Fate/mille fiore-フェイト ミルフィオレ-【完結】   作:おるか人

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Scene.04  運命の夜(偽)

 夜、凜は再び学園の屋上を訪れていた。

 時刻は八時。門限の六時を過ぎているので、学園内に残っているのは凛と、その隣で霊体化しているサーヴァント、アーチャーのみである。

 なお、今回は別に、誰かに呼び出されたわけではない。学園内に仕掛けられた悪質な結界を調べ回り、最後に辿り着いたのがこの場所だっただけの事だ。

 

「……これで七つ目か。やっぱり、ここが起点みたいね」

 

 凜が忌々しげな視線で見つめる先には、禍々しい色合いで描かれた八角の刻印がある。見た事も聞いた事もない形のそれは桁違いの技術で編まれていて、優秀な魔術師であるはずの凜の手にさえ負えない代物だ。

 

「アーチャー、どう思う?」

≪どうもこうも……魂喰いのためのモノだろうな。発動すれば内部にいる人間を“溶解”し、そこから滲み出る魂を―――≫

「そうじゃない。この結界を人間が編めるかどうかを聞いているの」

 

 凜の頭には、一人の容疑者が浮かんでいる。万条千花だ。昼間彼が言ったように、万条という一族がフォレスティと同義の意味を持つならば……あるいは、この結界を生み出すことも可能かもしれない。

 根源への道を捨てるという事は、魔術の研究を止めるという意味ではない。むしろ“魔術使い”だからこそ……()()()()()()()()の使用法については、あちらの方が詳しいだろう。凜とて、フォレスティが積み上げてきた八〇〇年という膨大な歴史を、恥だと吐き捨てはしても、侮ってはいない。

 この結界はお前の仕業か?―――千花は昼間の詰問にこそ『否』と答えたし、ウソを言っているようにも見えなかったが……それを「はいそうですか」と鵜呑みにする事もできない。

 

 彼が暗示を使って学園に侵入したのが、今日。

 学園にこの結界が張られたのも、今日。

 

 偶然の一致と片づけるには、出来過ぎた話だろう。

 

≪凜の疑惑は分かるが……これはサーヴァントの仕業だろう。そも、現代の魔術知識をして全く理解できない紋様となると、そもそも骨子となる理論が異なっている可能性が高い≫

「……それもそうね。なら、やっぱり時間稼ぎが限界か。もしこれが人間に創られたものなら、完全に解除する方法もあるかと思ったんだけど……」

≪だが、依然として奴が犯人である可能性は高い。本命はキャスター、次点でアサシン……大穴でキャスター適正を持ちながら、別クラスで召喚されたサーヴァントと言ったところか≫

「問題ないわ。いえ、むしろ好都合よ。アイツだけは私の手で倒すつもりだったもの」

 

 分かりやすい敵がいると戦意も向上する。万条千花の存在を知った時は腸が煮えくり返っていた凜だが……少し時間をおいた事で、怒りは闘争心へと様変わりしていた。元より必勝を心に決めていた戦いに、誇りある魔術師としての義務まで上乗せされたのだから、今の遠坂凜は万全以上。負ける気がしないとはこの事である。

 

(まずは、結界の発動を邪魔して……犯人の様子を観察するとしますか)

 

 当初の予定通り、予定以上の戦意を以って、凜は結界の起点へと手を伸ばす。

 

「―――なんだよ。消しちまうのか、もったいねえ」

 

 それをきっかけに、遠坂凜の聖杯戦争は、真の意味で幕を上げた。

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 激しく衝突する青と赤の閃光。青は怒涛の勢いで攻め続け、赤はそれを一つたりと余さず凌ぎ続ける。両者が両者共に、その技量は人の域を遥かに逸脱しており、常人の目には尾を引く残像しか捉えられない。

 

「ふうん、これが英霊の戦いか……何だ、期待してたほどじゃないなぁ。がっかり」

 

 穂群原学園から少し離れたマンションの屋上……校庭を一望できる絶好の見晴らし台にて。

 青の槍使い―――ランサーと、赤の双剣使い―――アーチャーの戦い。穂村原学園の校庭で繰り広げられる達人の競り合いを眺めながら、万条千花はそんな感想を口にした。

 

「主殿の『期待』は、些か無茶が過ぎると思うがな……」

 

 千花の『感想』に物申したのは、隣に立つ青年であった。雅な陣羽織に身を包んだ風流人―――アサシンのサーヴァント、佐々木小次郎である。

 

「えー、どうして? 散々凄い凄いって前振りがあったんだからさ、身長一〇メートル以上の巨人だったり、首が五つあったり、口からビーム吐いたりするのを期待するのは当然じゃない?」

「それは英霊ではなく、物の怪の類であろうに」

「でも、神話の英雄は凄い逸話をたくさん持ってるでしょう。手に掬った水を薬に変えたり、死者を生き返らせたり、不死身だったり。いいじゃないか、ビームくらい期待しても……」

「……まあ、巨躯の英霊くらいならいるかもしれんが……その期待の大半は、私を従者とした時点で諦めてもらいたかったな」

「だって、小次郎はアサシンじゃないか? 暗殺者が見た目で目立っちゃおしまいだ。商売あがったりだよ」

 

 別に暗殺で生計を立てていたわけではない、とか。どうしてそんなところだけ常識的な考えなのか、とか。アサシンには己がマスターに言いたい事がたくさんあったが……その前に、状況が動いた。

 ランサーの槍が独特な構えを見せた。と同時に、槍から膨大で禍々しい魔力が溢れ出す。

 

「宝具かな?」

「うむ……どうやら、勝負を決める気のようだな」

 

 校庭からおよそ二百メートル以上は離れているはずのこの場所まで伝わってくる魔力は、まさに一級品。アレが放たれれば、アーチャーは間違いなく殺される。そんな未来を確信できるほどの波動だ。

 

「困ったね」

「ああ、困ったな」

 

 千花とアサシンは、わざとらしく頷き合う。

 このまま待っていれば、労せずして聖杯戦争のライバルが一人消える。そしてランサーの宝具も確認することが出来るだろう。聖杯を求めるマスターやサーヴァントからすれば、得しかないような状況を前に―――二人はとある決意を固める。

 

「邪魔しちゃおっか?」

「気は進まんが……致し方ない、か」

 

 遠坂凜をここで敗北させるわけにはいかない――――――という思惑。

 アーチャーをこの場で脱落させるわけにはいかない―――という妄執。

 アサシンとの契約を違えるわけにはいかない――――――という約束。

 それらに比べれば、戦争で優位に立つ権利など、全くの些末事に過ぎないのだから。

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 一触即発の空気が流れる校庭。遠坂凜が生唾を呑み込み、アーチャーが一呼吸を薄く吐き出した時―――ランサーが動いた。

 

「“刺し穿つ(ゲイ)―――――――”」

 

 鋭い踏み込みで校庭の砂を巻き上げながら、魔力の暴風が槍の穂先へと叩き込、

 

「ッ、何!?」

 

 まれるその瞬間、何処からともなく飛来した短剣が、ランサーとアーチャーの間……今まさにランサーが詰めようとした間合いに突き立った。

 ランサーは一瞬『アーチャーの隠し玉か?』と警戒したが、見れば、アーチャーの顔にも些かの動揺が見受けられた。もちろん、アーチャーの後ろに立つ凜もまた、何が起きたか分からない様子だ。

 この場の誰でもないなら、考えられる可能性は一つきり。

 

「誰だッッ――――!!?」

 

 勝負に水を注されたランサーが猛りの咆哮を上げる。

 すぐさま、短剣が飛んできた方向へ目を向ける。……学園の近くにあるマンションの屋上、犯人と思しき影が月明かりを背に立っていた。

 

「野郎…………」

 

 ランサーは今すぐにでも、あの無粋な輩を殴りつけに行きたい衝動に駆られたが、この場にアーチャーがいる以上、背中を見せるのは得策ではない。それに、今の攻撃は明らかにアーチャー側への助成である。これを機に二対一とされてしまえば、流石のランサーも分が悪い。

 いや、本来のランサーならば二対一程度を逆境と感じたりはしない。

 が、今のランサーは全力を出せない。そういう縛鎖に囚われているのだ。

 

 ――― お前は全員と戦え。だが倒すな。一度目の相手からは必ず生還しろ ―――

 

 斥候を強いられる任。己がマスターから下された、たった一つの令呪の下に。

 アーチャーとひと当てした今、次の調査対象はあの邪魔者である。が―――忌まわしい敵は遥か彼方。弓兵を前に『距離をとる』という選択は悪手であり、謎の敵とアーチャーとの関係性が見えない今、下手な行動は命取りになりかねない。

 

「………………オイ、アーチャー。アイツはてめぇのダチか?」

「さて、生憎と夜目は効かない質でね。この距離では判断に困る」

 

 いけしゃあしゃあと言ってのける弓兵(たかのめ)に、ランサーは「この戦いには性根の捻じ曲がったやつしかいねえのか?」と思い切り顔をしかめた。

 

 こうなれば、ランサーにとれる選択は三つ。

 一つ目は、あの邪魔者の手出しに構わず、アーチャーとの戦いを継続する。

 二つ目は、アーチャーが放つであろう背後からの攻撃に構わず、邪魔者の調査に向かう。

 三つ目は、当初の目的であるアーチャーの調査は終了したと判断し、この場は一旦退却する。

 

「チッ…………!」

 

 ランサーとしては是非とも一つ目か二つ目……できれば二つ目を選びたいところなのだが、返す返すも忌々しい事に、たった今マスターから念話で「帰って来い」と命令を受けてしまった。あの邪魔者の事を考えるのは、一旦アーチャーを撒いてからにしろ、と。

 

「アーチャー」

「何だ?」

「今回は分けって事にしといてやるよ。もし次の機会があれば、その時は剣士の真似事じゃなく、真っ当に弓兵として挑んで来い」

 

 それだけ言い残して、ランサーは疾風の勢いで校庭から離脱していった。

 

「……………………」

 

 ランサーの気配が完全に消失した事を確認してから、アーチャーは短剣が飛来した方向……自身の背後に位置するマンションの屋上へと目を向けた。

 そこにはもう誰もいない。ランサーとアーチャーの戦いに水を注した無粋者は、既に逃げ去った後だった。

 

「アーチャー……無事?」

 

 心配そうな声と共に凜が駆け寄ってくる。「無事か」とは……恐らく、ランサーの宝具の事を言っているのだろう。

 

「ああ。発動寸前を縫うようにアレが飛んできたからな……敵ながら、実に見事なタイミングだった」

 

 アレ、のところで短剣に視線をやる。もちろん、アーチャーはあの短剣の持ち主に心当たりなどない。ランサーはあの攻撃を『アーチャーへの助力』と判断したが、アーチャーからすれば『ランサーを諌めた』ように見えた……つまり、ランサーの味方だと思ったのだ。

 

「……あの短剣は……まさか」

 

 件の短剣を見つめながら、何かブツブツと独り言をつぶやく主を尻目に、アーチャーは心ここにあらずといった面持ちであった。

 

「何だ、この感覚は……?」

 

 胸の内がザワザワとざわめく。

 純白の半紙に墨汁を一滴垂らしたように、不安が広がっていく。

 上手く説明できないが……違う。

 この世界は、()()()決定的に異なっているぞ―――と、心が叫んでいる。

 しかし、擦り切れた彼の記憶では……肝心なその『何か』を思い出すことは叶わなかった。

 

 

 

 後にアーチャーは思い返す事になる。

 この時、違和感の正体に気付けていたなら―――別の結末もあったのだろうか、と。

 

 

 

 

 

TO BE CONTINUED・・・




【作中捕捉】
■原作に無かった展開・・・(1)
アサ次郎がマスターを鞍替えし、山門から離れて行動する。

■原作に無かった展開・・・(2)
士郎がランサーVSアーチャーを目撃しない(目撃者として殺されない)。
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