Fate/mille fiore-フェイト ミルフィオレ-【完結】   作:おるか人

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Scene.34  その名を呼ぶ

 衛宮士郎は、あの瞬間に確信した。

 

 ――――シロウはこのラインを通じて、誰かから何かを受け取っている。

 

 できる、と思った。

 手足の動かし方を言葉で説明できる人間はいない。

 それは知識ではなく、機能だからだ。方法論は本能の中に刻まれている。

 

(同じ事だ)

 

 だから、できる。

 この機能を、衛宮士郎は使いこなせる。

 あの日。無意識のうちに、学園の屋上でセイバーに治癒を施したように。

 

(セラの、傷を)

 

 カチリ、と。

 頭のどこかでスイッチが切り替わる。

 すると士郎の中に眠っていた知識が波濤のように押し寄せてきた。

 

 ――――それは、アナスタシアという名の女性の記憶。

 北欧の片田舎で生まれた彼女は、幼いころから医者になるために父の診療所へ通い詰め、雑用をこなしていた。

 

(違う)

 

 彼女は生真面目で、父の助けになろうとして毎日ぱたぱたと診療所を駆けまわっていた。

 馴染みの患者たちは、いつも一生懸命な彼女を‟アニー”の愛称で呼び親しんだ。

 

(違う)

 

 やがて成人した彼女は、父の後を継いで診療所の代表となった。

 やっぱ診てもらうならむさいおっさんより美人の姉ちゃんがいいよなあ、とヨコシマな就任祝いを投げる近所の老人たちに困り顔を見せながらも、彼女は立派に医者の務めを果たし続けた。

 

(これじゃない)

 

 若い者が田舎の暮らしを嫌って煌びやかな都会へ出て行く中、彼女は田舎に留まり続けた。

 老人たちは村のアイドルが田舎で暮らしてくれる事を喜びつつも、彼女の将来を心配した。

 若く美しい彼女には、多くの可能性がある。こんな辺鄙な場所に留まらせても良いのか、と。

 老人の心配を耳にした彼女は、笑って「私は自分が生まれ育ったこの村が好きだから」と言った。

 

(一体、どこに――――)

 

 老人たちは感銘を受けた。そして『この村を彼女に恥じない立派な村にしよう』と奮起した。

 都会へ出て行った子や孫にとびきり後悔させてやろうじゃねえか、と。

 アナスタシアはそんな老人たちを、静かな微笑みで見つめていた。

 

(―――、)

 

 数十年後、その村は滅んだ。

 高齢化に伴い、村の人間が皆寿命で死んでしまったのだ。都会に出た若者たちが生まれ故郷へ帰る事は無く、村は誰に知られることもなく、静かに滅び去った。

 ただ一人。診療所の所長、アナスタシアを除いて。

 

(――――――っが)

 

 誰が知ろう。アナスタシアとその父が魔道の人間だったなどと。

 誰が知ろう。彼らがやってきた瞬間から、その村はフォレスティ一族管轄の人体実験場と化していたなどと。

 誰が知ろう。アナスタシアの口にした「この村が好き」という言葉が――――『例え滅んだとしても、誰も気に留めないだろうから』という意味だったなどと。

 

(ぁぁ、ぁあああああああああ)

 

 ああ、誰が知ろう。

 このような所業が、フォレスティ一族にとっては特に珍しくもないものであるなどと………!

 

(ああああああああああああああ……………ッッ!!)

 

 アナスタシアの記憶と経験が、衛宮士郎の脳に刻み込まれる。

 治癒魔術の扱い方――――延いては、人体構造の知識が次々と浮かんでくる。

 成人女性の筋肉の付き方、骨格の差異、どうすれば治せるか、どうすれば壊せるか。無辜の村人たちに対して数十年に亘って行われた人体実験の経過が、士郎の脳裏に否応無く刷り込まれていく。

 

 患者が「痛い」と喚けば、まずどうやったらその痛みが和らぐかを探し、次にどうやったらその痛みが強まるかを探し、次に患者をもっと苦しめるための方法を探して、その後は苦痛を極めた人間が精神にどんな支障をきたすかを観察し、最後は死なせずに苦しめ続けられる限界のラインを計測した。

 

 ――――ねえ、どうすれば痛い? どうすれば苦しい? どうされるのが怖い?

 

 常と変わらない静かな笑顔で患者に尋ねるアナスタシアは、どうしようもなく正気だった。

 まともな頭で、まともな神経で、まともな価値観で、こんな馬鹿げた非道を繰り返してきたのだ。数十年の付き合いがある知人たちに対して。

 

 助けて、

      助けて、

           助けて、

                助けて、

 

 当時のアナスタシアの記憶にある悲痛な叫び声が無数に聞こえてくる。

 それはまるで、助けを求められているのが自分自身であるかのようだ。

 それはまるで、そんな境遇に追いやったのが他ならぬ自分自身であるかのようだ。

 

(ぐが、ぁぁぁあああああああああああああああああああああああああッッッ!!)

 

 呪いのようにへばりついてくるそれらを振り切って、士郎は知識と経験を行使した。

 セラの身体に突き刺さった剣を引き抜き、同時に治癒を施す。実績に裏打ちされた見事な魔術行使は、僅かな魔力で瞬く間に彼女の傷を全快させていく。

 今ここに、士郎の中に眠っていたアナスタシア・アラーモヴナ・トポロヴァの知識と経験は、士郎自身のものとなった。もはやこの卓越した治癒魔術は士郎のものだ。

 

「安心してくれ、セラ。イリヤは俺が守る。絶対に死なせたりなんかしないから」

「衛宮、様…………」

 

 目前まで迫っていた死より逃れたセラは、信じられないような心地で士郎の顔を見つめた。

 それは半人前の魔術師であるはずの士郎が、イリヤスフィールの指導役である自身を超える完璧な治癒魔術を行使した事への驚きであり…………それ以上に、たった今、士郎の身体に起きた変異への恐怖だった。

 

「貴方は、今………何を」

「話は後にしましょう。セラさん、ちょっとここで待っててね」

「ッ!?」

 

 何やら驚愕しているセラには構わず、士郎は更に自分の中へと埋没していく。

 自分の中には、まだ知識と経験が眠っている。

 

「‟―――――模倣(トレース)開始(オン)”」

 

 放たれる自己暗示。

 瞬間、士郎の頭に複数の人名が浮かび上がる。

 

(ヴィルマー・ブラント、ジャコモ・タルターリャ、テオドーラ・アブラムソン、アレッタ・ヤコビーネ・ファン・デル・サール、マヌエラ・ビジャロボス・イ・カバソス…………)

 

 それは、あの日――――学園の屋上で、無意識の内に()()()から引っ張り出した記憶たち。

 体術を修めた者がいた。

 剣術を修めた者がいた。

 強化を修めた者がいた。

 投影を修めた者がいた。

 契約を修めた者がいた。

 今の自分に必要な知識と経験を持った者たちが、其処にいた。

 

「おお、ぉ……ぉぉあ、――――っが、ぁぁぁああ!!」

 

 士郎の頭にまた、残虐な経験が入り込んでくる。

 非道を非道と思わぬ人でなしの記憶。先のアナスタシアに勝るとも劣らぬ経験の数々が。

 

 痛い。

     苦しい。

          見たくない。

                 聞きたくない。

 

(それでも、力がいるんだ………アイツに、)

 

 士郎はそこで、エントランスの中央で巻き起こる神話の戦いを見た。

 無数の宝具を宙から投射し、セイバーとバーサーカーを一方的に追い詰める黄金の英霊の姿を。

 

(あんなとんでもないヤツに、勝つための力が)

 

 そして、バーサーカーの背で恐怖に戦慄く白い少女の姿を、見た。

 

(イリヤを護れるだけの力が…………今の俺には必要なんだッ!)

 

 魔術回路が暴れ回る。

 思考回路が焼け付きそうになる。

 常人ならば秒を待たず発狂する苦痛に蓋をして、士郎は叫んだ。

 

「セイ、バー――――――――――――――……………ッッ!!」

 

 

* * * * *

 

 

 バーサーカーの戦いに乱入し、その相手が第四次聖杯戦争で最後に争った因縁の相手である事を知ったセイバーは、先代のアーチャーとの会話もそこそこに、中断されていた戦闘を再開した。

 しかし、セイバーが加わったからといって戦局が大きく傾く事は無かった。

 それというのも、ギルガメッシュの戦闘スタイルは対多数を不得手としないものだからだ。一方に砲火を浴びせつつ、もう一方に砲門を向ける事くらいは容易い。

 バーサーカーのようにマスターを庇う必要が無いセイバーは、その身軽さを活かして駆け回り、今のところ何とか‟王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)”の攻撃を受けずに済んでいるが………言ってしまえばそれまでだ。間断無く繰り出される弾幕射撃に圧され、本体であるギルガメッシュに切り込む事は一向に出来ていない。

 

(このままでは………!)

 

 セイバーが疲弊するか、焦れたギルガメッシュがより弾幕を厚くするか、バーサーカーの命が尽きるか………いずれにせよ、待ち受けるのは敗北のみだ。

 ならば、とセイバーは切り札である聖剣の解放を考えたが、何も考えずに使うのは駄目だ。

 何故ならあの男は、十年前の戦いでセイバーが聖剣を使う瞬間を目撃している。真名解放から実際の発動までに『溜め(タイムラグ)』がある事くらい承知の上だろう。いかな切り札でも、事前に内容が見透かされているとなれば、十全の効果は発揮し得ない。

 何より厄介なのは、この弾幕射撃である。

 戦闘前にあの英霊は「十年振りの再会だ、お前とはゆるりと語らいたいところだが………生憎と、今の我にはそれほど時間に余裕が無いのでな。この場は手短に片づけさせてもらうぞ」と口にした。その言葉の通り、セイバーに対して放たれる射撃は、威力こそそれほどでもないが、狙いは恐ろしく正確で隙の無いものだ。流石のセイバーも、この弾幕の中で悠々と真名を開放している暇などあるわけがない。

 結局、今の彼女に出来るのは宝具に当たらないよう逃げ回るだけ。

 

(せめて何か、一手………無いのか? この状況を打開する一手は!)

 

 迫る刻限。

 打開策を探るために繰り返されるトライ&エラー。

 彼女が士郎の叫びを聞いたのは、そんな焦燥の最中であった。

 

「セイ、バー――――――――――――――……………ッッ!!」

 

 その瞬間、ギルガメッシュはセイバーの姿を見失った。

 もしや霊体化したのか、と霊視力を発揮するギルガメッシュだが――――そうではない。突如としてセイバーの速力が上昇し、その結果、彼の動体視力がセイバーを追いきれなくなったために起きた現象であった。

 背後から猛烈な勢いで迫る『死』を予感し、ギルガメッシュも遅まきながらその不覚に気付く。

 

「小賢しい真似を…………ッ」

 

 もはや投射による迎撃は間に合わない。やむなくギルガメッシュは宝物庫から一本の宝剣を引き抜くと、既に大きく振りかぶられていたセイバーの一刀に、己が刃を合わせた。

 

「ッ、何!?」

 

 驚愕はギルガメッシュのものだった。

 辛くもセイバーの奇襲を防いだ彼であったが、僅か一合の打ち合いで宝剣を弾き飛ばされてしまったのだ。

 続く第二撃。再び振りかぶられるセイバーの聖剣。先の攻撃で体制を崩されたギルガメッシュには、受け止める事も回避する事も叶わない。そしてセイバーは、この一刀で全てを決する腹積もりだ。

 

「くっ、――――――――!」

 

 ギルガメッシュは先ほど間に合わなかった宝具の投射を敢行した。セイバーの足下に展開した宝物庫から宝槍の群れが飛び出し、彼女の身体を串刺しにせんと迫る。

 セイバーは咄嗟のところで奇襲に気付き、身体をねじるようにして地面を転がった。回避に専念したため、ギルガメッシュへの必殺の機会こそ逃したものの、足元から何の前触れもなく飛び出してくる槍衾を避けたというだけで、まさに剣の英霊に相応しい絶技と言えるだろう。

 同じく、咄嗟の判断でセイバーの攻撃を逃れたギルガメッシュではあったが………彼にはまだ、息を吐く間もない。

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■――――――――ッッ!!」

「なッ……バーサ、がァッ!!?」

 

 トドメのダメ押し、第三撃。

 いつの間にか肉薄していたバーサーカーが、咆哮と共に会心の一撃を見舞った。

 ギルガメッシュは二度に亘るセイバーへの対処に気を取られ、バーサーカーへの攻撃が疎かになっていたのだ。完全に不意を突かれたギルガメッシュは成す術もなく狂戦士の攻撃をその身に受け、城壁を突き破って外まで吹き飛んでいった。

 

(まだ油断はできない………!)

 

 バーサーカーの一撃をまともに受けた以上、どう考えても即死か瀕死のどちらかだろう。しかし、セイバーの内心には一切の油断が無い。確実にこの手でとどめを入れるまでは安心できないと、すぐさま壁の穴からギルガメッシュを追いかける。

 

「っ、…………づ、ぐぅ!?」

 

 否、追いかけようとして、その足はすぐに止まる事となった。

 突如として尋常ならざる不快感が彼女を襲い、たまらず蹲ってしまったのだ。

 

(何だ…このおぞましい感覚は。まるで、質の悪い呪いでも受けているかのような………!?)

 

 理由は分からないが、原因は分かる。

 先の士郎の叫びと共に彼女の身体に起きた異変こそが、諸悪の根源だろう。

 あの時、セイバーは契約のラインを通じて『強化』の魔術を受けた。ギルガメッシュの不意を突いた速力や膂力の増強は、士郎からのサポートによるものだ。

 タイミングといい、効果といい、まさに最高のサポートだった。彼女もサーヴァントとして鼻が高い………が。他人の肉体に魔力を通すというのは、それこそキャスタークラスの腕前が要求される高等技術だ。とてもではないが、半人前の魔術使いである衛宮士郎に出来る芸当ではない。

 

 では何故、士郎はセイバーを強化する事が出来たのか?

 士郎は一体何をした? ()()()()()()()()………?

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■……!」

 

 バーサーカーが一人、セイバーに代わる形で城の外へ追撃に出る。

 セイバーはギルガメッシュの生死確認を彼に任せ、先にマスターの安否を確認した。

 

「………………………シロウッッ!!」

 

 予感は的中した。

 士郎は先のセイバーと同じように、物陰でぐったりと蹲っていた。

 戦っていない、ここに来るまでもセイバーに抱えられていたため、肉体的には何ら疲労を抱えていないはずの彼は、遠目からでも分かるくらい肩で息をしている。肌のあちこちが黒くまだらに変色しており、歯を食いしばるような表情からは、何か激痛に耐えているかのような様子が読み取れた。 

  

「シロウ、今―――――」

「奔れ――――‟天の鎖(エルキドゥ)”!」

「■■、■■■■■……■ッ!」

 

 だが、セイバーには苦しむマスターの肩を支えてやる事すら許されなかった。

 城の外で、もはや理解不能なまでに膨大な魔力が、爆発にも等しい速度で膨れ上がっていくのを察知したからだ。

 

「おのれ…………おのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれ、おのれぇぇぇぇぇッッ!!」

 

 憤怒の声は、地の裂け目から噴き上がるマグマのよう。

 魔力の正体など確かめるまでもない。

 生きていたのだ。あの絶対者が――――――バーサーカーの一撃を受けてなお!

 

「王たる我に土を舐めさせるとは……………その罪ッ、万死に値する!! もはや一欠片の容赦もやらん。我の世から消え失せよ、反逆者共ッッ!!!」

 

 イリヤスフィールが恐慌と共に叫んだ――――「戻りなさい、バーサーカー!」

 衛宮士郎が身体を引きずり駆け出した――――「イリヤ、危ないッ!」

 セイバーが一縷の望みと共に聖剣を振り上げた――――「間に合えッ」

 

 そして、城外より膨大な魔力が解き放たれる。

 乖離剣・エアによる空間切断。圧縮され絡み合う風圧の断層が、擬似的な時空断層となって敵対する全てを粉砕する。

 かつて‟世界を切り裂いた”一撃を、今ここに。

 

 

 

 

 

「その身に刻め―――――――‟天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)”をッッ!!!」

 

 

 

 

 

 瞬間。

 アインツベルン城と周囲の森林はあるべき形を失い、その一切を無に帰した。

 

 

 

 

 

TO BE CONTINUED・・・




【作中捕捉】
■士郎のステータス
士郎は以前に何処かから引き出し、所有していた記憶と経験を模倣する事で、大幅なパワーアップを果たしました。

治癒魔術を習得! 自分も他人も治せるよ。
強化魔術が上達! 自分だけじゃなく、他人の肉体も強化できるよ。
投影魔術が上達! 実戦に耐えるレベルまで使えるようになったけど、本来の士郎の投影は固有結界のおまけだから、ちょっとだけ違和感があるよ。
体捌きが上達! そこらの不良が相手なら、強化無しでも一方的にボコれるよ。
剣術が上達! 強化魔術も併用すれば、サーヴァント相手に数秒生き延びられるよ。
契約魔術に関して詳しくなった! ラインを通じて魔術のやりとりを行ったりできるようになったよ。具体的には念話とか、魔力供給の増加とかカットとか。

その代償に、それらの記憶と経験を使用するたびに■■■■■■■の■■が士郎の■■を■■■■■■ます。使いすぎると■■■■■だよ!

■我様なんで生きてるの?
咄嗟に黄金の鎧を着る事で、ギリギリ耐え抜いたみたいです。カリバーなら死んでた。
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