Fate/mille fiore-フェイト ミルフィオレ-【完結】   作:おるか人

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Scene.42  第五次聖杯戦争の結末

 天を貫く光の柱が、僅かな残滓を綺羅星のようにちらつかせながら消えてゆく。

 文字通り『己の全て』を吐き出した遠坂凜は、そのきらめきの全てが空気中に溶けてなくなるのを確認すると、がっくりと膝から崩れ落ちた。

 

「ハァッ…………ハァ、…ッ…………ハァッ………、………」

 

 ――――満身創痍。

 今の凜を表すには、その四文字に尽きる。

 

 肌にじっとりと浮かぶ脂汗。

 暴れ回る心拍。

 強制される不規則な過呼吸。

 ズタズタに断裂した魔術回路が訴える途方もない激痛。

 砕けた足腰はきっと、向こう数日間は立ち上がる事を許すまい。

 

 ボロボロだ。身体の内も外も、何もかも全てがガラクタ同然の有様と化している。

 

「…………う、……ハァ、ッ……ハ…ァ、ッ……ハ…………ょ……」

 

 本当に。

 本当に全てを吐き出したのだ。

 貴族として、自己評価に確固たる厳しさを持つ凜が――――『これ以上は無い』と断言できる一撃だった。

 

「……ハァ………、ょう………、ち……ゴホ、ッ……しょう………っ」

 

 なのに。

 なのに。

 なんで。

 

「ちく、しょう………ちくしょう、ちくしょうっ…………!!」

 

 なんで、殺せない?

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!?

 

「こんっ、…………………ちくしょぉぉぉぉぉぉぉぉぉ………………っ!!!」

 

 怒り、嘆き、悔しさ。凜は、心の中に浮かんだあらゆる感情を、叫びに変えて迸らせる。

 私の身体よ、動け。動け、動け、動け、動け、動け、動け動け動け動け動け動け動け動け! 頼む、あと数秒の間だけでいい、あと数メートルの距離だけでいい、たった一握りぽっちの魔力だけでいい。いま、アイツを殺せるだけの力を絞り出せ――――――!

 

()()()い」

 

 その一言は、周囲の重力を変えた。

 もちろん錯覚である。だが、現実として地球の持つ引力が変化したのではないか、と思わせるほどのプレッシャーが、目の前の人物から放たれていた。

 

「五月蠅い、五月蠅い、五月蠅い、五月蠅い、五月蠅い、五月蠅い、五月蠅い、五月蠅い、五月蠅い、五月蠅い、五月蠅い、五月蠅い、五月蠅い、五月蠅い、五月蠅い、五月蠅い、五月蠅い、五月蠅い、五月蠅い、五月蠅い、五月蠅い、五月蠅い……………」

 

 万条千花。

 確かに凜の全力をその身に受けたはずの彼が、いま――――僅かな肉片一つから、完全なる再生を果たす。

 

「五月蠅いんだ、どいつもこいつも………人の頭の中で、好き勝手にガンガンと…………黙れ、喋るな、消え失せろ。お前らの気持ちなんて知ったことか。わたしはわたしだ。わたしの気持ちはわたしだけのものだ。わたしは他の誰でもない、わたし以外の何者でもない…………!」

 

 千花は生まれたままの姿で、凜ではない誰かに喋りかけていた。そもそも凜の事など忘れてしまったかのように、ただ虚空へ向かって「わたしはわたしだ」と、力強く繰り返し続ける。

 およそ十秒はそうしていただろうか。不意に独り言が止まり、金色の視線が再び凜へと向けられた。

 

「…………見事な一撃だったよ、遠坂凛」 

 

 称賛とも侮辱ともとれる言葉に対し、凜は何も言わなかった。

 否、言えなかった。肉体が完全なる再生を果たした瞬間から、重力にすら錯覚する程の千花のプレッシャーが、更に圧力を増していったからだ。

 精根尽き果てた凜は、唇を金魚のようにパクパク開閉するのが精一杯で、もう呻き声の一つも上げられない。

 

「英霊六騎分の魂をくべた灰聖杯………この世の内に留まる願いなら何だって叶えられるだけの力………もはや恐れるものなど何もないと高をくくっていたよ。勝ったも同然だ、ってね。甘かったな。まさか、あんな形で追い詰められるなんて、夢にも思わなかった」

 

 恐らく、この称賛には何の含みもないのだろう。

 万条千花は、遠坂凛の『全力』に心からの敬意を示していた。

 

「何故わたしが生き延びたのか、知りた――――――…くは、別になさそうだね。まあ、黄泉の手向けに教えておくよ。少しでも心をスッキリさせておいた方が、君の為でもある」

 

 力なく地面にへたり込んでいる凜の(おとがい)を、千花のたおやかな指がなぞる。

 

「といっても、別に複雑な事情があったわけじゃない。教会から情報をもらったのなら知っているだろう? わたしは体内に、肉体のストックをいくつも隠し持っている。そのストックを一つだけ体内に残し、残りの全てを巨大な肉壁へと変えたのさ。言わば、即席のシェルターってところかな」

 

 その指先から、黒い泥が湧き出した。

 英霊でさえ容赦なく侵食する呪いが、凜の首元から全身へと広がっていく。

 

「お察しの通り、これはわたしたちにとっては最終手段と言えるものだ。何せ、やろうと思えば何百回と肉体を再生させられる肉の芽を、たった一度の防御の為だけに使い捨てる、到底リスクとリターンが釣り合っていない技だからね。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――――そんな時だけ使う事が許される、秘中の秘ってわけさ」

 

 まあ、結局完全には防ぎきれなくて、身体の八割を消し炭にされちゃったけどね――――そんな事を話している間にも、黒い泥がじわじわと身体中に行きわたってゆく。

 それはまるで、真っ白な画用紙に垂らされた墨液の行く末を見守る様な光景だった。

 

「さて、種明かしはこれでお仕舞。疑問は解けたかな? 敗北を受け入れられるだけの心の整理はついた? 怨嗟と拒絶の渦巻く生き地獄へと叩き落とされる準備はOK………?」

 

 ――――殺される。

 自分の死がぽっかりと目の前で大口を開けている事を感じ取った凜は、しかし、何も出来なかった。

 抗う事も、悪態を吐く事もできず、黙って千花の処断を受け入れる事しかできない。何故なら、凜は既に、全てを出し尽くした後だったから。

 

「さようなら、遠坂凛」

 

 全てを出し尽くした以上、強者の沙汰に抗う術などあるはずもなく。

 凜の意識は泥の奔流に押し流され、どこまでも黒い、無明の闇へと堕ちていった。

 

 

* * * * *

 

 

 凜が泥の中へと消えてから、およそ一分後。

 一人荒野に佇む千花の許に、忠実なる従者が帰還を果たした。

 

「戻ったぞ、主殿」

「おかえり、小次郎」

 

 千花が呼び表した通り、現れたのはアサシンのサーヴァント、佐々木小次郎である………はずだ。しかし、どういう事か。彼の姿は、以前までとは全く異なるものとなっていた。

 

 上質な藍染を思わせた長髪は、灰がかった白色に。

 雅な趣を誇っていた羽織袴は、漆黒の下地に血色の葉脈模様が走る、生理的な嫌悪を催す姿に。

 刃物としての機能を除けば、何の神秘も纏わぬ鉄塊と大差なかったはずの物干し竿が、呪いを帯びた魔剣に。

 余裕と自信を感じさせる端正な顔立ちだけを残し、彼の全てが変わり果てていた。

 

 彼は本当にアサシンなのか? 本当にあの、花鳥風月を愛でる色男なのか? 以前の彼を知る者なら、誰もが疑わざるを得ないだろう。

 だが、事実として彼はアサシン・佐々木小次郎。

 かつて学園の屋上でセイバーを斬り伏せ、夜の街でバーサーカーに先んじて主を救った、あの侍と同一人物である。

 

「ランサーには………逃げられたみたいだね?」

「申し訳ない」

「構わないよ。きっとアーチャーの仕業だ。好きな場所に取り込めるって事は、好きな場所に吐き出す事も出来るんだろう。結界は死んだから解除されたんじゃなく、死ぬ前に、自分の意思で解除してたわけだ。英雄王打倒の一件といい、まったく本当に、英霊って奴は侮れない」

 

 いや、アサシンだけではない。

 くくく、と忍び笑いを漏らす千花も、いつの間にか外見が変化している。

 

 つい一分前まで生まれたままの姿だったはずの彼は、闇そのものを編み上げたかのような、純黒の袍服を身に纏っていた。

 全体的に余裕のある、ゆったりとした拵えになっており、風が吹くたびに、身じろぎをするたびに、服端がゆらゆらとたなびく。服の袖や裾に染め付けられた血色の模様が、先の特徴と相まって、まるで燃え盛る炎のように見える。

 衛宮士郎が、或いはアーチャーがこの服装を目の当たりにすれば、『まるで十年前の悲劇が形を成したようだ』とでも評しただろう。

 

「そう、相手は英霊。力を手に入れたとしても、決して侮ってはいけない相手だったんだ。あのギルガメッシュさえ、慢心という隙を突かれて敗れ去ったのだから。彼のような強さを持たないわたしは尚の事、一切の油断も許されない。………ふふっ、アーチャーと凜は図らずも、良い教訓を残してくれたよ」

「それは何よりだ。では、これからどうする? アーチャーを斃した事で、そなたの器は満たされたのだろう? 降霊の儀に入るのか? それとも、先に彼奴らを追うか?」

「そうだねえ……………」

 

 千花はわざとらしく、顎に手を添えて「うーむ」と唸り始める。

 唸る事数秒。やっぱりわざとらしく、ぱんっと柏手を打つと、

 

「よし、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()としようか」

 

 敵対者にとっては、およそ最悪と言えるだろう方針を口にした。

 

「できるのか?」

「できるとも。今やこの身は万能の願望器。いっそ呆れるくらい欲張りにいこうじゃないか!」

 

 どろり、と。千花の服から、あの黒い泥が染み出す。

 彼が身に纏う服は、一見そう見えるだけで、実際のところ服ではない。バーサーカーを、アーチャーを、そして今しがた遠坂凛を呑み込んだ、あの黒い泥――――‟この世全ての悪(アンリマユ)”そのものなのだ。

 どろどろと千花の周囲が黒一色に染め上げられてゆく。と、その泥の中から、人型の何かが姿を現した。

 

「アアア、ァ…………」

 

 地獄に吹く隙間風のような声、枯れ枝のように痩せ細った身体、ぐずぐずに崩れた皮と肉、眼窩からこぼれ落ちた目玉。

 そう。それは、いつか士郎が夢の世界で見た餓鬼であった。

 一人、四人、七人、十人…………夢の再現のように、秒を経るにつれ、次から次へと泥から湧き出て来る餓鬼、餓鬼、餓鬼の大群。

 餓鬼の数が五〇〇に差し掛かったあたりで千花は泥の流出を止め、ただ一言の命令を下す。

 

「――――――――行け」

 

 餓鬼は迷いなく、その命令に従って四方へ散った。

 ある者は全身を振り乱しながら走って、ある者はふらつきながら歩いて、またある者は獣のように四つん這いでで駆けてゆく。

 まるでB級のパニックホラー映画のような光景を見送った後、千花はいっそ淫らなほどの欲望を露わにして笑い出す。

 

「ふ、くくく、くぁはっは………! ただ今この瞬間より、冬木の街は地獄と同義語。士郎! さあ、士郎! 君のクソ下らない正義とやらで、わたしの復讐を止めてごらん? 出来るものならねえ!? ふははは、ぁぁははははは!! ふふっ、ふふふぁあっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっ……………!!」

 

 解き放たれた底無しの憎悪が、哄笑となって荒野に響く。

 傍に控える黒き剣士は、痛ましいものを見たかのように、そっと視線を伏せた。

 

「主殿………………」

 

 その小さな呟きは、哄笑に呑まれ、誰の耳にも届くことなく掻き消えた。

 

 

* * * * *

 

 

 こうして、呼び出された英霊全ての脱落を待つ事無く、第五次聖杯戦争は幕を下ろす事となった。

 これより始まるのは、ただ己の命と、己の未来を勝ち取るための戦い。意志持つ生物がこの世に生まれた瞬間より存在する、原始の生存競争である。

 

 争うのは、ただ二人。

 正義に殉ずる事を己に命じた少年、衛宮士郎と、

 己が存在を復讐の一念に委ねた幽鬼、万条千花。

 

 残された三騎のサーヴァントと二人のマスターを背景に、

 いま、最終決戦の幕が上がる―――――――。

 

 

 

 

 

Chapter 4“復讐するは我にあり”――――――――――END

Chapter 5へ続く。




【作中捕捉】

■黒アサシンのステータス
筋力 B+
耐久 D
敏捷 A+++
魔力 B
幸運 A
宝具 ?

幸運以外、軒並み1ランクアップ。魔力と敏捷は特にガッツリ伸びた。ただし、その立派な魔力は勝手に刀に乗ってるだけなので、魔術師ではないアサシンが意識して使用する事は不可能。要するに、戦闘スタイルに大した変化はない。

魔力上昇における一番の恩恵は、刀の強化。物干し竿の弱点であった強度が魔力によって大幅に改善されたため、UBWルートのような武器破壊が非常に困難となった。

スキルには一切の変化無し。宝具が追加されたりもしない。これは、あくまで千花が『灰聖杯の力でアサシンを強化しているだけ』だからである。髪とか白くなってるけど、別に反転はしていない。小次郎オルタじゃないよ。
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