Fate/mille fiore-フェイト ミルフィオレ-【完結】   作:おるか人

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Scene.22  千の花(上)

 士郎は昨夜、イリヤスフィールに言った。

 

「明日、あの時の公園で待ってるから……だから、また話をしよう!」

 

 彼女とは戦いたくない。

 彼女と敵同士でいるなんて御免だ。

 だから士郎は、ありったけの思いを込めて、あの言葉を叫んだのだ。

 

 

* * * * *

 

 

 ―――家を出て十数分後。

 士郎は公園に辿り着いた。以前、イリヤスフィールと二人で並んで大判焼きを食べた、あの公園だ。

 

「イリヤ……頼む」

 

 ぽつりと呟いた後、士郎はベンチに腰を下ろした。

 イリヤスフィールに提案した逢瀬は昼。今はまだ朝、それも日の出が短い冬季では、ぼんやりと夜の名残を残す時間帯だ。余りに早い到着にも関わらず、ギュッと引き締められた唇と、ぎしっと強めに軋んだ木材は、そのまま士郎の決心の強さを示している。

 決心とは何か?

 士郎は今日一日、ひたすらにこの公園で『待つ』つもりなのだ。それも否戦の意思を示すため、サーヴァントを伴わずに。

 この行動はまさしく無謀。愚かと言い換えてもいい。

 何故ならいかに令呪が空間転移すら可能にすると言っても、限界はある。令呪を使わせる暇もなく殺す、あるいは令呪を使えない状態に追い込む……その程度は、魔術師にとって至極容易な事だからだ。

 身の危険は承知の上。しかし士郎には、今日という日をイリヤスフィールへの『約束』以外に使う気など少しも起こらなかったのだ。

 

「……来てくれ……」

 

 夜が晴れ、朝が深まってゆく。

 けれど昼間はまだ―――遠い。

 

 

* * * * *

 

 

「来たか」

 

 教会の扉が開かれると同時、礼拝堂に一人佇んでいた男が振り返った。

 ―――言峰綺礼。第五次聖杯戦争の監督役であり、凜の兄弟弟子でもある神父。

 

「約束の時間より少し早いようだが?」

「それだけ重大な問題って事よ。……さあ、綺礼。アンタの知ってる事、全部話してもらうわ」

 

 凜は扉を開くや否やずかずかと、静謐な教会の空気を肩で切ってゆく。

 その姿は『遠坂凜、完全復活!』とでもテロップを打ちたいものだが、残念ながらこれも虚勢である。

 綺礼が口にしたように、現在時刻は午前十一時四十九分。自宅を出発したのが六時前であったから、凜は遠坂家から教会までの道のりを歩くのに、六時間近く費やした計算になる。なんとか約束の時間に間に合わせはしたものの、扉を開く寸前の彼女は疲労困憊という体だった。

 しかし、いざ知人を前にすればこれだけ外面を繕えるあたり、彼女のプライドにはもう天晴れとしか言いようがない。

 

「ふむ、重大な問題……か。確か万条家について、私の知っている事を話せば良いのだったな」

「そうよ」

「いいだろう。しかし、始めに一つだけ言っておく。本来ならば監督役である私が、いち参加者であるお前に他のマスターの情報を漏らすのはルール違反だ。今後このような対応を求めた場合、私はお前に(ペナルティ)を与えなければならない。それだけは覚悟しておけ」

「ふん、分かってるわよそんな事。けど、アンタにだってルールを無視してでも私に話しておきたい理由があるんでしょ? 私はそれが聞きたくて此処へ来たの。能書きはいいから、さっさと話を始めて頂戴」

 

 苛立つ凜の言葉に堪えた様子もなく、綺礼は「座るか?」と礼拝堂の長椅子を示した。もちろん凜は「結構よ」とにべもなく返す。

 それを合図に、万条家の正体は明かす会談は始まった。

 

「で、万条ってのは何者なの?」

「聖杯戦争の常連だ」

 

 いきなり、とんでもない正体が明かされた。

 

「ハァ!? ど、どう言う事よ!」

「そのままの意味だが。監督役の記録上、万条家は第一次、第二次、第三次の聖杯戦争にマスターとして参加している。尤も、正式に聖杯から令呪を得たのは第二次の一回きりで、第三次は他のマスターからサーヴァントを奪って参戦したようだが……まあ、それは些末な事だな」

 

 開いた口が塞がらないとはまさにこの事だろう。

 参戦回数が三回という事は、今まで行われた聖杯戦争の半数以上に参戦しているという意味ではないか。いや、今回の第五次に姿を見せているのだから、十年前の第四次を除き、全ての聖杯戦争に関わっているという事になる。それは確かに『常連』と称するに相応しい。

 

「ちょ、待ちなさい! そんな家があるなら遠坂(わたし)が知らないわけないでしょうが!?」

「だから昨日電話で言っただろう? 何故お前が知らないのかが疑問だ、と。実際、私は時臣師から万条家の話を聞かされたことがあった。お前は無かったのか?」

「……無いわ。そんな話、聞いた事もない……」

 

 綺礼の言う時臣師とは、凜の父親であり綺礼の魔術の師でもある遠坂時臣の事だ。

 時臣は綺礼を弟子に迎えて間もなくの頃、魔術師の常識を教育する一環として、万条家の事を口に出した事があった。言わずもがな、魔術を悪用する悪い例として。

 故に、綺礼は娘の凜にも同じことが伝えられていると考えていたのだが……現実には、凜はアングリとした様子である。

 

「……まあ、時臣師は第四次に必勝の戦略を持ち込んでいたからな。自らが敗北する事、聖杯戦争が第五次に及ぶ事など思慮の外だったのだろう。お前には必要のない知識だと割り切っておられたのかもしれん」

 

 それは凜に対するフォローだったのかもしれないが、彼女にとっては『必勝の戦略を持ち込んだにも関わらず敗北した父』を嘲るような口調に聞こえた。

 その時臣を守護するために同じ戦場へと赴いたくせに、真っ先に負けて教会へ逃げ込んだ奴が何を!―――切歯せんばかりの激情を湧き上がらせる凜だが、辛うじて口には出さなかった。

 

「ん……? 正式に令呪を得たのは第二次の時だけって言ったわよね。それっておかしくない? 令呪を扱えるのはマスターだけのはずでしょ。どんな優秀な魔術師だって、他人の令呪を奪うだけじゃマスターになんかなれっこないわ」

「さあな。何か利害の一致があり、令呪抜きでサーヴァントと協同したのか。あるいは令呪に代わる何かを持っていたのか。監督役と言えど、流石にそこまでは知りようがない」

「令呪に代わる何か……か」

 

「それが一番ありそうね」と、凜はひとり言のように呟いた。

 遠坂の技術を習得しているなら、マキリの技術である令呪を使えてもおかしくないと考えたのだ。

 

「それで終わりか?」

 

 考え込む凜に、綺礼が伺うような声を投げた。

 

「何よ、それ」

「本題は何だと聞いている。お前が私に聞きたいことは他にあるのだろう?」

 

 お見通しだと言わんばかりの目に、凜は唇をへの字に結んだ。

 これだから、この神父は嫌いなんだ―――と顔に浮き出ている。

 

「そうね―――じゃあ聞くわ。万条は遠坂の宝石魔術を使っていた。アレは偶然同じような魔術を修めていたなんてレベルじゃない。私より特別熟練してないし、私より特別未熟でもなかった。本当に同じなのよ、アイツの宝石と私の宝石、二つ並べたら区別がつかなくなるほどにね」

 

 話すごとに、凜の口調が荒く、矢継ぎ早になっていく。

 

「宝石魔術だけじゃない。身体強化、ガンドの撃ち方、とにかく魔術の使い方が私に瓜二つだったのよ! まるで鏡でも見せられているような気分だったわ……アレは何なの!? ねえ、綺礼……この疑問を少しでも解決できる何かを知っているのなら答えて! 答えなさい!!」

 

 ハァ、ハァ―――と。

 静謐な空気の中に、熱くて荒い呼吸音だけが満ちる。

 一秒、二秒、三秒、四秒……少しの間沈黙を守った神父は、やがてゆっくりと答えた。

 

「万条家には、他の魔術師の人生をそっくりそのまま手にする術がある。恐らくはそれによる作用だろう」

「っ! 知ってるのね!? もっと詳しく説明して!」

「落ち着け。それを説明する前に、まず確かめておかねばならんことがある。お前はフォレスティ家と万条家について、どれだけ知っている?」

「…………フォレスティについては、一般常識と同レベルよ。精々、商売のためだけに魔術を利用する“魔術使い”ってとこ。万条についてはアンタに聞くまで一つも知らなかった」

「そうか。では、初めから説明した方が分かりやすいだろうな」

 

 焦らす様な物言いに、凜がまた頭の熱を上げかけるが、綺礼の表情は些かも崩れない。

 

「凛、お前はフォレスティ家を『商売のために魔術を利用する一族』と称したが……奴らがその商売の中で最も力を入れていたのは何だと思うかね?」

「薬屋でしょ? 風邪薬から麻薬まで……ありとあらゆる薬物を世界中にバラ撒いたって聞いてるわ」

「そうだな。ある国を薬で救い、ある国を薬で滅ぼした。フォレスティの栄誉と悪名は、主に薬物で象られたものだ。しかし実際のところ、それは実益を兼ねたカモフラージュに過ぎん。フォレスティが最も熱を上げた商売は他にある」

「勿体ぶらないで、さっさと―――」

「結婚相談所だ」

 

 フリーズ、二度目。

 凜は「さっさと」と口にした時の姿勢でピタリと固まってしまった。

 

「いま、何て?」

「結婚相談所だ」

 

 つまり、綺礼はこう言いたいのだ。

 世界有数の商家であり、経済を握るほどの一族。その正体は仲人である―――と。

 

「ふざけてるの?」

()()()()()の、と付ければ納得するか?」

 

 凜はようやく、綺礼の発言が至って真面目なものであると理解した。

 

「気の短いお前の為に、手早く説明してやるとしよう。フォレスティには『血の繋がりを持つ者に、術者のあらゆる記憶と経験を転写する』魔術がある。継承魔術と呼ばれるものだ」

 

 そして、この言葉で凜は事態の深刻さを思い知った。

 

「フォレスティ家はより多くのシェアを獲得するためと嘯いて、世界各地に一族の者を送り込み、分家を興させる。彼らは時に名前を変え、外見を変え……フォレスティ家とは全く無関係の一族を装うのが常だ」

 

 カチカチと、微かだが歯の根が鳴る音がした。

 聡明な彼女は、次に綺礼が口にする言葉に大方の予想がついてしまったのだ。

 

「さて。ある日、フォレスティの経営する結婚相談所に一人の魔術師が訪ねて来た。聞けば、彼らは一角の魔術師ではあるが、遺憾なことに子宝に恵まれず、家の存続が危ぶまれる状況だという。そんな彼らに、フォレスティはこう言うわけだ。()()()()()()()()()()()()……とな」

 

 愕然の一言である。凜はもう、声も出なかった。

 かなり大雑把な説明であったが……綺礼が先に口にした『他の魔術師の人生をそっくりそのまま手にする術がある』という言葉と合わせて、凜にはフォレスティの計略が全て理解できた。

 

 ―――つまり、全ては自作自演(マッチポンプ)なのだ。

 

 予め己が一族を世界中に散らせ、別の名前を名乗らせておく。

 結婚相談所を訪れた者たちに、何食わぬ顔で一族の者を紹介する。

 産まれてきた子供に継承魔術を用いて、フォレスティの記憶と経験を受け継がせる。

 あとは、家の元々の所有者が死ねば……残るのは、フォレスティの手先と化した子供だけ。

 

 綺礼は正しい。

 なるほど、確かにこれなら―――魔術師は己の全てを奪われることになる。

 

「そして万条家は、フォレスティが日本で興した分家の一つだ。つまり、」

「言わないで。もう分かった。……よく、分かったわ」

 

 凜は項垂れた。

 嗚呼、考えたくもなかった。

 唾棄すべきあの“魔術使い”に、()()()()()()()()()()()()かもしれないなんて―――。

 

「沈痛に浸っているところに悪いが……私の用事はまだ終わっていない。説明を続けさせてもらうぞ」

 

 容赦なく降りかかる言葉。

 凜は苦痛も疲労も忘れ、強い眼光で神父を睨み返した。

 私は全てを知らなければならない。―――此処へ来る前から抱いていた彼女の決意は、さらにその強さを増したようだった。

 

「望むところよ」

 

 

* * * * *

 

 

 子供たちが公園の遊具で戯れている。

 キャッキャと弾む声とは対照的に、同じ空間にいる少年……士郎の顔色は暗い。

 

「……イリヤ……」

 

 陽はついに天頂へと差し掛かろうというのに、彼は依然として孤独なまま。

 待ち人はまだ、来ない。

 

 

 

 

 

TO BE CONTINUED・・・




【作中捕捉】
■謎② フォレスティ家と万条家の関係とは?
 解② 本家と分家の関係。フォレスティが本家、万条が分家。ただし……?

■謎③ 何故、千花は遠坂の魔術を寸分違わず再現できるのか?
 解③ 凜の先祖がそれと知らず、フォレスティ一族と交わった可能性あり(憶測)。

■謎⑬ 何故『凜が万条家を知らない』事がおかしいのか?
 解⑬ 万条家は聖杯戦争の常連であり、凛の父親はそれを知っていたから。


■結婚相談所。
もちろん、この結婚相談所もフォレスティが元締めという事はお客には分からない仕組みになってました。お店の経営は分家の人たちが行っていたためです。手広い商売も、一族の存続も、だいたい継承魔術のおかげ。このころのフォレスティ家は「継承魔術チート過ぎワロタwww」って感じに調子こきまくってました。

■時臣のうっかり。
凜は本編でも、時臣パパのうっかり死が原因で、聖杯戦争の本来の目的や、第三魔法の事を知りませんでした。失伝された情報の中には、万条家の事も含まれていたんだよ!……という原作改変。というより付け足し。

Q.要するに?
A.だいたい綺礼のせい。
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