Fate/mille fiore-フェイト ミルフィオレ-【完結】   作:おるか人

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Scene.33  セラの決意

 アインツベルン城、一階エントランス。

 客人を出迎えるべきその場所に、二輪の赤い花が咲いている。

 花の正体は人――――否、人形だ。リーゼリットとセラが、総身に無数の刃を生やして蹲っている。

 

「………魔術師共も学ばぬな。道具に人の心をつけるなという」

 

 無残に咲き誇る花々を憐れみつつ、ゆっくりと城内へ歩を進める男は、まさしく招かれざる客。

 黒いライダースーツに身を包んだ金髪の青年。何を隠そうこの男こそ、この世の財宝全てを我が物と放言して憚らぬ絶対者――――英雄王ギルガメッシュ。人類史最古の英霊であり、第五次聖杯戦争における最大の鬼札(ジョーカー)である。

 絶望を足音という形で響かせながら、彼は蹲るセラの傍に寄り添った。

 

「所詮人間では、お前たちの純粋さに報いられん」

「………………ぐ、…………ぅ」

 

 雪の様に真っ白なメイド服を真紅に染めつつも、セラはまだ生きていた。人為的に生み出されたホムンクルス故の埒外の生命力。だがそれも、万条千花のような常軌を逸したモノではないため、精々が数秒間、寿命が延びる程度――――いや、そもそも英雄王を前にしては、全ての命は等しく風前の灯火と同義か。

 

「この命、ある限り…………お嬢様には指一本………ッ!」

 

 息も絶え絶えに呟かれる言葉。相手を射殺さんばかりの眼光と共に発せられたそれは、彼女たちの存在証明(レゾンデートル)だ。絶対に敵わない、どう足掻いても死を免れないと心胆から理解してなお、リーゼリットは己の使命に殉じた。ならばセラもまた、ここで屈するわけにはいかぬ。

 

(城の結界を通じて、お嬢様も異変を察知なされたはず。きっと、もうすぐここに来てしまう……)

 

 それは駄目だ、と。セラは途切れそうになる意識に執念で喝を入れた。

 セラはイリヤスフィールとバーサーカーの実力をよく知っている。ギリシャ神話の大英雄、かの十二の難行を乗り越えた戦士ヘラクレスと、狂戦士として呼び出されたヘラクレスを完全に制御下に置き、かつ冬木市内であれば小聖杯としての権能さえ振るうことが出来るイリヤスフィール。アインツベルンに仕える者としての贔屓目を抜きにしても、我らこそが第五次聖杯戦争において最強の陣営であろうと確信していた。

 

 そう、確信()()()()のだ。ついさっきまでは。

 

 今は違う。断言しよう――――この黄金の英霊こそが真の最強だ。

 例えいかなる大英雄だろうと、真っ向勝負では絶対に勝てない。相手の情報を綿密に精査した上で策を弄するか、あるいはマスターを狙い、魔力切れを狙うか。思いつく勝機は二つだけ。どちらにせよ、こうして奇襲を受けた時点で勝ち筋など一片たりともありはしない。プライドをかなぐり捨ててでも、今は退かねばならぬ。

 

(お嬢様、今すぐお逃げ下さい! この男と戦ってはなりません………!)

 

 セラは最後の力を振り絞って魔術を行使し、主に現状の危機を伝えた。

 自分たちが僅かでも時間を稼ぐから、その間に少しでも遠くへ、と。

 

「そうか。では十分に役目を終えよ」

 

 男の声。

 振り上げられる剣。

 刃は過たず、セラの首を胴体から斬り落―――――――

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッッ!!!」

 

 獣のような雄叫びと共に、エントランスの壁が粉砕した。

 ギルガメッシュは剣を止めて騒音の出元へと目を向けたが、セラには何が起こったかなど、見なくとも分かった。彼女が最も恐れていた事態が現実のものとなったのだ。

 

「セラ! リズ……………!」

 

 狂戦士と共に現れた白き姫君は、エントランスの惨劇を見るや怒りを噴出する。

 礼を弁えぬ無粋な来客――――それはいい。許す。

 小聖杯たる己が把握していない未知のサーヴァント――――それもいい。許す。

 

「…………殺して」

 

 鮮血に沈む二人の従者。――――それは断じて許せない!

 

「今すぐあいつを殺してっ、バーサーカー!!」

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■――――――――ッッ!!!」

 

 そして開幕する神話の戦い。

 本来の運命からほんの少しだけズレた光景を前に、セラは独り臍を噛む。

 

(どうしてそう、私の言う事を聞いてくれないのですか、お嬢様………………)

 

 命の危機を免れたというのに、彼女の心はより一層の絶望に苛まれるばかりであった。

 

 

* * * * *

 

 

 戦闘開始から僅か数十秒後。

 大英雄の戦いは既に佳境と言える段階に入っていた。

 

「どうしたヘラクレス? 貴様も大英雄ならばもう少し足掻いて見せよ!」

「■■■■■■、■■■―――――■■■■■■■■■ッ!」

 

 ギルガメッシュが背後の『門』から宝具の群れを、雨霰と投射する。

 バーサーカーはそれらを斧剣で弾く。

 両者の戦いは、ただこれだけを繰り返し続けるだけのものだ。

 

「バーサーカー……!」

 

 イリヤスフィールが不安げに従者を呼ぶ。

 どちらが有利でどちらが不利なのか………彼女は否応なしに理解せざるを得なかった。

 

 このまま戦い続ければ、負けるのはバーサーカーだ、と。

 

 ヘラクレスの強さは、埒外の身体能力にある。

 彼が一たび斧剣を振るえば、いかなる防御も力づくで吹き飛ばす。そして逆に、いかなる攻撃を受けようとも最上級の一撃以外は無効化する。挙句、仮に殺されたとしても十一回までは蘇り、かつ、一度受けた攻撃に対しては完全な耐性を得る。

 つまり、バーサーカーを殺すには『十二個の命を一撃で消し飛ばす』か『十二通りの方法でバーサーカーの防御力を上回る』しかない。まさに怪物と呼んで差し支えない反則さだ。

 

 だが………その強さは、英雄王ギルガメッシュの前では有名無実のものと化す。

 何故ならば、ギルガメッシュの能力は‟王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)”――――『無尽蔵の宝具を所有する』という恐るべきものだからだ。

 原初の英霊であり、この世の全てを手にしたという逸話を持つ彼は、後の世で宝具と呼ばれる事になる武器や宝物の原典を所有している。

 

 北欧神話の一節“ヴォルスング・サガ”に伝わるシグルドの魔剣、グラム。

 古代インドの‟ヴェーダ神話”に登場する、悪竜ヴリトラを討ち取ったとされるインドラの雷剣、ヴァジュラ。

 古フランスの叙事詩“ローランの歌”に登場するシャルルマーニュ王の筆頭騎士ローランの聖剣、デュランダル。

 

 ギルガメッシュの持つ原典の一部だけを見ても、これだけの格を誇る宝具が存在する。

 弓兵(アーチャー)たる彼は、それらを空中に展開した宝物庫から、一挙同時に投射する事が可能な魔弾の射手なのだ。僅か一撃でも受けようものなら、並の英霊ならば即死、名の通った大英雄でも重傷は免れない。

 

 そう、ギルガメッシュにとってヘラクレスを殺す手段など、十二を超して余りある――――。

 

「■■■■ッ! ■■……■■■■ッ!!」

 

 弾き切れなかった宝具の一つが、バーサーカーの胸を抉る。

 強靭な肉体を容易く切り裂く一撃に、流石の大英雄も苦悶の叫びを上げた。

 

「バーサーカー!」

「ハッ、これで五回は死んだか。曰く、ヘラクレスは十二の難行を乗り越えて神の座に迎えられた。その逸話を宝具として昇華したとなれば………成程、あと七回殺せば事は済むわけだな」

 

 笑い声と共にギルガメッシュが指揮者のように片手を振り上げる。

 すると、彼の背後で無数の宝具が整列を始めた。その数はゆうに三十以上。全てが、バーサーカーの防御力を打ち破れる特A級の宝具………!

 

「そら、少しばかりペースを上げるぞ。精々張り切って着いて来い――――――!」

 

 振り下ろされる手のひら。

 瞬間、三十を超える宝具の雨がバーサーカーに襲い掛かる。

 

「セイバー、頼む!」

「了解ですシロウ!」

 

 すわ、アインツベルン陣営がどこかの世界と同じ結末を辿るか――――と思われた矢先。ようやく追いついてきた同盟者たちがエントランスに現れた。

 

「‟風王(ストライク)鉄槌(エア)―――――――ッ!!”」

 

 ギルガメッシュの合図より僅かに早く、セイバーの剣が圧縮されていた空気を解き放つ。予想外の援護攻撃に機先を制されたギルガメッシュは、宝具の投射を中断して跳躍。風の槌をやり過ごした後、二階通路の手すりに着地した。

 

「イリヤ、大丈夫か!?」

「シロウ…………セラをお願い! 早く安全な所へ!」

「―――――ッ、分かった! セイバー、そのままバーサーカーの援護を続けてくれ!」

 

 視界に血の海に沈むメイド二名を認め、士郎も即座に行動を始める。

 まず近くに倒れていたセラを物陰まで運び、残るリーゼリットも連れてこようとしたところで、セラに袖口を掴まれた。その力は半死人と思えぬほど強く、思わずつんのめってしまう。

 

「放してくれ、セラ! まだリズが……………!」

「お嬢様の、話を………聞いていなかったのですか、衛宮士郎………リーゼリットは、放っておきなさい……」

「な、何言ってるんだよ!? あんなところに倒れていたら、セイバー達の戦いに巻き込まれるかもしれないじゃないか!?」

「その言葉、そっくりそのままお返します。本来なら、貴方の命などどうなっても構いませんが、今だけは……『セイバーのマスター』には生きていてもらわないと、困るのです………!」

 

 あまりの気迫に圧されたのか、士郎は駆け出そうとしていた足を止めた。

 

「どういう事だ?」

「あの黄金の英霊………正体こそ掴めませんが、あまりに強大過ぎる……恐らく二対一でも勝負にならないでしょう。精々足止めが精一杯。ならば、優先するべきはお嬢様の命…………」

「セイバーとバーサーカーの二人がかりで倒せない?」

 

 士郎はセイバーの真名もバーサーカーの真名も知らない。

 だが、英霊召喚の際にイリヤスフィールが言っていた。セイバーは『最優』のクラスであると。自分のバーサーカーは『最強』のサーヴァントであると。その二騎が手を結んで勝負にならない相手など、果たして存在するのだろうか。

 

「そんな馬鹿な―――――」

 

 士郎はそう言ってセイバー達のいるエントランス中央に目を向けて。

 

「そんな、馬鹿な…………!?」

 

 全く同じ言葉を、全く違う意味で繰り返す事となった。

 士郎は見たのだ。二階に立つギルガメッシュが、改めて無数の宝具を空中に展開する姿を。

 武具の鑑定・解析を得意とする士郎だからこそ分かる。あの宝具の群れは全て正真正銘の本物であり、一発でも受ければ英霊でさえ殺し得る極上の獲物であると。

 

「今、貴方如きがあの場に出て行っても、羽虫の如く払われて終わりです。無駄な事に命を使う暇があるのなら、その時間をお嬢様の為に尽くしなさい……」

「っ、けど…………!」

「ゴホッ。そ、それに、私と違ってリーゼリットは死んでいます。もう、どうしようもないっ」

 

 文字通り血を吐きながらの叫びに、士郎はハッとした。

 そう――――セラだって本当はリーゼリットを助けたかった。助けられないのなら、せめて安らかに眠らせてやりたかった。その思いは士郎よりもずっと強い。それでも今は何よりもイリヤスフィールを優先すべきだと、私情に蓋をして訴えているのだ。

 

「セラ、俺はどうすれば良い?」

「お嬢様を連れて逃げなさい………あの男の目的は、お嬢様の持つ聖杯の器………サーヴァントを片付けた後、お嬢様を殺して器を奪おうとするでしょう。その前に、少しでも遠くへ……」

「だ、だったらその器を渡してしまえば!」

「できるわけが、ないでしょう。聖杯の器はお嬢様の心臓………器が奪われるという事は……お嬢様の命も…また、奪われるという事なのですよ……!?」

「な、っ―――――――――聖杯が、イリヤの心臓!?」

 

 がつん、と頭を殴られたような衝撃。

 つまりあの黄金の英霊は、イリヤスフィールの命を奪うために此処へやって来たというのか!

 

「分かったなら、早く………」

「いや、駄目だ。俺は戦う」

 

 ハッキリとした決意表明に、セラはしばし呆然と目を瞬かせた。

 

「アイツから逃げるのは無理だ。そういう事情なら、器を渡すから見逃してくれってのも無理。だったらもう、戦って勝つしかない」

「な、にを馬鹿な!」

「そもそもアイツは、どうやってこの城に来たんだ?」

 

 激昂しかけたセラが、また言葉を失う。

 

「あれだけたくさんの宝具を持ってるんだ、人探しの宝具だってあるんじゃないか? もしそうだったら、どれだけ逃げたって無駄だ。すぐに追いつかれて殺される」

「それは、………」

 

 士郎の言葉は、セラにとってまさしく盲点だった。

 確かに、言われてみればおかしい。そもそも聖杯はサーヴァント六騎を殺し尽くして初めて降臨する、というのが表向きの事情である。小聖杯、大聖杯、第三魔法――――といった細かい裏を知るのはアインツベルン・マキリ・遠坂の三家のみ。だがあの男は、アインツベルン城に乗り込んだ上で「聖杯の器を渡せ」と言った。この矛盾から推測できる可能性は三つ。

 

 一つ目は、あの男がマキリの使役するサーヴァントであるか。

 二つ目は、裏の事情を何も知らず、アインツベルンが錬金術の大家である、という情報から鎌をかけたか。

 三つ目は、

 

()()()()()()を、持っている………!?」

 

 情報収集の宝具、あるいはそれに類するスキルを持つ英霊――――それは決して珍しい部類ではない。可能性としては十分だ。

 事実としては、四つ目の可能性………『そもそも全ての事情を承知済みだった』が正解なわけだが、士郎の推測も間違いではない。無数の宝具を擁するギルガメッシュの宝物庫には、当然ながら人探しの宝具も存在する。仮にこの場から逃げ延びる事が出来たとして、生き延びる事は絶対に不可能である。

 

「それに―――――」

 

 唐突に、士郎はセラの身体を貫いていた宝剣の柄を掴み、一息に引き抜いた。

 噴水の如く噴き出すかと思われた出血は、しかし、何故か全く無い。一本、また一本と刀身が体内から消えると同時に、セラの身体に空いていた無数の傷口は幻のように塞がってゆくのだ。神経を貫いていた激痛も、もはや遠い残滓を残すばかり。すぐ傍に迫っていたはずの死神の息遣いも聞こえない――――。

 

「俺はイリヤと同盟を結んだんだ。イリヤが危ない時は、俺が助ける」

 

 以前ならばイリヤスフィールにもセラにも非難されたであろう選択肢。

 しかし、今の士郎はそれが許される立場にある。

 否――――むしろ助けなければ不義理、背信となるのだ。

 

 助けても良い。

 ああ、その言葉の何と甘美な事か!

 

「安心してくれ、セラ。イリヤは俺が守る。絶対に死なせたりなんかしないから」

 

 面向かって放たれる不退転の決意。

 セラの目には、その姿が誰かと重なって見えた。

 

 ――――きっとそれが、セラが士郎に初めての共感(シンパシー)を覚えた瞬間。

 そして、後の彼女の運命を決定づけた出来事であった。

 

 

 

 

 

TO BE CONTINUED・・・




【作中捕捉】
■原作との相違点
セラ生存&原作UBWルートにおける『ハートキャッチ☆イリヤ』の阻止IF。
本作においては、ギルガメッシュ来訪時にリズが応対。我様の「聖杯の器」発言にキレたリズが戦端を開き、その後に近くにいた(一緒にはいなかった)セラ、その後にイリヤ&バーサーカー、その後に士郎&セイバーの順でエントランスに現着しました。よって、セラの首チョンパまでにイリヤとバーサーカーの助太刀が間に合ったようです。
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