Fate/mille fiore-フェイト ミルフィオレ-【完結】   作:おるか人

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Scene.39  絶望の肖像

 どくん、――――。

 セイバーは、恐らくは最後になるであろう仇敵の脈動を、聖剣の柄を介して聞いた。

 

(終わった)

 

 十年来の宿敵を討ち取った。

 第四次聖杯戦争から続く因縁を終わらせた。

 

(だが、………ここまでか)

 

 ギルガメッシュに聖剣を突き立てた瞬間か、或いは突き立てる寸前か。『生』という名の崖際から身投げを続けていたセイバーの命は、遂に『死』という果て底へと着地を果たしていた。見れば、既に彼女の身体は末端からボロボロと輪郭が崩れ、空気中に溶けだしている。

 失われかけの視力でそれを確認すると、セイバーは口端だけで微かに笑みを零した。

 

 彼女は、何故笑うか?

 今回もまた、聖杯を得る事が出来ず敗退してしまった。彼女が信じる『王の責務』を果たす事叶わずに消えてゆくというのに、一体何が可笑しくて笑っているのか。

 

(まったく。………ああ、まったく。恨みますよ、イリヤスフィール………)

 

 告白しよう。実のところ、彼女は此度の第五次聖杯戦争を半ば諦めていたのだ。

 もはや聖杯を手に入れる事は叶わぬだろうと。仮に手に入れる事が出来たとして、自分の願いを叶える事は到底出来ないだろうと。

 ギルガメッシュとの戦いの中、微かに聞こえた侍女の声。

 

「聖杯の器はお嬢様の心臓………器が奪われるという事は……お嬢様の命も…また、奪われるという事なのですよ……!?」

 

 あれを聞いた時、セイバーの心に満ちたのは納得と諦観だった。

 第四次聖杯戦争の際、当代の『聖杯の護り手』が口にしていた言葉――――「夫以外には聖杯は死んでも渡さない」――――セイバーはあの言葉に、義務や覚悟以外の『何か』を感じたのだが………まさか十年後にその答えを受け取るとは思いもよらなかった。

 何の事は無い。聖杯を渡すという事は即ち、聖杯の護り手の死を意味するのだ。

 

(私はきっと………その時が来ても、イリヤスフィールを『使う』事は出来ないだろう………)

 

 セイバーは先代の護り手に『何があっても貴女の事は護り抜く』と誓って、しかし果たせなかった。そんな自分が、彼女の遺した希望を摘み取るなどと、どうしてできようか。

 だからこそ恨む。イリヤスフィール・フォン・アインツベルンの事が、どうしようもなく恨めしい。

 

(ああ。せめて、貴女が敵だったなら。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()………私だって、こんなに悩む必要も無かったのに)

 

 きっと、最後の分岐点は柳洞寺の夜だった。

 あそこで士郎が諦めていたら。イリヤスフィールと対立する道を選んでいたなら、イリヤスフィールも魔術師として相応の立場をとったはずだ。

 そうなれば、自身の召喚の助力となった恩、士郎に聖杯戦争のルールや魔術師としての常識を教えてくれた恩を『仕方ない』と割り切る事だって出来たはず………。

 

(いや、………どうでしょうね)

 

 結局のところ、今さら論じたところで詮のない話なのだろう。

 だからセイバーはすっぱりと思考を打ち切って、最期にもう少しだけ、意味のある事を考える事にした。

 

(どうか次の戦いは、何のしがらみもなく剣を振るえますように)

 

 激戦の後には似つかわしくない苦笑を湛えたまま、セイバーのサーヴァントは穏やかに息を引き取った。

 彼女が今わの際に思い浮かべたこと。それは、彼女の経験した第四次・第五次の聖杯戦争を通して育まれた、悲願に次ぐ切実な願いだったのかもしれない――――。

 

 

* * * * *

 

 

 固有結界が解除され、士郎たちは元通り、アインツベルンの森―――否、今となってはアインツベルンの荒野か―――へと帰還した。

 戦場の中心には抱き合うようにして縺れ合うセイバーとギルガメッシュ。そのギルガメッシュに背後から手を伸ばすバーサーカー。その周囲にセイバーを援護したアーチャーとライダー。そして更にその周囲に各々のマスターたちの姿がある。

 

「………………………」

 

 息を呑む声さえ聞こえない。

 静寂。ただ静寂が、その場を支配している。

 呼吸を忘れるほどの沈黙がどれ程続いたか。数秒だったかもしれないし、丸一分は続いたかもしれない。それを破ったのは、衛宮士郎だった。

 

「痛ッ、…………!?」

 

 じゅっ、と。まるで焼きごてを押し付けられたかのような痛みを手の甲に感じて、士郎は小さく呻いた。

 痛みの原因を確かめようと左の手の甲を見やる。

 そこにあったのはマスターの証たる令呪であった。残り一画となったそれが、まるで波に浚われる砂絵の如く、薄くぼやけて消えてゆく。

 それが何を意味するのかは明白だ。

 士郎が慌てて手の甲から戦場へと視線を戻すと………眼前の光景にただ一つ、先ほどまでと違う箇所が見受けられた。言うまでもない、セイバーだ。セイバーが力尽き、この世から消えてなくなろうとしていた。

 

「セイバー!」

 

 士郎は駆け出した。

 直後、「きゃっ」と小さな悲鳴が背中から聞こえたので、慌てて立ち止まった。

 

「あっ………」

 

 自分がいま、イリヤスフィールを背負っている事を思い出す。彼女を背負ったままでは、全速力で走ることなど不可能だ。だが、何故だろう。彼女を置いてセイバーの許へ行くのはいけない事だと士郎は思った。けれど、まごついている間にもセイバーは………。

 

「セイバー! セイバー…………!」

 

 立ち止まったまま、何度も叫ぶ。

 その叫びが四回を数えた時、まずはギルガメッシュが、その後を追うようにセイバーの身体がこの世から、一欠片も残さず消え去っていった。

 

「っ………セイ、バー……………………!」

 

 分かっていた。二度目の令呪を使った時、あれが自分たちの別れになるのだと。もう二度と彼女と話す機会はないのだと。分かっていた。分かっていても、セイバーの死に直面した時、士郎の心は千々に裂かれた。

 

 これで良かったのか?

 他に何か、別の手段があったのではないか?

 もっと自分に力があれば、こんな事には――――――。

 

 頭を過ぎる後悔はたくさんあった。

 けれど、それを口に出してしまうと、自分たちの為に命を燃やし尽くしてくれた彼女の覚悟を踏みにじってしまう気がしたから、必死で堪えた。

 

「ありがとう、セイバー」

 

 別れの時に言った言葉を、もう一度だけ繰り返す。

 そして、彼女と交わした最後の言葉を魂にまで刻みつける。

 

(イリヤは、俺が――――――)

 

 そんな士郎の決意を遮るように、拍手の音が鳴り響いた。

 パチ、パチ、パチ、パチ。称えるような、或いは嘲るような拍手の中、誰かが口を開いた。

 

「いやいやいやいや………お見事。実にお見事。まさかギルガメッシュが負けるとは夢にも思わなかった。英霊の英霊たる所以、しかとこの目で見届けさせてもらったよ」

 

 誰の声かなど、考えるまでも無かった。

 この場にいるマスター、サーヴァント全員にとって忌むべき怨敵の声だ。

 

「万じょッ……………!」

 

 士郎が声を上げかけた瞬間、彼の視界を一条の閃光が横切った。

 まさに見敵必殺――――声を無意識下で認識した瞬間、人間の限界をも超える速度で行動を起こした遠坂凜が、宝石から解き放った魔力の一撃を声の出所へと見舞ったのだ。

 士郎は見た。

 得意気な表情で木々の向こうから現れた千花が閃光に呑み込まれる姿を。

 

「アーチャー!」

「了解した」

 

 奇襲の成功にも驕らず、一分の油断も感じさせぬ凜から更なる命令が飛んだ。間断なく応じた弓兵の手から一矢が放たれる。先の戦闘で中断された‟壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)”――――人間一人を殺すには過ぎた火力が、着弾と共に千花の立っていた場所を周囲の木々も諸共に消し飛ばす。

 

「うわっ、っ…………っ!」

 

 爆発の余波が暴風となって士郎たちに叩きつけられる。

 せめてイリヤスフィールへの負担が少しでも軽くなるようにと胸を張る様な姿勢で足を踏ん張っておく。こうすれば、自分の背にいる彼女は、自分の影となるはずだ――――と。後ろに控えているセラの事だけが気がかりだが、流石にそこまでは手が回らない。

 

 やがて、風が止んだ。

 士郎は目を開いて周囲の安全を確認すると、食いしばっていた歯、緊張の極みにあった全身から力を抜き、ハァーッと大きく息を吐き出した。

 

「と、遠坂の奴っ。無茶しすぎだろ………!」

 

 普段の遠坂凜からは全く想像もつかない乱暴な攻撃に、士郎は戦々恐々とぼやいた(士郎は屋上の戦いでは意識が朦朧としていたため、彼女の言動や戦いぶりは認識できなかったのだ)。

 良く考えれば、アインツベルン城で自分に協力を求めてきた時の威勢も、普段の彼女とはずいぶん違うものだった。

 

 ――――ひょっとして、アレが遠坂の本性なのか?

 

 いたいけな士郎少年は、密かに彼女へ抱いていた憧れとか幻想がガラガラと音を立てて崩れてゆくのを、心のどこかで感じていた。

 

 士郎がそんな呑気な事を考えていたのは、「これで終わりだ」と思っていたからだ。

 万条千花が人ならざる再生能力を持っている事は知っているが、全身を跡形もなく消し飛ばされればどうしようもないだろう、と。

 

 だから。

 パチ、パチ、パチ、パチ、と。

 称えるような、或いは嘲るような拍手が未だ止んでいない事に気付いた時、士郎は背筋に氷柱を突き刺されたかのような寒気を感じた。

 

「即断即決で殺しに来たか。優雅さもクソもない行動………いいね、実にわたし好みだ。化けの皮が剥がれてきたじゃあないか、ト・オ・サ・カ・さん?」

 

 舞い散る砂煙の中から、全く無傷の万条千花が現れた。

 

「………アーチャー?」

 

 凜はその様を苦々しい表情で睨みつけながら、従者に問いかける。

 弓兵は冷や汗を一筋流しつつ、かぶりを振った。

 

「本気で撃った。人間に防ぎきれるレベルでは無いはずだ」

「なら、チリ一つ残らないわよね。で、再生した? できたって? 綺礼はアメーバやヒドラの親戚だって言ってたけど、もうその例えも適当とは言えないわね。アイツ、正真正銘のバケモノだわ」

 

 全く妥当な見解に異を唱えたのは、他ならぬ千花本人だった。

 

「化物とは心外だな、わたしは人間だよ。人間以外の何者でもない。今までも、これからも」

「だったら、死んだらそのまま死んでおきなさいよ。それがまず、人間の第一条件よ」

「違うね。人を人たらしめるのは『自我』だ。確固たる自分を持ち、それを手放さない事、それこそが人間の第一条件だよ。これさえ守れば、不死も異形も些細な事だ」

 

 珍しく、皮肉ではなく真っ向から反論してきた事に少しばかりの疑問を抱いた凜だったが、すぐに「どうでもいい」と切り捨てた。

 初撃による必殺は失敗した。なら、次のプランを採るまでだ。死ぬまで殺してやる――――と。

 

「万条、あんたに一つ聞いておく事があるわ」

「何かな?」

「あんたが間桐桜を殺したっていうのは、本当?」

 

 その瞬間、再び全ての音が止んだ。

 士郎が、凜が、ライダーが………沈黙の中で答えを待つ。

 千花が言葉で返事をする事は無かった。ただ、黙ったまま――――懐から見覚えのある()()()()()を取り出して見せびらかす事で、答えとした。

 

「分かったもういい死ね」

 

 再び、彼女の手から放たれる閃光。

 だがしかし。その閃光は千花の身体に触れた瞬間、渦を巻くようにして消えていった。千花の身体には擦過傷一つ無い。着ている服に焦げ跡一つ付いていない。

 

「…………で?」

 

 にちゃり、と。三日月型に裂ける唇。千花の美しい顔にあからさまな嘲笑が刻まれる。

 それでも凜は撃つことを止めなかった。二発、三発、四発、五発………魔力で形作られた帯状の光が何度も何度も千花へと飛び込み、その全てが例外なく先ほどと同じように、千花に触れた瞬間、渦を巻いて消えてゆく。

 

「…………………」

 

 これに驚愕したのはライダーだった。

 彼女は先と今を合わせて二回、千花に向けて魔眼・キュベレイを使っている。が、どちらも不発。千花が石になる様子は全く無く、魔眼の効力は彼に届く前に搔き消えている。凛の攻撃と同じように、だ。

 恐らくは対魔力だろう。ただし、尋常のそれではない。根本的に仕組みが違う、『対魔力に似た何か』というのがライダーの見解である。

 

 ――――このままでは勝てない。まず敵の正体を暴かなければ!

 

 ライダーが、そして凜とアーチャーが同じ結論に達した時、何の前触れもなく、凜の足下から肌色の物体が隆起した。触手だ。肌色の触手が地面から無数に這い出て来て、凜の全身を絡めとった。

 

「っぎゅっ、ぐぅ!?」

「凜!」

 

 大蛇のそれにも等しい締め付けを受け、凜はたまらず叫んだ。

 あと数秒放っておけば、圧力で内臓が破裂してしまうだろう。危機を感じ取ったアーチャーが素早く夫婦剣で触手を切り刻み、主を拘束から救い出す。

 そこまでは良かった。

 問題はそこからだった。

 この触手は千花が‟身体操作”の応用で作り出したものである。要は人間の体構造がそのまま触手の形を為しているだけに過ぎない。斬れば当然、断面から血が噴き出すわけだ。

 

「なっ…………!?」

 

 その血こそが一番の問題だった。

 噴き出した血を見た時、アーチャーに戦慄が走る。

 

 ――――アレに触れてはならない!

 

 戦士としては非才のアーチャーでさえ直感できる危険度。何故かは分からないが、あの血に触れれば、自分も凜もただでは済まないぞ、と本能が警告している。

 だが躱せない。自分一人ならともかく、凜を抱え込もうとしているこの状態では、噴水の如く噴き出す血の雨を完全に躱し切る事は出来ない。

 

「くそっ!」

 

 アーチャーは凜を素早く抱き込むと、そのまま地面に蹲った。まるで母が子を庇うような姿勢だ。これなら凜には一切の害意が及ぶまい。

 しかし当然、その代償として………凜に注ぐはずだった害意の全てがアーチャーを襲う。

 局地的な豪雨のように天から襲い来る血雨。赤黒いそれが弓兵の背中に向かって降り注ぎ、外套と鎧を侵食し、溶かし崩してゆく。

 

「他殺轢殺絞殺毒殺刺殺銃殺謀殺焼殺撲殺殴殺自殺死ね死ね死ね早く死ね死んでしまえ誰一人生かさない生きていてはならない理由はいらないだから死ね早く死ね今すぐ死ね自分を殺せ生は罪存在は罪死せばいいそれだけが唯一のぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぁがああああああああああああああああああッッッ!!」

 

 アーチャーの心が、精神が汚染される。

 血の正体は呪いだった。この世全ての悪意を集めて煮詰めたような極大の呪い。

 量に換算すればおよそボウル一杯分。しかしそこに濃縮された悍ましい呪いは、英霊の精神さえ容易に崩壊寸前まで追い詰めた。

 

「アーチャーッ!!」

「がァ、ぅ………逃げろ、とぉ、さ…か…………!」

 

 アーチャーはなけなしの力を振り絞り、呪いの満ちる場所から凜を投げ飛ばす。何とか安全な場所への退避に成功した凜だが、その内心は焦燥と後悔でいっぱいだった。

 アーチャーはまだ呪いの血が散らばる場所に取り残されている。千花の血を浴びた箇所から皮膚が、肉が焼け爛れ、ひどく痛々しい姿になってしまっている。歩く力も残されていないのか、凜を投げ出した姿勢のまま微動だにしない。

 凜は令呪の力で脱出させるか? と一瞬考えたが、すぐにアーチャーが念話を通じて「違う、その令呪の使い道は別にある」と言ってきた。

 アーチャーが何を考えているのかはわからない。が、凜はその言葉を信じる事にした。

 

「あーあ。呪いに触れたね、アーチャー。可哀想に。遠坂なんか見捨てておけば、そんな苦しむ事もなかったろうになあ」

「万条、お前ぇッ!!」

 

 間桐桜の件に対する確信、そして今また悲劇を繰り返さんとする現状。かつてない憤怒に駆られた士郎が叫ぶ。

 その背中で、イリヤスフィールがポツリと呟いた。

 

「うそ」

「イリヤ?」

「その呪いは、シロウと同じ? いえ、もっと濃くて、もっと恐ろしい…………」

 

 最初はブツブツと独り言のように呟いていたイリヤスフィールだったが、その声は少しずつ大きくなり、やがて絶叫に至った。

 

「うそ、嘘よ! ありえないッ! そんな呪いに侵されて、()()()()()()()()()()()()!?」

「おや、アインツベルン………姿が見えないと思ったらそんなところに? はは。大好きなお兄ちゃんにおんぶしてもらってるのか、外見相応で可愛いね。誇りだ歴史だとほざいてる姿よりは、よっぽどお似合いだよ」

「質問に答えなさい!」

「はいはい。この呪いに侵されてどうして生きていられるか、ね。――――そんなの簡単だ。()()()()()()()()だよ」

「ふざけないで――――」

「ふざけてなんかいないよ。()()()()()()()()()()()()()()()だもの、いい加減慣れる。そりゃあ勿論、初めて呪いを受け入れた時は痛いし苦しいしで、あのままなら間違いなく死んでいたんだろうさ。けれど、わたしに呪いをかけた奴はね、わたしを死なせてくれなかった。思いつく限りありとあらゆる手段でわたしの延命を試みて、運悪くそれが成功してしまったんだよ。元々わたし自身この呪いとは相性が良かった所為で、一旦峠を越えてしまえば、もういくら苦しくっても、死ぬことが出来なくなった」

 

 千花が一歩、士郎に向かって足を踏み出す。

 遠目にそれを確認したイリヤスフィールは、ひっと小さな悲鳴を上げた。

 

「………恐れるくらいなら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 さらに一歩を踏み出した時、黒い巨人が千花に襲い掛かった。

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■―――――――――!!」

 

 バーサーカーだ。イリヤスフィールへの敵意を感じ取り、危険を承知で飛び込んで来たのである。

 その判断は正しい。攻撃があと一秒でも遅れていれば、千花は一足飛びでイリヤスフィールの許へと肉薄しただろう。今の傷ついたバーサーカーでは、それを追うことは出来ない。だから出足を挫くというのは、まったく正しい判断だったと言える。

 惜しむらくは。今の千花が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()であった事か。

 

 千花が右腕を軽く振り上げる。

 その、たった一動作で――――バーサーカーの敗北は確定した。

 

「■■■■■ッ!?」

 

 千花の周囲の地面が、突如として液状化した。

 どろりと濁った黒い泥。アーチャーに浴びせた血と同質のそれが突然に湧き出でて、バーサーカーの足を呑み込んだ。

 そこからは一瞬の出来事。バーサーカーは底なしの落とし穴にでも嵌ったかのように、重力に引かれるまま泥の中へと沈んでいく。脚から腰へ、腰から胸へ。僅か十秒足らずの間に頭まですっぽりと呑み込まれたバーサーカーは、二度と浮き上がってこなかった。

 

「バーサーカーッッ!!」

 

 令呪の喪失を感覚したイリヤスフィールが涙ながらに巨人を呼ぶが、返る声は無い。

 大英雄ヘラクレスの呆気なさすぎる最期に、その場の誰もが言葉を失った。

 いや、ただ一人。衛宮士郎だけが別の理由で言葉を失っていたのだが、それに気付く者はいなかった。

 

「キャスターで一つ、セイバーで一つ、ギルガメッシュで三つ、バーサーカーで一つ………これで六つか。さて、あと一つは誰にしようかな?」

 

 何事かを口走りつつ、きょろきょろと戦場を見回す千花。

 その視線はアーチャーとライダーの二人を何度か往復し、やがて一点に止まった。

 

「よし、決めた」

 

 そう言ってまた、右手を軽く振り上げる。

 するとまた彼の足下に泥が湧き出し、その泥の中から一人の青年が現れた。

 雅な和装に身の丈を遥かに超える長刀を携えた美男子………アサシンのサーヴァント、佐々木小次郎である。 

 

「君にしよう、()()()()

「チィッ――――――――――!」

 

 アサシンが現れたのとほぼ同時に、何処からか赤槍の豹が舌打ち混じりに飛び出してきた。

 今まで隠れていたのか? どうして今のタイミングで? 他者の疑問は置き去りのままで、ランサーはアサシンと戦闘を開始する。

 

「小次郎、ランサーは君に任せるよ。思うままに刀を振るえ」

「御意のままに」

「そしてわたしは残りのお掃除、と」

 

 ――――ずん、ずん。

 一度はバーサーカーに止められた足が再び動き出す。

 万条千花は迷いなく前へ。アーチャーの許へ、ライダーの許へ、遠坂凜の許へ、間桐慎二の許へ、衛宮士郎の許へ、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンの許へ、セラの許へと歩みを進める。

 

「さあ、さあ。大変長らくお待たせいたしました。第五次聖杯戦争はこれにて御開き。ただ今からはわたくし万条千花の、万条千花による、万条千花のためだけの、愉快痛快な復讐劇が開演と相成ります。ご列席の憎たらしきクソッタレな皆々様方は、どうぞそのままガタガタ震えてお待ちくださいな。すぐにわたし自らお迎えに上がりましょう――――――」

 

 人間も、魔術師も、英霊も、全て平等に嘲笑う。

 謡うように紡がれた台詞は、まさしく絶望そのものであった。

 

 

 

 

 

TO BE CONTINUED・・・




【作中捕捉】

■一つと一つと三つと一つ
前作に引き続き同じギミックを使用。私はどうも、我様の事を『魂三つ分』としか見てない気がする。

■士郎が言葉を失った理由。
「―――お前が護れ」
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