Fate/mille fiore-フェイト ミルフィオレ-【完結】 作:おるか人
流星―――‟
だが、しかし。何故かライダーのペガサスは、英雄王まであと数メートルというギリギリの距離で、ピタリと動きを止めていた。
「ぐっ、ぐぐぐぐ…ぅ…………ぐ!」
進もうとする力と、食い留めようとする力。その拮抗を代弁するかのように、ペガサスの背でライダーが呻く。
ライダーもペガサスも、止まりたくて止まっているわけではない。進行線上に突然現れた壁に衝突し、食い留められているだけなのだ。
自身の持つスキルの関係上、自らの視覚を封じているライダーであるが、今自分の前に立ちはだかる壁が、ただの壁でない事は理解できた。いかにライダーが慢性的な魔力不足故にステータスの弱体化を余儀なくされているとはいえ‟
「ハァ、ハァッ………屈辱だ。王たるこの我が、貴様ら如き羽虫の真似事とはな………!」
ライダーの前に現れた壁の正体は、アイアスの盾の原典である。ギルガメッシュはライダーの攻撃から身を護るため、咄嗟に盾の宝具を宝物庫から展開したのだが………ほぼ無意識下での行動だったため、アーチャーが使用したモノと全く同じものを引っ張り出してしまったのだ。
自分の意思で使用したなら良い。本物と偽物との格の違いを見せつけたとでも嘯く事が出来ただろう。が、数秒前のギルガメッシュには、そのような『王としての体面』を取り繕うだけの余裕が無かった。バーサーカーの攻撃から身を守った時と同じく、そうしなければ命が危ない状況だったから出しただけ。誇り高き彼の思考は、この行為を『アーチャーの模倣』と見做したのだ。
一度ならず二度までも命の危機に見舞われた。逆賊の真似事をしなければ生き残れなかった。それも、あからさまに格下の相手に。―――これがギルガメッシュの苛立ちの源泉であった。
「っく!」
とうとうアイアスの盾を突破できず、ライダーがペガサスに転進を命じた。忠実な下僕は即座に空高く舞い上がり、ギルガメッシュから数十メートルの距離をとる。
「おのれ、おのれ、おのれおのれおのれ………!」
屈辱に次ぐ屈辱。度重なる苛立ちの末に、ギルガメッシュの怒りはある一線を越えつつあった。
熱く煮え滾る眼差し。地獄の底から響くような声。王の怒りを浴びせられたライダーとアーチャーが思わず身を竦ませる。
「良かろう。貴様らがそうまで死に急ぐと言うのなら、我も王として直々に誅罰をくれてやる………!」
そう言って、ギルガメッシュは背後に宝物庫を展開する。
何だ、大仰な事を言っておいて、やっている事は先ほどまでと一緒ではないか―――二人がそんな悠長な思考を保っていられたのは、宙にゆらめく波紋が六十を超えるまでだった。
「……………………は?」
七十、八十、九十――――すさまじい勢いで数を増していく砲門の群れ。
その数が一〇〇を超え、更に数を増していく様を目の当たりにした時、アーチャーとライダーは否応なしに気付かざるを得なかった。この男は、今まで本気を出していなかった。いや、まともに戦ってすらいなかったのだと。第五次聖杯戦争における最強戦力であろう、セイバーとバーサーカーを相手にしていた時ですら!
「もはや貴様らに道化の様は期待せぬ。ただただ、疾く―――――死に果てるが良い!」
* * * * *
疑問も質問も損得勘定も、全部まとめて後に回せ。
私が協力するから、お前も協力しろ。
起き抜けのボヤけた思考でも、凜の意図は士郎へと正確に伝わった。
遠坂はあの金ぴかを倒すために力を貸してくれる。けど、悠長に事情を説明している暇が無いほどに、現状は切羽詰まっている――――!
「分かった、協力するぜ!」
「OK。外でアーチャーとライダーが戦ってるわ。援護お願い!」
それだけ言うと、凜はさっと踵を返し、城の外へと出て行った。
彼女の後を付いてきた間桐慎二も、少しの逡巡を挟んだが、結局は凜の後を追った。
「イリヤとセイバーは…………っ!?」
極度の疲労を振り切り、無理やり意識を覚醒させると、士郎の目にアインツベルン城の惨状が飛び込んできた。対界宝具の攻撃により、変わり果てた城内。すぐそばで気絶しているイリヤスフィール。少し離れた場所で同じく気を失っているセラ。そして真正面には――――対界宝具の脅威に正面から立ち向かったのであろう――――士郎とイリヤを庇うように立つ、血塗れのセイバーが。
「ッ、―――――セイバー!!」
士郎もこの時ばかりは、全身に走る苦痛を忘れた。
絹糸のようだった金髪は血埃にくすみ、夜空の星々のように瞬いていた鎧は砕け、肌に刻まれた惨たらしい裂傷の数々から、夥しい量の出血が見て取れる。
「シ、ロウ………? よかった、無事……でしたか」
穏やかに笑うセイバーに、士郎はぐっと唇を噛んだ。
自分の傷よりも、主の無事を喜ぶのか。こんな不甲斐無い主に対しても――――と。
「ああ、この通りピンピンしてるぜ。お前ェさんのお陰だよ」
「アーチャーは………あの黄金の英霊は、どうしましたか?」
「あの人の事なら、まだ城の外ですわ。いま遠坂さんから聞いた情報なのですが、アーチャーさんとライダーさんが援護に来てくれたみたいですの。今の内にセイバーさんは少し休んでて下さいな。
士郎はセイバーの傷に治癒魔術を施そうとしたが………その前に、待ったの声がかけられる。
「駄目だ、シロウ。
「あァ!? どういうこったよ?」
「貴方と契約で繋がっている私には、ハッキリと分かる。貴方の中にある
「…………?……………??? ねーねー、何わけの分からない事を言ってるの? ボクはただ、セイバーの傷を治そうと―――――」
「分からない事を言っているのは貴方だ、シロウ!
セイバーの剣幕を前に、士郎はしばし怯んだ。
それから彼女の言葉を吟味し、意図を呑み込んでいく。
「…………あ?」
そう、おかしい。
セイバーの言う通り――――今の自分はおかしかった。
まるでお嬢様のような『~ですわ』といった口調だったり、まるで不良のような乱暴な態度だったり。言葉遣いや立ち振る舞いがコロコロ変わり、それに疑問を覚えなかった。
「な、何だ? 俺は一体、どうしたんだ………?」
「詳しい事は後でイリヤスフィールに聞いて下さい。私から言える事は、
「け、けど! 今は傷を治さないと駄目だ! いくらサーヴァントが霊体だからって、その傷じゃあ………!」
セイバーは「そうですね」と他人事のように呟き、一度目を閉じた。
そして五秒ほど沈黙した後、意を決したように言った。
「シロウ、私に令呪を使って下さい」
その顔があまりに綺麗だったから、士郎は一瞬面食らった。
「あ、ああ。何て言えば良い?」
「
分かった、と言いそうになって。
直前でその言葉が意味するところを悟り――――シロウは愕然と目を剥いた。
「セイバー、それは」
「先ほどはああ言いましたが、実際のところ呪いの件など無くとも、治癒など無意味です。私はもう………
そう言って、セイバーは士郎に左手を差し出した。
その腕は既に半ば硝子のように透き通っており、腕を通して、向こう側の景色が見て取れる。
――――それは、奇跡の代償だった。
セイバーは確かに‟
「そん、な…………!」
士郎が絶望の呟きを発した時、ズン! と地面が揺れ、城の残骸が一部崩れ落ちた。
まだ城外で戦いは続いている―――その現実を認識した時、士郎の頭に先程の凜の言葉が蘇る。
―――協力したげるから、協力しなさい。
それは、どう考えても士郎自身の能力を当てにした言葉ではない。対サーヴァント戦において、マスターが果たすべき役割はあくまでサポート。凜が本当に当てにしているのは、士郎本人の力ではなく、彼の――――。
(………俺は、セイバーに言わなきゃいけないのか?)
自分を庇ってボロボロになった少女に向かって。
以前、命の危機まで救ってもらった恩人に向かって。
今日まで、こんな不甲斐無い自分の為に尽くしてくれた彼女に向かって。
俺の為に死ね、なんて。
そんな馬鹿げた事を命じなければならないのか――――?
(言えるわけ、ない。言えるわけないだろ…………………!!)
他に方法が無い事ぐらい、痛いほど理解できる。
セイバーはもう、どう足掻いても助からない。それは令呪を使おうと使うまいと変わらない、絶対の運命。ならばせめて彼女の言う通り、残された力を有効に活用するべきだ。
けれど。そんな事を言えるくらいなら。衛宮士郎がサーヴァントを都合の良い道具として扱える『魔術師らしい魔術師』であったなら。アインツベルンとの融和を模索していた際に、あれだけの苦悩を覚える事は無かっただろう。
自分のために戦ってくれるセイバーに対し、明確な不義理を感じていたからこそ………士郎は今日まで悩み続けていたのだ。
不義理を働き続けた主に対して、それでもセイバーは力を貸してくれた。自分の主張に理解を示してくれた。そんな大恩ある彼女に――――どうしてそんな残酷な命令を下せようか。
「駄目だ、セイバー! 諦めるな! 今ならまだ………」
「シロウ、勘違いをしないでください。私は別に、貴方を思ってこんな事を言っているわけではない」
教師が教え子を嗜めるように、セイバーは士郎の理想論をピシャリと断じた。
「私とあの黄金の英霊には、第四次聖杯戦争で争った因縁があります。奴がこの場に現れたのは、十年前のあの日、私が奴を仕留められなかったからだ。その不覚を今、この場で清算したい。例え今回聖杯を取り逃したとしても、奴の首級を挙げたとなれば悔いはない。――――どうか叶えていただけませんか、マスター」
衛宮士郎という少年は他人の感情の機微に疎い。
過去の出来事が原因で、価値観や心根が一般人と
ああ、だというのに――――今に限って、士郎はセイバーの言葉の裏に隠された感情を読み取ってしまった。
聖杯を取り逃しても悔いはない。
他はともかく、この言葉だけは絶対に嘘だ。
どんなに取り繕っても隠せない無念が滲み出ている。
なのにどうして。
どうして、そこまでして――――。
「シロウ」
なおも口を噤む士郎に、セイバーは最後の一言を放つ。
「貴方は決めたのでしょう。イリヤスフィールを守る、と。あれは嘘だったのですか?」
「!!」
「それとも――――
士郎は、傍らに眠るイリヤスフィールを見やった。
そうだ、セラにも誓ったじゃないか。イリヤは俺が絶対に守ると。
あの言葉は嘘じゃない。嘘にするわけにはいかない。イリヤは、俺が、絶対に。
「………セイバー」
「何ですか、シロウ?」
「ありがとう。お前がサーヴァントで、良かった」
お世話になった彼女は、謝罪より感謝で送り出したい。
そんな気持ちを汲み取ってか、セイバーもこの時だけは、ただの少女のように笑ってみせた。
「どういたしまして」
そうして。
二番目の刻印は、さよならの代わりに光を放ったのだった。
* * * * *
一〇〇を超え、二〇〇にも届かんとする宝具の一成掃射―――その直前、背後から新たな
本日三度目となるそれを感じ取り、ギルガメッシュは煩わし気に振り返る。
「…………………!」
初めは「また邪魔者か」と、これ以上ないほどに険しかった英雄王の表情だが、視界に現れた『敵』の姿を認めた瞬間、怒りも苛立ちも全て忘れ、呆然と呟いた。
「セイ、バー………………か?」
其処に立っていたのはセイバーだ。
だが、ギルガメッシュは疑わざるを得なかった。あれは本当にセイバーなのか、と。
十年前、ギルガメッシュはセイバー………アルトリア・ペンドラゴンをこう評した。
妄執に堕ち、地に這ってなお、お前と言う女は美しい――――と。
今の彼女は死に瀕し、すぐにでも地に這い蹲りそうなほど弱っている。あの日あの時とさして変わらない状態であるはずだ。
だが、目の前のこの女は何だ?
満身創痍の身体を引きずりながらも、全身に充溢する
何より、何らかの決意を固めた碧眼が、強く、強くギルガメッシュを射抜いてくる。殺意でも、憎しみでも、妄執でもなく、ただ真っ直ぐに何かを語りかけてくる瞳。それが何故だ。かつて見定めたいずれの彼女とも違う、別の美しさを放っている。
まだ見ぬ美しさがあの女に眠っている。それを理解した瞬間、英雄王は歓喜の笑みを浮かべた。
「決着をつけるぞ、アーチャーッ!」
「――――ハ、良いだろう。開演を許す! お前の真価、この我に見せてみよ、セイバーッ!」
TO BE CONTINUED・・・
【作中捕捉】
■士郎、令呪を使用。残り一画
今回の命令内容は『限界を超えて戦え』。
■我様の真名
今のところ誰も我様の真名に気付いてないので、地の文以外で『ギルガメッシュ』と呼ばせられないのがちょっとした悩み。