Fate/mille fiore-フェイト ミルフィオレ-【完結】   作:おるか人

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Scene.25  万条の一条 千花の一花

 いつの時代も、富と栄華を極めた者が最後に辿り着く欲望は、永遠の命であるという。

 五〇〇年を生きる魔術師、間桐臓硯もまた、その欲望に取り付かれた者の一人であった。

 

 老いたくない。

 死にたくない。

 滅びたくない。

 

 盛者必衰の理に一人逆らい続けた数百年間はそのまま、無辜の人々の犠牲の歴史である。

 他者の肉体を糧に生き続ける法を編み出した臓硯は、吸血鬼の異名の通り、若く瑞々しい人々を食らう事で命を繋いできたのだ。

 

 そんな彼には、首をねじ切られても、胴を裂かれても死なない万条という一族が、どのような存在に見えただろうか。第二次聖杯戦争の際、サーヴァントを失い、臍を噛んで逃げ回る一人の女……五代目万条千花が、どんな存在に見えただろうか。

 

 きっと、この世のいかなる珍味よりも()()()()()に見えたに違いない―――。

 

 

* * * * *

 

 

 臓硯の前には、全身を蟲たちにたかられて倒れ伏す千花の姿があった。

 何の事はない、今代の万条は様子見のつもりで放った最初の攻撃すら防ぎきれず、あっさりと蟲どもの餌食になったのである。

 

「他愛ないのう」

 

 嘆息。

 かつて万条の当主を捕らえ、その肉体を薄皮一枚産毛の一本まで調べ尽くした臓硯は、万条が持つ『不死』のカラクリを理解している。

 

 万条一族の魔術―――その正体は“人体操作”だ。

 

 万条一族は、魔術で自らの肉体を自らの意思で支配・管理する事ができる。

 例えをいくつか挙げると、

 汗腺を刺激する事で、暑くもないのに汗をかける。

 表皮の角質を硬化させることで、爪を伸ばすことができる。

 毛根細胞の増殖を促進する事で、髪を伸ばすことができる……といった具合だ。

 つまり、人体に起こり得るあらゆる生理現象を、魔術という外部刺激を通じてマニュアルで操作する。そして、本来その現象を起こすために消費される『時間』と『養分』を、全て魔力で代替できる。これこそが万条家の―――正確に言えば、フォレスティを名乗る前の一族が先祖代々受け継いできた―――“人体操作”の魔術、その全容である。

 

 万条一族の持つ尋常ならざる再生能力の秘密もここにある。

 彼らは“人体操作”を用いて、全身至る所に胎芽を仕込んでおり、生命維持が困難となる傷を受けると、その胎芽が新たなる肉体や臓器として形成される、もしくは切り離された肉体と肉体を繋ぎ合わせる接着剤としての役割を果たすのだ。

 さらに、術者の意識が無くても自動的に再生するよう、全身で個別の術式が組まれているため、首を斬られる、もしくは脳を破壊されるといった重大な被害を負っても、各部の術式が事前に設定された『設計図』の通りに肉体を組み立て直すため、問題なく再生する事ができる。

 これが、千花がセイバーの剣に断たれてなお、当たり前のように蘇った昨夜のカラクリである。

 

 だが、これらの事実は万条千花の不死を保証するものではない。

 むしろ逆―――言ってしまえば『常人より再生力が高い』というだけでしかないため、肉体を焼却される、大規模魔術で肉片一つ残さず消滅させられる、再生の要となる術式を破壊される等……要は『再生しようがない』状況に追い込まれると、普通の人間と同じように死んでしまうのだ。

 そう、例えばこうして……再生の暇もなく、全身を余すところなく食い荒らされでもしたら。

 

「まあ……遠坂の小娘如きにしてやられるようでは、この結果も当然か」

 

 思い返してみれば、第三次聖杯戦争の時点で、既に終わりかけの一族だった。そこから更に零落を果たしたとあれば然もあらん。

 それきり、臓硯は千花への興味を失い―――未だに玄関で立ち尽くしたままのアサシンに目を向けた。

 

「お主のマスターはご覧の有様じゃが……助けに入らんのか?」

「ふむ、別段助ける理由もないのでな」

()()()()ッ、それもそうじゃの。お主ほどの英霊……形だけ従えるにしても、こやつには荷が勝ちすぎておったのだろうて」

 

 どうでもよさそうなセリフに、臓硯は笑った。

 このサーヴァントの正体がかの名剣士・佐々木小次郎である事は臓硯も知っている。恐らく、自身に見合わぬ無能なマスターに腹を据えかね、ここで見捨ててしまうつもりなのだろうと推察したのだ。

 

「さて、この世の依代を失ったサーヴァントは程なくして消え去る運命にあるわけじゃが……その腕、主に恵まれずに敗退など余りに勿体無い。そうは思わんか? アサシンよ」

「其方が、私の新たな主になると?」

「悪い話ではあるまい?」

 

 ライダーとアサシン……この二騎を間桐陣営が独占すれば、第五次に勝機が見えるかもしれない。元より今回は見送るはずだった戦いであり、負けたところで大した損失はない。なら、賭け金を多少上乗せにするのも悪くない―――降って湧いたようなチャンスに、臓硯はそんな思惑を巡らせていた。

 また、万が一アサシンが今回のような造反を起こしたとしても、単純な剣技を頼りにするこの英霊では、自分の命を脅かすことは到底できないだろう、という目算もある。

 これはアサシンから見ても旨味のある話。断られるはずがない……という確信の下、臓硯はアサシンへと手を伸ばす。

 

 否、伸ばそうとした。そしてまた何かを言おうとしたのだが、臓硯の皺枯れた唇はありえないモノでも見たかのようにポッカリと開かれ、戦慄くばかり。

 それもそのはず―――今まさにアサシンへと差し伸べようとした臓硯の右腕は、肘から先が跡形もなく消え去っていたのである。

 

「ば、ばっ、……」

 

 痛みはない。だが突如として発生した精神ノイズが、臓硯から正常な思考を奪っていた。

 

「生憎だが、御老。私は既に今生の主を戴いている身ゆえ、その申し出は断らせていただく」

 

 アサシンが何かを言っているが、そんな事はどうでもいい。

 いま臓硯の脳内を埋め尽くしているのは、目の前の光景に対する謎である。

 

「ひ、どい……じゃァ、ない、か…ゾォ、ル………ケン?」

 

 地獄の底から響く声と共に、ヒュッと風切り音が鳴った。

 臓硯はバランスを崩し、顔面から床に叩きつけられた。今度は両足が消えたのだ―――そう理解できた時には、次の攻撃が始まっていた。

 左腕、

 右肩、

 腹、

 胸。

 風切り音が続けて四回。あっという間に達磨どころか首一つになって転がった臓硯を、千花は片手で鷲掴みにして持ち上げた。

 ピタリと合わせられる視線。蟲まみれになり、全身に痛々しく貪られた痕を残しながら、それでも千花は不敵に笑っていた。臓硯は身動きの取れない姿で、その表情を至近距離から目の当たりにする。

 

「あそ……っ、あァ、うん」

 

 千花は一旦言葉を切ると、げほごほと何度か咳をした。口から数匹の蟲が吐き出され、胃液や唾液と一緒に間桐邸の床にへばりつく。

 

「こっちが遊びに来たって言ってんだからサ、『何して遊ぶ?』って返すのが常識ってもんだろ。何百年と生きて、遊び心も失くしちまったってのかい? はン、情けないねェ」

「お、……お主は」

 

 蓮っ葉な語り口。

 それは、臓硯の記憶にある五代目万条千花のものと相違なかった。

 

「なんだい、そんなにビックリしちゃってサ。あたいの事さんざん調べ尽くしたアンタなら知ってるだろ。万条の血が続く限り、あたいもその中にいるんだよ」

 

 そんな事は知っている。継承魔術の弊害―――人格の混在だ。

 だから、聞きたいのは別の事。万条の肉体を散々調べ尽くした臓硯でさえ知らない、今自分の目の前にいる化物の事だ。

 

「目の前にいる化物……? あー、この姿の事か。そんなに不思議かい?」

 

 そう言ってケラケラと笑う千花の姿は、まさしく化物と称するに相応しいものだった。

 腕から、脚から、腹から、胸から、目玉から……身体のあちこちで肉が隆起し、そこからウツボのような生物が生えている。まるで体内で飼われていた寄生虫が、宿主の腹を食い破って出てきたような有り様だ。

 

「別に大したことじゃないよ。あたいらの身体にゃ胎芽―――まァ、ホントは“肉の芽”って言うんだけどサ―――が仕込んであんのは知ってるだろ? アレを人じゃなく、化物のカタチに育てりゃこうなるんだ。確か八代目が完成させた技術だから、アンタが知らないのは無理ないねェ」

 

 話をしている間に、化物たちは機敏な動きで周囲の蟲たちを食らい尽くしていく。身体中で異形の口が開き、獲物を喰い殺していく姿は悪夢の具現と言えた。臓硯は否応なく理解する。自分の肉体は、あの怪物に喰われたのだと。

 

「う、……!」

 

 見れば、千花にたかっている蟲は皆、ピクピクと痙攣を繰り返すばかりで一向に彼を喰い殺そうとしない。蟲は千花の肉に食らいつくと、それきり動かなくなってしまうのだ。ちょうど今の臓硯自身のように。

 臓硯は恐れ慄いた。といっても、化物を怖がったわけではない。目の前の化物が持つ特性を理解したが故に……少し先に待ち受ける残酷な未来を予感してしまったからだ。

 

「お、気付いたね? その通り、あたいもこの子らも皆、人体操作で体液をチョイと弄ってある。対アンタ用に特別調合した毒薬……分かりやすく言えば殺虫剤。涎の一滴、血の一飛沫でも浴びれば、神経軸索に作用してロクに情報伝達ができなくなる。そら、今もロクに動けないし、まともに喋れないだろ?―――くく、よく効いてるみたいで嬉しいよ。なにせあたいが蟲蔵で弄ばれた三年五ヶ月二十七日と八時間十二分四十六秒の間、ずぅぅぅぅぅぅっとアンタを観察して作り上げた自慢の薬だもの。効かないはずないよねェ? ひひ、ひ」

「グ、ゥ…グ」

 

 臓硯は禄に言葉を返せない。先ほどの不意打ちで、あの化物が分泌する体液を浴びてしまっていたからだ。もはや苦しげに呻くことだけが、臓硯の全てである。

 いかなる攻撃を受けても死なない……不死に近い肉体を持つからこその油断が致命的だった。ああ、もしも最初から最大限の警戒をもって対峙していたならば、千花の不意打ちを防ぐくらいは容易かったろうに。しかしもう遅い。あのたった一撃が、臓硯からあらゆる抵抗の術を奪い去ってしまったのだ。

 

「耄碌したねェ、間桐臓硯。あたいと殺り合った時のアンタは、まだギリギリまともだった。あの日のアンタなら、さっきの不意打ちぐらい躱したはずだ。……はン、何ていうかサ、長年思い煩った相手がここまで落ちぶれてるなんてさァ、あたいは、あたいはもう………………………………おッかしくって笑いが止まんねえっての! 無ッッッ様だねェ、蟲ジジイ! あーっはっはっはっはっはァ!!」

 

 あからさまな侮蔑、挑発にも返る声はない。

 

「あァ、そういやさっきずいぶん面白い事を言ってたねェ。『遠坂の小娘にしてやられるようでは』って……? ハハ、ありゃァあたいも反省してるよ。遠坂は『辱められるくらいなら誇りある死を選ぶ』って家柄だしね、一息に殺さないように頑張っていたぶってたら、うっかり不意を突かれちゃったワケ」

 

 うっかりはアイツらの専売特許だっての、とボヤきつつ。臓硯の頭を掴む手が……その握力を増した。千花の眼差しに嗜虐の炎がチロリと燃える。

 

「その点、アンタにゃ遠慮の『え』の字もいらねェ……ハナッから全力でいい。そうだろ?」

「グ、ゥ…ゥウ!」

「千年の妄執を抱くアインツベルンには、念願の成果を簒奪される絶望を。誇りを抱いて生きてきた遠坂には、子々孫々と地に這い蹲る屈辱を。そして―――…」

 

 ニタリ。千花の唇が三日月の弧を描く。

 瞬間―――臓硯の頭が四散した。千花の掌に出現した新しい咢が、臓硯の頭蓋を噛み砕いたのだ。

 

「永久の命に執着するマキリには、ただ無意味な死を。それが万条の復讐さ」

 

 ポタポタと掌を滴る臓硯の残骸を見やり、千花はまたニタリと笑った。

 

「ざまあみろ。……」

 

 しかしその笑顔は数秒後にはすっかり消えてしまい、元の穏やかな美しい顔つきが戻ってくる。

 

「……ねえ小次郎、わたし今……変わってた?」

 

 自信なさげに俯く千花に対し、アサシンは静かに頷いた。

 

「ああ。威勢の良い女子のようだった」

「じゃあ五代目か。遠坂の時は六代目……なら、アインツベルンは誰かな。あぁ、本当に嫌になる。そのうち『わたし』も分からなくなりそう……」

「それは困る。私が仕えると誓ったのは其方だ。他の誰でもない」

「ありがと。嬉しいよ、小次郎」

 

 先ほどまでとは全く違う、儚げな笑みを浮かべた後。千花は「さて、」とおもむろに短剣を取り出した。フォレスティに伝わる礼装、装飾短剣チンクエデアである。

 

「―――“解析、開始(トレース・オン)”」

 

 僅か一文の呪文を唱える。

 しかし周囲には何の変化も起きない。

 ただ無言、無音のままに数秒が過ぎる。

 唯一の変化と言えば、少しの間アサシンが眉を顰めていたくらいか。

 

「……見つけた」

 

 約六秒の合間を経て、千花はこの戦いのギャラリーへと視線をやった。

 千花の来訪時から、恐怖のあまり身じろぎひとつできなかった間桐慎二と、目の前の現実を信じられないような目で見つめている間桐桜がそこにいる。

 

 千花の視線は桜に。

 正確には、桜の左胸をまっすぐに捉えていた―――。

 

 

 

 

 

TO BE CONTINUED・・・




【作中捕捉】
■VS臓硯、あっさり決着。
勝因はしっかりとした事前準備と臓硯の油断。
しかしここまでの無双が出来るのは、作中でも書かれている通り既に臓硯の観察が終わっていたためです。千花の毒は単なる毒ではないので、しっかり相手を観察した上でないと、ちゃんと効く毒を作リ出せないのです。

■千花の能力について
“人体操作”は名の通り、自分の身体を自分の意のままに操る魔術です。
これの応用が千花の扱う“毒”であり、さらに継承魔術も元々はこの“人体操作”から派生したものなので、千花の戦闘は全てこの魔術で行われていると言っても過言ではありません。

■千花の能力について(2)
千花の再生能力は、予備の肉体をいくつもストックしていて、傷つくたびに新しい身体に取り換えていると思っていただければ間違いないです。そのストックが切れるか、ストックごとぶっ壊されると普通に死にます。千花を殺そうと思ったら、武器の性能より相性が大事。

例・・・灯油ぶっかけられて火をつけられると、胎芽ごと全身焼け焦げるので死ぬ。
例2・・ランサーのゲイボルクを食らっても新しい心臓を作れるので死なない。

■千花の能力について(3)
千花が今話で披露した怪物モードは、全身からウツボが生えている感じです。ヲタ的に言うと、全身からエヴァ量産機の頭が生えてる感じ。どっちにしろすこぶるキモい。
ウツボ(仮)は、一定範囲内にいる敵を自動でサーチ&デストロイしてくれる優れもの。マニュアル操作で自分の手足のように扱う事もできるため使い勝手が良く、攻撃力は非常に高い。ただしこのウツボ(仮)は、再生ストックを消費して生み出すため、攻撃力のために防御力を犠牲にするハイリスクハイリターン。
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