Fate/mille fiore-フェイト ミルフィオレ-【完結】 作:おるか人
「ハァ、ハァ――――ハァ、……ハ―――ハッ」
投影魔術とは本来、失われた道具などを一時的に復活させる為の魔術である。
つまり原点から既に『代用品』に過ぎないため、その概念に沿って生まれる代物が、オリジナルの性能を上回る事は無い。挙句、投影品は『本来この世にあり得ざるモノ』として世界からの修正を受けるため、時間を経れば形を失い、ただの魔力に戻ってしまう。
これこそ、投影魔術が使い勝手の悪い魔術と呼ばれる所以である。
「ハァッ、ハ……ぐ、ゥ…ッァああ――――――ハ」
士郎はその、投影魔術の大原則を知っている。
衛宮切嗣から、イリヤスフィールから、そして万条の記憶から、それを嫌という程に教えられた。
「ヴぅ、ぐぐぐ、ぎ………ァァアあああゥあ!」
けれど、心の何処かで『それは違う』と断じる自分がいた。
投影魔術は実戦では役に立たない。成程、常識的に見れば確かにそうなのだろう。切嗣も、イリヤも、万条の記憶も、決して間違ったことは言っていないのだろう。けれど、果たして本当に、それが全てか? 本当に、衛宮士郎の投影は『役に立たない』の一言で片付けてしまっても良いものなのか?と。
(………違う………)
士郎の出した答えは――――『否』だった。
正確に言うならば、『否』に
(…………違うッ…………………!)
辺り一面に広がる剣の丘。
アーチャー、英霊エミヤの世界。
あれを見た瞬間、士郎の中で何かが弾けた。
(俺の投影は、もっと――――――)
ただの衛宮士郎ならば、一目で見ただけでその領域に至る事は無かっただろう。
だが、今の衛宮士郎なら。生涯を魔術師として生きた、都合六人分の記憶を植え付けられた衛宮士郎ならば、己の持つ『例外的素質』を看破出来る。
そう。衛宮士郎の投影は、もっと先に行ける。
常識を越えた遥か彼方。誰も届かない、彼だけの極地へと―――――!
「‟
裂帛の気合いと共に、士郎の手に新たな宝具が握られる。
士郎はそれを即座に、向かい来る亡者に向けて投擲した。弾丸のように飛んだ宝剣は、一撃で亡者の眉間を貫き、その姿勢を大きく後ろへ傾がせる。背を三日月の様に反らせて空を仰いだ亡者は、その間に間合いを詰めた士郎の手により、瞬く間に四肢を裂かれて事切れた。
「次ッ、……だ!」
正真の死体と化した亡者から宝剣を抜き取ると、すぐさま近くにいる別の亡者へと斬りかかる。踊る様な足さばきで群れ来る亡者を一匹、また一匹となぎ倒し、士郎は前へ前へと進んでいく。
「っ、は………!?」
ぞわ、と総毛立つ感覚が走る。
これは『死』の前兆だ。対応しなければ死ぬぞ、と本能が警告している。
即座に、背後から迫る『何かしらの脅威』に向けて宝具を振るう。ざぐん、と鈍い音がして、宝剣が刀身の半ばまで食い込んだ。―――――腕だ。士郎の宝剣は、今まさに彼の後頭部へと振り下ろされんとしていた亡者の二の腕に突き刺さり、間一髪のところでその軌道を逸らしていた。
「がァうあ!」
結果。士郎の脳天の代わりに、コンクリートの地面が砕かれた。粉砕したコンクリート片が宙に舞う。
士郎はそれに巻き込まれないよう、すぐに距離をとったので怪我を負う事は無かったが、一つ、ミスを犯した。宝剣の一本が、先ほどの亡者の腕に刺さったままだ。上腕骨に刃が突き刺さり、一息に引き抜く事が出来なかったので、やむなく手放したのだった。
頼りの武器を一本失った。これは一大事だ。あの宝剣があったからこそ士郎は、尋常ならざる怪力を誇る亡者たちの群れを、バターか何かのように切り進んでこれたのだ。あの武器がなければ、戦えない。絶体絶命だ。
「‟
だから、士郎は新たなる宝具を投影した。一節の文言の後、再び士郎の手に握られたのは陰陽の夫婦剣の片割れであった。先ほどまで彼が用いていたものと、寸分違わぬ代物だ。
宝具の投影――――『投影魔術は役に立たない』という一般常識を持つ魔術師が見れば、卒倒するような光景だった。
当然だが、こんな事は普通なら出来ない。
だが、衛宮士郎には出来る。
何故なら衛宮士郎が使っているのは、投影魔術などではないからだ。
「オォ、お―――――――ぐ、ハァ、ッあ―――――」
英霊エミヤがそうだったように、己の世界に貯蔵した刀剣を、現実世界に『落として』いるだけ。
衛宮士郎は今、己の持ちうる力を、完全に把握していた。それ故の光景だった。
「ハァ、ハ…ッ! ゲホ、ごッ―――――ぐんっ。ゥぐ、ッ…………!」
投影と同時に、喉奥までせり上がってきた胃液と血塊を飲み下す。
体内から発せられるギチギチという不愉快な金属音が耳元にへばりつく。
自分のものではない誰かの記憶が、ちかちかと瞼の裏に浮かんでは消える。
あタまがイたい。
からダがあツい。
キもちガわるイ。
でも、今はそんな事に構っている暇はない。
頭痛を振り払い、苦痛を噛み殺し、心痛を切り捨てて、ただ前へと進む。
前へ、前へ、前へと進まねば――――ただ一心を胸に、士郎は住宅街の道路を真っ直ぐに駆け抜ける。目指す場所はただ一つ。あの小さく、白い、雪の妖精のような少女の許へ!
「はああああああああッッ!!」
そして士郎は遂に、前方を塞いでいた最後の亡者を切り伏せた。
果たして、開けた視界の先に、イリヤスフィールの姿があった。ライダーと共に、迫り来る亡者の大群を押し返そうと応戦している。
苦戦こそしてはいないが、事前の消耗と圧倒的な物量差が原因で、思うように埒を明けられずにいるようだ。このままでは、いずれ予期せぬ不覚をとる事もあり得るかもしれない。
「ッ、イリヤ―――――――――!」
士郎は吼えた。『俺はここにいるぞ』と、イリヤに、ライダーに、亡者たちに向かって高らかに叫んだ。それは敵の注意を引くための行為であり、味方に現状打開のきっかけを投げかける合図である。
果たせるかな。敵も味方も、皆が一斉に士郎に注目した。
亡者たちは、一部が陣形を切り崩し、新たな獲物に向かって殺到した。
ライダーは、士郎の意図を察して僅かに頷いた。
そしてイリヤスフィールは………何故か士郎の姿を見た時、悲しげな表情を浮かべた。
「……シロウ………」
その小さな呟きは亡者の唸り声に遮られ、士郎の耳には届かなかった。
* * * * *
――――目の前に、六人の人間がいた。
誰もが外国人で、日本育ちの士郎には見覚えのない顔ばかりだ。
………誰ともなく、六人が士郎にゆっくりと詰め寄って来る。その雰囲気はどこか異様で、ただ歩み寄っているだけなのに、心胆に寒気を感じさせた。
士郎は後退ろうとしたが、何故か身体が動かない。
全身が見えない糸で雁字搦めにされているかのように、指一本動かせない。
士郎は身じろぎどころか、瞬きすらも許されず、ただ歩み寄って来る六人の姿を見ている事しかできない。
彼らとの距離が約5メートル程に差し掛かった時、それは起きた。
どろり、と。
唐突に、六人の顔面が
まるで生物の腐敗を早回しで見せられているかのように、六人の外国人の顔が崩れたのだ。
髪の毛が頭皮から剥がれ、頬肉が削げ落ち、歯がボロボロと口内から抜け落ちる。みるみるうちに六人の肌は血の気を失い、打ち捨てられた雨晒しの死体さながらに変わり果ててゆく。
「からダをヨこせ」
生理的な不快感を催すその姿は、
呻き声に混じって聞こえるその懇願は、
士郎が生きるために斬り捨てた、亡者のそれとよく似ていた。
* * * * *
気が付くと、士郎は見慣れた流し台の前に立っていた。
着慣れたエプロンを身に着けて、十日前に研いだばかりの包丁を片手に、使い古したまな板の上で玉ねぎを刻んでいる最中だった。
「……あ、……あれ………っ?」
訳が分からず、疑問の声が口を衝く。
――――ここは、俺の家の台所!? 何が起こった? あのゾンビたちは何処へ行った!?
「士郎さん、どうかしましたか?」
と、これまたいつの間にか隣に立っていたセラ(エプロン姿)が、怪訝な表情で士郎に問いかける。彼女の手元にはタッパーと鶏もも肉と数種類の調味料が鎮座ましましており、どうやら士郎と一緒に料理の下拵えをしているらしい事が伺える。
台所を預かる者の性か、士郎は現状の疑問よりまず、彼女の手元にある調味料に目が行った。醤油、みりん、塩、砂糖、片栗粉。一見して分かる、実に日本的な味付けである。甘辛く仕上がるであろうシンプルなそれは、焼いても蒸しても美味いだろう。
「あっ、アインツベルンって、和食の文化があるの、か?」
「何の話です、突然?」
「いや、だって味付けがさ」
「味付けが何です? まさか、手際に不満でも?」
「え? いやいや、むしろ逆でっ」
「全く。事情があったにせよ、これこれこうしろと指示したのは貴方でしょうに。文句があるなら、普段からもっと幅広く調味料を取り揃えておけば良いのです。まかり違って、失敗作がお嬢様のお口に入ったらどう責任を―――――」
「……………………………
そこで一旦、会話が途絶える。
士郎はセラの言葉を頭の中で噛み砕き、吟味して。それから改めて口を開いた。
「セラ、此処は何処だ?」
「は? 急に何を、」
「今は何時だ?」
「士郎、さん?」
「俺はどうして料理をしているんだ? あの、ゾンビみたいな奴らはどうなった? あれから一体、何があった?」
「……………………………まさか」
事態を察したらしいセラの瞳が、次第に真剣味を帯びていく。
「何も覚えてないんだ。今の今までアイツらと戦っていたはずなのに、気付いたら、此処で、こうして。なあセラ、何処までが夢で、何処までが現実なんだ?」
――――記憶障害。
そう遠くない未来に待ち受ける士郎の『死』が、いま明確な形で、その片鱗を見せていた。
「あの亡者どもと戦っていた事は思い出せるのですね?」
「ああ。宝具を投影して、アイツらに斬りかかったあたりから………頭の中がぼんやりして、思い出せない」
「他に忘れている事はありませんか? 聖杯戦争の事、お嬢様の事、倒すべき敵の事。重大な記憶が歯抜けになっていたりはしませんか?」
セラに問われるまま、士郎は答えた。
質問が十数回を数えたあたりで、セラはホッと安堵の息を零した。
幸い、士郎の頭から抜け落ちていたのは、あの亡者たちとの戦いから今現在に至るまでの僅かな記憶だけだったからだ。それだって決して問題が無いとは言えないが、まだ最悪の事態という程でもない。
確認を終えたセラは、士郎に現状を説明し始めた。
「今の時刻は、十七時半――――あれから一時間弱といったところですね。あの亡者の群れは、お嬢様たちとの合流から程なくして振り切りました。数の薄いところを、一丸となって強引に突破した形です。あとは使い魔で追手がない事を確認した後に、予定通りこの、貴方の家まで避難してきました」
「追手が無い? あいつら、俺たちを追いかけてこなかったのか?」
「ええ。しばらくは追い縋っていたようですが、少し距離が空くと、ぱったりと興味を失ったように。ライダーが言うには、あの亡者どもは見た目通り、まともな五感が備わっていないようです。何を頼りに私たちを探知していたのかまでは分かりませんが、索敵範囲が非常に狭い事は間違いありません」
成程、と頷く。
確かに、あの亡者たちは眼球が零れていたり、一部は肌が爛れて肉どころか骨まで見えていたりしていた。あの様では鼓膜だけしっかり残っているとも思えない。つまり、外見情報だけでも視覚・触覚・聴覚――――五感の半分以上がまともに機能していないだろうことが読み取れるのだ。
では、一体どうやって自分たちを? というのは気にかかるところだが、これを深く考える必要はないだろう。何故なら、少し距離を取れば振り切れるという事が分かった以上、もし次に出くわしたとしても対処は容易だからだ。ならば、今はそれよりも考えなければいけない事がある。
「追手が無いってのは、本当なのか?」
「………半人前の魔術使いに疑われるのは心外ですが、正直『無い』とは言い切れません。灰聖杯の事はお嬢様から聞き及んでいます。あれが本当に、お嬢様の持つ小聖杯と同等の力を持つとしたら、今の万条はまさに全知全能と呼んで差し支えのない存在です。私たちに気付かれないよう、一方的に居場所を知る術があってもおかしくはありません」
そもそも、あの亡者たちは何だったのか?――――という疑問を突き詰めれば、話は簡単だ。
まさか、あの瞬間に偶発的に生まれた生命などでは無いだろう。となれば、既にキャスターは討たれ、素性の分からないサーヴァントがランサー一人である以上………あの亡者は十中八九、万条千花の差し金だ。
単純に数を散らせて居場所を探り当てたのか、或いは別に居場所を突き止める術を持っているのか。前者なら逃げ隠れしてもいずれ見つかるし、後者であれば、サーヴァントであるライダーにも襲撃を事前に感知できなかった以上、彼女に劣るセラでは気付けまい。
「要は、余計な警戒をするだけ無駄というもの。ならばいっそ開き直って、来たる戦いの為に英気を養おう………そういう意見が出て、今現在に至るわけです」
「………誰が言ったんだ、それ?」
「貴方に決まっているでしょう」
だろうなあ、と士郎は自分で自分に呆れた。
更に、使い魔を用いた偵察などが出来ない自分を自覚し、少しでも皆の力になろうと料理を作ろうとしたところで「貴方如きの腕でお嬢様の舌を満足させられるとでも?」といった感じでセラが突っかかって来て、でも家に置いてあるのは外国育ちのセラには馴染みのない食材と調味料ばかりで、だからと言って買い物に出るわけにもいかなくて、最終的に「なら一緒に作ろう」と自分が妥協案を出したのだろう――――と、記憶から消えたここ数分の流れを何となく想像した。恐らく当たっているだろう、という自信があった。
「………この家に着いてから、貴方の身体を改めて診断しました。やはり詳しいところまでは分かりませんでしたが、あの戦闘の前と後では、呪詛の進行具合が段違いです。記憶に影響が出たのも、その所為でしょう。ここまで加速度的な進行を見せたのは、恐らく…………」
「魔術を使ったから、か?」
「……………はい」
―――― 魔術を使えば使う程に、貴方は
「セイバーの言ってた通りか………」
「セイバーが? 成程、彼女は貴方と契約で繋がっていた分、その辺りの機微を読み取りやすかったのでしょうね」
「…………自分の一部を喰われたから、口調が変わった。自分の一部を殺されたから、記憶を失った。そうやってちょっとずつ、ざくざくと精神を犯されていって、最期には何もなくなってしまうのか。………ああ、そうか。だから『身体を寄越せ』なんだ………心が死んだら、身体が空っぽになるから。だから、あんなにも必死に………」
士郎は途中から、セラの話を聞いていなかった。一人でブツブツと、自分の頭の中にある答案用紙に赤ペンでチェックをつけていただけだった。
「士郎さん、手が止まってますよ。考え事に没頭するのは料理が終わってからにして下さい」
「あッ」
そう言うセラは、話しながらも鳥肉の下拵えを怠らない。この辺りは流石、名門貴族に仕えるメイドさんと言ったところか。
「身体が痛みますか?」
「いや、今は大分マシだよ」
全く無いわけではない――――そんな言葉の裏を読んだのか、セラは一言を付け足した。
「少し前の貴方は、動いている方がマシだと言いました。それが嘘でないのなら、働きなさい。それが無駄な強がりだったなら、私に任せて休みなさい。さあ、どっちです?」
「頑張って働くよ」
すとん、と。再起動した包丁が玉ねぎを二つに割った。
包丁を握る彼の右手首には、袖口から伸びる黒い痣が、蛇のように巻き付いていた。
* * * * *
結局のところ、その後の士郎たちに採れた選択肢は『待ち』の一択であった。
ギルガメッシュ戦での疲労が尾を引いている今、少しでも気力・体力を回復させないと、まともに戦う事すらできない。
身体を休める一方で、イリヤスフィールとセラが使い魔を用いて千花の居場所を探り当てる。体力が回復し次第、ライダーのペガサスで空から奇襲をかける――――これが士郎一行の方針だ。
この方針に問題があるとすれば、千花が儀式を行う前にまず士郎たちの殺害を優先して動いた場合、後手に回らざるを得ない点だが………どの道、あてどなく探し回ったところでアサシンとそのマスターを見つけるなど夢のまた夢なのだから、士郎の言う通り、余計な警戒をするよりも開き直って待ち構えた方がメリットは大きいと判断した。
そして、作戦通り『待つ』事約二時間余り。時刻がもうすぐ二十時に差し掛かろうとした時。
士郎たちが無事に食事を終え、交代で仮眠を取っていたその時――――遂に状況は動いた。
「衛宮士郎とその一行に告げる」
突如、衛宮邸の中庭に落ちる影がぐにゃりと蠢き、人の形をとったのだ。
影はあっという間に万条千花の外見、声を模倣すると、騒ぎを聞きつけて集まった士郎たちに向けて、最後通牒を突きつけた。
「もはや大勢は決した。無駄な抵抗は止め、大人しく降伏せよ」
TO BE CONTINUED・・・
【作中捕捉】
■士郎の現在のスペック。
おおよそUBW終盤より強く、HFの腕士郎よりはちょっと弱いくらいです。固有結界は魔力量の問題で使えません(逆に言えば、魔力量の問題さえ解決すれば使えます)。ただし魔術を使う度に人格障害と記憶障害のリスクが発生します。普通の投影でもキツいですが、宝具を投影したりすると、SAN値がマッハです。