Fate/mille fiore-フェイト ミルフィオレ-【完結】   作:おるか人

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Scene.37  その温もりを忘れるな

 ゆさ、ゆさと。まるで揺り籠に揺られているかのような心地の中、イリヤスフィールは瞼を開いた。

 彼女の眼にまず飛び込んできたのは、いっぱいに広がる赤い髪。続いて感じたのが、がっしりと逞しい男の背中。最後に、もう一度身を委ねて眠りたくなる安心感に包まれて……。

 

「…ぅ…………金ぴか! あの金ぴか、は………!?」

 

 寸でのところで、気を失う直前の脅威を思い出し、急速に覚醒を果たした。

 

「イリヤ! 気が付いたのか!?」

「シロウ!……も、無事だったのね。セラは?」

「ここに。ああ、お嬢様。本当に良かった……」

 

 士郎、セラの二人が傍で安堵の息を漏らすのを見て―――どうやら二人とも、命に関わる傷を負ったりはしていないらしい―――イリヤもとりあえずホッと一息を吐いた。そうなると、今度は現状に対して思考を巡らせる余裕が出てくる。

 イリヤスフィールは現在、士郎に背負われながら元・アインツベルンの森である荒野を歩いているようだった。バーサーカーとのラインは弱々しくもまだ繋がっているようだが、かと言って、戦闘が既に終わったと判断するには、士郎とセラの顔色に未だ些かの緊張が伺える。

 

「戦いはどうなったの?」

「まだ続いてる。俺たちが()()を喰らって気を失っている間に、アーチャーとライダーが助太刀に来てくれたみたいなんだけど………詳しくは分からない。俺は、セイバーを……セイバーを助けなくっちゃいけない。令呪はあと一画あるんだ、何か少しでも、手助けをしなくちゃ……」

 

 途中からの台詞は、イリヤスフィールではなく、自分に言い聞かせているようだった。

 恐らくはイリヤスフィールが目覚める以前からこんな調子なのだろう。説明不足の部分を、呆れ顔のセラが端的に補足した。

 

「お嬢様、現在、我々は戦場に向かって移動しております。何でも、セイバーが我々を庇って致命傷を負い、その後()()()()に『傷に構わず戦え』という内容で令呪の使用を願ったらしく………それに責任を感じているようですね。セイバーが危機に陥ったら迷わず令呪を使用するのだと、そのためには戦況の推移を見届けなければと再三喧しく訴えかけるもので、やむなく同行している次第です」

「セイバーが庇った……? ああ。だから生きてるのね、私たち」

 

 意識を失う直前に感じた爆発的な魔力。アレを喰らって何故生きているのかと疑問だったので、どこか夢のようだった現実に納得が落ちる。

 立ち代わりに、イリヤスフィールは「あれ?」と小さな疑問を覚えた。今のセラの発言には、どこか奇妙な部分が無かったか? と。しかし疑問が解消される前に、セラが深々と頭を下げて言った。

 

「申し訳ありません、お嬢様。半ば崩壊した城の中ではいつ瓦礫が降って来るか分からず、かと言ってお嬢様を荒れ野に放置するなど論外………私の腕がこの有様でさえなければ、このような無謀極まる男にお嬢様の御身体を委ねるような失態もありませなんだのに」

 

 見れば、セラの右腕は不自然にだらりと垂れ下がっている。

 イリヤスフィールは『神経をやられたのかしら? 剣で背中から突き通されていたのだから、後遺症の一つや二つは無理もないか。命があっただけでも幸いね』と渋面ながらに納得した(実際には、士郎の治療を受けた後、天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)による城の倒壊に巻き込まれた際の負傷である)。

 

「いいえ、構わないわ。どの道、あの金ぴかを倒さなきゃ死ぬだけでしょうし。……シロウの考えにはむしろ賛成。バーサーカーもまだ生きてる。なら、マスターとしてやれる事はまだあるはずよ」

 

 再び戦場に立つことに恐怖が無いとは言えない。何せあの黄金の英霊は、自分が絶対の信頼を寄せていたバーサーカーと、聖杯戦争において最優と称されるセイバーのタッグすら歯牙にもかけなかった埒外の存在なのだ。

 だが、何故だろう。今のイリヤスフィールは確かな恐怖を感じつつも、それがまるで別世界の出来事であるかのような、怖いのは怖いけれど、案外何とかなるんじゃないか、という理屈の無い全能感に満ち溢れていた。

 この気持ちは多分、自分の裡から生まれているものではない。

 では何処から? と聞かれても、やはり理屈で答えることは出来そうにない。

 ただ一つ確かな事は、ぴったりと触れ合う肌の温もりが、イリヤスフィールに赤ん坊のような無垢の信頼を与えている事だけ。

 

 ―――― バーサーカーは、強いね ――――

 

 あの時とは違う。

 けれど、あの時に負けない程の。

 

「シロウ」

 

 ぎゅっ、と。

 おぶられた姿勢のまま、イリヤスフィールは士郎を背中から抱きしめた。

 

「っと、――――どうした、イリヤ?」

 

 士郎は驚きこそしたものの、日々鍛え上げられた身体は、その程度で小動(こゆるぎ)もしない。

 当然、その背中の安心感はバーサーカーに遠く及ばないけれど。むしろその小さな頼り甲斐が、イリヤスフィールを笑顔にした。

 

「ううん、何でもない。急ぎましょ」

「ああ!」

 

 そうした遣り取りを挟みつつ、士郎・イリヤスフィール・セラの三人は荒れ野を駆け抜け、遂に戦場付近まで辿り着く。

 

「いたっ、セイバー……!」

 

 半分は荒野、半分は森林。

 ギルガメッシュが宝具を放った位置からガラリと様変わりする、まるで『世界創世の前後』を比較するような戦場で、セイバーを始めとする四騎のサーヴァントが混戦していた。

 血飛沫を振りまきながら猛然とギルガメッシュに斬りかかるセイバー。双剣による近接攻撃と投影品による射撃を織り交ぜた千変万化の攻勢を繰り出すアーチャー。ペガサスに跨り、三六〇度あらゆる角度から攻撃を仕掛けるライダー。それらを無数の宝具で迎撃し続けるギルガメッシュ。

 いま士郎たちが立っているのは、そこから百数メートルほど離れた位置である。魔力で視力を強化して、初めて四人の姿をぼんやりと捉えられる距離。いかにサーヴァントと言えど、戦いに集中している今なら、大規模な魔術行使でも無ければ気付かれまい。

 と、――――士郎がセイバーに向かって更に一歩を踏みしめようとしたので、イリヤスフィールは慌てて耳を引っ張る事で注意を促す。

 

「駄目よ、シロウ。この位置が限界。これ以上近づいたら、セイバーたちの邪魔になるわ」

「っ、………………分かった」

 

 実質的に『死ね』と命じた後、足手まといにまでなるのは御免なのだろう。士郎は悔し気に呻きこそしたが、素直に従った。

 

「目と耳に魔力を集中して。感覚を強化する事で、ここから戦場の様子を把握するの………サポートのタイミングを決して見誤らないよう、神経を研ぎ澄ませて………」

「分かった。感覚を…………っ、ぐ」

 

 士郎が視覚と聴覚を『強化』しようとした時。ずくん、と。身体の奥で鈍痛が走った。

 士郎の脳内に、人間の身体を強化するための方程式が次々に浮かび上がる。どうすれば効率良く強化できるか、魔力の変換効率は、筋肉の強化は、光の屈折率を、ピントレンズの構造は………過剰な情報が何処からともなく湧き出して、同時にその知識を得るに至った『記憶』と『経験』が士郎を汚し侵してゆく。

 

「く、っそ…………これも駄目なのかよ……!?」

「シロウ!? どうし――――いえ、この感じはまさか、あの時の呪い………!?」

「大丈夫です、イリヤちゃん………気にしないでください……違う、気にするな……っう、大丈夫…だからッ!」

 

 幸い、今回の鈍痛はセイバーを強化した時よりも遥かに小規模なものだったので、すぐに正気を取り戻すことが出来た。

 無事に強化された視力と聴力が、遥か遠方の戦場の様子を教えて来る。

 セイバーの剣戟、アーチャーの足音、ライダーの風切り音――――ふと、唐突に英霊のモノではない、拙い足音が聞こえた。

 

「分かったわ――――全賭け(オール・イン)よ! 私の(チップ)、アンタに賭けるッ!」

 

 遠坂凜であった。

 彼女は突然に戦場近くの木々から姿を表すと、大粒の宝石を数個、アーチャーに向かって投げつけたのだ。

 味方に向かって攻撃? 恐怖のあまり錯乱したのか、と邪推しかけたイリヤスフィールだが。宝石たちはアーチャーに直撃する前、彼の周囲で爆裂し、内に込められていた大量の魔力と共に土埃を巻き上げた。

 

「目くらましか?」

「でしょうね。でも、確かにあれなら魔力知覚も誤魔化せるでしょうけど、当然、アーチャーからも敵の位置が分からないわ。下手をするとセイバーやライダーに攻撃を当ててしまうかも。リンは一体何を考えて………?」

 

 疑問は一瞬。

 

「―――――――I am the bone of my sword. (身体は剣で出来ている)

 

 戦場を観察する三人の耳に。

 世界を塗り潰す呪文が聞こえた。

 

 

 

 

 

TO BE CONTINUED・・・

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