Fate/mille fiore-フェイト ミルフィオレ-【完結】 作:おるか人
冬木市某所、時忘れの庭園。
瓦礫の山と化した万条の本拠地は、身震いするほどの静けさに包まれていた。
「―――――――――――――――」
あの日の続きといこうじゃねえか――――――と。紛れもない宣戦布告を放ったにも関わらず、ランサーは武器を構えたまま一向に動かない。相対するアーチャーとライダーの二名もまた、特に戦闘態勢をとる事もなく、黙ってランサーを見つめ続けるばかり。
凜が困惑し、慎二はその表情を少しずつ恐怖から焦りへ、焦りから怒りへと変えてゆく。
そのまま数秒が経過し、とうとう慎二が我慢の限界を迎え、ライダーに「何やってんだよ」と文句を言おうとした瞬間。アーチャーがため息と共に呆れ声で言った。
「……………………ランサー、いい加減に武器を下ろしたまえ。生憎だが私も彼女も、そんなあからさまな挑発に乗るつもりはないぞ」
「チッ。相変わらず嫌味な野郎だぜ」
よくわからないやりとりの後、ランサーはあっさりと槍を下ろした。目の前の槍兵から轟と発せられていた殺気や覇気も、ウソの様に霧散している。
「アーチャー、どういう事?」
「恐らくだが、この男は我々に対する交渉役としてマスターに派遣されたのだろうさ。だが、本人としては以前お流れになった私との決着をつけたかった。そこでだ、出会い頭に相手を挑発し、その結果向こうから襲い掛かられればどうだ?」
「なるほど。『交渉の余地が無かったので、仕方なく交戦しました』――――――って、言い訳ができるわけね」
図星だったのか、アーチャーの推測を聞いたランサーは何も言わずそっぽを向いた。
その様子が何だかおかしくて、凜の口元に微笑が浮かぶ。
「それで、ランサー? 私たちに一体、何のご用件なのかしら?」
「あー、ハイハイそうだよ。俺はマスターからの伝言を預かってきたんだ。予定じゃアーチャーとそのマスターだけに知らせる予定だったんだが……」
ランサーはちら、とライダーを見やって。
「あー、確かお前はライダーだったよな。って事は、そっちのマスターはマトウって奴だな? なら別に構わねえだろう」
「
「バンジョウって魔術師の話だ。聞きてえか?」
一瞬、緩みかけた凜の精神が―――――再び針のように研ぎ澄まされた。
「いいわ。聞かせて頂戴」
* * * * *
太陽が天高く昇る時刻にも関わらず、その日、アインツベルンの城には一切の日も射さなかった。いつの間にかたちこめた雲たちが、太陽をすっぽりと覆い隠してしまったからである。
「………まったくもう………何故あんな男を………お嬢様は何をお考えで………」
人工的な光だけが照らすアインツベルン城内を、一人の女性が不機嫌そうに歩いて行く。
この女性はアインツベルンに仕えるメイドで、名をセラという。
言葉になるかならないか、という小さな声でブツブツと愚痴を垂れつつ『ああ、今の天気は私の心のようだ』なんて嘆いている彼女だが、それも無理からぬこと。現在、この城にはアインツベルンにとって不倶戴天の敵である衛宮の倅が逗留しているのだ。
かつて曲がりなりにもアインツベルンの一員として迎えられる栄誉を得たにもかかわらず、最後の最後で裏切ったあの男の息子。今現在も主たるイリヤスフィールの心を乱し、誑かさんとする男。アインツベルンに仕える従者として、好印象を覚えるわけもない。
できることなら可及的速やかに追い出してしまいたい。まして同盟を結ぶなど以ての外――――というのがセラの正直な気持ちだが、他ならぬイリヤスフィールが承諾した事ならば、やはり従者である彼女には異を唱えることなど出来はしない。
「……そもそも召喚を手伝ったところから……やはり庶民……温情につけ上がって……」
ブツブツブツブツ。
愚痴を思う存分垂れ流し、不満をオーラのように渦巻かせながら、それでも歩く姿はあくまでメイド。目立たず、騒がす、しゃんと背筋を伸ばしている。それは逆に言えば、メイドのしてのプライドを以ってしても隠し切れない程の不満が腹の内にあるという事なのだが………彼女もホムンクルスとはいえ、発達した心を持つ身。こればかりは致し方のない話である。
「……あんな男と二人きりで……お嬢様にもしもの、っ………………………?」
セラが何の気なしに窓の外を見やった時、このまま延々と続くかと思われた愚痴がぴたりと止まった。
彼女が見たのは空だ。まだうず高く積まれている雲の群れを見た。太陽など影も形も見えないはずの空が、キラリと光ったように見えたのだ。
(雲に切れ目はない……見間違い? いえ、確かに…………)
何やら不穏な予感に突き動かされるまま、セラは窓際へすり寄り、魔術で視力を強化した。
果たして、そこに見えたのは―――――。
* * * * *
一方、同時刻。
イリヤスフィールと士郎は城内の三階にある一室で向かい合っていた。
周囲に人影はなく―――セラが愚痴っていた通り―――二人きりである事が一目で伺える。見れば、イリヤスフィールは普通の部屋着にも関わらず、士郎は上半身裸という格好だ。これは一体どういう事か。もしやセラの危惧した『もしも』の事態が起こっているとでも言うのか!
「い、イリヤ。本当に服を脱がなきゃダメなのか?」
「ええ、もちろんよ。………ふーん、思ったより鍛えてあるんだ? 着やせするタイプなのね、見直しちゃった。まあ、バーサーカーには負けるけど……」
「アレと比べられてもなあ」
小さな手のひらで―――実に興味深そうに―――ぺたぺたと士郎の身体をまさぐるイリヤスフィール。それに対し、くすぐったそうに身をよじる士郎。どう考えても立場が逆である。
ともあれ、セラにとっては大変よろしいことに、二人の間にいかがわしい雰囲気は無い。
それもそのはず。イリヤスフィールが行っているのは、士郎の『調査』である。正式に同盟を結んだ以上、獅子身中の虫を味方に入れるわけにはいかないと、士郎に何らかの魔術がかけられていないかを調べているのである。
士郎も自身がその手の干渉には弱いという事を知っていたため、何も言わずイリヤスフィールに身を委ねた。
尤もその際、イリヤスフィールが面白がって「調べるから服を脱いで」と言った事でセラが「お嬢様に汚らわしいものを見せるな」と騒ぎ出して同僚のリーゼリットから強制退場をくらったり、セイバーが気まずい顔で「私は席を外します。外に居るので、何かあったら呼んでください」なんて言いつつそそくさと退室したりと色々あったのだが、そこはまったくの余談である。
最初は医者の診察と同じで「そういうものなんだろう」と疑問に思わなかった士郎だが、セラの言動やイリヤスフィールの態度から、からかわれている事を何となく察し始めているようだ。
「ふんふん、なるほど」
「い、イリヤ。変なところ触らないでくれ」
「ふふ、いいじゃない。もうちょっとだけ…………ねっ?」
ぺたぺた、とんとん。
さわさわ、すりすり。
……何がどうなっているかは、擬音で察して頂きたい。
いかがわしい雰囲気はこそないが、何となくいかがわしい。とりあえず、現状を一言で表すなら「衛宮士郎に小児性愛の気が無い事が幸いした」といったところか。
だが、外見年齢からは信じられない程の蠱惑的な魅力が声や仕草に滲みだしており、士郎に否応なく「そっち」の感情を沸き立たせる。
「ほら、シロウ……力、抜いて?」
「あ、―――――っぅ」
「そう。良い子ね……そのまま……ゆっくり……」
頭の中にするりと入り込んでくる声。
地下でもないのにぐわんぐわんと反響するそれを聞くたびに、士郎の感覚はブレていく。
いつの間にか、士郎はイリヤスフィールに押し倒されていた。調査は元々ベッドに腰掛けた体勢で行われていた為、必然的に二人はベッドの上で絡み合う形となる。
もはや、行為だけでなく雰囲気さえもいかがわしいものへ変化していた。
小悪魔の悪戯を前に、士郎の意識は薄ぼんやりと霞みがかっていき、あとは彼女の為すがまま。
「え、…………………っ!!?」
突然、イリヤスフィールが士郎の身体の上でビクン! と跳ね上がった。
彼女は余裕と情感に溢れていた表情を一瞬にして強張らせると、口元を抑え、自分の身体を抱きしめるようにして縮こまる。
「う、ぁ――――――げぇっ。げほっ、ごほっ!」
とても堪えきれなかったのだろう。彼女は一秒もしないうちに胃の内容物を吐き戻し、ベッドのシーツを吐瀉物で汚してしまった。士郎も突然の出来事にしばし混乱していたが、すぐに正気に戻ると「イリヤ!?」と叫んで起き上がり、謎の不快感に戦慄く少女の肩を抱きしめる。
「どうしたんだ!? 一体何が…………!」
「し、シロウ……何で……どうして。あなた、一体何処で
信じられないモノを見るような目。
そんな視線を受ける意味が、衛宮士郎には分からない。
「な、何だ? もしかして本当に、何かの魔術が……?」
「そう……そうね。確かに、シロウの身体には細工がしてあったわ。まさか本当にあるとは思わなかったけど、それ以上に、これは…………」
思い悩むイリヤスフィール。そこに、異変を察知したのかセイバーが部屋に戻ってきた。
「何事ですか!?」
「セイバー……あなたは、シロウと契約で繋がっているのよね?」
「え? は、はい。確かにシロウの魔力は契約を通じて私に注がれています。それが何か?」
「そのラインに不可解な部分はない? 送られてくる魔力が不自然に多かったり、そのラインが別の所から繋がっていたりはしない?」
「…………どういう事ですか、イリヤスフィール?」
セイバーの表情から心配の色が消え、真意を問う真剣さだけが残る。
イリヤスフィールは硬い表情のまま、判明した事実を告げた。
「シロウには、
「なっ――――――――!?」
セイバーの驚愕をよそに、士郎はいち早く真実を理解した。
セイバー以外との繋がり。別の誰かと繋がっている。そんな事を言われて思い浮かぶ人物など、ただ一人だ。
(………万条、千花………)
ここ数日、意識が無い時に必ず見る奇妙な夢。
万条千花が見せているというフォレスティの歴史。あれが流れて来る道筋こそが、イリヤスフィールの言う『繋がり』なのではないか。
「まさか、そのラインを通じてこちらの情報を盗み取っていると?」
「いいえ、その逆。シロウはこのラインを通じて、誰かから何かを受け取っている。私が『触れた』のは多分、その名残ね。酷いものだったわ。まるで、世界中の呪いを煮詰めたかのような………」
誰かから何かを受け取る。
いざ意識してみると、それは夢だけに当て嵌まるものではない気がする。
回想せよ、衛宮士郎。何か無かったか。自分の力では成し得ないはずの何かを、成し遂げてしまった事があったのではないか?
そう、例えば―――――覚えの無い回復魔術。
そう、例えば―――――不自然な程早い体調の復帰。
そう、例えば―――――剣の英霊を唸らせる程の戦闘技術。
棚上げにしていた疑問。
これらは果たして、常の衛宮士郎でも成し得た事柄だっただろうか?
イリヤスフィールの言う『繋がり』を通じて与えられた力だったとしたら、全ての辻褄が合うのではないか………?
「イリヤ、それは多分――――――」
士郎の声を遮るように、アインツベルンの城が揺れた。
それは爆発だった。城のどこかで空気が炸裂し、その余波がこの部屋まで届いたのだ。
「―――――っ、セラ! リズ!?」
何が起こった、と状況把握に努める士郎とセイバー。その中でイリヤスフィールだけが、彼女だけの手段でもって現状を認識し、即座に従者へと命令を下した。
「来なさい、バーサーカー!」
今度は今いるこの部屋が爆発した。
主の命に応え―――庭にいたのだろう―――黒い巨人が窓を突き破って馳せ参じたのだ。
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!」
バーサーカーは速やかにイリヤスフィールの身体を抱き上げると、今度は斧剣を大きく振りかぶる。
「シロウ!」
バーサーカーのやろうとしている事に気付いたのだろう。セイバーは慌てて士郎を抱え、逆側の窓を破って城外へと跳躍した。直後、バーサーカーは恐ろしいまでの怪力で城の床を二段まとめてぶち抜き、砂煙と共に階下へとその姿を消していった。何とも狂戦士らしいショートカットである。
「セイバー、バーサーカーを追ってくれ! きっと敵だ!」
「分かりました! 少し手荒に行くので、しっかり掴まっていてください!」
跳び出した勢いで城の周囲に生えている樹木を三角蹴りして、再び城内へと舞い戻る。人知を超えた神業に驚く間もなく、士郎もまたセイバーに抱えられたまま、バーサーカーが消えていった階下への道、砂煙の中へと飛び込んでいった。
その先に待ち受けるものが、第五次聖杯戦争最大にして、最後の戦場であるとも知らずに……。
TO BE CONTINUED・・・