Fate/mille fiore-フェイト ミルフィオレ-【完結】   作:おるか人

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Scene.26  あなたの笑顔

 その場所は、日が落ちてなお太陽のように明るく、昼間のような喧騒に包まれていた。

 笑顔ではしゃぐ人がいて、仲間とハイタッチを交わす人がいて、ストイックに上を目指す人もいる。その、まさに平和そのものといった光景を見ていると、聖杯戦争なんて血なまぐさい現実がウソのように思えてくる。

 

「さあ、行くわよ……今度こそっ!」

 

 ふんす、と可愛らしい意気込みと共に、少女は細く柔らかい腕を振り子のように運動させ、蛍光色の一撃を放つ。六ポンドのそれは、地面を滑るように転がり―――数秒の後、忌々しい白い悪魔たちへと突き刺さった。

 

「やったか!?」

 

 がしゃん、ガラガラと音を立てて崩れていく悪魔たちを見て、観客席の少年が叫ぶ。今度こそ少女は本懐を遂げたのか、あの悪魔たちを打倒したのか、と。

 しかし。ああ、しかし―――もしも漫画やゲームに詳しい人物がこの場に居合わせていたなら、少年の台詞に対し、肩をすくめてこう言うだろう。

 

 それはフラグだよ、と。

 

 果たせるかな。少年少女の眼前には、白い悪魔が二本―――しっかりと屹立していた。

 愕然と目を見開く彼らの傍で、スコア掲示板は静かに『スプリットです』と無情の宣告をするのだった。

 

「うわーん! またっ、また端っこで残った! こんなのどう倒せって言うのよー!?」

「お、落ち着けイリヤ! 八本は倒せているじゃないか。最初に比べれば凄い進歩だと思うぞ!?」

「なによ、シロウだってボウリング初めてなんでしょ! なのにストライクしか出してないじゃない! 嫌味にしか聞こえないわっ」

「うっ、それは……」

 

 少年は返答に困った。単純に腕力の違いがどうこう言っても、この小さなお姫様は到底素直に納得しまい。だからと言って「偶然だよ。運が良かったんだな、ははっ」などと戯言をほざこうものなら、少年は次の瞬間に時速160キロで謎の道場へと叩き込まれる気がする。

 どうしようかと思いあぐねているうちに、少女は今の自分の見苦しさに気付いたのか「もういいわ。次よ、次っ!」と話題を打ち切って、コースから返ってきた蛍光色の球をせっせと磨き始めた。

 

「どうしたらいいんだ……?」

 

 ため息。

 それも無理からぬことだろう。恐らく、自分は投げればほぼ確実にストライクを出す。かといってわざと手を抜こうものなら、それこそ少女の怒りを買う事になる。八方塞がりとはまさにこの事。

 

「そもそも、俺は何でボウリングなんてやってるんだ……?」

 

 ここでついに、少年が現状最大の謎へと思考を巡らせた。

 

 

 

 さて、遠回しに描写してきたが……諸兄らもお気づきの通り、少女とはイリヤスフィール、少年とは衛宮士郎の事であり、彼らは現在、冬木市新都のアミューズメント施設にてボウリングに興じているのだ。

 

 事の始まりはもちろん、あの夕暮れの公園である。

 士郎はイリヤスフィールと再会してすぐに、自分の思いを彼女にぶつけた。

 

「俺はイリヤと戦いたくない」

 

 イリヤスフィールは言った。

 

「―――なら、セイバーはどうするの?」

 

 それは、士郎にとって重い一言だった。

 セイバーは聖杯を求めるからこそ召喚に応じた。士郎がこれからも聖杯戦争に一般人を巻き込まないため、悪のマスターと戦っていくというのなら、セイバーの力は不可欠だ。彼女の力を借り受けるからには、士郎はマスターとして、セイバーを聖杯まで導く責任がある。

 

 イリヤスフィールと争わない。

 聖杯をセイバーに与える。

 この二つを両立させなければ、士郎の望む未来は訪れない。

 

 士郎は考えた。

 考えて、考えて―――答えを出した。

 

「イリヤ、俺をイリヤの……アインツベルンの仲間にしてくれないか」

 

 士郎の答えは、同盟であった。

 衛宮とアインツベルンの間で一時停戦を約束し、二人がかりで他のサーヴァントを殲滅する。しかる後にセイバーとバーサーカーの二騎で聖杯を賭けた決闘を行う事を提案したのだ。

 これがイリヤとセイバー、両者の事情に歩み寄った、士郎が許せるギリギリのラインだった。

 

「……それ、こっち(アインツベルン)に何の得があるの?」

 

 問題があるとすれば、その一点に尽きる。

 なにせ提案の意図は全て士郎の身勝手な事情であり、アインツベルン側にはそれに応じなければならない理由が全く無い。加えて、アインツベルンは前回の聖杯戦争で衛宮に裏切られている。その忌むべき息子が、また自分の都合だけで「手を組まないか」と言っているのだから、魔術師・アインツベルン一族の者として、イリヤスフィールが覚えた憤りはいかほどか。

 

 結局、士郎はイリヤスフィールの言葉を前に、何も返す事ができなかった。

 セイバーが優秀なサーヴァントである事を前に押し出して同盟の有効性を説こうにも、肝心のマスターが素人以下のへっぽこでは意味がない。

 

 ―――やはりダメなのか。

 あの夜、戦わずに済む道はないのかと問いかけた時、イリヤの瞳に見えた『迷い』は、俺の気のせいだったのか?

 

 言葉を失い、ただ悔しげに歯を噛みしめる士郎に、イリヤスフィールは言った。

 ただ一言―――「着いてきて」と。

 

 

 

 そして、何も言わずホイホイと着いてきた結果が、現状である。

 

 お買い物がしたい、美味しいものが食べたい、楽しい場所へ行きたい……イリヤスフィールに乞われるまま、士郎は新都のあちこちを渡り歩いた。目に映るもの全てに興味を引かれる、世間知らずなお姫様とのデート、デート、デート三昧。今どきの若者としてはありえないほどに『遊び』を知らぬ士郎にとっては、なかなかハードな行脚であった。

 

 今はデートが始まって約四時間ほどになるが、未だ士郎にはイリヤスフィールの意図が見えない。彼女はあの公園から今まで、聖杯戦争の『せ』の字も口に出さないのだ。

 

(イリヤは一体、何を考えているんだろう?)

 

 士郎はちら、とイリヤスフィールを覗き見て……ハッとした。

 

「―――――――――っ」

 

 視線の先にいるイリヤスフィールは、笑っていた。

 結局スペアを逃し、悔しそうに地団太を踏んで、次こそは完璧なストライクを決めてやるのだと、執念の炎が瞳に燃える。その所作の全てが、びっくりするほど楽しそうで、幸せそうで……眩しかった。

 

「――――――――――」

 

 その笑顔に思わず見惚れた。

 イリヤスフィールの笑顔には、衛宮士郎を惹きつける『何か』があった。

 

(…………笑顔…………)

 

 身近な女性。そう、藤村大河や間桐桜の笑顔を見た時には感じなかった『何か』が、士郎の頭を過ぎって――――

 

「シロウ! 何ぼーっとしてるの!?」

「!!」

 

 また、ハッとした。

 いつの間にか思考が明後日へ飛んでいたようだ。

 

「ほら、もうピンのセット終わってるよ。早く投げて!」

「はいはい、分かったから」

 

 十六ポンドの球を振りかぶりながら、士郎もまた一つの意気込みを固める。

 

(今だけは、聖杯戦争の事なんて忘れよう。多分―――イリヤもそれを望んでる)

 

 ある意味では逃避の思考だったが、何となく、士郎はその選択が正解だと思った。

 そうとも。こんなに可愛い子とのデートの最中に、別の事を考える方がおかしいのだから。

 

 

* * * * *

 

 

 外に出ると、ちらちらと舞い散る粉雪が二人を出迎えた。

 

(雪か、どうりで寒いわけだ)

 

 二ゲームのボウリングで火照った身体が引き締まっていくのを感じる。普段使わない筋肉を使ったからか、肉体には程良い疲労感があった。

 

「ふぅ……良い運動になったな」

 

 思わず口に出してしまってから、士郎は自分の失態を悟った。

 

「ふーん、そりゃあ楽しかったでしょうねー。なにせシロウってば、ストライクしか出さないんだもの」

 

 隣を見れば、柔らかそうな頬をぷっくりと不満で膨らませている女の子が一人。もう一見して「拗ねています」というのが丸わかりだった。

 イリヤスフィールはあれからスペアこそ何回かとれたものの、ストライクは終ぞ出せなかった。そんな彼女の隣で、士郎は悠々とピンを十本まとめてドンガラガッシャンし続けたのだから、彼女の不貞腐れようも分かるものだ。

 しかし士郎としては、ボウリングの基本知識として『真ん中に強く当てればわりと倒れる』という事を周囲の客から読み取ってしまったので、ワザと手を抜かない限り、むしろストライク以外は取れないという状態だった。

どうやら、かつて弓道で感じた『中てるつもりで射ったのだから、中るのは当然』という感覚は、ボウリングにも通じるものだったらしい。

 

「ご、ごめんイリヤ」

「何で謝るの? 私より点を取り過ぎちゃってゴメンって意味?」

「えっ、いや……あの、それは」

「つーん」

「い、イリヤ~……!」

 

 あからさまに不機嫌アピールをしているイリヤスフィールだが、実際はそこまで機嫌が悪いわけではなかった。確かにゲームで大差をつけられたのは悔しいが、ゲームの終盤ごろ、ストライクを出しまくる士郎に気付いた周囲の客が『あれ誰? プロ?』と尊敬の眼差しを向けていたので、連れ合いの立場としてはむしろ誇らしい気持ちだったのだ。拗ねているのは、三割が本気、あとの七割は士郎をからかうためのポーズであった。

 

 拗ねたふりをして、速足で五歩先行する。

 慌てて追いかけんとした士郎を制するように、イリヤスフィールは振り返った。

 

 ちらつく雪の中、二人の視線が交差する。

 

「……イリヤ?」

 

 さっ、と思考が冷えた。

 そこにいるのは、デートにはしゃぐ無邪気なお姫様でも、ゲームに負けて拗ねる子供でもない。千年の歴史を背負う一族―――アインツベルンの魔術師だったから。

 

「―――――――――、」

 

 ……いつの間にか、周囲に人影はなくなっていた。

 いくら冬木が地方都市といっても、ここは新都。まだ今は夜遊びが好きな人間が居残る時間帯だ。人っ子一人見当たらないというのはおかしい。

 

 心臓が高鳴る。

 肌が栗立つ。

 先ほどまでの高揚感は跡形もなく吹き飛び、代わりにへその下をグイと押し込まれるかのような緊張が、士郎の全身を駆け抜ける。

 

(まさか、)

 

 始めるつもりなのか。

 今、ここで。

 

「イリ、」

「シロウ」

 

 鈴の音のような声が、士郎の希望を容赦なく遮る。

 と、同時にイリヤの全身が、ぼんやりと赤い光を放った。

 

「私は――――――――」

 

 

 

「はい、そこまで」

 

 

 

 士郎が、イリヤが、弾かれるように振り向く。

 二人の視線の先―――真新しい街灯の下、誰もいないはずの場所の、誰もいなかったはずの其処に、いつしか一人の魔術師が佇んでいた。

 

「ば、っ…………!」

 

 有り得ない。そんな感想がまず先にあった。

 士郎は知っている。目の前の人物が、昨日―――胴を裂かれて死んだ事を。

 イリヤスフィールは理解した。目の前の人物が、昨日今日、自分を思い悩ませた諸悪の根源である事を。

 衝撃から抜け出して、少し冷静さを取り戻して、必死に眼前の現実を理解しようとして。そうしてようやくひねり出した感想も、やはり『有り得ない』だった。

 

「万条…………千、花!?」

 

 少年少女、二人の声が重なる。

 二人分の驚愕を前に、闖入者―――万条千花は、満足そうに笑ってみせた。

 

 

 

 

 

TO BE CONTINUED・・・




【今回のまとめ】

■イリヤとデート。

■弓道万能説(嘘)

■千花、襲来。
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