Fate/mille fiore-フェイト ミルフィオレ-【完結】 作:おるか人
アサシンと斬り結びながら、ランサーは憤慨していた。
聖杯戦争ってのは、本っっっっ当にロクなもんじゃねえな――――――と。
冬木に召喚された直後のランサーは、これから始まる戦いに、ウキウキと希望を膨らませていた。古今東西あらゆる時代の英霊が集う殺し合い………それは果たして、どれほど心躍る戦いになるだろうか、と。
しかし遺憾な事に、いざ蓋を開けてみれば、中立であるはずの監督役から不意打ちを受けてマスターを殺され、奪われた令呪で主替えを強制させられた。
それだけで十分、胸の内にあったウキウキにこれでもかと泥を塗りたくられた気分だったというのに、重ねて遺憾な事に、その新たな主に、令呪で斥候任務を命じられる始末。
――― お前は全員と戦え。だが倒すな。一度目の相手からは必ず生還しろ ―――
まったくもってふざけた話である。
こちらはまだ見ぬ強敵との全力の果し合いを求めてこそ召喚に応じたというのに、敵と出会っても本気を出すな、その上そこそこ戦って情報を得たらさっさと逃げ帰れと枷をつけられてしまったのだ。
それでもランサーは我慢した。任務の最中に出会った英霊たちは、まさしく彼が願い求めた通りの猛者の集まりだったからだ。
この令呪さえ解除されれば、あいつらと心置きなく、全力で戦える。
不本意に不本意を重ねた現状、せめて初志を達成しなければやってられない――――半ば縋る様に、ランサーは自慢の俊足で冬木市を駆け回った。
そうしてようやく、調査完了まで残り一騎(アサシンの事である)というところまで漕ぎ着けたのだ。
もう少し、もう少しで今までの努力が報われる。臥薪嘗胆の日々に終止符が打たれるのだと、まさに羽化登仙といった心地だったランサーの心に、再三冷や水をぶっかけたのは、やはり件の腐れ外道マスターであった。
「ランサー、聖杯戦争が破綻する可能性が出てきた。これを阻止するため、速やかに遠坂・間桐の両陣営に情報を渡した後、彼らとは別ルートでアインツベルンの森へと向かえ。その際、一切の戦闘行為を禁じる」
――――こいつマジでぶっ殺してやろうかな。
仮にも主に対して恐ろしい思考が浮かんでしまったランサーであったが、聖杯戦争破綻の危機と聞かされてはやむを得ず、仕方なく、し・か・た・な・く、その命令に従う事にした。
まあ、令呪で命じられたわけでもなし、いざとなったらそしらぬふりで戦ってやろう………なんて事を、当時のランサーは考えていたのだ。
そしていざアインツベルンの森へと赴いてみれば、そこで待っていたのはギルガメッシュVSセイバー&アーチャー&ライダー&バーサーカー陣営の連合軍という構図。
――――俺も混ぜろよ!
内心でランサーが叫んだのも無理からぬことだろう。それだけ激しく、心躍る大規模な戦い………否、戦争であった。
だがしかし、返す返すも遺憾な事に、残る調査対象であるアサシンがこの場にいない以上、『全てのサーヴァントと戦え、だが倒すな』と命じられているランサーには手出しができなかった。
この戦場は紛れもない死地だ。どちらに肩入れしようとも、死が濃密に付きまとう。令呪で命じられた以上、サーヴァントであるこの身は、残るアサシンの調査を終えるまでは、命令に関わりの無い死地に足を踏み入れる事が叶わない。何故なら、死んでしまえば即ち令呪に逆らう事になってしまうからだ。
――――アサシンを見つけさえすれば!
腐れマスターの言では、聖杯戦争破綻の元凶たるアサシンとそのマスターもこの森に来ているとの事。ならば早急にそいつらを見つけ出して一当てすれば、令呪の呪縛も解けるはず! と、ランサーは一縷の望みに賭けて森の中を探し回った。
が、何らかの隠遁術を用いていたのだろう。結局は彼らが自ら姿を現すまで見つける事は出来ず。ランサーは、焦がれ求めた猛者であるセイバーとバーサーカーの死に様を、まざまざと見せつけられる結果となった。
「ク」
そして今、最後の調査対象であるアサシンが姿を現した事で、ランサーは令呪の遂行を余儀なくされていた。
そう、ランサーは
こうまで不運が続けば、ランサーでなくとも悪態を吐きたくなるだろう。
ああ。本当に、本当に、本っっっっ当に! 聖杯戦争ってのは、ロクなもんじゃねえな! と。
「……………ッッッソがァ―――――――――!!」
真紅の槍が、稲妻もかくやという咆哮と共にアサシンへと奔る。それが八つ当たりだと分かっていても、ランサーにはもう抑えようが無かった。
* * * * *
ランサーとアサシンの戦闘開始。
それは、万条千花による『狩り』の始まりと同義であった。
――――すぐにわたし自らお迎えに上がりましょう。
その言葉通り、足元から黒い泥を湧き立たせた千花が、士郎たちに向かって歩いてくる。
アーチャーを一瞬で行動不能に追い込み、バーサーカーを容易く呑み込んで見せた謎の泥。正体不明のそれを目の前に、一同は緊張を隠せない。
「ッ………逃げるのよ、シロウ!
中でも、最も恐慌に駆られているのがイリヤスフィールだった。
彼女は知っているのだ。万条千花が操る黒い泥、その正体を。
――――‟
拝火教、ゾロアスター教における絶対悪の名を冠するモノ。
かつてアインツベルンが呼び出してしまった災厄の胤。
それこそが、いま、万条千花の中に在る呪いの正体である。
「どういう事だ、イリヤ!?」
「質問は後にして、まずは逃げるの!」
バシバシと背中を叩かれたことで、遅まきながら本当に差し引きならない状況だと気付いたのだろう、士郎が踵を返す。
「リンも急いで! 令呪でアーチャーを回収して逃げなさい!」
イリヤスフィールは凜にも強く呼びかけた。
これは別に親切心で言っているわけではない。先ほど千花が口にした『魂の内訳』がハッタリでないのなら、灰聖杯は、あと一騎サーヴァントが脱落した時点で完成してしまう。それだけは何としても阻止しなければならないし、もしもの時のためにアーチャーという戦力は失うわけにはいかないのだ。
「お断りするわ」
――――だと言うのに。
遠坂凜は、迷うことなく首を横に振った。
「アイツは私が殺す。あんたたちは逃げなさい、今なら追わないわ」
「な―――――にを、馬鹿な事!」
凜の台詞は、イリヤスフィールからすると、まさしく気狂いのそれであった。
ただ一人で勝手にのたれ死ぬなら構わない。イリヤスフィールも凜も魔術師だ、自己責任の言葉の意味くらいは百も承知である。
だがしかし、今回ばかりは話が別だ。今現在でも十二分に恐ろしいあの化物に、みすみす新しい餌を与えてやる理由はこれっぽっちも無いのだから。
故にイリヤスフィールは、己の恥さえも曝け出す覚悟を決めた。
「~~~~ッ、リン! アイツの正体は聖杯よ! アインツベルンの技術を盗用して創り出した紛い物を体内に埋め込んでるの! 今回の戦いで脱落したサーヴァントの魂は、全部アイツが持ってる! アイツが聖杯の権能を扱えるとしたら、聖杯に呼ばれたサーヴァントじゃ太刀打ちできないのよ! 分かるでしょう、今は退きなさい!」
矢継ぎ早ではあったが、イリヤスフィールの説得は非常に分かりやすく、かつ妥当な内容であった。
凜ならば、これでイリヤスフィールの言いたいことをちゃんと噛み砕いて理解できるだろうし、今の状況で虚言がどうこう等と疑いはすまい。
「へえ、そう。…………だから何?」
なのに。だというのに。
何故、そうも平然と聞き流す事が出来るのか――――――!!
「関係ないのよ、アイツが強かろうとなんだろうと。アイツは私が殺す。私が決めた。
――――駄目だ。
イリヤスフィールは確信した。
遠坂凜はもう狂っている。何か大切なタガが外れてしまっている。
「意気込みは結構。それで、君に何が出来るんだい?」
凜の憎悪を楽しそうに受け止めながら、千花はやはり笑って歩みを進める。その表情は、例えどんな攻撃を仕掛けられようと万全に対処できる――――そんな自信に満ち満ちていた。
凜は質問に答えず、おもむろに右手を、一画残った最後の令呪を掲げた。
「第三の令呪を以って命じる――――アーチャー、『固有結界を即時発動し、万条・アサシン・ランサーの三人を隔離しなさい』!!」
「了…………………解、したッ!!」
打てば返る了承の声。主従同意の下に発揮された令呪の力により、全八節に及ぶ詠唱を破棄。固有結界‟
「何? っ――――――――」
凜の行動が予想外だったのだろう。千花は少し目を見開き、驚きの声を漏らして………そのまま、命令の内容通り、固有結界に取り込まれて消えていった。
「ほら、これで時間は稼げるわ。さっさと逃げなさい」
「っ、だから! アーチャーがやられたら元も子も――――!」
「アーチャーは戦わないわ、逃げ回るだけ。今言ったでしょ、私の目的は『時間稼ぎ』よ」
そう言うと、凜は大粒の宝石を一つ取り出して握り込んだ。
ぎゅっ、と。まるで宝石を握り潰すように力を込める。すると、握り拳からポタポタと何かが零れ始めた。流血かと思ったが、違う。握り込んだ宝石と同色の液体が、指の隙間から垂れているのだ。
「それにさっきの話じゃ、アーチャーが逃げ延びてもランサーが呑まれれば終わりでしょ? アイツもそのつもりみたいだし。だったらいっそ、『逃げて体勢を整える』と『この場で足止めする』の二段構えの方が、アイツを倒せる確率は上がると思わない?」
「……………っ、そんなの、詭弁だわ」
そう、詭弁である。
足止めをする理由があろうとなかろうと、凜はこの場に残るつもりなのだから。
しかし、凜の言う事もまた、ある意味正しい。
この場の誰も知らない事であるが、ランサーは令呪で縛られている以上、アサシンの調査が終わるまで逃げる事は許されない。いかにク―・フーリンと言えど、本気を出せない状況でアサシンと対峙し、その上で英霊の天敵となった千花まで退ける事は不可能だ。
そしてアーチャーの固有結界以外に、今の千花を確実に足止め出来る手段は存在しない。
要はランサーかアーチャーのどちらかは、どう足掻いても逃げる事が叶わないのである。
詳しい事情はさておき、凜とイリヤスフィールは何となく、その事実に気付いていた。
「三度目は言わないわよ?――――私は此処に残ってアイツを殺す。あんたたちは逃げなさい」
士郎たちを見向きもしないまま、凜は言い放った。
それは確固たる決意だった。もはや如何なる言葉を尽くそうと、彼女はこの場から動こうとはしないだろう。
「待て、遠さ」
「ライダー!」
何か言おうとした士郎に先んじて、凜の命令が飛んだ。
即座にライダーが士郎の腹部に貫手を放ち、彼を悶絶させた。
「ぐ、かっ……………あ」
ガクガクと痛みに戦慄き、膝を突きながら、それでも背中のイリヤスフィールは手放さない。
その姿に何かを感じたのか、ライダーは打って変わって士郎をイリヤスフィールごと優しく抱き込むと、ペガサスへと乗り込んだ。
凜はそんなライダーに宝石を一粒投げ渡すと、苦笑して言った。
「悪いわね、ライダー。もし私が失敗したら………後はお願いね?」
「………お任せください」
ライダーはセラと慎二もペガサスに積み込み、大所帯過ぎる乗員を鎖短剣で固定すると、そのまま空へと舞い上がっていった。
ペガサスの羽根がちらちらと雪のように舞い散る中、凜は黙々と作業を続ける。
宝石を握り込む、手から握り込んだ宝石と同じ色の液体を絞り出す、また新しい宝石を握り込む。これの繰り返しだ。
すると、どうした事か。おお、見よ――――ポタポタと絶えず拳から零れ落ちる液体が、徐々に地面に何らかの紋様を描いてゆくではないか!
時間稼ぎとは、この作業を行うためか。
遠坂凜は一体、これを用いて何をするつもりなのか。
「こっちは絶対に間に合わせてみせる。だから頼むわよ、アーチャー…………!」
憎悪に閃く碧眼が、誰もいない荒野の一点をじっと睨みつけた。
TO BE CONTINUED・・・
【作中捕捉】
■ランサーの令呪
Scene.4でも描写しましたが、ランサーには原作通りの令呪がかけられています。彼は今話までにアサシン以外の全てのサーヴァントと交戦していました(アサシンはあのあと結局逃げ切られたため、戦闘していない)。
■凜の内心
凜はライダーと同盟を組む際、桜の事情を大体ですが聞かされています。放棄したとはいえ、ライダーのマスター権を持っていたのだから、聖杯戦争の関係者。殺されても仕方ない・・・と、魔術師としての彼女は憎しみを抑えようとしました。
が、HFルートの姉妹喧嘩にも見るように、凜は妹への愛情を捨てきる事が出来ないので、最終的に万条への復讐を決意しました。魔術師としての彼女も万条を許せないと断じているので、この時点で凜は万条絶対殺すマンと化しています。
そしてライダーとは『桜の仇を討つ』という目的で協同しており、ほぼ対等な信頼関係を築いたわけです。ワカメそっちのけで。
■凜の令呪
今回の命令で、凜は令呪を使い果たしました。
聖杯戦争のマスターとしては、既に脱落です。