Fate/mille fiore-フェイト ミルフィオレ-【完結】   作:おるか人

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Scene.48  セイギノミカタに命じる

「もはや大勢は決した。無駄な抵抗は止め、大人しく降伏せよ」

 

 衛宮邸の中庭に現れた千花は、常とは違う大仰な言葉遣いで、士郎たちに最後通牒を突きつける。

 戦いもしないうちからの勝利宣言。だがしかし、それは決して傲慢な態度ではない。むしろ慈悲と呼ばれる類のものだ。両陣営の間にはもはや、それだけの隔絶した差が生まれている。

 

「万条、千花…………」

 

 慄きを漏らしたのは、ライダーだった。

 今の千花の威圧感は、数時間前の比ではない。己のマスターを殺され、この場の誰よりも千花に憎しみを抱いているはずの彼女が、その意気を僅かでも挫かれてしまう程の、圧倒的な存在感。これが怪物ではなく、まだ人間の枠内に留まっている事が信じられない。

 ライダーを始め、言葉を失った者たちに代わって、士郎が前に歩み出る。

 

「どういうつもりだ、千花?」

「言葉の通りさ、士郎。アーチャーはわたしに敗れた。わたしの内にある聖杯は完成したのさ。都合二〇〇年、第五次にまで及んだ聖杯戦争は、これにて完全に終了だ。ならば、どうしてこれ以上争う必要がある?」

「聖杯が、完成した? そんな馬鹿な、まだライダーが生き残ってるじゃないか!?」

「君たちは知らないかもしれないが………君たちがアインツベルン城で戦った金髪の男はね、第四次聖杯戦争で召喚され、今日まで生き残っていたサーヴァントだったのさ。真名を英雄王ギルガメッシュ――――魂の規格がサーヴァント三騎分にも匹敵する、比類なき大英雄だ」

「何だって…………!?」

「彼は故あって現世の肉体を得ていたが、その存在は未だにサーヴァント………『英霊の写し身』という頸木から脱してはいなかった。死ねば当然、その魂は聖杯に、つまりわたしの中の器に回収される。キャスターで一つ、セイバーで一つ、ギルガメッシュで三つ、バーサーカーで一つ、アーチャーで一つ。そら、これで七騎分の魂が揃っているだろう?」

 

 予想外にも程がある、衝撃的な情報だった。

 だが、出鱈目だと切り捨てる事は出来なかった。事実、あの黄金の英霊はセイバー、アーチャー、ライダー、バーサーカーが四人がかりでようやく倒せた程の実力者だったからだ。魂の規格が並の英霊三騎分と言われれば、なるほどと納得するしかない。むしろ自然な話だった。

 

「だから、わたしたちが戦う必要はもう、全く、ないんだ。故に君たちが聖杯を手にするのはもう不可能だし、わたしも君たちを無理に追い立てる必要が無いってわけだ。OK?」

 

 手前勝手な理屈に噛みついたのは、やはり士郎だった。

 

「………それで俺たちが、はい分かりましたって、降伏すると思ってるのか?」

「もちろん、思っちゃいないよ」

 

 千花はけらけらと笑って、降伏すべき理由について補足し始めた。

 

「でも、聖杯の降霊が既に始まっているって言ったら………どうする?」

「な、ッ―――――――!?」

 

 士郎は慌てて、イリヤスフィールとセラの二人を見やった。士郎からの視線を受けて、だが二人とも、すぐに首を横に振った。彼女らの使い魔は、儀式の開始を探知していないのだ。

 

「ハッタリはよせ。お前はまだっ」

「君たちは、冬木の霊地を見張っているんだろ? なら見つかるわけないさ。円蔵山、遠坂邸、冬木教会………わたしが儀式を行っているのは、そのどれでもないんだから」

 

 その言葉に目を剥いたのは、イリヤスフィールとセラの二人だ。

 有り得ない。これまで冬木市に観測された降霊地は、いま千花が挙げた三か所と、第四次の降霊場所となった新都の中央公園のみ。二人はもちろん、そのどれもを使い魔に見張らせている。が、今もなお四ヶ所の霊地には些かの変化も見られない。

 やはりハッタリか、と言い返そうとしたが………不思議と言葉が出なかった。千花の表情に強い自信の色が宿っていたからだ。

 

「浅慮はいけないな、アインツベルン。君には教えたはずだよ? わたしの聖杯は、聖杯戦争のシステムを一部乗っ取っている………ってね」

「……………………」

「そも、灰聖杯とは元々、聖杯が降霊された時、中身をそっくりそのまま横取りするために創られたモノだ。なら当然、万条は安全圏から勝利を掠め取るために、君ら聖杯御三家の知り得ない『自分たちのための霊地』を別に確保していると思わないかい?」

「……………………」

「まあ、気付かないのも無理はない。万条の霊地は、新都の中央公園と同じく、聖杯戦争が始まってから、後発的に生まれたものだ。第四の霊地が生まれたのは、三つの霊地が魔術的加工を施された事で、マナの流れが変調を起こし、一か所に吹き溜まりを成したから………だろう? 同じ事さ。万条はかつて、小さな支流を繋げるようにマナの流れを操作して、一か所に集中するよう働きかけた。そうして冬木市第五の霊地は生まれたわけさ」

 

 自慢げに語られる机上の空論に、アインツベルンの女性陣は呆れ果てた。

 

「寝言はそこまでにしてくれる? そんなあっさりと霊地を作れるくらいなら、アインツベルンは最初から、遠坂の手を借りる事なんてしなかったわ」

「もちろん、そんな事は不可能だよ。――――ただの人間にはね?」

「…………何ですって?」

「キャスターがやった、と言えばどうだい。わたしの寝言にも、少しは説得力が出るんじゃないかな?」

 

 ――――万条家の歴史書に曰く、「それは意図した結果では無かった」との事だ。

 第二次聖杯戦争において万条に召喚されたキャスターは、まず拠点を自身の工房に変えるべく、その土地に様々な魔術的措置を施した。先述したマナの流れの操作も、せいぜい『家に水道を通すために、井戸から水を引いてくる』程度の仕組みだったようだ。

 だが、それらの術は故あってキャスターが死んだ後も消える事無くその場に残り、やがて少しずつ、少しずつ土地に『自然の成り行き』として受け入れられていった。そして件の魔術的措置の中には、工房の在処を隠すための隠蔽工作も含まれていたので、マナの流れが更なる変調をきたした事は誰にも気づかれなかった。そうしておよそ一〇〇年の時間をかけて、元・キャスターの工房は人知れず、冬木市第五の霊地と化したのだった。

 万条は第三次聖杯戦争での敗退をきっかけに、冬木に新たな霊地が生まれつつあることに気付き、聖杯御三家にも知られていない新たな霊地を使った、灰聖杯の仕組みを思いついたというわけだ。

 

 千花は以上の細かい歴史までは語らなかった。が、アインツベルンも万条が第二次でキャスターを召喚した事は把握しており、霊地を人為的に作り出すなどという荒唐無稽な絵空事にも『ひょっとしたら』と、説得力を感じるには十分だったようだ。

 黙り込んだイリヤスフィールを満足げに見やると、千花は総括を口にした。

 

「話をまとめようか。

 ①――――わたしはアインツベルンでさえ把握していない、第五の霊地を抑えている。

 ②――――その霊地ではすでに、聖杯の降霊が始まっている。

 ③――――そして最後に、君たちにはその霊地の場所を知る術がない。

 以上。盤面はまさに『詰み』だよ。もう君たちに勝ちの目はないんだ。今度こそ、分かってくれたかな?」

 

 確かに、それがハッタリではなく全て事実ならば………千花の言う通り『詰み』だろう。抵抗は無駄だから大人しく降伏しろ、と言いたくなる気持ちも分かる。

 だが、そんなものは理屈に過ぎない。

 納得できるだけの理由を並べられても、やはり「はい分かりました」とはならない。

 

「………千花」

「なんだい、士郎?」

「アーチャーを倒したって言ったな。なら、遠坂はどうした?」

 

 感情を押し殺した声だった。

 すると千花は「待ってました」とばかりに、ぽんぽんと自分のお腹を叩いた。

 

「彼女なら、ここにいるよ」

「………どういう意味だ」

「食べちゃった、って事」

 

 ――――美味しかったよ、と。

 茶化すように笑うその顔を見て。

 

「ああ、そうかよ」

 

 士郎は静かに、不屈の覚悟を決めた。

 

「ふふ、君は――――――」

「ど、どういう事だ、万条ッ!?」

「…………うむん………?」

 

 楽しげに何かを言おうとした千花を遮ったのは、慎二だった。

 彼は端正な顔立ちを真っ青に染めて、歯の音もまともに合わせられぬ震え声のまま追及する。

 

「た、食べ………食べた!? 何だよそれ、どどどういう事だよッ!? ま、ままま、まさかっ、ここっ、ここここ、ころ、ころこここ、殺しッ………殺しッ、た、のか!?」

 

 千花は途端につまらなそうな表情を作ると、ハァとため息を吐いて、

 

「だったら、何?」

 

 とだけ返答した。

 

「遠坂を、……遠坂も、殺し、た………のか。お前、おま、え…………!」

「それがどうしたっていうんだい、間桐くん? 生憎だけれど、わたしはいま士郎とお話してるんだ。ちょっと黙ってておくれよ」

「な、お、おまっ、お前」

「――――――黙ってろって言ったんだけど、聞こえなかった?」

 

 慎二は閉口した。閉口せざるを得なかった。

 一見してただ確認しているような口調だが、その裏には「次に無駄口を叩いたら殺す」という意思が見え隠れしていたからだ。

 

「話が逸れたね。………で、どうだい士郎。大人しく降伏してくれるかな?」

「断る」

 

 まず、士郎が強く断じた。

 それを受けて、千花はぐるりと他の者達の顔も見回していく。

 一部を除き、皆が士郎と同じ顔をしていた。誰が降伏などしてやるものか、という気迫すら感じる。

 

「アハッ。みぃんな逆らう気満々だねえ。まあ、それでもいいさ。降伏勧告はあくまで、よかれと思ってやった事。返答がどうあれ、変わるのは過程だけだものね。わざわざ好き好んで苦難の道を歩きたいというのなら別に、無理に引き止めやしない」

 

 そう言って千花は踵を返す。

 もう話す事は無い、という意思表示か。

 

「此処でお前を倒せば、結果だって変えられるんじゃないか?」

「やりたきゃご自由にどうぞ? でも残念でした、此処にいるわたしは分身だよ。例えその剣で肉体を十七分割にされたって、肝心の本体は痛くも痒くもないんだよねえ」

 

 いつでも斬りかかれるようにと身構えていた士郎が、ぐっと悔し気な顔を作った。

 確かに、聖杯降霊の儀式などというものが炊飯器のように『スイッチ押してあとは待つだけ』なんて事はないだろう。当然、儀式を執り行う魔術師――――即ち千花――――は、現場にいるはずなのだ。その程度の事に頭が回らなかったのは、やはり士郎も内心で焦っているからか。

 それとも、目の前の強大な存在でさえ『分身』に過ぎないという事実を………直視したくなかったからか。

 

「ああ、そうだ」

 

 黙って見送るしかないのか。そんな事を考えていた士郎一行だが、千花は何かを思い出したように振り返り、すっと右手を振り上げた。

 それが合図だったのか、やにわに衛宮邸の周辺に無数の人影が湧いた。

 いや、それは人ではなかった。ヒトの形をした肉の塊………彼らが数時間前に戦った、亡者の大群であった。

 

「戦う必要がないっていうのは、あくまで此処で大人しくしていてくれるならの話だ。わたしはもう決して、英霊という存在を侮らない。もしも君たちが一歩でもこの家の敷地から外に出て、わたしに明確な敵対意思を見せたなら………いいだろう、多少の手間は惜しまない。全力で殺してあげるよ」

「…………………………!」

「生きて日常へ帰るか、苦痛の果ての死を選ぶか。好きな方を選ぶといい」

 

 その言葉に、士郎は眩暈がするほどの怒りを覚えた。

 頭の片隅に、菫色の髪をした後輩の姿が浮かんだのだ。

 ――――日常へ帰るだと? ふざけるな。その日常を奪ったのは、誰だと思ってる!?

 

「ッ!!」

 

 ………口に出しかけた言葉が、止まる。

 千花は嗤っていた。さも愉快そうに、士郎の怒りを見透かして。

 あからさまな嘲笑が、沈黙のままに語る。「わたしだけど、それが何か?」――――と。

 

「もう一度言うよ。君たちは此処で何もせず、儀式が終わるのを待っていてくれればいい。これに従ってくれるなら、君たちの今後の命は保証しよう。

 ただし、君たちのうち誰かがこの家の敷地を一歩でも出たら、戦争だ。わたしはあらゆる手段を以って、君たちを苦しめるだけ苦しめてから殺すと宣言する。その際は当然、周辺民家への被害など厭いはしないから………君たちの決断如何によっては、冬木市民は十年前をゆうに超える、多大な犠牲を被ることになるだろう。友人知人が五体満足で生き延びられるかは保証しないよ?」

 

 さらりと付け加えられた一文に、士郎の身体が更なる強張りを見せる。

 

「ッ、それは! お前が願いを叶えても、同じ事だろう………!」

「ン………おっと、それもそうだねえ。なら、こういうのはどうだい? 降伏条件として、わたしはそちらに、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンの身柄を要求する」

 

 士郎の頭は、今度こそ真っ白になった。

 

「な、ん……………?」

 

 士郎の動揺に構わず、千花は言葉を続けてゆく。

 

「君が危惧しているのは‟この世全ての悪(アンリマユ)”による被害だろう? それを解決してやろうと言っているんだよ。聖杯の器が二つ………本来なら有り得ないこのイレギュラーを上手く利用すれば、聖杯を‟この世全ての悪(アンリマユ)”の影響を受ける事無く、真っ当な願望器として使う事が出来るんだ。言わば『裏技』ってところかな」

「…………………………」

「わたしにとっても‟この世全ての悪(アンリマユ)”が齎すであろう被害は、余計なものだ。必要とあらば許容するが、起こらずに済むのなら、それに越した事は無い」

「そんな……………事……………」

「信じる信じないはご自由に。さあ、どうする?」

 

 千花はまた、嗤った。

 彼が提示した選択肢とは、つまり――――――。

 

 

 

 

 

「街中の罪なき人々を巻き込んでまで、わたしを討つという自己満足を貫くか。

 

 それとも、イリヤスフィール一人を犠牲にして降伏を受け入れ、被害を最小限に抑えるか。

 

 選ぶのは君だ、正義の味方(エミヤシロウ)。仲間の、そしてこの街に住まう人々の運命を――――君のその手で選ぶがいい」

 

 

 

 

 

 ――――――『()()()()』という宣告。

 衛宮士郎という少年に対する、この上ない皮肉であった。

 

 

* * * * *

 

 

「気が変わって、降伏したくなったって言うんなら、いつでもどうぞ。わたしは君たちを監視しているから、少し大きな声で名前を呼んでくれれば、またこうやって分身を寄越すよ」

 

 最後にそう言い残して、千花の分身は溶けるように消え去った。程なくして彼の背後に犇めいていた亡者達も姿を消し、衛宮邸には冬の渇いた静寂が戻って来る。

 だがそれは、ただ目に見えなくなったというだけで、本当にこの場から消えたわけではないのだろう。そう思うと安堵のため息も吐けなかった。

 

「……………………………」

 

 士郎たちはしばらくその場から動かず、言葉を発する事も無かった。

 五分………十分………沈黙のままにいくらかの時間が流れると、一人、また一人とその場から離れていった。誰も、何も言えなかった。

 

「……………………………」

 

 数時間後。縁側に残ったのは、士郎一人。

 彼もまた、何を言うでもなく、ただじっと夜空を………月を眺めていた。

 

(……綺麗な月だな…………)

 

 今夜は、どこか五年前のあの日と似ていた。

 冬だというのに、気温はそこまで低くはなく。雲間に淡く輝く月は、士郎の座っている縁側を楚々と照らしている。

 

(正義の味方、か)

 

 ――――正義の味方。

 それは、目に映る全てを分け隔てなく救う存在。

 衛宮士郎が憧れたもの。絶対にならなければならないモノ。

 

 けれど、士郎は既に気付いていた。

 この夢が――――衛宮切嗣からの借り物に過ぎないという事実に。

 

 十年前のあの日、我が身可愛さに見捨ててしまった人々への贖罪。――――だと思っていた。

 或いは、あのような悲劇は二度と起こさせないという決意の表れ。――――だと信じていた。

 

 実際は違う。衛宮士郎の心は、とっくに空っぽだったのだ。

 自分を救った時の衛宮切嗣が、あまりにも幸せそうだったから………自分も()()()()()()と思っただけ。

 

 成程、まさに偽善だな――――と士郎は自嘲する。

 士郎は今もなお、その信念が過ちだとは思っていない。だが、まさに士郎に見捨てられた人間である千花から見れば、十年前より続く士郎の生き方がどのように映るのか。それを考えると、流石に気落ちした。

 

(贖罪の方法………か。我ながら馬鹿な考えだったな。あいつはもう、そんなものを求めていない。今更過ぎる話だ。そうだ、今さら償われたところで、一体何の慰めになる?………俺の中の罪悪感が薄まるだけじゃないか)

 

 戦うか、降伏か。

 正義か、私情か。

 

 既に士郎の中で答えは出ている。

 しかし………この月を見ていると、決意が揺らぎそうになる。

 

(………爺さん、俺は……………)

 

 それでも月から視線を外せずにいた時――――ズキン、と。

 鋭い頭痛が走った。

 

「ッ、ぐ…………!」

 

 切嗣の顔を思い出そうとした瞬間の出来事だった。

 荒いノイズのようなものが頭の中を駆け抜けて、頭に浮かんでいた映像をかき消したのだ。ズキン、ズキンと断続的に続く頭痛が、士郎を強く苛む。

 

(頭が………! 身体の痛みも、どんどん強くなってきてる…………っ)

 

 亡者との戦闘が終わってから、士郎の病状は悪化する一方だった。

 もう先ほどセラと一緒に作った料理の内容も思い出せない。その料理をしている最中も、火にかける前のフライパンに材料を投入したりと、手順を間違える事が多々あった。少し気を抜くと三十分以上も時間が経っていた事だってあった。

 

(切嗣………そうだ、切嗣は、こんな………顔、してたっけ………)

 

 必死に頭を回転させると、何とか切嗣の顔を思い出すことが出来た。

 だが油断は出来ない。もう少し時間が経てば、更に多くの記憶が消えていくだろう。藤村大河、柳洞一成、間桐慎二………今は思い出せるこれらの慣れ親しんだ名前だって、いつ忘れてしまうか分からない。

 

(………本当に、……『爺さん』って感じ………だよなあ。確か、まだ四十歳にもなってなかったはずなのに………)

 

 忘れてしまわないよう、思い出した切嗣の顔を脳細胞に刻み込む。

 髪型、顔つき、体格、声、趣味嗜好、思い出………思い出せる限りを思い出して、心のメモ帳にガリガリと書きなぐる。

 

(忘れるな、忘れるな、忘れるな、忘れっ………………?)

 

 言い聞かせるようにそう繰り返していると、ふと小さな疑問を抱いた。

 いや、疑問というよりは違和感だった。切嗣の顔を正確に思い返そうとすればするほど、その違和感は大きくなっていく。

 

(何だ、この感覚? 切嗣の顔が、誰かに()()、る……………………?)

 

 困惑していると、不意に小さな影が、士郎の隣に腰を下ろした。

 イリヤスフィールだ。

 先の降伏勧告により、図らずも冬木市民の対として天秤の皿に乗せられた彼女が、俯き、膝を抱えて座っていた。

 

「……………イリヤ?」

()()()

「えっ?」

 

 少女の様子を不審に思う前に、ぽつりと。

 

「私をバンジョウに引き渡して、いいよ。あいつの言う通りに大人しく降伏しましょう」

 

 そんな、信じがたいほどに捨て鉢な台詞が、士郎の耳に届いた。

 

 

 

 

 

TO BE CONTINUED・・・




【作中捕捉】
■二 次 キ ャ ス タ ー さ ん 万 能 説。
万条の拠点をステルス化したり、冬木に新しい霊地を生み出すきっかけを作ったり・・・と、万条が第二次聖杯戦争にて召喚したキャスターは、非常に優秀かつ器用なお人だった、という設定です。

ステータス的にも性格的にも、真っ向勝負ではなく姑息な立ち回りが得意なタイプで、万条一族とは非常に相性が良かったのですが、残念ながらキャスタークラスにとって最大の壁である『対魔力』を越える事が出来ず、健闘空しく敗退してしまいました。

万条は、なまじサーヴァントとの連携も上手くいっていただけに、敗北という現実を受け止めきれず、精神に大きなストレスを受けちゃいましたとさ。
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