Fate/mille fiore-フェイト ミルフィオレ-【完結】 作:おるか人
――――‟カルネアデスの板”という問題がある。
「一隻の船が難破し、乗組員は全員海に投げ出された。
一人の男が命からがら、壊れた船の板切れにすがりついた。
するとそこへもう一人、その男と同じ板につかまろうとする者が現れた。
しかし、二人が同時につかまれば、板そのものが沈んでしまうと考えた男は、後から来た者を突き飛ばして溺死させてしまった。
その後、男は無事に救助され、殺人の罪で裁判にかけられたが、極限状態故のやむを得ない措置として、最終的に罪には問われなかった」
古代ギリシアの哲学者・カルネアデスが出した問題で、要約すると『緊急時、自分が生きるために他者を殺す事は罪か否か?』を問うたものだ。現代社会においても、緊急避難の例として度々引き合いに出される寓話である。
この問題に蛇足を加えよう。
「もしも、男に見捨てられた者がその後、助かってしまったら?」
「そして、見捨てられた事が原因で、日常生活に支障が出るような後遺症を患ってしまったら?」
これでもやはり、見捨てた男に罪は無いのだろうか。
どんな形であれ、生きているだけ幸せだと片づけられるだろうか。
緊急時だったのだから、と見捨てられた者を宥める事が出来るだろうか。
――――あの時、あの男が自分に手を差し伸べてくれていたなら!
見捨てられた者が、見捨てた男にそんな憎悪を募らせたとして………それを「八つ当たりだ」と責める事は出来るだろうか。
「だから苦しめ! わたしのように、お前も生きて地獄を
…………少なくとも、衛宮士郎に答えは出せない。
あの日見た、血走り猛る憎悪の瞳が忘れられない。
万条千花が――――否、万条千花になる前の『誰か』が味わった十年間に償う術が、どうやっても思いつかない。
「俺は………俺は、どうすればいいんだ?」
士郎は苦悩する。
誰か、俺に
* * * * *
「殺す他にないでしょうね」
士郎の苦悩を、セラは一言で断じた。
万条千花が衛宮士郎の罪であるならば、尚の事、己が手で摘み取るべきだと。
「………それしかないのか? あいつを、殺す………しか………?」
「無礼を承知で質問をお返し致しますが、そう言う士郎さんには、他の選択肢がおありで? 無いから、私に尋ねたのでは?」
ぐうの音も出ない。
士郎自身、分かっているのだ。万条千花を殺す――――それこそが、現状を解決する最善の手段であると。
「ああ、そうだ。分かってる………理屈では、分かってるんだ………」
そこまで分かっていながら、しかし士郎は苦悩を振り払えない。
士郎を悩ませているのは、ただ一点。
(俺に、そんな資格があるのか………?)
………衛宮士郎は『夢』を見た。
だから分かる。万条千花の本当の望みが。彼が本心から望むものの正体が。
―――――――生きたい。
何の事は無い。万条千花が心から望む事は、たったそれだけだ。
死にたくないから、生きていたいから。彼が抱く憎悪は、過去ではなく、未来へと向かうためのものなのだ。
「う、っ…………!!」
瞬間、士郎は衝動的に、胃の内容物を吐き戻しそうになった。
必死で堪えたが、せり上がった胃酸に喉を焼かれ、目端には涙が滲んだ。
(こ、こんなのあんまりだ………あんまりじゃないかよ………っ!)
世界は、運命は――――衛宮士郎に言っている。
もう一度、万条千花を地獄へ落とせと。
あの日死にぞこなった生ける屍を、今度こそ完全に殺し尽くせと。
(見捨てた俺が、見捨てられたあいつを………殺す。それも今度は、自分の手で)
それは果たして、許される行為なのだろうか。
千花は耐えた。耐えたのだ。
十年前に身も心も切嗣に救われた自分と違って、千花は独り、十年もの間ずっと地獄に取り残されていた。ずっと苦しみ続けていた。自分を見失いそうになる程の途方もない苦痛の中で、けれどずっと耐え続けた。耐えて、耐えて、耐えて、耐えて――――そうしてやっと、自由を手にした。
なのに、自由の果てに待っていたのは、新たなる束縛だった。
万条の意思に「復讐せよ」と強制され、際限無き悪の呪いに「生まれ出たい」と囁かれる。やっとの事で守り切った自我を喰われそうになる。
………今の士郎には分かる。
士郎がそうであるように、千花にもまた、時間が無い。そう遠くない未来に、自我を喰われて死にゆく末路が待っているはずだ。
(そのために、アイツは聖杯を欲しているんだ)
復讐という『手段』で自分を守りつつ、万能の願望器に自らの救済を願う。
まったく自然だ。千花の行動には筋が通っており、加えて、一般的には非難される行為であろう復讐にも、聖杯戦争という名の免罪符が与えられている。
士郎の記憶には、いつからか第五次聖杯戦争における千花の活動禄も記載されていた。主な内容は、葛木教諭の正体。学園で初めて顔を合わせた時の千花の本心。間桐邸で起きた戦いの内容。
(葛木先生は、キャスターのマスターだった。桜はライダーのマスターで、遠坂もアーチャーの………)
もちろん、どれも士郎からすれば許されざる行為ではある。
が――――ここで一つ、疑問が生まれる。それは、『立場が逆だった場合、自分は
(………無理だ。分かるんだ、俺には出来ないって………)
士郎は六人分の人格と、呪いの残滓を背負い込んだだけで自分を見失いそうになっている。千花のように数千数万の人格や呪いの本体を注ぎ込まれては、まず間違いなく発狂して終わりだ。そうなれば心を壊して死に至るか、復讐心の赴くまま、無差別に死を振りまく怪物と化すだろう。
自分の感情をコントロールし、同じ土俵の相手以外には被害を出さず、ただ生きるためにもがいている。
控えめに言って完璧だった。きっとこれ以上は望めないほどに、万条千花は、自分に出来得る限りの正しさを貫いている。
(聖杯は………アイツが手にするべきなんじゃないか?)
今の士郎には、そんな考えすら浮かんでいる。
けれど。ああ、けれど―――――……。
(聖杯は、汚染されている…………まともに願いを叶える事なんか、出来やしない…………ッ!)
そう。士郎や千花を苦しめる呪いは、聖杯の内にも巣食っている。
千花の『生きたい』という純粋な願いさえも、歪んだ形で結実させるに違いない。
曲がりなりにも万能の願望器。きっと願いは叶うだろう。だが、その過程でどれだけの犠牲が生まれるかは予想もつかない。
それでも、きっと千花は聖杯に己が救済を願う。他に方法などないのだから。
(
そうして、士郎は最初の結論へと戻って来る。
セラの言う通りだ。いくら考えても、結論は一つ。万条千花を殺す――――それこそが最善の選択であり、他に採れる道は無い。
「士郎さん、私から提案があります」
「………セラ?」
不意に。セラの両手が、ブラブラと所在なさげに揺れていた士郎の手を包むように握りしめた。
「正直に言うと、私には貴方の気持ちが分かりません。傍迷惑な逆恨みに対して、何故そうまで憂慮を抱かねばならないのか不思議なくらいです」
セラの感想は辛辣なものだったが、士郎はそれを「まあ、そうだろうな」と素直に受け止めた。
無理もない。こればかりは当事者でなければピンとこない話だ。士郎とて、千花にあの夢を見せられていなければ、これほどの罪悪感を抱く事はなかったろう。
「ですが、私と貴方では、立場も感性も違います。私が何よりお嬢様の安寧を優先するように、貴方には貴方なりの、差し引きならぬ事情があるのでしょう。ならば、いっそ暗示をかけて、記憶を消してしまうのは如何です?」
「記憶………って、千花の?」
「そうです。尤も、記憶を消したところで貴方の呪いは解けませんし、状況が有利になるわけでもない。精々マイナスがゼロになるだけです。諸悪の根源が生きている以上、何かのきっかけで記憶が戻ってしまう可能性も無きにしも非ず。要は下策も下策、あまり良い手段とは言えませんが」
セラの朱い目が、ぼんやりと妖しい光を湛えた。
「けれど………頼れ、縋れと言ったのは私です。必要とあらば」
「それ、は」
セラの提案には、あまりにも甘美な魅力があった。
(そうだ。全てを忘れてしまえば、もう何も悩まなくていいじゃないか)
弱り切った精神が、麻薬めいた誘惑に向かってフラフラと引き寄せられていく。
さあ、「はい」でも「うん」でも、いっそ頷くだけでも良い。
セラの提案を受け入れれば、それで全ての苦悩から解放される―――――……。
(……………本当に……?)
すぐ目の前にある救済。
けれど、士郎の足は地面と一体化してしまったかのように、前へ進もうとしない。
ああ、叫んでいる。
誰かが、
何かが、
何処かで、
必死に、
――――
(この気持ちは……………)
「うわぁぁぁあああああッ!?」
突然に迸った衝撃が、士郎の意識を現実へと振り向けた。
「今の声………慎二かッ!?」
士郎は慌てて前方を歩く友人へと視線を向け、そのまま硬直した。
「は?」
士郎が視線を向けた先では、B級ホラー映画が放映されていた。
間桐慎二は、無数の餓鬼に囲まれていたのだ。身体中が痩せこけ、皮も肉もぐずぐずに爛れた謎の怪物たちが、間桐慎二に殺到している。
「な、何だ………一体何が………?」
理解を超えた状況に、士郎の頭は一瞬だけ空っぽになった。
すぐに我に返り、友人の危機を認識する。――――ふと、士郎の身体に影が落ちた。
「士郎さん、上ですッ!」
「うわっ!?」
慎二の方へと駆け出そうとした足が、もつれるかのように方向を変えた。
セラの言葉に従ったというより、声に驚いて蹴躓いたといった格好だ。しかし、その不格好な行動が、士郎の命を救った。
「ぅぅぅぅぅぁあああああぅぅ」
唸り声。そしてべシャン! と。まるで大きな濡れタオルを地面に叩きつけたような音がした。
落ちてきたのもまた、餓鬼だった。慎二を襲っているモノと同じ格好のそれが、傍にある民家の塀から、士郎に向かって飛び降りてきたのだ。腹から痛々しい落下を果たしたそれは、落下の衝撃で、ぐずぐずの肉片を地面のあちこちにばら撒いている。
「ああぁぁぁぁぁああぅぅぅぅうああ」
まともに受け身などとっていなかったはずのそれが、のっそりと起き上がる。
地獄に吹く隙間風のような声、枯れ枝のように痩せ細った身体、ぐずぐずに崩れた皮と肉、眼窩からこぼれ落ちた目玉。――――立ち上がった餓鬼の全身像をつぶさに見取った士郎が、その正体に気付く。
「コイツ、まさか千花の世界にいた…………!?」
「ぁラダを、よぉぉぉぉおおおおおああ!」
驚く暇もなく、立ち上がった餓鬼が殴りかかって来た。
それは関節の錆び付いた絡繰人形のように緩慢な動きであったが、士郎は何故か恐ろしい寒気を感覚し、即座に回避行動をとった。
果たして。その寒気は、生存本能が発した警告であった。のろのろとした拳は、士郎の傍らを横切って背後にあった電信柱に衝突すると、僅かな抵抗も無く、それを粉々に打ち砕いたのだ。根元からへし折れた電信柱は重力に引かれてゆっくりと傾ぎ、無数の電線をブチブチと引き千切りながら、道路に倒れ込んでくる。
「……………ウソだろ……ッ!?」
もちろん、眼前の光景は嘘でも夢でもなく、紛れもない現実であった。一拍の間を置き、電柱は轟音と共に倒壊を果たす。ホラー映画が怪獣映画に切り替わる瞬間を、士郎は戦慄と共に見送った。
周囲の民家から上がる悲鳴。
一瞬にして引き起こされたパニック状態。
爆発的に立ち込めてゆく粉塵の中で、怪物の唸り声だけが低く響いている。
「ァぁァぃぃいいああああ」
べた、べたっ。
濛々なる景色の向こう。粘着質な足音が、士郎の耳にへばりつく。
「~~~ッ! セラ、走るぞ! 慎二とイリヤを連れ、」
「ぅおぅぃぃぃぃぃいあああああああ!」
――――すぐ背後から発せられる狂声。首根に触れる爛れた感触。
(しま………………ッ!?)
衛宮士郎に油断は無かった。ただ、動揺のあまり失念していた。慎二が餓鬼の
そう。敵は、複数いる!
「がはっ―――――づぅ、あ………ぁ!!」
背後から強襲してきた二体目の餓鬼が、士郎の身体をアスファルトの大地へと、仰向けに押し倒す。寸でのところで奇襲に気付いたため、身体をねじる事で首を掴まれる事だけは回避したが、先手で体勢を崩された以上、マウントポジションをとられるのは避けられない。
「よぉォここここ、よこっ、せ! よよよ、こーォせぇ。よこ、せぇえええ」
餓鬼は士郎の腹に跨り、まるで強姦魔のように、崩れた顔面を士郎のそれに接近させた。がはぁ、と口から吐き出される腐臭が、嫌が応にも士郎の嫌悪感を駆り立てる。
「かだら、かァラララだ。からっ、らァ――――だ。からっ、だ、だだ、おヲをををォ」
ゆらりと伸ばされた腕が、改めて士郎の首に添えられる。
思い返すのは、つい今しがたの出来事。コンクリート製の電柱を鉛筆か何かのように軽々とへし折った怪力。人間の頸椎くらい、一瞬の内にねじ切ってみせるだろう。
(ころ、され、る?)
スローモーションに流れる現実。――――その最中、衛宮士郎は未来を見た。
自分の首が胴を離れ、血の筋を引きながらゴロゴロと地面を転がっていく姿。
命尽きた自分に出来る事は無く、余剰電力で生き続ける視神経によって、セラが、慎二が、ライダーが、そしてイリヤスフィールが、餓鬼の群れに集られ嬲り殺されてゆく様を眺めているしかない。
やめてくれ、と叫ぶことさえ出来ず。ただ、絶望そのものな光景を網膜に焼きつけるだけ。やがて、千切れた頭に残されていたエネルギーをも使い果たし、自分の無力さを噛みしめながら無明の地獄へと落ちてゆく。
そんな、未来。
そんな、どうしようもなく絶望的な未来を――――予見した。
(いや、だ)
餓鬼が、首に添えた手に力を込めた。
からダをよコせ――――そんな戯言を漏らしながら、士郎が描いた未来予想図を、現実に変えようとする。
(嫌だ!)
瞬間、餓鬼の顔面が半分吹き飛んだ。
セラの攻撃だった。かつてイリヤスフィールが千花にそうしたように、針金で編み上げた何かが餓鬼の肉体を撃ち抜いたのだ。
だが、弱い。相手が人間ならばまず間違いなく即死だったろう。相手が、ただの人間であったなら。しかし抑え込まれている士郎を巻き添えにせぬようにと力を抑えた結果、人間を殺すには十分で、怪物を殺すには不足――――そんな中途半端な火力になってしまった。
「ァァあ、がががァぁああらら、だだだだだだだァ」
砕け割れた頭蓋から、脳漿が零れ落ちる。
落ち窪んだ眼窩から、干からびた眼球がまろび出る。
それでも。それでも、怪物は死なない。怪物は未だ、士郎の命を欲し続けている!
「あっ―――――――――」
妄念に狂う姿を目の当たりにした、その時。
ぷつん、と。士郎の中で、何かが切れた。
―――――――死にたくない。
気が付けば、士郎の手には一本の剣が投影されていた。
その剣は、なおも士郎に縋りつこうとする爛れた腕をすり抜け、餓鬼の首を正確に捉えた。ずぶっ、と。まるで熟れ過ぎたトマトに腕を突っ込んだような感覚が柄越しに伝わり、おぞましい嫌悪感が脊髄を突き抜ける。けれどそんな事はどうでもいい。何故ならコイツはまだ生きてる殺さなきゃ殺さなきゃ殺さなきゃ心底から漏れ出でる本能の赴くまま首に突き立てた剣を無理矢理にねじり抜く間髪入れず再び突き立てるまた抜く突いて抜いて突いて抜いて突いて抜いてずぼっがぼっと不快な音が耳に染みついて離れない気持ち悪い嫌だ嫌だ嫌だ死ね早く死ね死んでくれ死んでくれなきゃ死んじゃうだろう―――――――!
「あああぁァあぁアアアああああッ!!」
拙い技術、投げ棄てられた作法。
効率など度外視で、我武者羅に振るわれる刃が、餓鬼の身体を出鱈目に切り裂いてゆく。
何がどうなってそうなったのか――――士郎には分からない。ただ、いつの間にか士郎は、先刻までとは逆に餓鬼に馬乗りになっており、もう動かないその身体に、何度も何度も剣を突き刺している最中だった。
「ハァッ、ハァッ、ハァッ、ハァッ、ハァ………………ッ!」
………士郎は、いつか居間で見た殺人事件のニュースを思い出す。
その事件の被害者は、犯人との些細な言い争いで頭に血が上り、手近にあった凶器で犯人を殴った。「殺される」――――激痛の中でそう確信した犯人はパニック状態に陥り………気付いたら、被害者から凶器を奪い、返り討ちにしてしまったのだという。「頭の中が真っ白になった」とは、その犯人が事件後に残したコメントである。
「ハァッ、ハァ、ハ………はは、は……そうか、そうだよな…………」
刺し傷切り傷の山が積み重なり、もはや『何だかよく分からない肉塊』と化した餓鬼を見下ろしながら、士郎は、とある確信を抱いた。
「
ああ――――そうだ。別に、万条千花に限った話ではない。
人間は生き物なのだ。例え地獄のような十年間を過ごしていなくったって、理不尽な死が間近に迫り来れば、誰だって死にもの狂いで抵抗する。自分の命を守るためなら、同じように溺れている人を蹴り飛ばしてでも舟板を守る。当たり前だ。それは生物の本能に刻まれた欲求なのだから。
そう。それは、およそ人間らしい価値観を欠落させた衛宮士郎でさえも、例外ではない。
助けられたからには、簡単には死ねない――――心の何処かで、小さな自分が叫んでいるから。
「士郎さん、しっかり!」
セラの声が聞こえる。けれど、何故だろう。今の士郎には、セラの声が、姿が、磨り硝子を一枚隔てたように遠く感覚されていた。
「セラ、暗示の事だけど………しなくていい」
「は? いえ、それよりも」
「イリヤの援護だよな? 大丈夫、すぐ行くから」
すっくと立ち上がる。その際、股座や内腿に腐肉がべったりと張り付いたけど、今となってはもう、それほど不快には感じなかった。
慎二の喚く声が聞こえる。
イリヤスフィールの抵抗する姿がある。
両者を守りつつ、大立ち回りをするライダーが見える。
(千花、俺には分からない。どうやったらお前に償えるのか、どうやったらみんなが幸せになれるのか………何も、何も分からない。それでも、生きる事は止められないんだ。こんな俺でさえ)
フォレスティの記憶を引き出す。数百年積み重なった虚構の叡智が、激しい痛みと共に士郎の脳内を駆け巡る。
身体をよこせ、
からだをよこせ、
カラダヲヨコセ。
あの餓鬼と同じような戯言が、頭の中でガンガンと反響する。
――――五月蠅い、黙ってろ!
気力一つで雑念を押し退けて、投影を開始する。
創造の理念を鑑定し、基本となる骨子を想定し、構成された材質を複製し、製作に及ぶ技術を模倣し、成長に至る経験に共感し、蓄積された年月を再現する。さあ、己が世界に内包されし一振りを此処に。想像を創造し、幻想を現実へと結実させよ。
「ぐゥあ、あ――――‟
自己暗示の呪文が紡がれた時、士郎の手には一対の夫婦剣が握られていた。
銘を干将・莫邪。かつてアーチャー………否、英霊エミヤが愛用していた宝剣である。
(俺が倒れたら、イリヤは………。ああ、そうだ。俺にはもう、逃げる事も、諦める事も出来やしないんだ。だったらせめて、戦う覚悟だけはしっかり決めよう。もう迷って俯く事だけはしない。より良い未来を得るためなら、戦って勝ち取る事も辞さない――――そういう覚悟だけは、今ここで、しかと胸に刻むんだ)
まだ、完全に心が定まったわけではない。
剣のように固い、揺るがぬ心を得るためには、まだ、ほんの少しだけ足りないものがある。
それでも今は抗おう。ただ黙って復讐を受け入れるのが間違いだという事だけは、セラが教えてくれたから――――。
「ハァッ、ッ―――ぐ……い、今行くぞ、イリヤ……………ッ!!」
強化された脚力が、爆発的な勢いで士郎を姫君の下へと運んでいく。
吹き飛ぶ景色、昂る戦意。少なくともその足取りに、つい先刻までの迷いは無かった。
TO BE CONTINUED・・・
【作中捕捉】
■士郎の保有する情報量
過去編×4の記憶に加え、第五次聖杯戦争における千花の行動禄(千花視点)と、士郎が千花からぶんどったフォレスティ分家の人間×6が持つ記憶。これが、士郎の持つ情報の全てです。だいたい全部、千花が士郎を苦しめるために渡しました。
よって士郎は、二次的情報になりますが、第三次聖杯戦争でアインツベルンがアンリマユを呼んだ事や、聖杯が汚染されている事を知っています。それどころか、大聖杯の位置や、ユスティーツァが基盤になって云々まで知ってます。御三家の機密だだ漏れ。
■餓鬼、或いは亡者
Scene.42にて千花が解き放った亡者共です。本編で言及された通り、士郎を夢の世界で襲った奴らと同じ存在です。ちゃんとした名前はありません。餓鬼とか亡者とかゾンビとか、その場にいる人間の主観で呼び名が決まります。
教会地下の子供たちみたいな見た目の奴らが、ゴリラみたいなパワーで殴りかかって来るもんだと思ってください。