Fate/mille fiore-フェイト ミルフィオレ-【完結】   作:おるか人

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Scene.28  開戦の狼煙

 遠坂邸の居間にて。

 赤い外套の騎士―――アーチャーは、むっすりとした顰め面で一人佇んでいた。

 

『ぐゥ、く……ゥゥう、っっ~~~……!』

 

 そのくぐもった呻き声は、ここではないどこかの部屋から漏れ出るモノ。英霊としての優れた聴覚がそれを捉える度に、アーチャーの眉間の皺は、より深く刻まれていく。

 

(…………凜……)

 

 声の主―――遠坂凜はいま、千花の毒と戦っている。

 ただしこれは、今までのようにただ苦しんでいるだけではない。彼女は言峰綺礼から手に入れた資料を読む事で、自らを苦しめる『毒』の正体を突き止める事に成功し、現在解毒に当たっている真っ最中なのである。つまりこの苦悶の声は、凛と千花による、文字通りの真っ向勝負が続いている証だ。

 教会から帰って間もなく始まった治療(たたかい)。魔術師同士、マスター同士の決闘に、サーヴァントであるアーチャーは立ち入れない。ただ己が主の勝利を祈り、こうして立ち尽くすしかない。

 アーチャーはその性質上、他の英霊よりも多くの戦場を経験してきた。

 その幾千を超える戦場には毒を扱う敵も多くいたし、対策も心得ている。彼の扱う特異な投影魔術ならば、大概の毒はどうにかできるものだ。

 しかし―――いま凜を苦しめる毒に対しては、アーチャーに打てる手段は一つとしてない。

 

 そも、万条千花の扱う『毒』とは何か?

 

 つい数時間前に明らかになった事実だが、千花の言う『毒』とは比喩であり、厳密には全く別のモノである。

 その正体は、彼の一族に伝わる魔術。即ち“身体操作”による作用だ。

 以前に“身体操作”の魔術を『人体に起こり得るあらゆる生理現象を、魔術という外部刺激を通じてマニュアルで操作する』と説明したが、それは何も自身の肉体に対してのみ有効なわけではない。そう、フォレスティの“身体操作”の効力は、他人の肉体にも及ぶ。

 フォレスティ家は表向きには毒を用いて戦う一族だが、それでも殺せない相手―――もしくは、絶対に隠したい殺人を行う際―――には、これを用いる。

 皮膚と皮膚を触れ合わせる。たったそれだけで、電気信号と化した魔力が敵の全身を駆け巡り、あらゆる命令を強制する。これこそが“身体操作”の真骨頂。なまじ『フォレスティは薬物に長けている』という前情報があるからこそ、誰もが『毒を盛られた』と思い込み、この魔術の存在に気付けない。

 凜は屋上の戦いで接近戦を仕掛けた際、気絶した振りをした千花に触れられてしまった。散布型の毒など全くの大嘘―――千花との接触を許した事こそが彼女の敗因だったのだ。

 魔術によって身体を操作された……つまり、昨日の昼から現在に至るまで凜が苦しみ続けたのは、千花がそのように凜の身体を『操作』したからである。

 

 痛覚という痛覚を刺激し、

 倦怠感や発熱を呼び起こし、

 吐き気や眩暈を感じさせた。

 

 つまり、凜は体調が悪かったのではない。

 体調が悪いように錯覚『させられて』いたのだ。

 

「あ…んの、やろォ……っ!」

 

 その事実に気付いた時、凜は激怒した。

 無理からぬ事だろう。聖堂教会の資料によれば、フォレスティの“身体操作”は『その気になれば相手の手を握るだけで心臓麻痺を引き起こし、殺害に至らしめる事が出来る』とある。

 

 ならば何故、遠坂凜は生きている?

 

()()()()()……! あいつ、ワザと私を殺さなかったんだ…………っ!」

 

 理由は一つ。

 誇り高き遠坂を地に這い蹲らせるため。

 ただ殺すでは足りぬ。この上ない絶望と屈辱を味わわせた上で殺さなければ意味がない、と。

 

 その過程に拘った結果、セイバーに不意を突かれたわけだが……凜はそれを「ざまあみろ」と笑えなかった。命を拾ったのは、実力ではなくただの運。忸怩たる思いを噛みしめるマスターに対し、アーチャーから言える事は何も無かった。

 

 

 

「…………ん?」

 

 いつの間にか、呻き声は止んでいた。

 アーチャーは静かに腕組みを解き、寝室のドアをノックする。

 

「凜、無事か?」

「ええ、終わったわ。入って」

 

 扉を開くと、そこには玉のような汗を浮かべつつベッドに腰掛けている凜がいた。長時間の作業による疲労こそ見えるものの、その端正な顔立ちは、以前のような程よい血色を取り戻している。

 

「解毒は成功したようだな」

 

 凜の行っていた『解毒』とは即ち、幻覚と現実の区別をハッキリさせる作業だ。

 自分の正常な状態をできるだけ明確にイメージし、齟齬の生じた部分を浮き彫りにしていく。異常を異常と認識する事さえできれば、あとは普段から慣れ親しんだ自分の肉体―――乱れた『流れ』を元に戻すのは難しい話ではない。遠坂の後継者として、日々欠かさず行ってきた体調管理の賜物である。

 

「コツを掴めば難しくなかったわ。次は―――…」

 

 次はもっと早く治せる、と言いかけて踏み止まった。

 何を馬鹿な。これは本来ならば治す間もない必殺の攻撃だ。二度と受けてはならない。ましてもう一度治す機会に恵まれるなど、それだけで恥の上塗りではないか。

 

「次は無い。ええ、学校で私を殺しておかなかった事、アイツに死ぬほど後悔させてやるわ」

「結構。その意気だ、凜」

 

 アーチャーは内心でホッと胸を撫で下ろした。―――やはり彼女はこうでなければな、と。

 

「では早速今後の計、―――――――――む?」

 

 しかし、安心も束の間。

 アーチャーはまた顰め面になって、窓際へと身を躍らせた。

 

「アーチャー? 何、どうしたの?」

「敵だ。こっちに向かってきている」

「なんですって?」

 

 アーチャーが警告を口にしたという事は、相手はサーヴァントだろう。凜は速やかに居住まいを正し、スカートのポッケから大粒の宝石を取り出した。

 

「どっち?」

「正門側だ。どうやらマスターも一緒のようだな」

管理者(セカンドオーナー)の工房に真正面から攻め入ろうなんて、大した自信ね。……ひょっとしてアイツ?」

「いや、アサシンならこの距離で気取られる愚は犯すまい…………………っと、そういう事か」

 

 唐突に、アーチャーから発せられていた警戒が霧散した。

 いつでも投影できるようにと構えていたはずの腕も下りている。

 

「凜、どうやら向こうに戦闘の意思はなさそうだぞ。煮るなり焼くなり好きにすると良い」

「はあ? どういう意味よ?」

「見ればわかる」

 

 アーチャーに示されるまま、凜は窓から半身を乗り出した。

 魔術で視力を底上げし、遠坂邸に続く夜道をつぶさに観察していく。

 異変はすぐに見つかった。

 

「は? え、ちょっ………………うそ、何でアイツが!?」

 

 予想外の光景に、凜の口はアングリと開かれて固まってしまう。

 

 暗がりの中、ずるずると足を引きずりながら坂を登りつめていく少年。

 道のりをポタポタと赤い血で濡らす彼は、凜もよく知る人物――――――間桐慎二その人であった。

 

 

* * * * *

 

 

 凜が慎二の姿を認め、優雅とはかけ離れた醜態を見せていた頃。

 衛宮士郎もまた、帰宅を果たしていた。

 

「ただいまー」

 

 ガラリと玄関を開き、中で帰りを待っているであろうセイバーに呼びかける。

 その声には喜色が多分に滲んでいた。アインツベルン陣営との同盟―――現段階における最高の成果を上げて帰ってきたのだから、それも当然だろう。

 セイバーも、消極的にではあるが「イリヤスフィールと争うのは望まない」と士郎の方針に賛同してくれていた。未熟なマスターに最低限の知識を与え、自らの召喚に助力してくれた相手だから、と。だからきっと彼女も、自分の戦果を喜んでくれるだろう。

 ―――早く報告がしたい。

 士郎は逸る気持ちの赴くまま、家中に届くよう呼びかけた。

 

「おーい、セイバー?」

 

 しかし、士郎がいくら呼びかけても返る声はなく。

 シャワーでも浴びているのか? と、ひとまず呼びかけを止めてみると―――ゾッ、と背筋が冷えた。

 

(……なんだ?)

 

 違和感。―――何かが、違う。

 ここは本当に自分の家なのか? と思ってしまうほどに、今日の衛宮邸は空気が冷たかった。

 例えるなら、昼の学校と夜の学校を見比べた時のような感覚。慣れ親しんだ廊下や間取りが、どことなく不気味で不穏ものに変貌している。

 

 ギ、ギッ……と。

 

 普段なら耳にも留めない自分の足音が、やけに大きく聞こえてくる。

 自然と息が上がる。身体の節々がガチガチに固まっていく。ああ、心臓の音がうるさい。

 

「セイバー、……セイバー!」

 

 急に恐ろしくなって、士郎は声を張り上げた。

 それはもう呼びかけではなく、奇声に等しかった。

 

「……シロウ?」

 

 自分に応える、声がした。

 

「っ! セイバー!」

 

 声の方を向くと、果たしてそこに彼女はいた。

 小さな体躯に、凛とした雰囲気を漂わせる少女。セイバーのサーヴァント。

 

「お帰りなさい、シロウ」

「ああ。……ああ。ただいま、セイバー」

 

 ―――ドッ、と力が抜ける。

 彼女の声を聞くだけで、さっきまでの不安は吹き飛んでしまった。もう、周囲の景色は見慣れた我が家に戻っている。不気味も不穏も感じない。

 そうなればもう、あとに残るのは勝ち取った戦果の高揚だけだ。

 

「セイバー、イリヤと話をしてきたよ。俺たちとアインツベルンで同盟を組むことが決まった。明日、郊外にあるっていうアインツベルン城に行くから、よろしく頼む」

「ああ、無事に彼女を説得できたのですね。それは何よりです。――――――、」

 

 それは何より、と言いつつも。

 セイバーはどこか納得のいっていないような。何かを言おうとして、止めて、また何かを……といった仕草を繰り返す、普段の彼女からは感じられない煩悶が見て取れた。

 

「セイバー……怒ってるのか? 俺が勝手に決めたから、」

「はっ……い、いえ。彼女のバーサーカーは強い。単騎駆けでも他の六騎を敵に回せるであろう突破力と、それを完全に制御するマスターのとしての手腕。背中を預ける相手としては申し分ない。最終的に剣を以って雌雄を決するという前提が揺らがないのであれば、私もイリヤスフィールと同盟を結ぶ事に異存はありません」

 

 慌てて弁解するセイバーの様子に、虚偽の類は感じられない。

 彼女は本当に、同盟に関して嫌悪感を持っているわけではないようだ。

 

「そ、そうか。……ん? じゃあ何でそんな、奥歯に何か挟まったような顔してるんだ?」

「それは、……………あの、シロウ?」

「どうした?」

 

「貴方は知らないのですか。タイガから、聞いてはいないのですか?」

 

 ああ。お前があまりにも真剣な顔をするから。

 消え去ったはずの不穏が、また――――――――――――背筋 を   、

 

 

* * * * *

 

 

 遠坂凜はひた走る。

 アーチャーの警告も、追い縋る慎二の声も置き去りにして。

 

 

「助けてくれ、遠坂」

 

 

 衛宮士郎はひた走る。

 セイバーの警告も、追い縋る大河の声も置き去りにして。

 

 

「あっ! し、士郎! 何処へ行ってたの!? 探したのよ!!」

 

 

 嘘だ、ウソだと心の中で叫びつつ。

 髪を、腕を、服を、身体を振り乱してひた走る。

 

 

「殺される。アイツみたいに殺される」

 

 

 その角を曲がれば有るはずだ。

 大切なあの子が、

 かけがえのない彼女が住む家が。

 

 

「ねえ、士郎は知ってる!? 今日、会わなかった!?」

 

 

 その角を、曲がれば。

 その角を、曲がった先には。

 

 

 

 

 

「桜みたいに、殺されちまう!」「桜ちゃんを、見なかった!?」

 

 

 

 

 

 地獄が在った。

 

「―――――――――――――――――ぁ」

 

 燃え盛る炎。

 充満する死の臭い。

 間桐邸が赤く朱く燃え落ちていくその様は。

 士郎と凜―――――――二人にとって、地獄に等しい光景に映った。

 

「あああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…………………ッッ!!」

 

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 後日、ニュース番組は冬木市ガス漏れ事件の続報として、一つの悲劇を報じた。

 

『昨夜未明、冬木市内の住宅街で大規模な火災が発生。

 周辺住民は声を揃えて「気が付いたら燃えていた」と証言しており、詳しい出火原因は未だ不明。火元と見られる間桐さん宅は全焼。なお、焼け跡から二名の遺体が発見されており、現在身元確認中との事―――――』

 

 

 

 

 

Chapter 3“侵略者フォレスティ”――――――――――END

Chapter 4へ続く。




【作中捕捉】
■“身体操作(アナザーVer)”
Scene,25にて登場した“身体操作”を他人の身体に施す場合。

首ぶっとんでも再生出来たり身体からウツボ生やしたりとやりたい放題の能力だが、相手に使う場合はわりと大人しい効果となる(万条の肉体は、初めから操作をする事を前提にデザインされているため)。

具体的に言うと、戦闘中+初対面の相手に使うなら、自律神経や平衡感覚に介入して一時的に昏倒させるのが精いっぱい。ただしそのグロッキー状態の相手に引き続き身体操作を施し続ければ、本編の凜のようにエゲつない症状にもできる。

相手を殺すことだけが目的なら、ちゃんとした戦闘用の魔術を使ったほうがはるかに効率は良い。憎い相手は生かさず殺さず色々な角度から苦しめたい・・・そんなドS指向の貴方におススメの魔術です。

ちなみに『フォレスティ一族は毒を使って戦う』というのも全くの嘘ではありません。相手が対魔術結界を張ってたりする時は実物の毒を使います。魔術と薬物、状況に応じて両方の毒を使い分けるのがフォレスティ並びに万条一族本来の戦闘スタイルなのです。

Scene25にて臓硯を殺したのは、魔術と薬物の合わせ技、フォレスティの技術の集大成と言えるものです。

臓硯はかつて万条一族の身体の秘密を探るため、五代目当主を蟲蔵に連れ込んで全身余すところなく調べ尽くしました。しかしその際、五代目当主もまた臓硯を観察し、その正体が蟲の集合体であり、本体と呼べる母体の蟲が存在する事も突き止めていました。千花は継承魔術によって受け継がれてきたその情報を下に、臓硯の身体を構成する蟲に効く特性の殺虫剤を事前に生み出しておき、ウツボ(自分の肉体)を介した身体操作で臓硯の体内に、効果的かつ的確に打ち込んだのです。
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