Fate/mille fiore-フェイト ミルフィオレ-【完結】   作:おるか人

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Chapter.5 ‐Back To Zero‐
Scene.43  パスト・ヴィジョン4/4 -Fate-


 策謀、陰謀、権謀、共謀。

 あらゆる手段をもって魔術師の成果を盗み取ってきたフォレスティ一族であるが、その所業が一切明るみに出なかった………というわけでもなかった。

 フォレスティの恐るべき人類侵略計画を察し、抗おうとした者たちも確かにいたのだ。

 

 今回語られるのは、その一例。

 時は、現代よりおよそ三〇〇年前。万条家誕生の数年前に遡る――――。

 

 

* * * * *

 

 

 第二次聖杯戦争に端を発する迷走を見る通り、フォレスティ一族は優秀だが、決して万能ではない。あくまで継承魔術による集合知と経験則で他者より優位に立ちやすいだけの、秀才の群れである。だから当然、突出した天才に出くわせば、出し抜かれる事もある。

 

 ――――グリマルディの女に逃げられた。救援を求む。

 

 ある時、分家から送られてきたこの情報は、フォレスティ本家に上から下への大騒ぎを齎した。

 グリマルディとは、その当時フォレスティが取り込もうとしていた魔術師一族の名前である。

 何でも、長きにわたり研究が進歩しておらず、跡継ぎが非才であったためか、先代当主が『もう根源への探求は諦める』とまで口にしたらしい………即ち、()()()()一族。まさに、フォレスティからすれば格好の獲物だ。

 

 いつも通りに分家の者を派遣し、

 いつも通りにその魔術師を誑かし、

 いつも通りに我らが血を継ぐ子を産ませればいい。

 なに、後始末もその後のシナリオ作りも、()()()()()()だ。

 これでまた、フォレスティ一族に新たな繁栄が齎されるだろう――――彼らはそんな、呑気な事を考えていた。

 

 その考えが、まさしく捕らぬ狸の皮算用であった事を思い知らされたのは、派遣した分家の男がグリマルディ家当主の女と式を挙げ、初夜を済ませ、新婚生活に慣れを感じ始めた頃だった。

 

「馬鹿な、一体どうして気付かれたというのだ!?」

 

 突然、女は夫の前から姿を消したのである。無事に妊娠が確認され、本家が「そろそろ手を打つか」とほくそ笑んだ矢先の出来事であった。

 どうして、と慌てふためくフォレスティであったが………実のところ、この破局は必然であった。何故なら、そもそもグリマルディが根源への道を捨てたのは、魔道において常識とされる『人道に悖る行い』を嫌ったからだ。

 そして原点がどうあれ、フォレスティは今や非道極まる魔術師一族。いかに外面を取り繕おうと、振る舞いの端々に人を人とも思わぬ倫理観が滲み出る。

 以前より夫に対し無意識の警戒を抱いていた女は、懐妊を経た事でそれを完全に自覚し、今回の失踪へと繋がったのである。

 加えて、女は何と失踪前に夫の背後を調べ上げ、フォレスティ家の存在にまで行きついていた。数千にも及ぶ魔術を操るフォレスティの目を掻い潜り、目当ての情報を手に入れる………とてもではないが、出来損ないの魔術師に出来る事ではない。

 

「我らの秘密が表に出れば、厄介な事になる。探せ! どんな手段を使ってでも、あの女を殺して口を塞ぐのだ!」

 

 失踪発覚からすぐに調査に乗り出したフォレスティであったが、どれだけ情報をかき集めても、痕跡の後追いになるばかりで、一向に女を見つけ出す事が出来ない。

 そう、単純に魔道の在り方そのものを嫌って研究を止めていただけで、女は歴代でも並ぶ者のいない天才魔術師だったのである。所詮は落伍者の一族と侮っていたフォレスティは、完全に不意を突かれた形となった。

 

 フォレスティにとって不幸は、その女が予想以上に有能だった事。

 しかしフォレスティにとっての幸運もまた、その女が予想以上に有能だった事であった。

 

 血を分けた実子に血の契約を結ばせる事で、思想・理念を歪んだ形で受け継がせる‟継承魔術”………女は、その恐ろしさを正しく理解していた。

 それこそ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、という事にもしっかりと理解が及んでいたのだ。

 

 例えば、そこで露店を開いている人の良さそうな男性が、フォレスティの手先かもしれない。

 例えば、そこの教会で神の教えを説いている神父が、フォレスティの手先かもしれない。

 例えば、例えば、例えば。

 

 次々と湧き上がる疑念が、女の口を自主的に塞がせた。

 自分の暴き出したフォレスティの秘密は、一刻も早く誰かに伝えなければならない。けれど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。もし下手を打てば、自分は飛んで火にいる夏の虫を体現する事となる。

 

 女は誰も信じられなかった。

 数年前に唯一の肉親である父を亡くした彼女には親類縁者はおらず、魔術師という特殊な来歴が、心から信頼できる友人の存在も許さなかった。

 故に、彼女が優先したのは自分の、ひいてはお腹の子の安全であった。

 

「この子だけは、絶対に守り抜いてみせる!」

 

 女はその一心で、たった一人、フォレスティの手先から逃走を続けた。

 秘密を知られるわけにはいかないフォレスティと、秘密を迂闊に喋る事が出来ない女。両者の利害が図らずも一致したのである。

 

 

 

 

 

 両者の鬼ごっこが終わったのは、事態の発覚からおよそ一年後の事。

 女は無事に赤子の出産まで漕ぎ着けたものの、不運な事に産後の肥立ちが悪く、身重の時以上に身動きがとれなくなり………とうとう、フォレスティの追手にかかったのである。

 

 母子の死亡を確認し、隠蔽工作を済ませたフォレスティは、早々にその場を立ち去った。

 これだけの労力を費やした結果、得たものは何もない。まったく骨折り損のくたびれ儲けだ、などとぼやきながら。

 

 それから程なくして、日本という国の有用性が発覚、万条家の誕生、第一次聖杯戦争の勃発と、フォレスティ一族にとっての一大事が続いたため、グリマルディという小さな一族の話は忘却の彼方へと追いやられていった。

 

 彼らは気付かなかった。

 女の産んだ赤子が、双子であった事に。

 双子の片割れが、フォレスティの追手が来る直前、近くの民家に預けられていた事に。

 

 

* * * * *

 

 

 ――――もしも、運命というものがこの世に存在するのなら、それはあまりにも残酷な巡り合わせであった。

 

 その時生き延びた赤子が、子宝に恵まれなかった優しい老夫婦に育てられた事。

 その子が母の手により‟隠蔽”の魔術を受けていた事により、八代続いた魔術師の血を引きながら、それを知らず、平穏無事に育った事。

 その子が無事に大人となり、愛する人と真っ当な家庭を築いた事。

 その子の子供が、孫が、ひ孫が………子孫たちが、何の問題も無く、一般家庭で生まれ育って行った事。

 やがて子孫の一人である女性が日本へと留学し、現地の日本人男性と恋に落ちた事。

 その女性が、祖国ではなく、恋人の故郷である日本で暮らすと決断した事。

 二人が終生の地と定めたのが、『冬木』という名の地方都市であった事。

 

 全てが誂えたようだった。

 何もかもが予定調和のようだった。

 

 そして残酷な運命は、一組の夫婦と、その間に産まれた子供を――――容赦なく、冬木市大災害という名の地獄へと投げ入れた。

 

 

* * * * *

 

 

 赤い、赤い世界の中。

 一人この世に取り残されたわたしは、小さな声で、それでも力いっぱい叫んでいた。

 

 ――――誰か! 誰か助けて!

 

 潰れた喉で、焼け爛れた喉で、必死に叫ぶ。

 わたしは生きている、わたしはここにいる、と叫び続ける。

 

 やがて、その声は一人の少年に届いた。

 赤い世界を彷徨う、赤い髪の少年だった。

 

 ――――助けて! お願い、気付いて!

 

 少年はその声を聞いた。

 声の出所であるわたしを見た。

 気付いてくれた! 歓喜に身が震える。

 

 ――――足が引っかかって抜けない。手を貸して! 引っ張ってくれるだけでいい………!

 

 必死に、必死に現状を伝える。

 炎はもうすぐ傍まで迫ってる。

 でも、まだ間に合う。今ならきっと助かる。

 だからお願い、わたしに手を差し伸べて、と。

 

 少年はわたしの声を聞いていた。黙って、わたしを見ていた。

 ああ………その瞳が、身体が、みるみるうちに恐怖に彩られてゆく。

 

「うぁ………ああアああアアあアあああッ!」

 

 恐怖が頂点に達した時、少年は迷う事無く、わたしの前から逃げ出した。

 

 ――――そんな………!? ま、待って!

 

 わたしの声は聞こえていたはずだ。

 わたしの姿は見えていたはずだ。

 なのに。

 

 ――――行かないでっ! お願い、助けて! 見捨てないでっ!

 

 どれだけ叫んでも、少年の背中は遠ざかってゆくばかり。

 やがて、少年は炎と煙に紛れて消えていった。

 

 ――――なんで、どうして。

 

 わたしの身体から力が抜けていく。

 赤い炎が少しずつ、少しずつ、わたしに迫って来る。

 

 ――――あつ、………い………………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぽつり、と。

 わたしの肌を一滴の水が打った。

 それをきっかけに、次々と落ちて来る水滴が、黒焦げの身体を濡らしてゆく。

 

 ――――きもちいい、な。

 

 目を開く。

 さっきまであんなにも赤かった空が、どんよりとした鈍色に染まっていた。

 

 あれから、どれだけの時間が経ったのだろう?

 あれから一体、何が起こったのだろう?

 わたしはどうして生きているのだろう?

 

 たくさんの疑問はあったけれど、全部後回しにして、空に向かって手を伸ばした。

 

 それは、意味のある行動では無かった。

 その時のわたしには痛みも苦しみも無かった。

 ただ、まるで宙に浮かんでしまいそうな気持ち良さに満たされていたから。

 

 ――――いまなら、あの空にも手が届くかな?

 

 そんな、馬鹿な事を思っての行動だった。

 

 この曇り空が晴れれば。

 降りしきる雨が止めば。

 きっと、陽のあたる明日が帰って来ると信じていたから。

 

 もちろん、わたしの手が空に届く事は無かった。

 持ち上げられた手は、どこにも届くことなく、地面へ落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ………いや。

 落ちる、筈だった。

 力無く沈む手を握る、大きな手。

 

 ………その顔を覚えている。

 目に涙を溜めて、心の底から喜んでいる男の姿。

 男は何かに感謝するように、ありがとう、と言った。

 

 見つけられて良かったと。

 わたしをまっすぐに見つめながら、これ以上ない――――()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おお、名も知らぬ我が血族よ! 一族の救世主よ! お前に新たなる名を授けよう!

 

 そう――――千の花(ミルフィオレ)! (よろず)(えだ)(せん)(はな)を咲かせる者よ!

 

 誉れも高きこの称号を、悲願と共に継いでゆけ! いずれ来たる、裁きの日の為に!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 名も知らぬ老人の哄笑。

 天より注ぐ無数の雨粒。

 それらを浴びながら、わたしはハッキリと、未来への確信を抱いた。

 

 

 

 

 

 ―――― ああ。この雨が止んでも、きっと

 

      わたしは、陽のあたる世界へは帰れない ――――

 

 

 

 

 

TO BE CONTINUED・・・




【作中捕捉】

■グリマルディ家
フォレスティが積極的に取り込みたいと思う程度には優秀だった魔術師一族。どういうわけか代替わりを重ねる毎に真っ当な倫理観が育ち、七代目にて遂に「魔術師なんてヤクザな家業は次代あたりで終わりにしよう」という意見が出るに至った。

しかし、いきなり我が子を魔道から遠ざけても、優れた素質が魑魅魍魎を引き寄せてしまう、言わば『遠坂桜問題』が残って危険なので、ゆっくりと代を経て魔術回路を衰退させていく道を選んだ。なので、対外的には既に魔術師を廃業しているものの、最後の当主である八代目は十分に優秀な素質と技術を備えていた。

ちなみに、‟隠遁”の魔術が得意で、八代目当主がフォレスティから一年間逃げ延びる事ができたのも、この魔術の恩恵に依るところが大きい。

■グリマルディ家八代目当主
本名をスペランツァ・グリマルディといい、千花の祖先にあたる女性。お腹に子供を抱えた状態で、誰の助けも借りずにフォレスティから一年近く逃げ延びたという、わりととんでもない経歴を持つお母さん。

父に似て真っ当な倫理観を持ち、魔道の探求を止め、一般人に戻る事にも肯定的だった。天才的な魔術師でありながら、一般人から見ても立派な良識を持つという、型月世界における超・異端児。惜しむらくは男を見る目が無かった事。妊娠してからやっと夫の本性に気付き、慌てて行方をくらませた。

フォレスティの勢力が全世界に広がっている事を知り、『誰にも頼れない』と諦観した結果、味方を作る事もできなかった。医者も頼れなかったので、双子の出産時は人目に付かない廃墟で、それも自ら取り上げたパワフルかーちゃん。

双子は両方とも逃がすつもりだったが、少しでも生き延びる可能性が上がるようにと、別々の場所へ避難させようとしたのが彼女の幸運であり、不運だった。弟は無事に逃がせたものの、兄を逃がす前にタッチの差でフォレスティの追手に捕まってしまい、抵抗空しく母子共々に無念の死を遂げた。

しかし、妊娠発覚直後に逃げ出したため、フォレスティの追手は産まれたのが双子である事に気付かず、そのまま捜索を終了する。もしも両方とも逃がしていたら、赤子の捜索も行われていた可能性が高いので、結果的には幸運だったと言えるだろう。

■フォレスティ一族
本作における諸悪の根源である魔術師一族。

ただし、全ての始まりは心優しい一人の魔術師が、自分の一族に伝わる技術を世界に広めて文明開化をしようとした……という美談であり、継承魔術によって捻じ曲がった現在も、その志を完全に失ったわけではありません。彼らの根っこにあるのは(捻じ曲がってはいますが)あくまで善意であり、だから改心なんて出来ないのです。

純血に拘るアインツベルンに対し、あちこちに子孫を広げるフォレスティ。
日本に移住して零落を始めたマキリに対し、日本に来て飛躍したフォレスティ。
誇りを尊重する遠坂に対し、誇りなんぞクソくらえと魔術を金儲けに使うフォレスティ。

このように、フォレスティ一族の設定は、基本的に聖杯御三家との対比です。

……が、実際の所フォレスティも他の者を一族に取り込むことで結果的に絶滅させる異質な純血主義者であり、日本に来たのが破滅への第一歩であり、敗北を認められずに狂ったのは、何百年と敗北を避け、勝利し続けてきた事で積み上げられたプライドが原因だったりと、根っこのところで御三家とそっくりだったりします。

■気の長い伏線 part2
Scene.1冒頭のモノローグは士郎ではなく、千花のものです。
原作に肖った演出の一つ。
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