していく意識の中で、士郎はぼんやりと、
「―――ああ、また夢か」
そんな感想を抱いた。
妙にハッキリと記憶に残る夢。
夢を象徴するキーワード……『イタリア』『フォレスティ』『エドガルド』……全て、以前に見た夢と相違ないものである。極め付けに、今回の夢の最後には『聖杯戦争』という単語さえ耳にした。
ここに至り、士郎は確信する。
この夢は、夢であって夢ではない。少なくとも、脳科学の定説にある『記憶情報の整理』から生まれる副産物などでは断じてない。
ならばこの『夢』の正体は、一体、何なのか?
「ん……?」
ふと、辺りを見回した。
いや、ここは夢の中なので、視界どころか己の肉体すら曖昧模糊な世界ではあるのだが。とにかく、士郎は別の方向へと視線を向けたのだ。
「風……いや、水?」
何もかもが曖昧な世界で、しかしハッキリと感じるもの。
どこからか、何かが流れてきている。
指向性を持った何か。士郎はそれを、肌を撫でるそよ風のように、あるいは、清流の奏でるせせらぎのように感じ取ったのだ。
「あれは……」
もしや、この『夢』は……この流れに乗ってきたのではないか。この流れを遡り、根源へとたどり着けば……この『夢』の正体を明らかにできるのではないか。
好奇心の赴くまま、士郎は向こう側へと歩いて行こうとする。
「ぐっ、ぅ……!」
しかし、肝心の肉体は目的地へと進んでくれない。
誰かが士郎を背中から羽交い絞めにして、もろともに空へと運んでゆくのだ。
違う、自分が行きたいのはそっちじゃない。そんな本人の思いとは裏腹に、士郎の身体はあっという間に浮き上がり……そして、意識もまた、どこか遠い所へと消えていった。
* * * * *
瞼を開くと、見慣れた天井が見えた。
此処は衛宮邸の自室で、今自分が寝転がっていたのはいつも使っている布団。いつも通りの朝である。
が、寝覚めの気分だけは『いつも通り』というわけにはいかなかった。脳裏にこびり付いた『夢』の記憶と、それに対する嫌な想像が、士郎の心に暗雲を齎している。
「セイバー」
「はい。何ですか、シロウ?」
襖を開くと、彼女はやはりそこにいた。青い服に銀色の甲冑……滑らかな金髪を朝風にそよがせながら、セイバーは座して主を出迎える。
「なあ、セイバー……その、」
昨日と全く変わりない彼女の様子に安堵する一方、昨日から続く謎の現象への不安も捨てきれず、士郎はセイバーに問いを投げた。
「あのさ、えーっと……『夢』を見せる魔術って、知ってるか?」
「は?『夢』ですか。まあ、魔術としてはごく初歩的な部類ですので……いくらかは。それが何か?」
「昨日から、何だか変な夢? を見るんだ。変なだけならいいんだけど、夢にしては妙にハッキリと記憶に残ってて、その内容も……何というか、リアルで……そう、現実味がある、というか」
彼にしては珍しくいにょもにょとした、断言を避ける言葉遣いだった。
恐らくは『夢』のイメージを上手く言葉に出来ない事が原因であろう。あるいは『今朝は何だか変な夢を見たぞ? これはきっと魔術師の仕業に違いない!』という、あまりに唐突で無根拠な陰謀論を口に出すことに、遅まきながら羞恥心を感じたのかもしれない。
ともあれ、チグハグでまとまりの見えない弁舌ではあったが、幸いにしてセイバーは大変察しが良く―――何せ直感スキルAである―――断片的な言葉から、士郎の意図を解読して見せた。
「ああ、成程。シロウは自分が見た夢に何らかの意味があるのではないかと考えたわけですね? 確かに、予知夢、運命視、神託、あるいは前世回帰……神秘において『夢』の形を借りた逸話は枚挙にいとまがない。それが貴方自身の能力であれば、この上なく心強いものなのですが」
もちろん、衛宮士郎はそんな御大層な力など持っていない。
先日、心得がないはずの回復魔術を使ったという実績があるため、今まで眠っていた力が聖杯戦争をきっかけに覚醒した―――という可能性だって無きにしも非ずだが、聖杯戦争という現状を鑑みれば、敵魔術師による精神干渉を疑うのが常識的だろう。酷く残酷な夢を見せる事で、対象をショック死させるといった呪い染みた効果の魔術が無いとは限らぬ。
「前にも言ったけど、俺は“強化”の魔術以外使えないんだ」
「ふむ、ではやはり敵勢力による干渉があったと考えるのが無難ですね。しかし、屋敷の結界が反応した様子はありませんでしたし、そもそも昨日一晩、隣の部屋で控えていた私に気取られることなく魔術による攻撃を行うなどと。キャスターが斃れたいま、一体誰にそんな真似が―――…」
セイバーはそこで言葉を切った。何かを思い出したかのような反応だった。
「シロウ、その『夢』は、どんな内容でしたか? 例えば、そう……どこの国のお話か分かりますか?」
「えっ? ああ、イタリアの商人の夢だった」
「イタリア? ブリテ、……英国ではなく?」
「そうだけど、何で英国?」
「い、いえ。それよりも続きを」
これまた珍しく、アワアワと取り繕うセイバーを不審に思いつつも、士郎は続ける。
「昔の……十一世紀のイタリアに、凄く綺麗な願いを抱いた男がいたんだ。誰もが幸せでありますようにって……そんな、綺麗な願いを。でも、結局……その願いは叶わなくて。それどころか、周りの人たちが、その人の綺麗過ぎる願いについていけなくなって……段々、見ていられなくなっていく……」
内容を改めて思い返していくにつれ、士郎は思わず泣いてしまいそうになった。
綺麗な願いに憧れて、それを現実にしようとして……けれど叶わなかった。それは、衛宮士郎という少年にとって、決して他人事ではいられない悲劇だったからだ。
「結局、その人の願いが見る影もないくらいに捻じ曲がったところで……目が覚めた。この夢には多分、まだ続きがある。ゴメン、セイバー。自分で言っといて何だけど、これは『攻撃』じゃないと思う。誰かが俺に夢を見せてるってのはその通りだろうけど、それは、何かその人なりの意図があるんじゃないかな」
「意図、ですか。……、それは一体……」
「分からない。ああ―――本当、分からないことだらけだ」
くそっ、と悪態をつく。
聖杯戦争が始まってから―――いや、万条千花と出会ってから―――訳が分からない出来事が多すぎるのだ。謎を解き明かす手段も、その手がかりもない。それはまるで、一点の光も差さない地下室を、手探りだけで歩き回っているような心地に似ていた。
結局全てを先送りにしなければいけなくて、自分の無力を痛感させられる。
「ん、―――?」
ふと、士郎は『先送り』という単語に何やらつっかかりを覚えた。
自分が先送りにしたことは、この夢の謎や、万条千花のこと、使った覚えのない回復魔術のこと以外に……何か、もう一つくらい無かっただろうか?
「あ、そうだっ」
突然、士郎は布団から跳ね起きた。瞬く間に部屋の押し入れを開き、着替えを乱暴に取り出し始める主を見て、セイバーは「どうしたのです、シロウ?」と困惑の声を上げる。
「セイバー! 俺、今から外に出て来る。留守番よろしくな!」
セイバーが見ている事すら思慮の外だったのか、その場で疾風の如く着替えを済ませた士郎は、財布を手に取ると、洗面所へと駆けていった。
言葉から察するに、最低限の身だしなみを整えたら、そのまま家を出るつもりなのだろう。突然の出来事に唖然としていたセイバーも、留守番という単語を聞き咎めると我に返った。
「ま、待ってくださいシロウ! 今は聖杯戦争の最中なのですよ!? サーヴァントを伴わず外に出るなど、自殺行為ではありませんか! 一体何を、」
「もし外で何かあったら、昨日みたいにすぐに令呪で呼ぶから!」
聞く耳持たずとはこの事である。結局、士郎はバタバタと暴れるように身支度を済ませ、家を飛び出していった。
* * * * *
「はぁ……まったく、困ったマスターだ」
ガシャ、と甲冑を軋らせつつ再び座り込むセイバー。
思えば、召喚された翌日も『いつも通り学校へ行く』と主張する主と喧々諤々の言い争いをしたのである。危機感が足りていないのは分かっていたが、実際に戦闘を経験した今なら少しは慎重になるのでは……という期待があったのだろう。期待が落胆に変わったいま、彼女の心には酷い倦怠感が押し寄せていた。
「しかし、シロウはこんな朝早くから何処へ? 学び舎は昨日の騒ぎでしばらくを門を閉じるはずでは……」
うむん、と首を傾げて思案に暮れる。
そも、衛宮士郎は年齢に比して落ち着いた気性の少年である。それがあれだけ焦って飛び出していったからには、何か相応の理由があるはず……。
「ああ、そうか」
答えはすぐに出た。
成程、確かに彼にとってみれば大変な一大事である。
さっ、―――と。再び渇いた朝風が寝室を吹き通る。涼やかなそれを全身で感じながら、セイバーは二人の『話し合い』が上手くいくことを願うのだった。
* * * * *
―――同時刻、遠坂邸の玄関にて。
「行くわよ、アーチャー」
「……もう行くのか。約束は昼頃だろう?」
頼りない足取りで歩く凜と、その様を数歩後ろから心配そうに見守るアーチャー。他者から「何事か」と心配されそうな両者の構図は、昨日から全く改善がないようだった。
「仕方ないでしょ……こんな足腰じゃ、橋向こうの教会まで行くのにどれだけかかるか、分かったもんじゃないもの」
「そう思うなら、電車なりタクシーなり使えばいいだろう。必要な出費を渋るのは、倹約とは呼べないぞ」
「別に、お金の問題だけで歩こうってんじゃないわ。昨日はほとんど寝て過ごしたでしょう? お陰で手足のだるさが半端じゃないのよ。体調悪いからって今日も楽をしたら、明日には歩けなくなりそう」
そう言って、手足をプラプラと揺らしてみせる凜。
表情こそ笑顔。しかしその顔色はやはりどこか青白く、今にも倒れてしまいそうに見える。化粧でいくらかは誤魔化しているようだが、それでも隠し切れていない辺り、重症である。
「……私が教会まで運んでやってもいいが」
「それこそ冗談。朝早いからって、人目がないわけじゃないのよ。―――さっ、出発しましょう」
先導するように、凜は颯爽と歩き出す。
虚勢である事は分かっている。足取りが言っているのだ―――「次に座ったら、もう二度と立ち上がれなくなりそうだ」と。もう彼女は戦場に出るべきではない。万条千花が遺した毒の影響は、着実に凜の身体を蝕んでいるのだから。
凜にもアーチャーにも、毒の解除はできなかった。
あの戦いで手に入れた『解毒剤』も、結局はただの着色料だったのだ。原因である千花が死んでしまった以上、凜にできる事は療養しかないというのに。
それでも、凜は真実を求めて歩いている。
遠坂を侮辱した人物―――万条千花の正体を知るために。
それはきっと、彼女にとってとても大きな事。体調の不良を押してでも歩かねばならぬ理由なのだ。
ならばどうして、サーヴァントである自分が、その足取りを阻めようか。
アーチャーは静かに、凜に続いた。
「待ってなさいよ、っ……!」
* * * * *
衛宮士郎は走る。
目的地は公園。少女と交わした、約束の場所。
「イリヤ……!」
遠坂凜は歩く。
目的地は教会。兄弟子と交わした、約束の場所。
「綺礼……!」
お互いが目指したのは全く違う場所だった。
にも関わらず、この日―――二人は、全く同じところへと辿り着くことになる。
TO BE CONTINUED・・・
【作中捕捉】
■セイバーと藤ねえの邂逅。原作と同じなのでカット。セイバーは切嗣を訪ねて来た外国のお嬢さんとして通ってます。
■休校騒ぎについて。
穂村原学園は教会の情報操作により『毒ガス事件の現場』として扱われ、しばらく休校する事になりました。犯人は未だ逃走中という事で、冬木市はちょっとピリピリしてます。そのうち教会が用意した『犯人』が警察に突き出され、事件解決という流れになるでしょう。
■セイバー「昨日一晩隣の部屋で控えていた~」
この作品のセイバーは食べたり寝たりしてません。イリヤの助力によって正規の方法で召喚され、士郎からの魔力供給をちゃんと受けているためです。スイッチON/OFFのあたりもしっかり習っているので、宝具の使用などが無い限りは、現界にも支障無い模様。