Fate/mille fiore-フェイト ミルフィオレ-【完結】 作:おるか人
夜、凜は再び学園の屋上を訪れていた。
時刻は八時。門限の六時を過ぎているので、学園内に残っているのは凛と、その隣で霊体化しているサーヴァント、アーチャーのみである。
なお、今回は別に、誰かに呼び出されたわけではない。学園内に仕掛けられた悪質な結界を調べ回り、最後に辿り着いたのがこの場所だっただけの事だ。
「……これで七つ目か。やっぱり、ここが起点みたいね」
凜が忌々しげな視線で見つめる先には、禍々しい色合いで描かれた八角の刻印がある。見た事も聞いた事もない形のそれは桁違いの技術で編まれていて、優秀な魔術師であるはずの凜の手にさえ負えない代物だ。
「アーチャー、どう思う?」
≪どうもこうも……魂喰いのためのモノだろうな。発動すれば内部にいる人間を“溶解”し、そこから滲み出る魂を―――≫
「そうじゃない。この結界を人間が編めるかどうかを聞いているの」
凜の頭には、一人の容疑者が浮かんでいる。万条千花だ。昼間彼が言ったように、万条という一族がフォレスティと同義の意味を持つならば……あるいは、この結界を生み出すことも可能かもしれない。
根源への道を捨てるという事は、魔術の研究を止めるという意味ではない。むしろ“魔術使い”だからこそ……
この結界はお前の仕業か?―――千花は昼間の詰問にこそ『否』と答えたし、ウソを言っているようにも見えなかったが……それを「はいそうですか」と鵜呑みにする事もできない。
彼が暗示を使って学園に侵入したのが、今日。
学園にこの結界が張られたのも、今日。
偶然の一致と片づけるには、出来過ぎた話だろう。
≪凜の疑惑は分かるが……これはサーヴァントの仕業だろう。そも、現代の魔術知識をして全く理解できない紋様となると、そもそも骨子となる理論が異なっている可能性が高い≫
「……それもそうね。なら、やっぱり時間稼ぎが限界か。もしこれが人間に創られたものなら、完全に解除する方法もあるかと思ったんだけど……」
≪だが、依然として奴が犯人である可能性は高い。本命はキャスター、次点でアサシン……大穴でキャスター適正を持ちながら、別クラスで召喚されたサーヴァントと言ったところか≫
「問題ないわ。いえ、むしろ好都合よ。アイツだけは私の手で倒すつもりだったもの」
分かりやすい敵がいると戦意も向上する。万条千花の存在を知った時は腸が煮えくり返っていた凜だが……少し時間をおいた事で、怒りは闘争心へと様変わりしていた。元より必勝を心に決めていた戦いに、誇りある魔術師としての義務まで上乗せされたのだから、今の遠坂凜は万全以上。負ける気がしないとはこの事である。
(まずは、結界の発動を邪魔して……犯人の様子を観察するとしますか)
当初の予定通り、予定以上の戦意を以って、凜は結界の起点へと手を伸ばす。
「―――なんだよ。消しちまうのか、もったいねえ」
それをきっかけに、遠坂凜の聖杯戦争は、真の意味で幕を上げた。
* * * * *
激しく衝突する青と赤の閃光。青は怒涛の勢いで攻め続け、赤はそれを一つたりと余さず凌ぎ続ける。両者が両者共に、その技量は人の域を遥かに逸脱しており、常人の目には尾を引く残像しか捉えられない。
「ふうん、これが英霊の戦いか……何だ、期待してたほどじゃないなぁ。がっかり」
穂群原学園から少し離れたマンションの屋上……校庭を一望できる絶好の見晴らし台にて。
青の槍使い―――ランサーと、赤の双剣使い―――アーチャーの戦い。穂村原学園の校庭で繰り広げられる達人の競り合いを眺めながら、万条千花はそんな感想を口にした。
「主殿の『期待』は、些か無茶が過ぎると思うがな……」
千花の『感想』に物申したのは、隣に立つ青年であった。雅な陣羽織に身を包んだ風流人―――アサシンのサーヴァント、佐々木小次郎である。
「えー、どうして? 散々凄い凄いって前振りがあったんだからさ、身長一〇メートル以上の巨人だったり、首が五つあったり、口からビーム吐いたりするのを期待するのは当然じゃない?」
「それは英霊ではなく、物の怪の類であろうに」
「でも、神話の英雄は凄い逸話をたくさん持ってるでしょう。手に掬った水を薬に変えたり、死者を生き返らせたり、不死身だったり。いいじゃないか、ビームくらい期待しても……」
「……まあ、巨躯の英霊くらいならいるかもしれんが……その期待の大半は、私を従者とした時点で諦めてもらいたかったな」
「だって、小次郎はアサシンじゃないか? 暗殺者が見た目で目立っちゃおしまいだ。商売あがったりだよ」
別に暗殺で生計を立てていたわけではない、とか。どうしてそんなところだけ常識的な考えなのか、とか。アサシンには己がマスターに言いたい事がたくさんあったが……その前に、状況が動いた。
ランサーの槍が独特な構えを見せた。と同時に、槍から膨大で禍々しい魔力が溢れ出す。
「宝具かな?」
「うむ……どうやら、勝負を決める気のようだな」
校庭からおよそ二百メートル以上は離れているはずのこの場所まで伝わってくる魔力は、まさに一級品。アレが放たれれば、アーチャーは間違いなく殺される。そんな未来を確信できるほどの波動だ。
「困ったね」
「ああ、困ったな」
千花とアサシンは、わざとらしく頷き合う。
このまま待っていれば、労せずして聖杯戦争のライバルが一人消える。そしてランサーの宝具も確認することが出来るだろう。聖杯を求めるマスターやサーヴァントからすれば、得しかないような状況を前に―――二人はとある決意を固める。
「邪魔しちゃおっか?」
「気は進まんが……致し方ない、か」
遠坂凜をここで敗北させるわけにはいかない――――――という思惑。
アーチャーをこの場で脱落させるわけにはいかない―――という妄執。
アサシンとの契約を違えるわけにはいかない――――――という約束。
それらに比べれば、戦争で優位に立つ権利など、全くの些末事に過ぎないのだから。
* * * * *
一触即発の空気が流れる校庭。遠坂凜が生唾を呑み込み、アーチャーが一呼吸を薄く吐き出した時―――ランサーが動いた。
「“
鋭い踏み込みで校庭の砂を巻き上げながら、魔力の暴風が槍の穂先へと叩き込、
「ッ、何!?」
まれるその瞬間、何処からともなく飛来した短剣が、ランサーとアーチャーの間……今まさにランサーが詰めようとした間合いに突き立った。
ランサーは一瞬『アーチャーの隠し玉か?』と警戒したが、見れば、アーチャーの顔にも些かの動揺が見受けられた。もちろん、アーチャーの後ろに立つ凜もまた、何が起きたか分からない様子だ。
この場の誰でもないなら、考えられる可能性は一つきり。
「誰だッッ――――!!?」
勝負に水を注されたランサーが猛りの咆哮を上げる。
すぐさま、短剣が飛んできた方向へ目を向ける。……学園の近くにあるマンションの屋上、犯人と思しき影が月明かりを背に立っていた。
「野郎…………」
ランサーは今すぐにでも、あの無粋な輩を殴りつけに行きたい衝動に駆られたが、この場にアーチャーがいる以上、背中を見せるのは得策ではない。それに、今の攻撃は明らかにアーチャー側への助成である。これを機に二対一とされてしまえば、流石のランサーも分が悪い。
いや、本来のランサーならば二対一程度を逆境と感じたりはしない。
が、今のランサーは全力を出せない。そういう縛鎖に囚われているのだ。
――― お前は全員と戦え。だが倒すな。一度目の相手からは必ず生還しろ ―――
斥候を強いられる任。己がマスターから下された、たった一つの令呪の下に。
アーチャーとひと当てした今、次の調査対象はあの邪魔者である。が―――忌まわしい敵は遥か彼方。弓兵を前に『距離をとる』という選択は悪手であり、謎の敵とアーチャーとの関係性が見えない今、下手な行動は命取りになりかねない。
「………………オイ、アーチャー。アイツはてめぇのダチか?」
「さて、生憎と夜目は効かない質でね。この距離では判断に困る」
いけしゃあしゃあと言ってのける
こうなれば、ランサーにとれる選択は三つ。
一つ目は、あの邪魔者の手出しに構わず、アーチャーとの戦いを継続する。
二つ目は、アーチャーが放つであろう背後からの攻撃に構わず、邪魔者の調査に向かう。
三つ目は、当初の目的であるアーチャーの調査は終了したと判断し、この場は一旦退却する。
「チッ…………!」
ランサーとしては是非とも一つ目か二つ目……できれば二つ目を選びたいところなのだが、返す返すも忌々しい事に、たった今マスターから念話で「帰って来い」と命令を受けてしまった。あの邪魔者の事を考えるのは、一旦アーチャーを撒いてからにしろ、と。
「アーチャー」
「何だ?」
「今回は分けって事にしといてやるよ。もし次の機会があれば、その時は剣士の真似事じゃなく、真っ当に弓兵として挑んで来い」
それだけ言い残して、ランサーは疾風の勢いで校庭から離脱していった。
「……………………」
ランサーの気配が完全に消失した事を確認してから、アーチャーは短剣が飛来した方向……自身の背後に位置するマンションの屋上へと目を向けた。
そこにはもう誰もいない。ランサーとアーチャーの戦いに水を注した無粋者は、既に逃げ去った後だった。
「アーチャー……無事?」
心配そうな声と共に凜が駆け寄ってくる。「無事か」とは……恐らく、ランサーの宝具の事を言っているのだろう。
「ああ。発動寸前を縫うようにアレが飛んできたからな……敵ながら、実に見事なタイミングだった」
アレ、のところで短剣に視線をやる。もちろん、アーチャーはあの短剣の持ち主に心当たりなどない。ランサーはあの攻撃を『アーチャーへの助力』と判断したが、アーチャーからすれば『ランサーを諌めた』ように見えた……つまり、ランサーの味方だと思ったのだ。
「……あの短剣は……まさか」
件の短剣を見つめながら、何かブツブツと独り言をつぶやく主を尻目に、アーチャーは心ここにあらずといった面持ちであった。
「何だ、この感覚は……?」
胸の内がザワザワとざわめく。
純白の半紙に墨汁を一滴垂らしたように、不安が広がっていく。
上手く説明できないが……違う。
この世界は、
しかし、擦り切れた彼の記憶では……肝心なその『何か』を思い出すことは叶わなかった。
後にアーチャーは思い返す事になる。
この時、違和感の正体に気付けていたなら―――別の結末もあったのだろうか、と。
TO BE CONTINUED・・・
【作中捕捉】
■原作に無かった展開・・・(1)
アサ次郎がマスターを鞍替えし、山門から離れて行動する。
■原作に無かった展開・・・(2)
士郎がランサーVSアーチャーを目撃しない(目撃者として殺されない)。