Fate/mille fiore-フェイト ミルフィオレ-【完結】   作:おるか人

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Scene.03  相容れぬモノ

 昼休み、士郎は一成と共に生徒会室で昼食をつついていた。話の話題は、今朝の出来事についてである。

 

「なあ、一成……あいつの事について、教えてくれないか?」

「あいつ、とは誰の事だ?」

「白い髪の……えっと。ば、……バンジョーってやつ」

 

 士郎がそう言うと、一成はまた、おかしなものを見るような視線を返した。

 

「衛宮……今日は一体どうした。万条の事なら、お前が一番よく知っているだろう?」

 

 それを知らないから聞いているのだが、どうも、士郎の理屈は一成に通じない。中休みの間に簡単な聞き込みをして分かった事なのだが、あの万条なる人物は、穂村原学園においての『常識』として知られる存在であるらしい。尋ねる度に「何を言っているんだコイツは?」と訝しげな目で見られたくらいだ。

 まるで、今日になって突然、士郎の脳から万条という人物についての記憶が全て消し去られてしまったかのような状態。それが世界の認識だ。こうなっては、理屈はともかく『おかしいのは周囲ではなく自分だ』と、現実を受け入れるしかなかった。

 だが……この齟齬を放置する事もまた、精神衛生上よろしくない。

 

「頼むよ、一成。何も言わず―――あいつの事を教えてくれないか」

「……………………??」

 

 友人の豹変に疑問を覚えつつ、一成は語り始めた。

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 万条(ばんじょう)千花(せんか)。それがあの白髪の少年の名前……らしい。

 二年への進級を機に穂村原学園に転校してきて、二年C組……つまり自分と同じクラスで丸一年を過ごした……らしい。

 調和を好む穏やかな性格、教養の高さを感じさせる振る舞い、何より中性的かつ神秘的な容貌が人気を博し、不動の生徒会長・柳洞一成や学園のアイドル・遠坂(とおさか)(りん)に並ぶ評価を得ている……らしい。

 しかし本人は容姿を騒がれる事をあまり快く思っていないのか、色眼鏡なしに接してくれる士郎や一成に好意を持ち、よく行動を共にしていた……らしい。

 特に士郎と千花は仲が良く、お互いを名前で呼び合っていた……らしい。

 らしい。らしい。らしい。―――一成の口から語られる身に覚えのない過去に、士郎は幾百の疑問符を浮かべた。

 

(一体、何がどうなってるんだ?)

 

 一成は「こんな事、今更改めて語るまでもないだろうに」と言わんばかりの呆れ顔をしているが、士郎は本当に、そんな人物は知らないのだ。昨日までは確かに、此処は自分の知る学校だったはずなのに……今や異世界も同義である。

 

(やっぱり、あいつに聞いた方が良かったのかな……)

 

 あいつ―――とはもちろん、千花本人の事である。もちろん、士郎も最初は彼に問い質そうとしたのだが……本人曰く『先約がある』そうで、昼休みが始まるなりさっさと教室を出て行ってしまった。

 仕方がないので、慎二の一件で後回しになってしまった一成の相談を聞くついでに、改めて先の質問をぶつけてみたわけだが……結局、ますます謎が深まるだけに終わった。

 

(まいったな)

 

 こんな気持ちではまともに相談に乗ってやることなどできそうもない。というか、士郎こそ『なんか今朝から学校が異世界で悩んでるんだけど、どうすればいいと思う?』と一成に相談したい気分である。

 

「…………こんなところだが……おい、衛宮?」

「ああ、もう十分だ。ありがとな……一成」

「ん、そうか……大丈夫か? 顔色が悪いぞ?」

 

 その言葉に、士郎はハッとした。そう、元々は一成が何らかの悩みを抱えているという話だった。これ以上、生真面目な友人の頭に悩みの種を増やしたくはない。何とか話を逸らさなければ。

 

「そういえばさ、葛木(くずき)先生が体調不良だなんて珍しいよな。何があったんだろうな?」

 

 葛木先生とは、この学園の社会科教師、葛木(くずき)宗一郎(そういちろう)の事である。実直と寡黙を絵に描いたような人物で、新入生には恐れられるが、付き合いが長くなるとそれが味になるのか、上級生には多く慕われている。

 そんな彼は、今朝のHRにて『体調不良』によりしばらく学校を休むらしいと報告されていた。彼だって人間なのだから、たまにはそんな事もあるのだろうが……穂村原の生徒たちは『葛木宗一郎が体調を崩す』という絵面をどうしても想像できず、何があった、明日は雪かそれとも嵐か、もしや天変地異の前触れではないか……と、学園中で噂しているのだ。

 尊敬する教師を言い訳に使ってしまった事を内心で詫びつつ、一成の反応を伺うと……そこには、士郎の予想とは異なる反応があった。

 

「…………………そう、だな。心配だ」

 

 沈痛な表情。たった一言に、一成がいかに宗一郎の身を案じているかが感じ取れた。

 考えてみれば、総一郎は生徒会の顧問でもあった。生徒会長である一成は、他の生徒より宗一郎との距離がずっと近かったはずだ。心配も人一倍なのだろう。

 

「ゴメン、軽い気持ちで話題にする事じゃなかったよな」

 

 頭を下げる士郎に、一成は「気にするな」と諸手を振った。

 

「一緒に住んでいる俺でさえ驚いたのだ、他の者が騒ぎ立てるのも無理はあるまい」

「そうか、一緒に住んでる一成でさえ――――――ん?」

 

 何だろう。いま、衝撃的な発言を聞いた気がする。

 

「一成、いま何て?」

「む? 同居人の俺でも驚いたのだから、他の者が騒ぐのは無理もないと言ったが」

「……どうきょにん?」

 

 士郎がキョトンと目を丸くしていると、一成は「衛宮には言っていなかったか?」と前置きをしてから、

 

「宗一郎兄は、三年前から柳洞寺(うち)に居候をしていてな。俺の兄貴分のようなものだ」

「……………………………………………………、」

 

 と、爆弾発言を落とした。

 

 ……今日一日で、一体何度驚けばいいのだろう。

 ぐわんぐわんと不規則に揺れる士郎の脳は、そろそろキャパシティの限界であった。

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 生徒会室にて士郎の脳が茹で上がっていた頃、学園の屋上では二人の人物が顔を合わせていた。

 一人は、士郎に『先約がある』と断って教室を後にした謎の少年―――千花。

 もう一人は、穂村原が誇る高嶺の花。ミス・パーフェクトこと遠坂凜である。

 

「…………まさか、そっちから呼び出されるなんて思ってなかったわ」

 

 艶やかな長髪を冬風になびかせながら、凜は千花を睨みつけた。その表情は“優等生の遠坂凜”ではなく、一人の魔術師としてのものである。

 

「生徒全員の記憶に、自分の存在を()()()()()()……一朝一夕にしては、随分と手の込んだ暗示ね」

 

 凜は、昨日までは存在しなかった人物……突如として姿を現した謎の人物に向けて、誰何の声を投げかける。

 

「貴方……、何者?」

 

 その言葉を合図に、千花は笑った。それは今朝、教室で見せたような柔らかな笑顔ではない。勝気で自信に満ちた、挑戦的な笑みであった。

 

「はじめまして、遠坂家の当主様。わたしは万条家九代目当主―――万条千花と申します」

 

 優雅な一礼。優れた容姿も相まって、思わず見惚れてしまう。

 

「万条………聞かない名前ね?」

 

 千花の宣言に、凜は僅かに首を傾げた。

 目の前の少年は九代目の当主と名乗った。魔術師の家で九代といえば、かなりの歴史を持つ名家であろうに……凜の頭には、万条などという名の一族には覚えがなかったのである。それは即ち、協会に属さない魔術師であるという事だ。生徒の記憶改竄といい、何やらきな臭い気配が漂う。

 

「あれっ、御存じありませんか?」

「ええ。聞いた事もないわ」

「そうですか……それは残念です」

 

 期待が外れちゃったな、と困り顔を見せる千花。

 断っておくと、これは別に凜が不勉強と言うわけではない。一〇〇人の魔術師に『知っているか?』と聞けば、九九人の魔術師が『知らない』と答える。知らないのが当たり前―――それが万条という一族の特色なのである。よって、凜の反応こそが常識的と言えた。

 

「では―――“千の花(ミルフィオレ)”と言えば分かりますか?」

 

 その発言を聞いた瞬間、凜の眉尻が吊り上がった。彼女が常日頃から『余裕をもって優雅たれ』と家訓で己を戒めていなければ、この場でガンドの雨を浴びせかけていた違いない。

 

「……フォレスティ……! イタリアの商人、それも亡霊が……冬木市に何のご用かしら?」

()()()()()()()を頂戴しに参りました」

 

 そう言うと、千花はブレザーをはだけさせ、シャツの下に隠されていた胸元を冬空の下に曝け出した。

 

「…………ッ!」

 

 鎖骨の真下、胸の中心に刻まれた二画の刻印。形こそ異なるものの、それは凜の右手に刻まれているものと同一のものだ。

 令呪。英霊を律する命令権。そして、聖杯戦争の参加資格を示す聖痕―――!

 

「……どういうつもり?」

 

 凜は全身を怒りで震わせながら、それでも辛うじて口調だけは平静を保っていた。

 フォレスティ家といえば、魔術の歴史においてこの上ない“恥晒し”の家系である。まっとうな魔術師なら、誰もが嫌悪を抱く名前。……そんな相手に宣戦布告を受けた挙句、令呪を既に一画消費しているという弱みさえ目の前で明かされた。

 今の気分を一言で表すなら―――『屈辱』以上に適当なものはあるまい。

 

「どう、とは?」

「わざわざ自分の情報を晒した事に意味はあるのか、って聞いてるのよ」

「ああ、なるほど。―――大したことじゃありません。ちょっとしたハンデですよ」

 

 からかうような声に、熱く煮え滾っていた思考が冷めていくのを感じた。過ぎた怒りは氷のように冷たいのだと、凜はこの日初めて知った。

 

「今から負けた時の言い訳なんて、随分と気が早いのね?」

「いえいえ、()()()()()()()で天狗になれる貴女には到底敵いませんよ」

「……ええ、そうね。よく考えたら、八世紀もの間進歩せず、足踏みを続けていられる一族だもの。そりゃ、せっかちなんて言葉とは無縁よね。失言だったわ、ごめんなさい」

 

 ……気が付けば、風は止んでいた。

 屋上の空気は完全に凍りつき、僅かな身じろぎさえ許さない緊張状態を余儀なくされている。

 

「―――――――――」

「―――――――――」

 

 今にも爆発しそうな両者の間を裂いたのは、昼休みの終わりを告げるチャイムの音だった。

 

「……今日のところは見逃してあげるわ」

 

 凜は元々、今ここで戦う気はなかった。まだサーヴァントは出揃っていないし、昼間の学校を戦場にしてしまえば人目について、神秘の秘匿もへったくれもないからだ。それは千花の方も同意見だったようで、凜の台詞に更なる挑発を返すような事はしなかった。

 その物分かりの良さがまた鼻について、凜は千花より先に出口へと足を向けた。あえて敵に背中を見せる事で、せめてもの余裕を示そうと思ったのだ。

 

 が……その途中で、聞いておかなければならない事を思い出した。

 

「ねえ」

「何ですか?」

「……()()、アンタの仕業?」

「まさか。()()()()()、わたしには必要ありませんから」

 

 ―――そんな事も分からないんですか? とでも言いたげな顔を見て、凜は「やっぱり聞かなきゃよかった」と少なからずの後悔を覚えたのであった。

 

 

 

 

 

TO BE CONTINUED・・・




【作中捕捉】
■フォレスティ
イタリアをルーツとする“水”属性の魔術師一族。
その歴史は何と約八〇〇年に及び、ルネサンス期には既にその名を確認できるという。しかし、研究資金を調達するために始めた商売で予想外の大成功を収めてしまい、次第に手段と目的が逆転、金儲けのために魔術を利用する“魔術使い”に成り果てていった。
このような経緯から、誇りある魔術師からは『恥晒し』と忌み嫌われているものの、“フォレスティが傾けば経済が傾く”とまで称される大富豪であったため、迂闊には手が出せなかったらしい。
表向きには一〇〇年以上前に何らかの事業に失敗し、それをきっかけに没落、滅亡したとされている。

■千の花(ミルフィオレ)
フォレスティ家の異名。
フォレスティはとにかく商才に恵まれた家柄であり、彼らが手掛けた事業は全て大成功を収めた事から、その成功に立ち会った者たちが畏怖と尊敬を以って『フォレスティが歩いた後には千の花が咲き誇る』と称したのが命名のきっかけ。

■万条(ばんじょう)
謎の一族。
千花の言い分を信じるなら、その正体はフォレスティ家であるらしい。

■千花、残り令呪・・・二画。
一画目はキャスターがアサシンに『山門を守れ』と命じたもの。
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