Fate/mille fiore-フェイト ミルフィオレ-【完結】   作:おるか人

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Scene.35  斯くて役者は舞台に集う

 ガラガラ、と。数秒前までは立派な城壁だったものが、ただの石くれとなって崩れてゆく。

 メイドの手で毎日欠かさず手入れされていた美しい庭園は見る影もなく土と瓦礫に埋もれ、豪奢な装飾や調度品の数々は粉微塵に粉砕して元の姿も分からなくなり、城の周囲に乱立していた森林は残らず根からひっくり返って、悠然とした佇まいを誇った外観は最早廃墟も同然。

 ギルガメッシュを最強の英霊たらしめる対界宝具――――‟天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)”の一撃を前に、アインツベルン城は無残極まる骸を晒していた。

 

「………チ」

 

 宝具発動の余波で雲が吹き飛んだのだろう。空から差し込む眩いばかりの陽光を全身に浴びながら、ギルガメッシュは大層な渋面を作っていた。

 無理もない話である。何せ、先述したアインツベルン城の被害状況は()()()()()()()()()()()()()

 もしも本当にアインツベルン城が‟天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)”をまともに受けていたならば、本当の意味でこの場所は()()()()()空間になっていたはずである。‟対界宝具”の名は伊達ではないのだ。

 ギルガメッシュは暴君だが、同時に聡明でもある。何が起こったかなど考えるまでもなく理解できた。

 

「セイバーの聖剣か………」

 

 そう、ギルガメッシュの真名解放に合わせて、セイバーもまた宝具を使用したのだ。

 セイバーが有する対城宝具‟約束された勝利の剣(エクスカリバー)”は、聖剣というカテゴリー内において頂点に位置する神造兵器であり、その威力は折り紙付きだ。流石に‟天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)”が相手では一歩及ばないだろうが、真正面からぶつければ威力の大部分を相殺する事も可能だろう。

 尤も、セイバーが聖剣を振り上げたのは明らかにギルガメッシュが‟天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)”を放つ直前であり、どう考えても真っ当に迎撃が間に合うタイミングでは無かったはずなのだが………今のギルガメッシュにとって、そんな些細な疑問はどうでも良かった。

 

 重要なのは、今まさにアインツベルン城跡から感じる複数の微細な魔力、生命の鼓動だ。

 最大の切り札を使ったにも関わらず………いや、使わざるを得ない状態に追い込まれたにも関わらず、その屈辱の相手を一人残らず殺しそこなったという事実。それだけが、誇り高き英雄王にとっての一大事項である。

 

「ぐふ、っ…………っおの、れぇ……!」

 

 端正な顔立ちに青筋を走らせた時、ギルガメッシュは大量の血を地面に向かって吐き出した。

 見れば、彼もまたアインツベルン城に負けず劣らず無残な姿である。バーサーカーの一撃を防ぐため、咄嗟に着込んだ黄金の鎧はバラバラに砕け、その合間から、あわや粗挽き肉になりかけた赤い胸板が見て取れた。

 たったの一撃。たったの一撃をまともに浴びただけでこの有様。もし鎧を呼び出すのがあと一秒でも遅ければ、それだけでギルガメッシュは胸から真っ二つになっていただろう。

 ギルガメッシュは血走った眼でギロリと、傷の元凶を睨みつける。

 

「この、肉達磨がァ………!!」

「■…、■」

 

 小さな呻き声。

 英雄王の視線の先、約五メートル先に、黒い巨人――――バーサーカーがうつ伏せに倒れている。

 ギルガメッシュはバーサーカーを‟天の鎖(エルキドゥ)”で縛り上げ、その上でセイバーら諸共消し飛ばしてやろうとしたのだが、何と彼は宝具発動ギリギリのところで鎖を引き千切り、僅かに届かせた指先でエアの切っ先をほんの少しズラしてみせたのだ。発動の阻止こそ叶わなかったものの、その所為で‟天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)”の威力はいくらか軽減されてしまった。

 アインツベルン城が対界宝具の攻撃を受けたにも関わらず、曲がりなりにも建物だった頃の名残を残しているのは、これも原因の一つだろう。

 セイバーは元より大きく評価していたが、自分に傷を負わせた事といい、自分が最も信頼する対神性宝具を破壊した事といい、自身の持つ最大の宝具を凌いで見せた事といい………このヘラクレスという大英雄の持つ力は計り知れない。自らの受けた辱めに目を瞑りさえすれば、ギルガメッシュとて今ごろ手放しに称賛していただろう。本当に‟狂化”を受け、理性を失っているのが惜しい存在である。

 尤もそれは、翻って英雄王の強大さを示す事実にもなるわけだが――――。

 

「まずは…貴様だ。王の誅罰を受けるがいい………!」

 

 ギルガメッシュの背後で、空気がやにわにゆらめいた。異次元の宝物庫より呼び出された一本の宝剣が、バーサーカーの額に切っ先を向ける。

 対界宝具の一撃すら耐え抜いたバーサーカーであったが、もはや彼は限界であった。所持していた十一の命のストックは全て潰え、残る最後の命も擦り切れる寸前。地に伏せ、弱々しく呻くだけが彼の全てである。この宝剣は、正真正銘『とどめの一撃』となるだろう。

 

「死ね!」

 

 そして、宝剣は放たれた。

 ただし――――ギルガメッシュに向かって。

 

「……………………ッ!?」

 

 ギルガメッシュはバーサーカーへと放つはずだった宝剣を即時反転させ、背後から迫るそれを撃ち落とした。宝具と宝具の衝突で、宝具の内側に凝縮されていた魔力が爆発を起こし、青天を鮮やかな朱に彩ってゆく。

 

「‟――――――騎英の(ベルレ)

 

 それは一種の芸術と呼べる光景だったが、生憎とギルガメッシュにはのんびり見惚れている暇は無かった。何故なら爆炎を切り裂くようにして、一筋の青い流星が彼へと向かって真っすぐに飛び込んできたからである。

 

手綱(フォーン)ッ――――――――!!”」

「小賢しいわッッ!!」

 

 空気中に無数の波紋がゆらめき、五十を超える宝剣・宝槍の群れが射出される。それらは全て超一級の格を持つ宝具であり、一撃でもその身に受ければ、英霊さえ死に至るであろう絶望の散弾銃だ。

 召喚した幻想種(ペガサス)の能力を飛躍的に上昇させる事により、一個の硬弾と化して突撃するライダーの‟騎英の手綱(ベルレフォーン)”であるが、流石に英雄王の怒りを前にしてはひとたまりもないだろう。

 

I am the bone of my sword.(体は剣でできている)――――――」

 

 だが、しかし。

 ライダーの後ろには。赤い外套の騎士が居る。

 

「‟熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)!!”」

 

 真名の解放と同時に、ライダーとギルガメッシュの間に七枚の花弁を持つ花が咲いた。

 それは、ギリシャ神話………イリアスに伝わるトロイア戦争の英雄、アイアスが所持したとされる盾。大英雄ヘクトールの投槍を防いだという逸話から、投擲武器に対して無類の耐性を誇る防御宝具である。

 ギルガメッシュの宝具らは、恐ろしいまでの破壊力でアイアスの花弁を一枚、また一枚と削り取ってゆくものの―――やはり相性の問題だろう―――なかなか完全な破壊には至らない。

 

 十本目の宝具が圧し負ける。―――残り五枚。

 二十本目の宝具があらぬ方向へと弾かれる。―――残り三枚。

 三十本目の宝具が砕け、魔力の残滓を煌かせて消えてゆく。―――残り一枚。

 三十一本目の宝具が、

 三十六本目の宝具が、

 四十二本目の宝具が、

 四十四本目の宝具が、

 四十九本目の宝具が――――次々と、次々と最後の花弁を散らそうと猛威を振るうが、肝心要の残り一枚が、どうしても崩せない。

 

「ぬぅぐ、ぅぉぉおおおおおあああああああああああああああああああああ!!」

「次から、次へと! このッ……煩わしい羽虫共がぁぁぁぁぁぁァァァァッ!!」

 

 二人の弓兵が同時に吼える。

 そして五十本目。ギルガメッシュの放った最後の宝具が、遂にアイアスの盾を打ち砕いた。

 しかし。例え結果として打ち破ったとしても、一度壁にぶつかり、その勢いを大幅に減じた弾丸が、対軍宝具を相手に太刀打ちできるはずもなく。花弁の向こうから姿を現した天馬に、五十本目の宝具はあっさりと打ち負けた。

 アイアスは砕け、五十の散弾は余さず撃沈した。ならば、もはやライダーとギルガメッシュの間に立ち塞がるものは何もなく。

 

「はぁあああああああああ―――――――ッッ!!」

 

 騎兵の発した裂帛の叫びと共に、流星は黄金の英霊へと落ちていった。

 

 

* * * * *

 

 

 アーチャーがギルガメッシュの背後から宝剣を放った頃。遠坂凜は間桐慎二と共に、アインツベルン城跡地に向かって走っていた。

 

「なあ、遠坂……や、やっぱり止めないか? 今なら間に合う。逃げよう、あんな化け物に敵うはずないって……!」

「奇遇ね、間桐くん。私も全くもって同意見よ。ああ、できれば今すぐにでも回れ右して帰りたい気分だわ。―――けど、それで事態が好転するわけじゃないって事くらい、アンタにも分かってるでしょ。現実逃避は死んでからにしなさい」

 

 何故、遠坂陣営がアインツベルン城に居るのか?

 その答えは単純で、数時間前にランサーから『万条千花がアインツベルン城に向かった』という情報を受けとったからだ。

 どうしてランサーがそんな情報を知っている? 自分たちを誘い出す罠ではないか? という当然の疑念はあったが、凜には可及的速やかに万条千花を討伐しなければならない理由がある。他にアテが無い以上、それに縋るしか無いのが現状だった。

 ひとまず真偽を確かめるだけはしてみようと郊外の森を訪れてみれば、既に何者かの手によってアインツベルンの結界がぶち壊されており。もしやあの情報は本当だったのかと森を抜けてみれば、そこにいたのは万条千花ではなく、セイバーとバーサーカーのコンビを前に悠々と君臨する謎のサーヴァントが一騎。挙句、そいつとセイバーの間で交わされる会話を聞く限り、その謎のサーヴァントの正体は、十年前の第四次聖杯戦争から生き残っているアーチャーのサーヴァントらしい。

 

「どういう状況よ、これ………?」

 

 数分前の凜がそうぼやいたのも無理はない。

 

 ――――結局、ランサーの情報は嘘っぱちだったわけ?

 ――――衛宮君とアインツベルンが手を組んでるっぽいのはどういう事?

 ――――というかこの十年間、冬木にはあんな化け物がうろついてたっての?

 

 ぐっちゃぐちゃに混線する凜の思考。

 しかしいざ戦いが始まってみると、そんな疑問は全て吹き飛んだ。

 

「な、何よあのインチキ………!?」

 

 最優のセイバーと、狂化されたヘラクレスを相手に圧倒できる実力。

 冗談のような数の宝具を所有する異常性。

 そして、万象一切を崩壊させる対界宝具の所持。

 あの黄金の英霊は、紛れもなく最強のサーヴァントだと思い知らされた。

 

(どうする………どうすればいい………?)

 

 凜はすぐに気付いた。

 今、自分の置かれている状況がこれ以上ない好機であり、同時にこれ以上ない窮地である事を。

 

(あの金ぴかは強い。まともに戦ったら、アーチャーとライダーの二人がかりでも絶対に勝てない。けど………今なら。バーサーカーの攻撃で大怪我を負ってて、対界宝具なんて使って魔力を大きく消耗している今なら………勝てる、かも、しれない………?)

 

 凜に突きつけられたのは、以下の二択。

 ――――今なら、あの金ぴかに気付かれないうちに撤退する事が出来る。

 ――――今なら、あの金ぴかを比較的安全かつ堅実に打倒する事が出来るかもしれない。

 

(逃げるか、戦うか………!)

 

 普段の彼女なら、即決で戦闘を選んでいただろう。

 何故なら、もしここでギルガメッシュを逃がせば、いずれ万全の状態まで回復した彼と戦わなければならないからだ。なにせ―――どのような手段を用いてかは知らないが―――十年間に亘って、聖杯のバックアップ無しに現界し続けた英霊である。安定した魔力供給源を確保している可能性は高い。この場で叩かなければ、せっかくの傷もそのうち癒えてしまうだろう。

 戦略的に考えれば決戦一択。しかしここで彼女を迷わせたのは、やはり万条千花の存在だった。

 

(ランサーの情報………あれは、嘘? それとも本当………?)

 

 凜が考える『最悪』は、ランサーの情報が真実だった場合。即ちこの場に万条千花が潜伏している事だ。

 もしもこの予想が当たったとしたら、仮にギルガメッシュに勝利できたとしても、彼女は更に続けてアサシン陣営と戦わなければならなくなる。

 単純に考えれば二対一で遠坂陣営が有利だが……あの英雄王を相手に戦って無傷で済むとは思えない。下手をすれば、今のギルガメッシュの境遇がそのまま遠坂陣営に降りかかるだろう。

 いや待て、考えすぎではないか? 例えランサーの情報が真実だったとして、万条千花は既にセイバーとバーサーカー、或いはあの金ぴかと戦って敗北しているという可能性だってあるではないか。

 いやいや待て。そもそもな話、今ならあの金ぴかを打倒できるという考えこそが、捕らぬ狸の皮算用ではないか? 万条の事など関係なく、あの男に戦いを挑む事こそが決定的な過ちではないのか――――。

 

(私、私は…………………………ッ!!)

 

 現実時間で五秒、体感時間で一時間。

 およそ七百倍にまで凝縮された思考の末、遠坂凜は戦う事を決断した。

 彼女はアーチャーとライダーの二人に、なるべく派手に攻撃を仕掛けるよう指示した上で、慎二を連れてアインツベルン城跡地へと走ったのだ。

 

「はぁっ、は、はぁっ――――は」

 

 魔術は使わず、己の脚だけで全力疾走。さっきまで森だった場所を、ぐるりと大回り。

 ギルガメッシュに気付かれないようにと、念には念を入れた遠回りの末、凜と慎二は元・アインツベルン城エントランスに辿り着く。

 セイバーの功績だろう。そこは城の中で唯一、かなり原型を残した場所だった。

 屋根が吹き飛び、燦々とした太陽の光が照り付ける中。かつて屋根だった瓦礫が点々と転がるエントランスの中心にぼろきれのようなセイバー、奥の方にイリヤスフィールと彼女に覆いかぶさる衛宮士郎、隅っこの方でセラがそれぞれ倒れている。

 凜は迷わず士郎の許へと駆け寄ると、彼の身体をイリヤスフィールから引っぺがして仰向けに転がし、気絶しているらしい彼の頬を容赦なくばちんと引っ叩いた。

 

「衛宮くん、衛宮くん、衛宮くん! ええい、起きなさい士郎ッ―――――――!!」

 

 ばちん、ばちん、ばちん、ばちん、ばちん。間断無く冬気に響くビンタ音。

 頬の悲鳴が都合十七回目を数えた時、士郎のまぶたがうっすらと開いた。

 

「……と…………ぉさか…………?」

「疑問、質問、損得勘定、全部まとめて後に回して!」

 

 ギルガメッシュを確実かつ安全に倒せるか分からない?

 その後に控えているかもしれない万条千花との戦いが不安?

 ――――なら、何もかもを全部まとめてぶちのめせるだけの戦力を揃えよう。

 

「協力したげるから、協力しなさい!」

 

 

 

 

 

TO BE CONTINUED・・・

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