Fate/mille fiore-フェイト ミルフィオレ-【完結】 作:おるか人
士郎たちが戦場に駆けつける少し前。
アーチャーは、黄金の英霊の真名を見抜く事に成功していた。
「―――――――
英雄王ギルガメッシュ。
古代メソポタミア、シュメール初期王朝時代に存在したとされる伝説の王。それこそがあの男の真名。
「
真名を見抜くに至った経緯だが、これは武具の解析に長けたアーチャーだからこその観点である。
無数の宝具―――それも全て、アーチャーが扱うような投影品ではなく、贋作でもない、正真正銘の本物。おまけに、出典や年代に一切の統一性が見当たらない―――を所持する英霊。これがまずおかしい、と考察の起点となった。
そもそも、聖杯戦争のルールにおいて、英霊の所持する宝具は多くとも三~四つが限界である。これは、サーヴァントという存在の前提が『現代の魔術師でも支配下に置けるよう、クラスという入れ物に合わせて英霊を弱体化させるもの』であるからだ。
そうまでして弱体化させてもなお、人の手に余るのが英霊だ。故に、十も二十も宝具を所持した状態で召喚されるなどという事は有り得ない。英霊をそんな完全な形で召喚することなど、いかに聖杯のバックアップを以ってしても不可能であろう。
では何故、あの黄金の英霊は馬鹿げた数の宝具を使う事が出来るのか? そこに正体を掴む鍵がある。
宝具とは『伝承が信仰を得て確たる形を為すモノ』である。その定義には物品だけでなく、逸話や創作まで含まれる。まことしやかに囁かれているならば、実在していなくとも宝具として昇華される事は有り得る。
「
例えば、そう――――あの男が、かの武蔵坊弁慶のように、
無数の宝具を所持しているのではなく。
無数の宝具を所持する………
この時点でアーチャーは『あの男の正体はギルガメッシュなのではないか?』と正解に行きついた。この世の全てを手に入れたという逸話――――この一点が、伝説として語られる前の武具、即ち『宝具の原典』を扱うという能力に昇華したのだろうと考えたのだ。
「
そして、正体の看破から間を置かず、アーチャーは気付く。
――――ギルガメッシュには弱点がある。そして自分は、それを突くことが出来る、と。
「
先に挙げた宝具の定義。
二つの違いが示す事実。
それは、ギルガメッシュはあくまで宝具の
他の英霊ならば大差のない、些細な食い違い。それこそがまさしく、アーチャーにとっての確たる勝機となる。
「
アーチャーはすぐに、ジャスチャーやアイコンタクトを通じてセイバーとライダーに「私に時間をくれ」と、凜には念話で「私の周囲にとびきりの目くらましを頼む」と、それぞれ要請。要求が叶えられた事を確認すると、即座に、全八節にも及ぶ大詠唱を開始した。
「
当然、ギルガメッシュもアーチャーの不穏な動きにはすぐに気付いたが、死にもの狂いと形容しても尚足りぬセイバーの気迫を前に、数秒の間ではあるが、全神経を防御に集中せざるを得なかった。
微かな隙を突いて何発か射る事は出来たものの、肝心のアーチャーの位置が凜の目くらましの所為で掴めず、その数少ない当てずっぽうの射すら、ライダーのペガサスに横合いから叩き落とされてしまった。
「
詠唱が終わりに近付くにつれて、膨大な魔力が嵐となってアーチャーから吹き荒れてゆく。
魔術師の常識に置いて『禁呪』とまで語られる恐るべき大魔術がいま、戦場の面々を、そして戦場を観察する者達を分け隔てなく包み込み、
その名は、
「
* * * * *
―――――固有結界。
それは、術者の心象風景をカタチにし、現実世界を侵食して形成する結界の総称。
効力は、結界内における世界法則を、その結界独自のモノに書き換えたり、塗り替えたり、捻じ曲げたりする事が出来る………言うなれば『自分に有利な空間』を作り出す大魔術である。
「固有結界だと……………!?」
驚愕の声は、ギルガメッシュのものだった。
固有結界という能力の珍しさもさることながら、いかに英霊とはいえ、
だが、眼前の光景は紛れもない現実。
結界の縁をなぞる様に燃え盛る炎、
空中に浮かぶ鈍色の歯車、
一面に広がる荒野、
そして、墓標のように立ち並ぶ無数の剣。
この世界こそ、アーチャーの宝具。
彼に許された唯一の力にして、最大の切り札。固有結界―――――‟
「だが、このような見窄らしい心象で何が出来る?」
そう言って宝物庫から宝剣宝槍を取り出すギルガメッシュの内心には、慢心こそあれ侮りは無い。この土壇場で繰り出してきた大技である。何か厄介な能力を備えている可能性は高いと見たのだ。
――――要は術者を倒せばいい。
以前にも固有結界の使い手と戦った事のあるギルガメッシュは、確実な現状打開策として、アーチャーの即時抹殺を視野に入れた。
既に、あの厄介な目くらましは晴れている。先ほどまで執拗にギルガメッシュの行動を阻害していたセイバーやライダーも、結界の展開と同時に何故かギルガメッシュから距離をとっている。となれば、もはやギルガメッシュとアーチャーの間に、互いの攻撃を遮るモノはない。
「死ね、雑―――――――ッ、!?」
いざ宝物庫から宝具を射出しようとしたその時、アーチャーの背後からギルガメッシュの宝具と寸分違わぬモノが射出された。同じ形状、同じ能力。当然と言うべきか、一対の宝具達は一つの例外もなく正面衝突の末に玉砕し、後には何も残らない。
「貴様、何をッ!?」
「ぬぅぅぅぅあァ!」
不可解な現象を前にギルガメッシュが呆然としていた時、既にアーチャーは愛用の夫婦剣を手に駆け出していた。
ギルガメッシュも一先ず疑問は棚上げにして、再び宝物庫から宝具を取り出す――――否、取り出そうとしたが、手に取る前にまた先と同じ現象が起きた。取り出そうとした宝具と全く同じ形をした宝具が何処からともなく飛来し、正面衝突の末に双方共に砕け散ったのだ。
「な、に―――――――!?」
迎撃の術を失くして無防備となったギルガメッシュに、アーチャーの剣が迫る。渾身の力を込めた上段からの交差剣。素手でいなす事は不可能。バーサーカーの攻撃によって半ば砕けたこの鎧では、とてもではないが受け切れない!
「くっ、おのれぇッ!」
ギルガメッシュに許された行動は回避一択。バックステップで大きく後退、その鼻先をアーチャーの夫婦剣が掠めてゆく。まさに危機一髪であった。
―――――あのような雑種如きに傷を許すとは!
煮え滾るような怒りを具現化するが如く、空中に展開される無数の宝物。
本来ならば、セイバーやバーサーカーを圧倒した時のように、その波紋の群れはアーチャーの死を約束するものだったはずだ。しかし、今は。
「馬鹿な……………!」
ヒュッ、と。鋭い風切り音がギルガメッシュの耳にいくつか届く。
それはアーチャーが撃ち放った無数の宝具が、ギルガメッシュの宝物庫に向かって、残らず吸い込まれてゆく音だった。
三度繰り返される悲劇。ギルガメッシュの展開した宝具は、全てアーチャーの手で撃ち落とされ、幻のように消えていった。
そう、これこそが‟
アーチャーが肉眼で視認した武具は、心象世界である此処に、瞬時に記録・貯蔵される。平常時は、この世界から現実世界へと武具を『投影』という形で取り出して使用しているが、今のように固有結界として展開している場合、アーチャーは、その『投影』というプロセスさえ省略して、貯蔵された武具を自在に使用する事が出来る。
ギルガメッシュが宝物庫から宝具を取り出そうとしたその瞬間には、アーチャーの眼を通して、その宝具の複製品がこの世界に生み出されている。ギルガメッシュが使おうとした宝具を、ギルガメッシュより先に使う事が出来る。これが今、アーチャーがギルガメッシュを圧倒している理由である。
「おォおおおおおぉァッ!」
「
アーチャーの攻撃が投影魔術に類するものと悟ったのだろう。ギルガメッシュは宝物庫の展開を完全に解除し、更に後退していく。
ギルガメッシュは考える。少し距離を置けば、取り出す前に撃ち落とされる事は無い。雑種相手に業腹な選択ではあるが、凡そ投影には向かない高ランクの宝具を掃射する事で、一気に片をつけてやろう、と。
その考えは正しい。宝具の複製さえ可能とする‟
「アーチャー………覚悟ッ!!」
「ッ、セイバーだと!?」
しかし、今回の相手はアーチャーだけではない。
聖剣から解き放たれた暴風に乗り、凄まじい勢いで特攻を仕掛けてくる剣騎士が一人。
長期戦は危険……なんて事は当然、アーチャーも承知済みであった。数の利を覆されていた要因である‟
当然、ギルガメッシュもセイバーやライダーの事を失念していたわけではなかった。だが、固有結界の展開と同時に距離をとった彼女らは、すぐに近づくことは出来ないだろうと考えていたのだ。魔力放出と‟
すぐにセイバーに対処しようとするギルガメッシュだが、突然、その身体が石のように固まってしまう。手足が思うように動かせない。いや、石の
何故か?………彼は見てしまったのだ。迫るセイバーの肩越しに、荒野に浮かぶ神秘の魔眼を。
メデューサの魔眼・キュベレイ。視た者、視られた者を石へと変える魔性の力。封印の役目を持つ眼帯を解き、その正体を晒したライダーが、彼方からギルガメッシュを睨みつけていた。
完全に石になってしまうような事はないだろう。ギルガメッシュは多くの宝物を身に着けることで、高い対魔力を得ているからだ。だが、いくらかのステータス低下は避けられない。この危機的状況では、コンマ一秒の遅れさえ致命的である。
聖剣を手に迫るセイバー。
油断なく弓を構えるアーチャー。
鋭い眼光で敵を捕え続けるライダー。
三者三様に尽くされた全力がいま、英雄王を追い詰めている。
―――――――死。
傲慢な英雄王をして、その一単語を意識せざるを得ない状況。
事ここに至り、遂にギルガメッシュは慢心を捨てた。
宝物庫から、アインツベルン城を半壊させた対界宝具、乖離剣・エアが再び姿を現す。
「認めてやろう、英雄共。お前たちは、我が全力を以って屠るに値する難敵であると!」
円柱型の剣を目視したアーチャーがギョッと目を剥いた。
――――解析できない!?
アーチャーは神造宝具の類を複製する事が出来ない。魔力の消費量や、宝具のランクが~なんて話ではない。能力の原理上不可能なのである。
凛と共に城内での戦いを覗き見ていた時は、ギルガメッシュがバーサーカーに城外まで吹き飛ばされ、一時的に視界から外れてしまったため、エアが真名を開放する瞬間………即ち宝具の形状を確認する事が出来なかったのだ。それがまさか、こんな形で響いて来ようとは!
エアの三段に分かたれた刀身が、碾臼の如く交互に回転し始める。一回転ごとに、剣に秘められた破壊の力は二倍、三倍、と加速度的に高まってゆく。
その『溜め』の速度は、前回とは比べ物にならないほど早い!
セイバー達には知る由もない事であるが、ギルガメッシュは宝物庫内に存在する宝具を使い、エアの発動を最大限にバックアップしているのだ。この宝具たちもまた、偶然か否か、アーチャーには複製不可能な神造宝具であった。
アーチャーの額に冷や汗が散った。――――まずい!
アレが解き放たれれば、まず間違いなく固有結界は崩壊する。近くにいるセイバーは即死、軌道上に立つアーチャーとライダーも回避できまい。仮に奇跡が起きて生き残る事が出来たとして、反撃の力など残らない。まさに一発逆転だ。
「撃た、せるかッッ!!」
アーチャーが速やかに‟
以前、万条の拠点を吹き飛ばした‟
「すまない、セイバー……………ッ!」
懺悔を叫ぶアーチャーだが――――結局、その矢が放たれる事は無かった。
やはり臆したのか。仲間を犠牲にして得る勝利に納得できなかったのか……?
赤い弓兵が沈黙を守るうちに、事態は手遅れと言っていい段階にまで進行を果たす。
セイバーの剣が届く前に、ギルガメッシュは全ての準備を終わらせた。
アーチャーの矢はもはや届かない。放ったとしても、風前の灯火が如く吹き飛ばされるだろう。
ライダーの魔眼は必死にギルガメッシュを縛ろうとするが、いかに動きを鈍らせようと、剣を振り上げて下ろす、それだけの行為は阻害できない。
もはや三人に打つ手はない。
たった一つの計算ミスが全てを狂わせてしまった。
対界宝具を高らかに掲げ、いま絶対者が死の宣告を下す。
「これで終わりだ! いざ仰げ!‟
―――――――べきり、と。
まるで、枯れ枝をへし折るかのような音が響いた。
音の出所は、振り上げられた右腕だった。
今まさに振り下ろされんとしていた英雄王の右腕が、あらぬ方向に折れ曲がっている………。
「……………………?」
ギルガメッシュは、痛みよりまず疑問を覚えた。自分の右腕に、何やら黒くて太いものが巻き付いている。あれは何だ? と。
よく観察して、その黒くて太いものが人の手である事に気付いた。背後から伸びてきた黒い手が自分の右腕を握っている………。
そうか、我の腕は誰かにへし折られたのか。――――では、その『誰か』とは、誰だ?
手から腕へ、腕から肩へ………ギルガメッシュは徐々に視線を自分の背後へと向けていき、その正体を、視た。
「■、■■■…………………!」
果たして、其処にいたのは狂気を纏った黒き巨人であった。
巨人は息も絶え絶えに地を這いながら、その剛腕でギルガメッシュの右腕を握りしめている。
「バーサー……カー………………」
どこか呆れたようなその声が、最後。
騎士王の聖剣が英雄王の胸を貫き、その命脈を絶ち切った。
TO BE CONTINUED・・・
【作中捕捉】
■原作になかった展開
バーサーカーリベンジ。このギルガメッシュ編は、徹頭徹尾『バーサーカーがギルガメッシュに一矢報いる』というテーマで執筆してました。