Fate/mille fiore-フェイト ミルフィオレ-【完結】 作:おるか人
――――斜陽。
それは、文字通り太陽が傾く………即ち日の暮れを表す言葉である。
同時に、勢威・富貴などが衰亡に向かっていること。没落しつつあることを指す比喩表現としても使用される。
現在。冬木市某所に存在する丘の上の教会では、上記二つの斜陽が訪れていた。
「ガハ、ッ…………ゴホ、………ハ、ァ……」
赤らみ始めた空の光が差し込む中、静謐な聖堂に打ち捨てられた男が一人。
男――――言峰綺礼は、自らが吐き出した血の海に溺れながら、ゆっくりと回想する。頭に浮かぶのは、つい昨日の出来事。彼の共犯者たる黄金の英霊が吐いた言葉だった。
「ゴホ、……あ、『徒花の咲き誇る舞台の中心で、血のあぶくを吐きながら』…………か。その通りだ、ギルガメッシュ………お前は、正しかった………な」
万条千花は、絶望を約束された存在だ。
いくら救われようと足掻いても、決して報われる事は無い。
足が折れたら手で身体を引きずって、腕が千切れたら芋虫のように這いずって。もがいて、もがいて。しかし、そうまでして抗っても、待ち受ける未来は袋小路。
綺礼は悔やむ。――――ああ、実に惜しい。全ての希望が潰え、最果てで泣き咽ぶその姿は、両の眼から流されるその涙は、さぞ己の心を潤す最高の見世物となっただろうに、と。
(そう、正しかった。お前の見立ては何一つ間違ってはいなかったとも)
ギルガメッシュに間違いがあったとすれば、それは一つ。
万条千花の抱いていた『情念』――――その大きさを見誤った事だ。
彼が地獄への道連れに落とす命の中には、自分や、ギルガメッシュの命も含まれていた。ただそれだけの話。
「――――初めまして、言峰神父。わたしの兄弟たちを開放してあげに来たよ」
数分前。教会の扉を開くなり上記の台詞から「そういうわけで、邪魔だから死んでくれ」と続け、綺礼の心臓を遠隔から握り潰した少年。
元代行者である綺礼は、尋常ならざる身体能力を有している。恐らくはサーヴァントを相手取っても、逃げに徹すれば、命を抱いてこの場を脱する事が出来たはずである。
そんな綺礼が今、血の海に沈んでいるのは、実力云々の問題ではなく、ただただ相性の問題であった。
然もあらん。十年前の戦いで命を落とし、以後は‟
(聖杯の模倣品………万条が第四次に姿を見せなかったのは、そういうわけか。だから、ギルガメッシュはあのタイミングでアインツベルンに攻め込んだ、と。………ク、まったく無様なものだ。あれだけ時臣師の在り方を嘲笑っていたお前が、同じ轍を踏むとはな)
くくく、と声なき声で笑う。
もはや身体はピクリとも動かず、唯一自由な意識だけがフワフワと泳ぎ続けるだけ。
今の綺礼には、それくらいしかできる事が無かった。あと数秒もすれば、その意識も永久の闇に閉ざされる事だろう。
ふと、綺礼は想像する。
もしも十年前、自分が冬木市大災害の遠因を担わなければ。
もしも十年間、災害の被災者をギルガメッシュの餌として利用していなければ、と。
(成程、因果応報………か。まさか私が、
………綺礼の聴覚に、人生最後の情報が伝わって来た。
火だ。パチパチと、火が木材を侵食し、焼き尽くしてゆく音が聞こえる。
(火葬――――か? 何とも
意識が遠のく。
視界が真っ暗闇に落ちてゆく。
(出来る事なら訊ねてみたかった。その眼に、世界はどう映っているのかを――――――…)
地下室に放たれた弔いの火は、やがて聖堂に倒れ伏す男の遺体を含め、建物全てを呑み込んだ。
綺礼が最期に零した独白も、その心に残されていた‟
* * * * *
「とりあえず、シロウの家を目指しましょう」
目を覚ました士郎に、イリヤスフィールが伝えた行動指針がそれだった。
現在位置は冬木市商店街の近くにある公園――――かつて、士郎とイリヤスフィールが並んで大判焼きを頬張った場所――――である。
何故、ペガサスに運ばれていたはずの一行が、一息に衛宮邸まで乗りつけず、こんなところでたむろしているのかと言うと、まさにそのペガサスが原因なのである。
「この子はそろそろ限界です。休ませてあげてください」
ライダーは、ギルガメッシュとの戦闘時にもペガサスに騎乗していた。いかに優れた騎乗スキルを持つ彼女とその相棒の力を以ってしても、雨霰と投射される宝具を全て躱し切る事は出来なかったのだ。戦闘時に負った傷が飛行中に開き、この公園へと不時着を果たしてしまったのである。
死に至る事は無かったが、ペガサスは騎乗兵であるライダーにとって、欠かす事の出来ぬ存在。これから先に待ち受けているであろう戦いを思えば、ライダーの言に否を唱える人物が居ようはずもない。ならばここからは歩いて行こう――――一行がペガサスの送還を見送ったところで、士郎は目を覚ましたのだった。
「俺の家に?」
「ええ。今はあの金ぴかとの戦いで、誰も彼もが消耗してしまっているもの。少しでも回復しないと、どうしようもないわ」
療養という目的ならば、衛宮邸ではなく、柳洞寺を始めとする霊地のいずれかを抑えるのが良いのだろう。が、冬木市の霊地とは即ち、聖杯の降霊地でもある。三分の一の確率で千花が現れる可能性があるとなると、のんびり休息など出来はしない。
「けど、イリヤ? 霊地っていうのは柳洞寺と、遠坂の家と、教会なんだろ? 前二つはともかくとして、教会は良いんじゃないか? ほら、前に言ってたじゃないか、教会は中立地帯だって。そんな場所に攻め入るのは、千花の奴も避けるはずだろ」
「いいえ。むしろ教会こそが、一番の危険地帯よ」
「なんでさ? 監督役の人に千花の事を説明すれば、こっちの味方になってくれるかもしれないじゃないか」
「確かに、万条………フォレスティ一族は、教会に恨みを買ってるわ。現状を説明すれば、教会の連中は喜んで力を貸してくれるでしょうね」
「なら、」
「
「…………………あっ!?」
「そういうこと。教会は論外で、円蔵山は冬木で一番の霊地だから、多分、教会の前か後に抑えに来るはず。これも除外。つまり一番の狙い目はリンの家なんだけど………魔術師の陣地なんて、十中八九、対侵入者用の迎撃魔術が仕掛けてあるでしょうね。休む場所欲しさに余計な体力を浪費するんじゃ、本末転倒だわ」
様々な情報を鑑みた結果、衛宮邸こそが最も的確な避難所であると判断されたわけだ。イリヤスフィールの早口な説明を受けた士郎も納得を示し、自宅の開放を認めた。
「決まりね。じゃあ、早く行きましょ」
説明を終えたイリヤスフィールは、さっと踵を返すと、早歩きで一行を先導し始めた。
「こうなっては仕方がありませんね」
「チクショウ、何でこんな事になったんだよ……………!」
それにライダーと慎二が続く。
士郎も慌てて着いて行こうとしたが、その前にグイッと腕を引っ張られた。何事かと視線をやると、真っ白なメイドの鋭い瞳とかち合った。
「っと、セラ?」
「士郎さん、貴方は最後尾です。私の隣を歩いて下さい」
「え? 何で」
「いいから従ってください。今のお嬢様に、これ以上余計な心配事を増やすわけにはいきません」
よく分からない発言だったが、そこには有無を言わさぬ迫力がある。
何か大事な訳があるのだろうと、士郎は大人しく言われた通りに最後尾を歩く事にした。
「どうしっ、………」
訳を聞こうとしてすぐに、セラが自分の唇に人差し指を添えてみせた。所謂『静かに』のジェスチャーだ。訝しみながらも、士郎は周囲に聞こえないよう、声の音量を下げて続ける。
「………どうしたんだ、セラ? イリヤに心配事って?」
「まず、ご自分の肌をよく見てみなさい」
肌? と疑問符を浮かべながら、自分の身体を見やる。
異変は直ぐに見つかった。手の平、手の甲、腕、腹――――身体のあちこちに点在する、黒い斑点。まるで内出血か何かのように、身体の内側から滲み出ている『黒』が、士郎の全身をポツポツと染め上げていた。
「これ、は…………!?」
「見たところ、呪詛の類です。城で私に治癒を施した時、独りでに浮き上がって来たように見えました。何か、正体に心当たりはありますか?」
「…………それは」
心当たりどころか、詳細まで全て知っている。
最後の『夢』と共に、千花はとある情報を士郎に投げ渡した。それは、今現在の士郎の状態を示す
士郎は、学園屋上での戦いをきっかけに、千花と霊的な繋がりを持った。
それは千花が、自分の記憶を『夢』として見せる事で、士郎に己の所業を見せつけ、罪悪感を抱かせるためのものであった。
千花にとって予想外だったのは、士郎が他者の経験の模倣、いわゆる憑依経験の魔術に高い適性を持っていた事だ。士郎は「千花から凜を救いたい」という一心から、無意識の内にラインを遡り、千花の中から知識の一部を奪い取ってしまったのだ。
結果、士郎は治癒魔術を始めとする多くの技術を習得する事に成功した。しかし、その代償にフォレスティ一族が今まで積み重ねてきた悪徳の記憶や、それらと同化していた‟
まるでお嬢様のような『~ですわ』といった口調だったり、まるで不良のような乱暴な態度だったり。セイバーに対して繰り返したあの不可解な言動は、士郎の人格が、呪いと化したフォレスティの記憶に侵食されている事の証明だったのだ。
この身体中に広がる黒い斑点も、フォレスティによる浸食を示すものである。
今やフォレスティの意思は‟
――――以上の情報を吟味した上で、士郎の現状を一言で表そう。
衛宮士郎は、そう遠くない未来に命を落とす。
いや、正確には死ぬわけではないが、呪いと化したフォレスティの意思に自我を喰いつくされ、自分という存在を永遠に見失う事になるだろう。
人としての『死』――――それこそが、衛宮士郎の辿る末路。
「…………いや、見当もつかない」
己に待ち受ける絶望の未来を半ば確信しつつも、士郎は、それを呑み込んだ。
それはいかにも衛宮士郎らしい気遣いだった。口にしたところで現実が覆るわけではない、今は自分の事情にかかずらせている暇はないのだから、と。
普段ならそれで話題は流れていたのだろうが、今回は違った。「見当も」まで口にした辺りで、セラの手刀が士郎の脇腹を小突いたからだ。
「おぅっ!?」
「
「な、何がっ?」
「私は今、嘘を吐きました。詳細な内容はともかく、その呪いが貴方の命に関わる大事であることくらい理解しています。そして今の反応で、貴方自身、呪いの効力に自覚がある事も分かりました」
士郎はギョッと両目を見開いた。
どうやら、騙し合いという分野においてはセラの方が一枚も二枚も上手らしい。
「士郎さん、貴方の
「な、なんでさ?」
「今、お嬢様が最も頼りにしておられるのが、貴方だからですよ」
予想外の攻撃に、士郎が息を詰まらせた。
「士郎さん、私は従者です。いついかなる時でもお嬢様の命ずるまま、助力となるのが私の役目。戦えと言われれば戦いましょう、殺せと言われれば殺しましょう、死ねと言われれば死にましょう。――――けれど、私は従者なのです。従者である以上、主君の御心に触れる事だけは、絶対に許されない」
二人の間を風が吹き抜ける。
冬の夕暮れに吹く、冷たく乾いた風が。
「お嬢様は今、追い詰められています。………いいえ、本当はとっくに追い詰められていた。キャスターを討伐した、あの夜から」
セラ曰く。イリヤスフィールは、聖杯戦争が始まって間もなく、精神的な重圧を抱えていたのだという。
イリヤスフィールは聖杯の護り手。バーサーカーと共に聖杯戦争を勝ち抜き、最後は失われた第三魔法を再現するために死ぬのが役目。
イリヤスフィールは別に、死ぬ事を誉れと思っているわけではない。他にやる事がないから、それ以外に何も知らないから、生き残ってやりたいことがあるわけでもないから――――ユーブスタクハイトに繰り返し吹き込まれた、衛宮への憎悪と、アインツベルンの使命感に縋るしかなかったのだ。
けれど、いざ聖杯戦争が始まってみれば。憎むべき衛宮と友好を育み、突然現れた万条の魔術師によって、聖杯の護り手としての役割を奪われてしまった。
倒したはずのキャスターの魂が、自分の中に無いと悟った時、イリヤスフィールが味わった困惑はいかほどか。
――――私、どうすればいいの?
セラは一度だけ、私室で誰にともなく呟かれたイリヤスフィールの弱音を、扉越しに聞いた。
心を占めていたはずの切嗣への憎しみは、もはや士郎への同情や親愛に変わってしまった。
アインツベルンとしての自分を支えていた使命は、万条千花に取って代わられてしまった。
そして絶対の庇護者であったバーサーカーを奪われ、アインツベルン城という拠点を破壊され、聖杯戦争のマスターという立場すら失った。
残ったのは、イリヤスフィールという個人だけ。冬の城以外に何も知らない幼い子供だけが、ただ一人、冬木という見知らぬ地に裸で放り出されてしまったのだ。
「私も、リズも………従者です。決して頼り、頼られる対等の関係にはなれない。傍にいても、心の支えにはならない。いいえ、むしろ従者の前で情けない姿を見せられないと、余計に緊張を促す事しか出来ないでしょう。私たちには、お嬢様を救えない」
そこでセラは悔し気に、士郎を見た。
「貴方だけです。今となっては貴方だけが、お嬢様の心を支えている。そんな貴方を、そんな
そう。それが、セラが士郎を呼び止めた理由だった。
今現在、イリヤスフィールと同じく、士郎も追い詰められている。倒すべき敵を生み出したのが、他ならぬ自分の過ちだと知らされた事で、動揺を隠し切れていない。
――――俺は、どうすればいい?
士郎の心はその一言が反復し続けており、普段の余裕が無い。
今はイリヤスフィールも、リーゼリットやバーサーカーの死で動揺しているので、細かいところにまで目がいっていないが………もしも、彼女が士郎の状態に気が付いたら、どうなるか? 衛宮士郎を『頼れない、頼ってはいけない存在』として定義してしまえば、どうなるか?
「……………………………!!」
士郎は、セラの英断に感謝した。
確かに、今の自分は不用意にイリヤスフィールに近づくわけにはいかない。どうやって言い包めたのかは分からないが、こうしてセラと共に最後尾を歩いているのが最善の選択なのだろう。
「士郎さん――――私は、お嬢様のために、貴方を支えます。不安があれば言ってください、懸念があれば頼ってください、恐怖があれば縋ってください、………貴方が抱く負の感情は、余さず私に吐き出してください。その代わり、お嬢様の前では、毅然とした強い姿でいてほしい。お嬢様の従者として、そして私個人としても、どうかお願いいたします」
内緒話という体だからだろう。セラは頭を下げたりはせず、真顔のままで言い切った。だが士郎の眼には、頭を下げ、真摯に懇願するセラの姿が映っていた。
「………………セラ、俺は…………」
逡巡は数秒。
やがて士郎は、己の罪を語り出した。
TO BE CONTINUED・・・
【作中捕捉】
■士郎の現状
士郎は魔術を使う度に呪いの浸食を受けて自我が削られていきます。そのリスクの代わりに、千花からパクったフォレスティの記憶を引き出して、強力な魔術を扱う事が出来ます。ちょっとだけマシな腕士郎状態。
■>キャスターを討伐した夜から~
Scene.18にてイリヤが士郎を見逃した本当の理由です。
イリヤはこの時、自分の器が正常に機能していない事に気付きました。とはいえ、この時点ではキャスターが自分を騙して逃げたという可能性もあったので、様子見のつもりで撤退したわけです。本当に聖杯に異常があったら、セイバーを倒しても意味が無いかもしれないので。
■複雑な乙女心
「別に進んで聖杯になりたいわけじゃないけど、私もアインツベルンの魔術師だし、仕方ないよね・・・って思ってたら、その役目を万条に奪われちゃった。しかもバーサーカーがやられちゃって、マスターでもなくなって・・・あれ、私って何のためにここにいるの? これからどうすればいいの?」
現在のイリヤの心情はこんな感じです。憎き万条に立ち向かおうにも、彼女にとって強さの象徴であったバーサーカーが瞬殺されて戦意喪失中。
頑張って普段通りを装ってますが、内心は士郎の異常にも気づかないくらい、自分の事でいっぱいいっぱいです。