Fate/mille fiore-フェイト ミルフィオレ-【完結】   作:おるか人

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Scene.05  その出会いは突然に

「はぁ…………」

 

 深山町、衛宮邸にて。時刻は九時……衛宮士郎は、常の生活習慣からは信じ難い大寝坊の末、深刻なため息と共に起床した。

 

「っ!? が、学校っ―――――あ、今日は日曜か」

 

 ノソノソと布団から這い出し、洗面所で顔を洗う。鏡に映った自分の顔を見て、士郎は今朝が桜も大河もいない日である事に感謝した。

 

「うわ、酷い顔だ」

 

 目元には大きな隈ができていて、顔色は青白い。……一目で『私は体調不良です』と分かる姿だった。

 

「昨日、なかなか眠れなかったもんな……」

 

 万条千花という人物の登場と、それに関わるあれこれは、士郎の精神に予想以上のストレスを与えていたらしい。昼休みには一成に「今日の手伝いは不要だ。早く家に帰って休め」と念を押され、放課後、部活へ向かう桜にも「先輩、何かあったんですか?」と心配された。

 幸い、誤魔化すことには成功したが、桜は現状を察したら「何してるんですか先輩、早く休んでください。私が看病しますから!」などと言い出しかねないので、後輩に余計な面倒はかけまいと、一成の言に従って半ドンの授業が終わり次第早期帰宅したのである。

 が……いざ一人になって、落ち着いて物事を考える時間が出来ると……これがますます恐ろしくなった。自分の知らない友人、自分の知らない過去、自分の知らない話題……そんなものがこれからも当たり前のように飛び交うのかと思うと、憂鬱極まりなかったのだ。

 そんな精神状態だっただけに、昨日は鍛錬を休み、晩御飯を食べたらさっさと寝床に入った。……結局、なかなか寝付けず、意識を落とせたのはそれから数時間後の事だったのだが。

 

「…………うっ」

 

 タオルで顔を拭っていると、グゥ、とお腹が鳴った。普段なら朝食は二時間以上前に取っているはずなので、胃が『今日はどうした?』と困惑している。

 

「飯、食うか……」

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 食事を終えた後、結局、何かをしていた方が気が紛れるらしいと気付いた士郎は、夕飯の買い出しがてら、散歩に出かける事にした。商店街に行きつくまでをあえて大回り、遠回りを繰り返し、普段通らない道を開拓していく。

 

「へえ、……こんな場所があったんだな」

 

 長年住んでいる街であるにも関わらず、通ったこのない道、行ったことのない場所というのはいくらでも発掘できる。人間にとって『慣れ』とは恐ろしいものなのだなあと、この世の真理を垣間見た気分であった。

 見覚えのない新鮮な景色が心地良く、体調が改善しつつあるのは嬉しい誤算だった。明日にまた待ち受ける学校に対しても、わりとポジティブな考え方ができるようになったのだ。

 

「そうだ……ひょっとしたら昨日のは何かの間違いで、明日になったら元の学校に戻ってる可能性もあるよな。うん、きっとアレだ、一成たちは集団幻覚でも見てたんだよ。ハハハ」

 

 昨日の出来事を面白おかしく茶化して笑う。……それが限りなく正解に近い予想だとは気付かずに。

 

「―――楽しそうね、何を笑ってるの?」

「え? ああ、別に何でもないよ。ちょっと馬鹿な想像をしてただけ」

「ふーん。そんな事してる暇があるだなんて……随分余裕なのね、お兄ちゃん?」

「うっ、し、仕方ないだろ。これでもいろいろ考えた上の行動で……………え?」

 

 ―――(オニ)()ちゃん? 誰だそれは。

 

 この、いつの間にか目の前に現れた女の子は…………一体、誰と話しているのだろう?

 

「せっかく忠告してあげたのに」

 

 幼い声。銀色の髪に、赤い瞳……万条千花とは別の意味で、この世のものとは思えない容姿をした、雪の妖精がそこにいた。

 

「あ、…………………?」

 

 少女の放つ雰囲気に呑まれる。……彼女はむうっと頬を膨らませていて、年相応な態度で不機嫌を主張している。その仕草があまりにも可愛らしくって、つい見惚れてしまったのだ。

 

「聞いてるの? お兄ちゃん!」

「わっ、えっと……ご、ごめん?」

「そう思うのなら早く召喚してよっ。お兄ちゃんに令呪出てるの、私、知ってるのよ?」

「しょ、しょうかん? れーじゅ? ……あの、さっきから一体何の話をしてるんだ?」

 

 それは、誰とも分からぬ相手に詰めかけられた人間の対応としては、当然のものだっただろう。……が、女の子はますます頬を膨らませ、ぷんすかと気炎を上げる。

 

「何って、聖杯戦争の話に決まってるじゃない。あと一騎……最後の一枠が埋まらないと、いつまで経っても始められないでしょ?」

「せーはいせんそー…………?」

 

 戦争とは、随分と物騒な単語である。この辺りで士郎は「この子は何かのごっこ遊びをしていて、俺はそれに巻き込まれたんだな」と解釈した。加えて、「外国人のようだし、ひょっとしたら同年代で仲の良い友達がいなくって寂しい思いをしているのかも?」と、ちょっと勝手な印象も抱く。

 

(時間はあるし……よし)

 

 むん、と決意を掲げ、士郎は少しだけ屈みこみ、銀髪の少女と目線を合わせた。

 

「えっと……君、お名前は?」

「えっ?」

「名前。ああ、俺は衛宮士郎って言うんだ。よろしく」

「エミヤシロ……?」

「あ、違う違う。衛宮が苗字で、士郎が名前」

「シロウ……思ってたよりカンタンな名前なんだね。そっか、シロウ……か」

「うん、士郎。それで……君の名前は? 何ていうんだ?」

 

 表情豊かに、というのは彼にとってわりと苦手な行為だが……怖がらせないよう、できる限りの笑顔を浮かべる士郎。少女はしばらく「シロウ、シロウ」と何度か反芻した後、笑って言った。

 

「イリヤスフィール・フォン・アインツベルン……長いから、イリヤでいいよ」

「そっか。よろしくな、イリヤ」

 

 結ばれる手と手。

 この日、二人は魔術師としてでなく―――ただの人として出会った。

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 聖杯戦争とは、マスターと呼ばれる七人の人間が、それぞれ神話や伝承に語られる英雄を使い魔(サーヴァント)として現代に呼び出し、戦わせる儀式であるらしい。

 この戦いのルールはただ一つ。自分のサーヴァントを除く六騎の英雄を殺し尽くし、己が最強を証明する事。

 勝者となった主従には、褒美として如何なる願いでも実現させる万能の願望器―――“聖杯”が与えられる。

 英雄は人々の理想の顕現であるため、聖杯戦争の開催地において知名度の高い大英雄ほど強い力を発揮する。この国で言えば、尾張が生んだ傾奇者・織田信長、戦国の大剣豪・宮本武蔵、新撰組の鬼の副長・土方歳三あたりが『誰もが知る』大英雄となり、大きな力を発揮すると思われる。

 もちろん、知名度の多寡に関わらず、英雄と呼ばれる者は人間に扱えるような存在ではないので、召喚する時に予め剣の騎士(セイバー)槍の騎士(ランサー)弓の騎士(アーチャー)騎乗兵(ライダー)魔術師(キャスター)暗殺者(アサシン)狂戦士(バーサーカー)、このいずれかの(クラス)に当て嵌める事で、力を制限している。

 ランサーは敏捷性に優れ、アーチャーは射程に優れ、アサシンは高い隠密能力を持つ……と、それぞれのクラスには強い特徴が出るため、戦い方次第ではマイナーな英雄が大英雄を打倒する事も不可能ではない。

 ―――各マスターは聖杯を得るためにこれらの情報を駆使し、敵の情報を集め、戦略を練り、夜の街で命を賭けてぶつかり合うのだ。

 

 

 

「へぇ~~~~~~…………」

 

 公園のベンチに二人掛け。商店街で購入した大判焼き(餡子)を頬張りながら、士郎は分かりやすい感嘆を示した。

 イリヤスフィールの語る“聖杯戦争”というお話は、高校生の士郎から見てもよくできた設定であった。特に『伝説の英雄を使役する』というアイデアは、実に男心をくすぐる代物だ。シナリオライターの腕次第だが、ストーリー重視のゲームとして発売すれば、若者を中心に大ヒットし、一時代を築くような傑作となるのではないだろうか。

 士郎が『どこかの会社に企画書を持ち込んでみれば?』と提案するかどうかを真剣に悩んでいると、ふと一つの疑問が浮かんできた。

 

「なあ、イリヤ?」

「なに、シロウ?」

 

 小さな口で一生懸命に大判焼き(カスタード)と戦うイリヤ。最初は『手掴みだなんて、品位にかける料理だわ』と文句を言っていたのだが、今の表情を見る限り、どうやら味はお気に召したらしい。

 

「戦わなきゃ聖杯は手に入らないのか?」

「そうよ。他のサーヴァントを六騎全て殺し尽くす。それが聖杯降臨の絶対条件だもの」

「じゃあ、もし戦いを好まない英雄を召喚しちゃったら……どうするんだ? 英雄だって、戦う事が好きな奴ばっかりじゃないだろ?」

 

 この質問は、士郎だからこそ出たものだった。“正義の味方”になるという夢を抱き、殺す事でなく、救う事で英雄になりたいと願っている彼だからこそ。

 

「んー、その心配はいらないと思うわ」

「どうして?」

「そもそも、望みを持たない英雄は召喚に応じないの。英雄の方もみんな、聖杯で叶えたい願いがあるからこそ、人間の使い魔になる事を承諾するのよ」

「ああっ、なるほど。それなら納得だ」

 

 本当に細部まで良く考えられてるなあ、と感心する士郎。……しかし、それに続く言葉が暗雲を呼んだ。

 

「それに、シロウの言う通り、戦いを望まない英雄を呼び出しちゃったとしても大丈夫よ。マスターになった魔術師には、令呪っていう、サーヴァントに対する絶対命令権が与えられるの。一言『戦え』って命じれば、どんな英雄だって意のままに戦わせることが出来るわ」

「そ、そんなものまであるのか……英雄をムリヤリ従わせられるなんて、一体どんな力なんだ?」

()()()()()

 

 そう言って、イリヤスフィールは士郎の左手を示した。士郎の左手は湿布と包帯が巻かれている。……その下には、昨日の朝、桜に指摘された『身に覚えのない傷跡』が隠されている。

 

「そこ、ヘンな痣があるでしょ? それが令呪よ。シロウの()()はまだ兆しで、本来の姿にはなってないから、分からないかもしれないけど……」

「え、左手…………この傷の事、何で知ってるんだ?」

 

 この包帯の下を知っているのは、士郎と桜だけのはずだ。

 加えて、いま彼女は士郎にとって絵空事でない単語を口に出した。聖杯、召喚、英霊、令呪……これらはともかく“魔術師”という存在だけは、士郎にとって身近な現実である。

 ここで初めて、少女の語る“聖杯戦争”という設定が、不気味な雰囲気を漂わせ始めた。

 

「…………本当に何も知らないの?」

 

 まさか、という表情を浮かべる士郎を前に、イリヤスフィールもまた同様の表情を浮かべる。

 イリヤスフィールの言う「聞かされているべきこと」が分からない。衛宮士郎は『誰』から『何』を聞いているはずだったのだろうか。それを知らないことが、彼女にとってどのような出来事だったのだろうか。

 困惑する士郎をよそに、イリヤスフィールはベンチからすっくと立ち上がった。もう、彼女の手元に大判焼きは残っていない。

 

「ねえ、シロウ。シロウにとって、最も波長の良い時間って……いつ?」

「波長の良い……? すまん、どういう意味だ?」

「魔術の知識自体はあるんでしょ? 魔力の調子が良い時間帯は何時ごろなのか、って聞いてるの」

「ああ……魔術の鍛錬なら、毎日零時ごろにやってるけど…………ぁ、まさか」

 

 ここで、士郎は目の前の少女が魔術師である事を確信する。

 ならば、今まで彼女が話していた“設定”とは―――まさか。

 

「うん。じゃあ、今晩お兄ちゃんのお家に行くから……待っててね。眠ったりしちゃダメだよ?」

「え、ちょっ…………イリヤ!?」

 

 オオバンヤキごちそうさま! と言い残し、軽やかな足取りで公園から去っていくイリヤ。

 その背中を、士郎は不安げな表情で見送った。

 

「…………つまり、どういう事なんだ……?」

 

 何もかもが不透明な日常。……知らず、嫌な汗が背中を伝った。

 

 

 

 

 

TO BE CONTINUED・・・

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