Fate/mille fiore-フェイト ミルフィオレ-【完結】   作:おるか人

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Scene.31  反攻の一矢

「桜! 桜ぁぁぁぁッ!!」

「なっ……オイ、君! 何をする気だ!?」

「放せっ! 桜、桜が! 桜ぁぁぁぁッ!」

 

 ――――昨夜。間桐邸の惨状を知った士郎は、桜が無事に生き延びている可能性を求めて奔走した。事前に火事に気付いて逃げ出せた可能性はないか、友達の家に泊まっていた可能性はないか、あの火は家の外側だけで、内部にはまだ火が回っていないという可能性はないか。

 だが、現実はどこまでも無情に士郎を追い詰めた。

 野次馬を押しのけ、現場に飛び込もうとする士郎を見かねた消防士が教えてくれたのだ。

 

「既にこの家の住民である臓硯さん、桜さんと思しき焼死体が発見されている」と。

 

 断定こそできないが、残りの住人である間桐慎二は外出中である事が確認されており、背丈や骨格などの情報から、焼死体の正体が臓硯と桜である可能性は極めて高い、と。

 

「そん、な…………」

 

 消防士の腕の中、絶望に戦慄く士郎の脳内には、ある言葉が去来していた。

 

『―――――ああ。けれど士郎、君はもう少し焦った方が良いかもしれないよ。

 あんまりのんびりしていると、君は大切なものを全て失う事になる―――――』

 

 あの言葉。

 あの言葉は、目の前の光景を指していたのか?

 

「…じょう………」

 

 これはお前の仕業なのか?

 お前が間桐桜を殺したのか?

 

「ばん、…じょう……………!」

 

 お前はこれからも、こんな光景を生み出し続けると言うのか!?

 

「万条、千花ぁぁぁ――――――――――――――――――――――――――――ッッッ!!!」

 

 少年は吼えた。

 夜空よ裂けよとばかりの咆哮。

 それは衛宮士郎にとって、かつてない程の怒りを込めた獣声だった。

 

 

 

 

 

 現在……衛宮士郎は森を抜け、城門を抜け、アインツベルン城のホールに立った。

 何らかの手段で侵入を察知していたのだろう、イリヤスフィールが階上から「ようこそ」と優雅に出迎えた。

 その時の所作(カーテシー)は、普段の士郎なら見惚れてしまうほどに見事なものだったが―――――残念ながら、今の彼は何の感動も覚える事ができない。

 並々ならぬ決意を漂わせる士郎を前に、イリヤスフィールも何かおかしいと思ったのだろう。ちょこんと首を傾げながら「シロウ?」と問いかける。

 士郎は問いかけには応えず、突然に頭を下げた。

 

「イリヤ、俺に力を貸してくれ。早く、一刻も早く、この戦いを終わらせるために――――!」

 

 イリヤスフィールは知らず、身体を震わせた。

 少年の決意と覚悟が、外見をそのままに、内面だけが全く異質のものへと変貌したように感じたから。

 

 

* * * * *

 

 

 衛宮とアインツベルンに同盟関係が結ばれたころ、遠坂と間桐もまた、同盟を結んでいた。

 正確に言うならば、こちらは同盟ではなく、遠坂が間桐を配下に置いたような関係であるわけだが、細かい部分は気にしないでおく。

 

 事の経緯はこうだ。

 間桐慎二は昨夜、臓硯と桜を殺害し、間桐邸に火を放った魔術師―――――万条千花から逃亡する事に成功した。

 

『助けてくれ、遠坂。万条に殺される。このままじゃ僕も、桜みたいに殺されちまう!』

 

 ライダーを伴って遠坂邸に現れた慎二は、恥も外聞も気にせず、遠坂凜に救援を求めた。

 その理由は、逃走の際、千花が慎二に対し『今は逃がしても、いずれ必ず殺す。それまでせいぜい怯えて待っていろ』と言い残したからだそうだ。

 慎二の心は折れたのだ。間桐にとって恐怖の象徴であった臓硯をいとも容易く惨殺して見せた千花に対し『自分では戦っても勝てない、逃げても逃げきれない』と思い知らされてしまった。

 絶望一歩手前だった彼が希望を見出したのが、同じく千花に憎まれているという遠坂家の当主、凜であった。

 彼女が優秀な魔術師だという事は知っている。自分と同じく、人知を超えた存在であるサーヴァントも従えている。ただの魔術師が何人でかかろうとあの怪物には敵わないだろうが、彼女と、彼女のサーヴァントがいれば、あるいは。

 同じ相手に狙われている者同士、という利害関係の一致を前に押し出して、凜に交渉を持ち掛けたというわけだ。

 

 尤もそれは理屈の話であり、実際のところは殆ど現実逃避、今の自分が唯一縋れるものに縋った形になったわけで、凜にもそれは読み取れた。

 普段ならば『貴方の手なんて必要ない』と一言で切って捨ていただろうが、生憎とその時は彼女にも余裕が無かった。

 

 間桐桜の、実の妹の死を知らされて。

 遠坂凜はもはや、形振り構ってなどいられなかったのだ。

 

 斯くして遠坂と間桐、本来有り得ないはずの同盟関係は結ばれるに至った。

 打倒、万条千花―――――――ただそれだけを錦の御旗として掲げて。

 

 

 

 早朝。衛宮士郎がアインツベルン城に向かって、タクシーに揺られていた頃。

 遠坂凜一行は、冬木市の住宅街の一角にある、とある家の前に立っていた。

 此処はかつて、学園の屋上での戦いが終わった後、アサシンが千花の遺体を運び込んだ場所。つまり、万条一族の本拠地と呼べる場所だ。

 凜はそんな場所に、従者と同盟者を伴い、踏み入ろうとしているのだ。

 

「ここが万条の本拠地…………?」

 

 凜と慎二は、異口同音に感想を述べた。

 遠坂邸から徒歩約三十分。凜の生活圏内と呼べる場所に堂々と居を構えていた事も驚きだが、凜にとって何よりの驚きは、その屋敷が本当に、何の変哲もないただの家屋だった事だ。

 きちんと手入れの行き届いた庭には、子供が遊んだ後と思しきボールやフラフープがぽつぽつと転がっており、奥の方には小さな犬小屋も見える。そして肝心の本宅は、神秘もへったくれもないコンクリート製。まさに今どきの一戸建て。結界の一つも張っておらず、一見すれば本当にただの一般人の邸宅にしか見えない。まだ衛宮邸の方が魔術師の根城として完成度が高いくらいだ。

 凜は住所を間違えていないか、と綺礼から譲り受けた万条の資料を見直すが、三度見直しても住所の欄が変化を見せる事は無かった。間違いなくここが、かつて第一次、第二次、第三次と三度の聖杯戦争で使用されたという、万条一族の本拠地である。

 

「な、なあ遠坂」

「何よ、慎二?」

「本当にこんなトコに万条のヤツがいるのかよ? 教会から貰ったっていうその情報、間違ってんじゃないのか?」

 

 不本意ながら全くの同意見だったので、凜には返す言葉がなかった。

 だが、慎二と違って凜は内心で思っただけだ。決して口には出さない。そして情報に誤りがないであろう事も、何となく察しがついていた。

 

 そっと、虚空へ手を伸ばす。

 ゆっくり、ゆっくりと凜の細腕が空中を彷徨い……ふと、何かよく分からないモノに触れた。

 

「あった」

「はあ? 何がだよ?」

「結界よ。この家をぐるりと覆う形で、外と内を隔てる結界が存在してる。……よし、これなら……」

 

 結界の一つも張っていない――――というのは、あくまで一見しての印象だったようだ。

 魔術師の眼を以ってしても、そこに在ると認識する事すら困難な結界。とびきりの逸品がこの家を守護しているらしい。こうなればもはや疑いようもない。

 

「プランAね。アーチャー、ライダー、準備は良い?」

「いつでもいいぞ」

「構いません」

「は? え?」

「よし。道を開くわ、速攻で行くわよ。――――っ!」

 

 首を傾げる慎二には構わず、凜は大粒の宝石を握り込むと、そのまま手を奥へ奥へと押し込んでいく。

 と、次の瞬間。凜の頭には膨大な情報が流れ込んできた。

 

「此処には何もない」「お前は何も気づいてはいない」「ここを調べても意味なんかない」「無関係」「見当違い」「此処はただの一軒家」「魔術に非ず」「入るな」「入ってはいけない」「別の場所へ行け」「お前が求めるものは此処には無い」「立ち去れ」「立ち去れ」「立ち去「立ち「立ち去れ」ち去れ」

 

 怒涛の勢いで凜の思考が誘導されていく。

 これは認識阻害の魔術。対象の認識や関心を拒絶し、別の方面へと逸らすものだ。

 あまりにも大きい規模、あまりにも高い精度。自分の知る『認識阻害』とはまさに一線を隔すそれを浴びながらも、凜は確固たる自我を保ちながら、更に奥へ奥へと突き進んでいく。

 すると、結界によって見せられていたまやかしの向こうに―――――万条家の真実の姿が見えた。

 

 それは、小さな城だった。

 木と、石と、草と、紙。このたった四種だけを精密なバランスで組み上げた、モノクロの威圧。すぐ傍にそびえ立つ樹齢数百年の大樹と比べてもなお見劣りせぬそれは、住宅街にはあまりにも場違いな存在だ。

 これが、冬木市郊外にあるアインツベルン城と同じく、万条一族が聖杯戦争のためだけに用意した陣地。

 住宅街の一角を丸ごと結界で外界から隔離する事で、何十年、何百年という時が経とうとも、永遠に姿を変えず其処に在る―――――時忘れの庭園。

 

「ぐぅ、あ……………ぁ!」

 

 魔力と技術を駆使し、結界に、強引に穴をこじ開ける。まさに自身の優秀さにあかせた力技だ。余裕とも優雅ともかけ離れた手段だが、そんな事はどうでも良い。結界に触れた時点で内部に異常が伝わっているはず。徒に時間をかければ、相手に対処の猶予を与えてしまう。

 ならば狙うは電光石火、疾風迅雷。

 疾風の如く、疾く、速く!

 

「ああああああああぁ―――――――っ!!」

 

 所要時間、僅か4コンマ7秒。凜は渾身の魔力を込めた両腕で、万条家を中心に展開されている結界の一部を、絹を裂くかのように引き千切り、内側への扉を開いた。

 

「アーチャー!」

「了解した。I am the bone of my sword.(我が骨子は捻じれ狂う)――――――――――“偽・螺旋剣(カラドボルク)”!!」

 

 凜の掛け声を合図に、アーチャーは宝具の一射を結界内部へと叩きこんだ。

 矢が結界の隙間をくぐった瞬間、凜は一旦、結界をこじ開けていた手を放す。すると結界の裂け目は瞬く間に窄まり――――自己修復の機能があるのだろう――――あっという間に、万条の城はただの民家へと回帰した。

 直後。ズン、と大気が揺れた。結界内部で超大な爆発が起き、結界で相殺しきれなかった違和感が外界へと漏れ出た音である。

 たった今アーチャーが放ったのは“壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)”―――――――宝具自身を目標に向けて着弾・爆砕させることで、宝具に秘められている膨大な魔力を野放図に開放し、周囲に大爆発を引き起こす大技だ。

 もちろん、魔術師の常識である『神秘の秘匿』という観点から見れば、日のあるうちに使って良い技では断じてない。が、皮肉にも万条の結界が“壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)”による騒動の大半を覆い隠してくれたのだ。

 敵の目を欺くための結界がいま、遠坂家当主の奇策によって、奇襲の一手と相成った。

 

「突入!」

「え? う、うわぁぁあっ!?」

 

 叫ぶと同時に、凜は再び結界を力づくでこじ開け、その身をサーヴァントに委ねた。すぐさまアーチャーが凜を、ライダーが慎二を抱きかかえ、二組の主従は結界の内部へと飛び込んでゆく。

 

 凜の採った作戦、それはズバリ電撃戦であった。

 相手の陣地に宝具をぶち込み、あわよくばその一撃で打倒する。それが叶わずとも、工房を失って無防備になった千花とアサシンを、アーチャーとライダーの二人がかりで殲滅する。言ってしまえば、たったこれだけの作戦である。

 とはいえ、単純だからこそ効果は高い。

 神秘の秘匿は魔術師の大原則。故に聖杯戦争は基本的に夜間に行われる。…………そのセオリーこそがこの作戦の肝だ。

 そう。まさか冬木の管理者たる遠坂家の当主が、白昼堂々と、住宅街の只中で、サーヴァントに宝具の使用を命じるなどと、一体誰が想像するだろうか?

 もちろん、いかに妹を殺された恨みがあろうと、遠坂凜は人間である前に魔術師だ。何の保険もなくこのような暴挙に及ぶ事はない。

 全ては、教会公認の討伐指令が出ていた事実。

 それに伴う、万条一族に関する情報開示――――本拠地に張り巡らされた、認識阻害結界の存在――――が、遠坂凜に当作戦の採用を決定させた。

 

(万条…………アンタは私を敵に回した。恨み言は言わない。ただ、ケジメだけはキッチリつけてもらうわよ)

 

 ――――万条、殺すべし。

 怒りが火種、憎悪が油。

 遠坂凜の心底に、冷たい炎が燃え上がる。

 

 …………が。

 突入してすぐに、その炎には冷や水が被せられる事となった。

 

「アーチャー、どう?」

 

 鷹の眼を持つ弓兵は、黙って首を横に振った。

 魔力の反応は無し。脱出した様子も無し。音も影も無し。

 もうもうと砂煙を上げる瓦礫の山。アーチャーの“偽・螺旋剣(カラドボルク)”によって完全に粉砕された万条家の何処からも、万条千花の気配を見出せない。

 

「防護魔術を使った様子も無かったし……これは、やった……のかしら?」 

 

 総身を一度に消し飛ばせば、万条の再生能力は機能しない。

 アサシンは基本的に、速力と気配遮断に優れる分、耐久力に難のあるサーヴァントである。

 これらの要素と目の前の光景が噛み合うと、出せる結論は一つ。作戦目標の前者――――初撃による決着――――が達成されたという事だろうか。

 

「や、やったのか? 遠坂、アイツは……万条は死んだのか!?」

「まだ断言は出来ないけど、その可能性が高いわね」

 

 緊張していた空気がゆっくりと弛緩していく。

 慎二はその表情を喜色に染め、アーチャーはフッと一息を吐く。凛とライダーは祈るように空を見上げた。

 油断こそしないものの、四名の表情から余計な険がとれていく。

 

 

 

 

 

「ところがどっこい―――――――死んでねえんだな、コレが」

 

 

 

 

 

 そんな彼らに、背後から揶揄がかかった。

 弾かれたように振り向く四人。声の正体は直ぐに知れた。

 突入口となった結界の裂け目付近に、一匹の青い豹が立っている――――――。

 

「よう嬢ちゃん、それにアーチャー。こんな所で奇遇だな?」

「ランサー…………!?」

 

 闖入者、クー・フーリンは真紅の魔槍を構え、獣さながらの獰猛な笑みを浮かべて言った。

 

「奇遇ついでだ。そら、あの日の続きといこうじゃねえか!」

 

 

 

 

 

TO BE CONTINUED・・・




【作中捕捉】
■今回のまとめ
①士郎、アインツベルン城に到着。イリヤと無事合流を果たす。
②凜・慎二が千花打倒のために同盟を結成。
③凜一行、監視役の調査によって判明した千花の拠点に奇襲をかける。
④ランサー登場。

■凜が綺礼からもらった資料の内容。
“身体操作”及び“継承魔術”の詳細。
万条千花が使用可能であろう“継承”された魔術のリスト(憶測混じり)。
第一次、第二次、第三次における万条家の活動記録(当時の監視役が残したもの)。
万条生存が知れてより、監視役が総力を挙げて見つけ出した、千花の本拠地住所。
かつての万条家の陣地には桁違いの認識阻害結界が張ってあった。今回の陣地にもそれがあるかも、という注意書き。

本編中で凜が資料を参考に“身体操作”の解除に成功している事から分かるように、千花にとってこの資料はかなり致命的な存在です。なにせ英霊からすれば、人間一人を跡形もなく消し去るくらい容易い事ですから。一見すれば優位に立っているように見える千花ですが、聖堂教会を敵に回した事、今話で拠点を潰されたことも合わせて、わりと絶体絶命の状態なんです。この資料を持っているのは現在のところ凜だけなので、彼女の情報アドバンテージは大きいですね(尤も、明日までには監督役の手で一時休戦及び万条討伐の指令と共に全陣営に行きわたる予定ですが)。

ちなみに、万条討伐の報酬はやっぱり予備令呪。

■原作になかった展開
士郎とイリヤの同盟。
凜と慎二の同盟。

■時忘れの庭園
冬木市某所に存在する万条家の陣地。第一次・第二次・第三次の聖杯戦争時にも使用された。
陣地の外側と内側を隔て、外界から隔離する強力な結界が施されています。原理としては劣化アヴァロン。物理的な防御力は大した事ありませんが、隠蔽能力にかけては天下一品。
実は第二次聖杯戦争で召喚された万条のサーヴァント(キャスター)が造り上げたものであり、庭園の所有者である万条千花が生きている限り存続する半自立式の結界です。

■本拠地と前線基地
万条家の本宅は冬木ではなく、別の場所にありました。Scene.29で代行者に滅ぼされたと描写したのはこの本宅の事。
時忘れの庭園は聖杯戦争の時のみ使用される、冬木市郊外のアインツベルン城みたいなもの。五代目と六代目は拠点の外で殺されたので、これまでの参加者に万条の拠点が何処にあるかを突き止めた者はいませんでした。
代行者の殲滅から唯一逃げ延びた万条家八代目当主は、この別荘に数十年単位で引き籠る事によって、教会と協会の目を誤魔化す事に成功したのです。

■じゃあ何でその場所が教会にバレてるの?
時忘れの庭園の結界は、千花の命がある限り効果が持続します。学園屋上での戦いで千花はうっかり一度殺されてしまったため、一時的に結界の効力が薄れてしまった模様。結界が解れたのはほんの僅かな間でしたが、それを運悪く監視役に目撃されてしまい、不可解な現象としてマークされる事に。後に近辺で千花の姿が目撃された事で『あそこが拠点ではないか?』と情報共有されたようですね。とはいえ強力な認識阻害のせいで攻め込もうとしても意識が逸れてしまい、教会からはなかなか手は出せなかった。
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