Fate/mille fiore-フェイト ミルフィオレ-【完結】 作:おるか人
遠坂凜が教会を離れてすぐのこと。礼拝堂で、ハァと大きなため息が響いた。
発生源は意外にも言峰綺礼である。つい先ほどまで凜の苦悩を思うままに愉しんでいた彼は、しかしその余韻に浸る事もなく―――むしろ彼女の苦悩が伝染してしまったかのように―――眉間に深い皺を刻み始めたのだ。
「どうした、綺礼? お前ともあろう者が……まるで、親に悪戯の現場を見咎められた幼子のようだぞ」
そんな綺礼とは逆に、楽しくて仕方がないといった様子で礼拝堂に入り込んでくる人物が一人。闇に溶け込むような黒いライダースーツを身に着けているにも関わらず、他者の視線という視線を引き付けるであろう圧倒的な存在感を発散する金髪の美青年だ。
誰もいないと思っていたからか、綺礼はハッとした様子で青年に向き直る。
「ギルガメッシュ……いつからそこに居た?」
「今しがただ。尤も、お前たちの話の内容は、余すところなく筒抜けであったがな」
司祭室にいたのか、と綺礼は心中で苦虫を噛み潰した。
冬木教会の司祭室は、礼拝堂から壁一枚を隔てた裏側に位置するのだが……この一枚壁は、部屋と部屋を区切る仕切り程度の意味合いしか持っていない。一言で言えば、礼拝堂の物音は司祭室に、司祭室の物音は礼拝堂に筒抜けなのである。
「教会がこの地に介入してくる事は、お前にとっても不利益であろうに。何故馬鹿正直に報告などしたのだ?」
「していない」
「……なに?」
「私は万条家の事を教会に知らせた覚えなど無い。今朝、教会の方から連絡があったのだ。『万条家の生存が確認されたというのは本当か?』とな」
教会が言うには、監視役から連絡があったらしい。
しかし、綺礼が監視役の面々に確認したところ、皆が寝耳に水といった様子であった。
現在、魔術師としての万条千花を知り得るのは衛宮士郎・遠坂凜と、その凜から報告を受けた言峰綺礼の三名のみのはずである。そしてその三人のいずれにも、わざわざ監視役を装って教会に情報を提供する動機を持つ人間はいない。
では、誰が?―――『聖杯御三家に始末を任せる』という建前の影で、既に動き出しているであろう代行者たちの事を思うと、頭が痛くなる綺礼である。
「くっくっく」
笑い声は、ギルガメッシュのものだ。
聖杯戦争の破綻は、即ち彼が執着するセイバーとの逢瀬を妨げられるという事でもある。ともすれば自分以上に憤りを抱いているだろうと思われたギルガメッシュは―――しかし、何故か心底愉快といった様子でゲラゲラと腹を抱えて笑っていた。
「なるほど、なるほど。まさかそこまでするとは、奴の執念も本物だな。いや、実に面白い」
「……どういう事だ、ギルガメッシュ。お前は何を知っている?」
「ああ、そういえばお前にはまだ言っていなかったな」
いっそ白々しいほどの態度を前置きに、ギルガメッシュは事の真相を語り出す。
「半月ほど前、この教会に来客があった。白髪に金の目をした人形だ。名は確か……『センカ』といったか。そいつは門を叩くや否や、こう言ったのだ――――『ギルガメッシュ陛下に謁見を願いたい』とな」
「何だと……!?」
「まあ聞け。間の悪い事に、その時お前は教会を留守にしていたのでな、興が乗った事もあって、我自ら応対してやったのだ。奴の目的は交渉だった。掻い摘んで言えば『我が一族に伝わる宝を捧げる代わりに、一時、御身の庭を騒がす許可を頂きたい』……といったところか」
現状を鑑みるに、交渉は成立したのだろう。
世界の全てを手に入れた原初の王をして、交渉に応じる気にさせた宝とは何だったのか―――そんな思いが顔に出ていたのだろう。ギルガメッシュはあっさりと回答を示した。
「なに、宝自体は下らぬものだった。ただ、我は奴の目が気に入った。アレは反逆者の目だ。己が意に沿わぬなら、神をも敵に回す特上の道化だ。だから許してやったのさ。奴がこの戦いでどう踊り、どう朽ち果てていくか……少し興味が湧いたのでな」
その時の事を思い出しているのか、再び哄笑を湧かせるギルガメッシュを見て、綺礼は十年前に起きた第四次聖杯戦争を思い出す。要するにこの男は、当時の間桐のマスターに期待した事を、そのまま千花にも期待しているわけだ。
「くく、綺礼……お前もゆるりと待つが良い。奴は近いうちに宴を催す。徒花の咲き誇る舞台の中心で、血のあぶくを吐きながら踊り狂い、その情念を以って多くの命を地獄への道連れにするだろう。今の世では中々見られぬ、滑稽な喜劇となるはずだ」
ギルガメッシュから見て、万条千花の破滅は既に約束されたものなのだろう。それが一体どのような理由から来る確信なのかは分からないが……綺礼は、英雄王の眼力にそれなりの信用を置いている。少なくとも、自分が思っているほど状況は悪くないのかもしれない、と一握りの安堵を得られる程度には。
「しかし―――そうだな。確かに、せっかくの余興を無粋な客に台無しにされるのもつまらん」
安堵を得た途端に、とてつもなく不吉な一言を呟く金ピカである。
「待て、ギルガメッシュ…………しばらくは大人しくしていろと言ったはずだ」
「お前とて、聖杯の誕生を邪魔されるのは本意ではあるまい?」
「八人目のサーヴァントが街を出歩くのも十分に問題だ。……」
とはいえ、言う事を聞けと言って聞く相手でないのは、十年の付き合いでとうに分かりきっている。綺礼にできるのは、せめて動向の把握に努める事くらいだ。
「何をする気だ?」
「要は儀式が破綻しなければ良い。そうだろう?」
絶対者は静かに、酷薄な笑みを浮かべてみせた。
* * * * *
太陽の光が猛威を振るう時間帯だというのに、どこか薄暗く、どんよりと重い雰囲気を醸し出す洋館―――間桐邸。近隣住民も『気味が悪い』『幽霊屋敷』と噂してあまり近寄ろうとしないこの屋敷に、いま一人の訪問者があった。
侵入者を感知する結界が発動する。
侵入者の行く手を阻む仕掛けが作動する。
それらを呼吸と同義の気安さではね退け、押し破り……訪問者は屋敷の前に立つ。
―――コンコンコン、とノックを三回。
ノックを終えるや否や、訪問者は家主の返事も待たずにドアノブを捻り潰し、その勢いで扉も、まるでウエハースか何かのようにぶち壊した。
「ウフ、フフフ、フ」
来訪者は笑う。―――嗤う。
待ち侘びた瞬間を前にして、猛るように嗤い続ける。
「な、何だよ今の音……ッ、ヒィ!?」
物音を聞いてかけつけた間桐慎二が怯え出す。―――違う。
慎二と話をしていたのだろう。兄の背中で、間桐桜が静かに身を竦ませる。―――違う。
「見ぃつけた」
ギョロリと剥かれた双眸が、暗い廊下の先を見つめる。
すると、ぬっと闇から溶け出すように、小さな老人が姿を現した。
「ほ、昼間から騒々しいと思ったら……随分懐かしい客が来たものよな」
この老人こそ間桐臓硯。またの名を、マキリ・ゾォルケン。
五〇〇年の歳月を生きる吸血鬼であり、間桐という魔術師一族を統べる者。
そして来訪者……万条千花の、仇敵。
「マーキーリさんっ、あっそびーまーしょー……?」
千花は白い髪を振り乱し、金色の目を血走らせ……復讐の開始を宣言する。
次の瞬間。どこからともなく現れた無数の蟲たちが、千花を目掛けて殺到した。
* * * * *
いつの間にか日が昇り、また、いつのまにか日が暮れていた。
衛宮士郎が過ごした今日は、たったそれだけの言葉で説明がつく。
「………………………、」
士郎は一人、公園のベンチで項垂れていた。
現在時刻は既に六時を回ろうとしている。今の季節、太陽はとっくに隠れ、街灯の光が街を照らし出す時間帯だ。
「………………………、」
約束の時間より六時間も早くから待ち始め、約束の時間から六時間近く待ち続けた。
しかし待ち人は来なかった。
考えてみれば当然のこと。士郎は昨日、確かに「次の日の昼に公園で話をしよう」と言った。しかし彼女はその一言に是と答えなかった。士郎が一縷の希望を託した『約束』は、彼だけの一方的な物だったのだから。
士郎にだって分かっていた。
彼女には自分の提案に従う義理はない。
義理というなら、イリヤスフィールは既に多すぎる便宜を図ってくれた後なのだ。これ以上を要求しようという士郎の考えこそが厚かましいものである事は間違いない。
(それでも……)
それでも、衛宮士郎はイリヤスフィールと争いたくなかった。
もしも彼女との関係が、出会い頭に殺し合いを演じるような殺伐とした関係ならば……士郎も、剣を以って自分の意を示すことに不服はなかっただろう。
だが、実際にはそうはならなかった。それどころか、イリヤスフィールは未熟な衛宮士郎を導き、出来得る限りの協力を惜しまなかった。
そんな彼女を相手に。士郎をして『聖杯を得るなら、あの子が相応しいのでは』と思わせる少女を相手に、戦わねばならぬ理由など何処にあろうか。
だから、待った。
今日一日、この身を危険にさらしてでも彼女を待とうと思った。
この場所に、万が一にでもイリヤスフィールと争わずに済む可能性があるのなら、と。
けれど―――もう時間切れだ。
夜にマスターが出会えば、それは戦闘開始の合図。
ここから先はいくら待ち続けたところで、士郎の望む結果は得られない。
(帰ろう。これ以上セイバーに心配をかけるわけにはいかない)
士郎の望みは断たれた。
もはやあの少女とは、戦った末にしか手を取り合える未来はない。
「……イリヤ……………」
ぽつりとこぼれた名前は、誰に向けたものでもない。ただ無念の表明だった。
「―――なに、シロウ?」
だから、山彦のように返ってきた声に……士郎はしばしの間気が付かなかった。
顔を上げ、パチパチと瞬きを数回繰り返して、声を出そうとして一度息を詰まらせて……それからやっと、目の前の少女の名前を呼ぶことが出来た。
「イリ、ヤ?」
夜の暗がりに、街灯の光を湛えて浮かび上がる雪の妖精。
この日、衛宮士郎が待ち望んだ万が一の光景が―――いま、眼前に広がっている。
「あ、……えっと」
突然の出来事に、士郎は言葉を忘れた。
待ち人が現れた時、言おう、言おうと思っていた言葉があるはずなのに……何故か、どうにも出てこない。
何か言わないと、と焦った。けれど何も口に出せなくて、また焦った。そうこうするうちにイリヤスフィールの表情がだんだん『不機嫌』に彩られていくように見えて、もっと焦った。
―――何か。何か一言。彼女に伝えるべき一言を!
焦りの中で思い悩み、緊張に喉を震わせること数秒。ついに士郎はその一言を吐き出した。
「会いたかった」
「………………………………ばかシロウ」
少女の呆れたような返事は、至極もっともなものだった。
TO BE CONTINUED・・・
【今話のまとめ】
①千花はギルガメッシュの後ろ盾を得ているらしい。
②ギルガメッシュに何やら不穏な動きが。
③千花が間桐邸を襲撃(午後三時~四時くらいの出来事)。
④ヒロイン登場(午後六時前後)。