Fate/mille fiore-フェイト ミルフィオレ-【完結】   作:おるか人

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Scene.41  アンハッピー・バースデイ

 衛宮士郎は朦朧とする意識の中、何かを見ていた。

 

 視界一面を覆いつくす赤い炎。

 焼け落ちる民家。

 黒くねじくれていく死体たち。

 

 この光景は、そう、忘れもしないあの日の――――…。

 

 

* * * * *

 

 

「………固有結界の詠唱破棄………主従同意の上で発動した令呪は、奇跡をも可能にするとは聞いていたけれど………成程、こういう使い方もあるのか。まんまとしてやられたなあ」

 

 固有結界内部。無数に剣の突き立つ丘の上で、アーチャーと千花は向かい合う。

 

「あれ、小次郎とランサーは何処へ行ったのかな? 一緒に取り込んだはずじゃないのかい?」

「さて。それを敵である君に教える必要があるかな」

「それもそうだ」

 

 はぐらかしたアーチャーであるが、実際のところ、別段隠す程の事ではない。

 固有結界は既存の世界法則に囚われぬ、自分だけの世界。発動の際、取り込んだ人物を好きな場所に『配置』するくらいは容易い事である。

 ランサーとアサシンは今頃、この剣の丘の隅っこで変わらず戦闘を続けているはずだ。

 

「………なるほど」

 

 恐らく、念話で従者の現状を確認したのだろう。

 千花は「まあいいか」と、改めてアーチャーに向き直る。

 

 戦略目的は変わらない。

 千花はこの戦いにおいて、サーヴァントを一騎脱落させればそれで良いのだ。最初は令呪の影響で逃げられないランサーを標的にするつもりだったが、わざわざアーチャーがこの場に残ってくれると言うのなら、その心意気に応えるのも吝かではない。

 

「むしろ好都合だ。君とは是非、一対一で話してみたかったからね」

「そうか。生憎と私には、君と話す事などありはしないが………ね!」

 

 千花がアーチャーに歩み寄ろうとした瞬間、神速の射が放たれた。速さを優先したため、威力や正確さは度外視の一撃だったが、それでも流石は弓の英霊、放たれた矢は踏み出されんとした右足を射抜き、地面へと縫い付ける。

 

「お、っと………?」

「ふ、っ――――!」

 

 文字通りの矢継ぎ早に放たれる射撃。それらはロクに魔力など通わぬ、ただの物理攻撃であったが――――凜やライダーの時のように無効化される事無く、次々と千花の肉体に突き刺さる。あっという間にハリネズミめいた姿へと変わってゆく敵の姿を見て、アーチャーが言った。

 

「単純な物理攻撃の方が通りやすい………か。読めたぞ。さてはその泥、魔力を喰らう力があるな? 凛の攻撃が当たる前に掻き消えたところを見ると、一定範囲内に近づいた魔力を無差別に喰らう、自動迎撃機能といったところか」

「まあ、概ね正解だよ。訂正するなら、機能じゃなく生態。この子は、自制心の無い『欲しがりさん』なのさ」

 

 身体中、余すところなく矢に貫かれた千花だが、やはり平然としている。

 肉がひとりでに蠢き、矢を体内から追い出してしまうのだ。残った傷跡も、数秒の内に癒えてしまう。この埒外の治癒能力は既にアーチャーも知るところなので驚きはしない。

 だが実際に目の当たりにした事で、アーチャーは内心で「厄介だな」と独り言ちた。

 首を落とされようと心臓を抉られようと蘇るのが、千花の元々持つ能力。これだけなら、大規模魔術で丸ごと消し飛ばせば事は済んだ。しかし、今の千花はあの黒い泥の影響なのか、ランクA+の魔眼さえものともしない対魔力を手に入れてしまっている。これでは、どうすれば死ぬのか想像もつかない。

 

「はあァッ!!」

 

 アーチャーは懲りずに矢を放ち、千花に突き立ててゆく。

 無駄だと分かっていてなお、そうせざるを得ない。

 

「よく頑張るね、アーチャー………けれど、無理はしない方が良い。あの呪いを浴びたんだ、霊体の君が無事で済むわけがない。さっきから宝具の投影を一切行わないのがその証拠だ」

 

 そう、アーチャーは既に死に体。

 凜を護るために浴びたあの呪いの影響で、記憶の大部分を破壊されてしまったのだ。

 投影は使わないのではなく、使えないのである。頭の中が墨汁でも零したかのように真っ黒で、何一つイメージが浮かんでこない。

 見れば、結界内に突き立っている剣の数が、ギルガメッシュ戦の時と比べて随分少ない。アーチャーが今までの長きにわたる戦いの中で記録・貯蔵してきたはずの剣たちが、彼の世界から消え失せてしまっている………。

 

「ふふっ、君には反英霊の側面もあるから、呪いの影響が他の真っ当な英霊に比べて少ないんだろうね。まあ、それでもこうして立ち向かって来れるのは、君の精神力の賜物か。まったく感服するよ」

 

 しかし、そんな事は呪いを受けた時から分かっていた。

 だからこそアーチャーは最後の令呪を切ってでも、固有結界を強引に発動させたのだ。もはや生き残っても自分は戦力になれない。ならばこの一瞬に全てを賭けよう、と。

 万条千花はマスターの仇敵であり、それ以上に世界の敵だ。ならば英霊として、己の存在に賭けて打倒せねばならない、と。

 

「ふん、知った風な口をきいてくれる」

「うん――――だって、知っているからね。()()()()()

 

 そんな覚悟の下に放たれていたアーチャーの射が、ただの一言で止められた。

 千花が口にしたのは紛れもない、彼の………真名。

 

「なん、……………だと?」

「何を驚いているんだい、()()。外見が変わった? 声が変わった? 言葉遣いが変わった? 存在の格が変わった?――――馬鹿な。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 千花から魔力が放たれる。黒い泥ではない。純粋に、何らかの魔術を行使する際の予兆であった。

 アーチャーは疑問を棚上げにして、即座に身構える。千花はそんな彼を嘲るように言った。

 

「抵抗する気かな。………無駄だと思うよ? だって君は、()()に抗えなかったからこそ、()()()()になったんだろう?」

 

 そして、一瞬のうちに、世界は塗り替わる。

 剣の丘が、空に浮かぶ歯車が、英霊エミヤの世界が、別の何かへと変貌した。

 

「――――――――――――!」

 

 絶句。今のアーチャーを表すのは、まさにその一言であった。

 たったいま千花の使った魔術は、ただの幻術だ。視覚情報を書き換える魔術だ。規模こそ凄まじいが、魔術師ならば誰もが扱える初歩中の初歩。ただ目に見える景色が変わっただけで、現実の世界――――即ち固有結界が解除されたわけではない。仮にも英霊に対する『攻撃』としては、余りにお粗末な代物であった。

 ならば何故、アーチャーは言葉を失ったのか。

 何の事は無い。塗り替えられた先の光景が、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()からだ。

 

 視界一面を覆いつくす赤い炎。

 焼け落ちる民家。

 黒くねじくれてゆく死体たち。

 

 ああ、忘れようもない。

 摩耗した記憶にもハッキリと残るこの光景は―――――…!

 

「冬木市、大災害ッ………………!?」

「そう。これは十年前―――第四次聖杯戦争の総決算にして、英霊エミヤと()()()()()()()()()()だ」

 

 どくん、と。アーチャーの心臓が一際大きく脈を打つ。

 それは一体、どういう意味だ? さらりと付け加えられた言葉の真意を、理性が追いかけようとする。だが同時に、本能は最大級の警告を発していた。

 やめろ。考えるな。思い当たるな。今すぐにこの思考を抹殺せよ――――と。

 

 ………だが、そんな葛藤は、結局のところ何の意味も無かった。

 何故ならば。千花が口にした通り、英霊エミヤは決して、この光景から目を逸らす事など出来はしないからだ。

 

「――――――――――――ろ」

 

 原初の記憶の中、アーチャーは愕然と立ち尽くす。

 そんな彼の傍を、一人の少年が横切った。

 

 必死に、必死に。

 何かから逃れるように歩き続ける少年だった。

 少年は黒焦げの死体から目を背け、まだ生きている人からも目を背け、ただ一人必死に、必死に歩き続ける。

 

 ………アーチャーは知っている。

 その少年は、自分だけが助かろうとしているのだ。

 何をしたって、この赤い世界からは出られまい。そんな風に全ての希望を諦めていながら、それでも自分以上に絶望的な状況に立たされている人々を避けて歩いている。

 

「――――――――――――めろ」

 

 そして少年は、また一人の生存者を見つけた。

 子供だったのか、大人だったのか、男性だったのか、女性だったのか、それは分からない。

 何故ならこの世界は、その生存者から見た景色だからだ。

 だから分からない。

 分からないけれど、ただ一つだけ確かな事がある。

 

「――――――――――――やめてくれっ」

 

 生存者は叫んでいた。

 少年に向かって、小さな声で、焼け爛れた喉で、それでも懸命に叫んでいた。

 

「――――――――――――頼む、それ以上…………ッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――たすけて、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あアアああァああああアアあああああァアあアアアあああああああああああああああああああああああああアアァあああアあああああああああああああああァアああああああアアあああああァああアああああああァああああああッッッッ……………………!!!」

 

 ()()()()()()()()は、絶望のままに顔面を掻き毟る。血を吐くような絶叫を絞り出す。

 全てを理解したその時、英霊エミヤは存在の根幹から崩壊した。もう何も考えたくない。今すぐにでも、全てを捨ててこの場から逃げ出してしまいたい。それでも、彼を彼たらしめる原罪が、現実逃避さえ許さない。

 

 過去はまだ続いている。

 少年の耳は、確かに生存者の声を聞き届けた。

 そしてもう一度生存者の姿をハッキリと確認した上で、()()()

 

 見なかった振りをして。

 聞こえなかった振りをして。

 確かに捉えたはずの生存者の存在を、()()()()()()()()

 

 ――――まって、いかないで。

 

 そんな声も聞こえたけれど。

 少年は目を瞑り、耳を塞いで、背中を向けて逃げ出した………。

 

「あ、アあ………ァぁあア……………ッ!」

 

 幻術が解除され、周囲の景色が剣の丘に回帰してゆく中、アーチャーの胸には大きな穴が空いていた。

 それは心の痛みを表す比喩表現であり、同時に、字面通りの意味でもあった。

 突然明かされた衝撃の真実に動揺していたアーチャーは、全身隙だらけだった。それこそ千花が何の小細工も無しに歩み寄り、手刀で心臓を抉り出せる程度には。

 

「君は……………きみ、は…………ッ」

「………案ずることはないよ、英霊エミヤ。君の願いは、わたしが叶えてあげる」

 

 ――――だから、安心して眠るといい。

 手向けの言葉と共に、千花は突き立てた右手を引き抜く。

 

 ぱりん、と。

 薄氷を踏み割ったかのような音と共に、剣の丘は崩れ去った。

 

 

* * * * *

 

 

 固有結界が解除され、千花は現実へと帰還する。

 帰還地点は結界に取り込まれた場所とほぼ同一であったが、アーチャーの最期の抵抗なのか、中空に投げ出される形だった。

 数字にして地上約三十メートル。人間ならばまず墜落死を覚悟しなければならない高さだが、魔術師にとってはこの倍の高さでも恐れるに足らぬ。

 落ち着いて質量操作の魔術を繰ろうとする千花。しかし、数瞬後には事態がそれどころではない事に気付いた。

 ギルガメッシュとの戦いによって荒野と化した元・アインツベルンの森は――――少し目を離した隙に、更なる変貌を遂げていたのだ。

 

「っ、これは!?」

 

 千花の着地予定地点。眼下、余計な障害物が取り払われた荒野。

 そこに、何らかの液体でもって、直径十五メートルに及ぶ超巨大な魔方陣が描かれていた。しかも魔方陣には既に溢れんばかりの魔力が通っており、合図一つで大規模魔術が発動できる待機状態にある。

 

「そうか、固有結界を使った目的は、逃げる時間を稼ぐためじゃなく…………」

 

 そして。

 魔方陣の傍に。

 必殺の意志を瞳に湛える遠坂凜が立っている。

 

「死ね」

 

 距離の関係で、声は届かなかった。

 しかし唇を読むまでも無く、そう言ったのだろうという確信があった。

 

 巨大魔方陣をバックアップとして発動する魔術。

 ただ破壊を、ただ殺戮のみを突き詰めた復讐の牙が――――いま、千花を食い千切らんとして光を放つ。

 

(わたしが固有結界に囚われていた時間は十分も無かったはず………。僅かな時間でよくもここまで。よほどわたしが憎かったか? そんなにわたしを殺したかったか? ああそうだろう、そうだろうなあ………)

 

 恐らく、まともに当たればサーヴァントさえも殺し得るであろう破壊の一撃を前に、しかし千花は一切の動揺を見せなかった。むしろ、知らず浮き上がって来た六代目当主の暗い情動のままに、せせら笑っていた。見下していた。

 

「………無駄なんだよ、トオサカリン」

 

 千花の全身から、黒い泥が湧き出す。

 バーサーカーさえ呑み込んだ、あの黒い泥。呪いの塊だ。

 

(勘違いしてくれるなよ。私に復讐()()のが君なんじゃあない、私に復讐()()()のが君なのさ。考えてもみろ、君がいかに優秀な魔術師だろうが、たかが人間一人が生み出す魔力ごとき…………この‟この世全ての悪(アンリマユ)”に喰らい尽せぬ道理があるか?)

 

 この黒い泥は、言わばフォレスティの怨念と‟この世全ての悪(アンリマユ)”の融合体。

 他者を欲し、他者を取り込む。あらゆるものを呑み干してなお小動もしない――――そういう性質を持った、意志持つ純黒の胃袋である。

 今の千花は、まさにそれ()()()()

 いかなる害意も、彼にとってはただの食料にしかなり得ない。

 

「さあ絶望するといい、トオサカ。これが君の、」

 

 どん、と。

 不意に、千花の背中に何かがのしかかった。

 それは大きく、逞しい――――男性の身体だった。

 

「すまない」

 

 それが何に対する謝罪だったのかは分からない。

 男性――――英霊エミヤは、最期の力で千花を背中から抱きしめ、そして死んでいった。

 

 千花の泥は、無防備に飛び込んで来た餌に喜々として喰らいつく。

 今まさに凜の死力が放たれようとしているのをそっちのけで、英霊という極上の食料に夢中になっている。

 

「ばッ……………!?」

 

 そんな事をしている場合ではない。

 だが黒い泥の最優先事項は『生まれ出でる事』であり、アーチャーを取り込めばそれが叶うという現状、他の事は目に入らなくなっているようだった。

 

 早くアーチャーを喰い尽さねば、凛の攻撃を防げない。

 しかしアーチャーも英霊、魂の総量はかなりのもので、どんなに急いでも消化までには数秒を要する。

 

(くそ、これか! これが狙いかッ、これが本命か、トオサカッ! まずい、泥がアーチャーに気を取られて、防御がッ………!)

 

 千花の意識はそこで途切れた。

 後に発覚した事だが、この時凜の放った終末の光は、雲を吹き飛ばし、成層圏を貫いて、星の外まで達したという。

 

 自前の魔力、

 持ち合わせの宝石、

 父の形見、

 大気中の魔力、

 それら全てを統括し、更に増大させる機構(ギミック)

 

 魔術師として、そして姉としての全てを賭けた魂の咆哮。

 遠坂凜における生涯最大の一撃は、過たず千花の総身を呑み込んだ――――。

 

 

 

 

 

TO BE CONTINUED・・・




【作中捕捉】

■千花の泥
千花は虚数魔術の適性が無いので、HFルートにおける桜の影とは別物です。どちらかというと、Fateルートにおける言峰の泥の方が近い。あんな風に、聖杯から零れ出る泥をある程度自在に操れるものと思ってください。投げつければ呪いで精神攻撃ができるし、本体と直接繋がっている泥なら、黒桜のように相手を分解して体内に取り込むことができます。

千花はこの泥を使う事で、敵の魔力を分解し、呑み込むことで無効化できます。前々話で凜とライダーの攻撃を無効化したのはこのためです。が、一度に呑み込める魔力には限界があるので、許容量を超える魔力で攻撃されると超過ダメージを受けます。

今話の凜は、その超過ダメージで倒し切る事が狙いでした。

■気の長い伏線
Scene4でアーチャーが感じていた不安が、四十話近いインターバルを経て、今回ついに的中。
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