Fate/mille fiore-フェイト ミルフィオレ-【完結】 作:おるか人
深山町、某所――――。
何の変哲もない住宅街の端際に位置するその邸宅にて、最終決戦は始まった。
初撃。ライダーの‟
その光景や、同時に発せられたけたたましい爆音は、間違いなく周囲一帯に
だが、彼ら――――衛宮士郎一行と、万条千花の戦いが表の世界に知られることは無かった。
何やらとんでもない事が起きているぞ、と心胆から思い知りながら………しかし、その原因に意識を向ける事が出来ない。何かがおかしいのに、何がおかしいのかが分からない。どうすればいいのかが分からない。そして、そうこうしているうちに意識が別の方向に逸れ、思考が曖昧になっていくのだ。
「今の出来事は気にするほどの事ではない」
「今の出来事に意識を向けてはならない」
「今の出来事を鮮明に記憶してはならない」
何処からともなく響く声が、そうさせる。
斯くして。神秘を介さぬ一般人は一時、解けぬ疑問に頭を捻らせ、そのうちに再び微睡の中へ沈んでゆく。
そう。かつての第二次聖杯戦争で召喚されたキャスターの結界の力は、未だに健在。最終決戦の舞台に相応しくない異物は悉く、見えざる御手に払われるばかりである――――…。
* * * * *
「うっ……、…………ぐ!」
己の体重を受け止めた負担が、呻き声となって零れ出る。
ライダーのペガサスから飛び降りた士郎は、強化された脚力により、上空数十メートルからの着地を強引に成功させていた。
(作戦、通り…………っ!)
激痛を無理矢理飲み下しつつ、士郎は心中でガッツポーズを決めた。障害のない空からアジトに奇襲をかける。その際、アジトに並み居るであろう例の亡者をライダーのペガサスでまとめて吹き飛ばしてもらい、第二波が来る前に本丸へ侵入する………ひとまず、第一条件はクリアした。
(あとは、ランサーが言ってた地下の入り口だ。庭に植えてある大樹の近く………正門から見て、北に10メートル、東に13メートル地点にある花壇の中………)
士郎は、事前にランサーから受けた説明の通りに周囲を見渡していく。
目的地はすぐに見つかった。既に昨日の凜の攻撃や、直前の宝具使用によって庭園もアジトも見る影もなくボロボロになっていたが、士郎は飛び降りる前に空中から敷地内の構造を確認しており、かつ、目印となる大樹はそれらの攻撃を受けてなお健在であったからだ。
すぐに花壇に駆け寄り、内側の土を少しかき分けてみる。すると、土の下から金属製の引き戸が現れた。人間一人分はあるだろう大きさの扉――――間違いなく、これがランサーの言っていた『地下への入り口』だろう。
「あった! 此処が千花の……、………………?」
中へ入る前に、周囲の安全を確認しようと辺りを見渡した士郎は、そこでふと疑問を覚えた。
彼の視界に入ったのは、樹だ。先ほども地下への入り口を探すための目印にした大樹である。
(…………何だ?)
十メートルを超える樹高、大人が数人輪になっても囲いきれないであろう、がっしりとした太い幹。これまではアジトを覆う結界の効力によって、誰もそれに疑問を抱かなかったのだろうが………正直なところ、住宅街の中に佇むには、余りにも違和感が過ぎる存在だ。
(いや、違う。そうじゃない)
ぶんぶんとかぶりを振る士郎の脳裏には、一つの疑問が浮かんでいる。
その疑問とは、既視感。即ち「俺はこの樹を何処かで見たことはないか?」という内容であった。
同じ町に住んでいるのだから、見かけた事くらいあるだろう。きっと結界の力で意識を逸らされていただけで、自分も何度か疑問に思っていたのだ――――そんな理屈で自分を納得させるのは簡単だが、どうも、そうではないような気がする。
「あの樹、樹の上…………枝、に? 何か、が。誰か……が……………?」
………結論から言おう。士郎がその疑問の答えを知る事は無かった。
彼は、その後すぐに「そんな事を考えている場合じゃない」と思考を打ち切り、樹から目を背け、地下への階段を下りて行ったからだ。
士郎は忘れてしまったのだ。ちょうどひと月前の黄昏時に起きた出来事を。
名も知らぬ子供たちの喧嘩を仲裁する為、この大樹の幹を登った事を。
結果として失敗し、姉貴分に助けられ、今後は独力で助けられるようになろう、と思った事を。
たった一月前の出来事だ。ただ忘れただけならば………少し悩めば思い出すことが出来たのかもしれない。
けれど、今の士郎にはそれが出来ない。たった一月で忘れてしまうような記憶なんて、あっという間に悪しき魔術師の意思に汚され、侵され、消えてゆく。
忘れてしまった事は思い出せばいい。
けれど消えてしまったものは――――もう、どうしようもないのだ。
* * * * *
一方、万条アジトの上空………士郎と共に空へ投げ出された慎二は、宝具解放後に素早く舞い戻って来たライダーにキャッチされ、無事にペガサスの背へと帰還を果たしていた。
「無事ですか、シンジ?」
「だ、だだだだぃ、丈夫! だっ!」
バイブレーション機能でも備え付けられてしまったかのように、ガクガクと絶えず全身を震わせる慎二である。
事前に『必ず助かる』と知らされていても、身体一つで空中高くに放り出されるのは心胆にクるものがあったのだろう。
「そそ、それより衛宮の奴は!? ちゃんと地下の入り口を見つけたんだろうな………!?」
「そうですね…………」
ライダーがちらと眼下を見下ろすと、士郎は大樹を見つめてぼーっとしている最中だった。一体何をしているのだろう、と疑問に思ったが、それからすぐに花壇から掘り返された地下への入り口を下りて行ったので、気にしないことにした。
「………どうやら、無事に地下へと向かったようです」
「そ、そうか。ならまず第一段階はクリアだな」
「ええ。あとは地下空間にどれだけ、あの亡者達がいるのか………未だアサシンがどのような動きを見せるか………が、問題でしょうか。その辺りはシロウに任せる他ありませんが」
作戦会議の時、目的地が『地下』と分かった時点で、ライダーは基本的に外に残って敵を迎撃すると決めた。ランサー曰く、地下道は祭壇の近くに辿り着くまでは『広さ』が無く、機動力が肝であるライダーは不利に追いやられると判断したからだ。
士郎をアジトへ送り届けた後はひとまず外に残り、後続のイリヤスフィール組が地下へ突入しやすくなるよう、そして地下へ向かった士郎が背後を気にせず戦えるように地下への入り口を守る事に専念する――――これがライダーにとっての作戦・第一段階である。
ライダーが提示した問題については、それほど深刻なものではない。
あの亡者たちは、腕力こそ凄まじいものがあるが、スピードはそれほどでもない。前回の戦いでそれなりの苦戦を強いられたのは、あくまで数にあかせた四方八方からの包囲戦を仕掛けられたからだ。ランサーから伝え聞く限り、地下道の幅はそう広くない。いかなる数が犇めいていようと、いざ戦闘となれば、ほぼ一対一の形となるだろう。ならば宝具を扱える士郎に敗北はあるまい。
対するアサシンはかなりの不安要素であるが、そこは素直に令呪でランサーを呼べばいいだろう。
(気配遮断スキルを用いた不意打ちで、令呪を使う暇もなく殺されるのが、予想し得る中で最悪の可能性ですが………あのアサシンの気配遮断スキルは、そこまで強力なものではない。敵の本陣に潜入している現状、常に『居るかもしれない』と警戒されていては、そう大きな効力を発揮できないでしょう。加えて、今のシロウは感覚器にも大幅な強化が施されている)
ライダーはそこでもう一度、眼下の景色へと視線をやる。アジトの敷地内、土砂塗れの庭園にちらほらと、例の亡者が湧き始めている。
ライダーは次に、アジトから少し離れた場所に視線を向けた。夜道の向こう、後続のイリヤスフィール組が、ランサーを先頭にこちらへ向かって来ている姿があった。恐らく、あと二分もあればアジトに到着するだろう。
「シンジ、後続組が到着するまで少し時間があります」
「………………ああ。…………で?」
一応は真意を伺う慎二だが、彼には既に、ライダーの返答に予想がついているようだ。ただでさえ悪かった顔色が、より青白く染まってゆく。目には『絶望』に近い色があった。
「地上の亡者達にもう一当てしておきましょう。これ以上数が増えると面倒になります」
「また僕に紐無しバンジーをやれってのか。ハハ、ハ………」
「ちゃんとキャッチしますから」
「当たり前だぁっ! 落ちたら死んじゃうじゃないか! ああっ、くそ! 分かったよ、やれよホラ! でもいいか、令呪がなくたって、僕がお前のマスターだってのには違いないんだ! 僕が死んだらお前だってヤバいんだからな! それを忘れるなよぉお!?」
「大丈夫ですよ。その時には、イリヤスフィールに契約してもらいますから」
さらりと毒づくライダーに、もはや慎二の顔色は茄子もかくやという有様であった。
実際のところ、ライダーには元マスターである桜から『慎二を守れ』という命令を令呪で下されているので、わざと殺す様な事は出来ないし、マスターを変えたところで慎二の傍から離れることなど出来はしないのだが………慎二はその事実を知らない。
(まあ、この戦いの前に怖気づいて逃げ出すようなら、どんな手段を用いてでも実行していたでしょうが…………)
事実として、間桐慎二は戦う事を選んだ。己にとっての絶対強者であった間桐臓硯を殺した怪物を相手に、立ち向かう事を選択したのだ。
そこにどんな心情の変化があったのか、ライダーは知らない。下手に問い質して「やっぱり止めた」などと心変わりをされたら困るからだ。ライダーにとって必要なのは『現世の依代』であって、間桐慎二ではない。彼の心情など、どうでも良かった。
(余計な面倒が無くなったのは良い事です。後は…………)
ライダーは最後に、士郎が入っていった地下への入り口を見やった。
(タイミングを待つ)
万条千花は、衛宮士郎に執着している。
だからこそ士郎を一人で先行させた。油断を誘うため、視野を狭めるため………という理由もあるが、ライダーにとっての一番の理由は、千花の逃亡を阻止するためである。士郎は万が一にも相手を取り逃がすことがないよう、釘付けにしておくための先兵だ。
ライダーには千花への憎しみがある。
できれば士郎に任せきりではなく、自らの手でこの憎しみを晴らしたいと思っているのだ。
(全ては、あの作戦が上手くいくかどうか………頼みますよ、シロウ)
* * * * *
狭い地下道を走り抜けながら、士郎は困惑していた。
恐らく此処にも多くの敵が待ち受けているのだろうと覚悟していたのに、走れど走れど己を阻む障害は現れない。全くの肩透かしだったのだ。地下道も特に入り組んだ作りではないので、角を曲がったり階段を下りたり、道なりに進むだけでどんどん奥へと進んでいく。
(どういう事だ…………?)
もしや、こうして油断したところをアサシンに攻撃させる気か? と考えていた士郎だったが………地下道潜入からおよそ二分後、とうとうランサーの言っていた『祭壇の門』であろう場所に辿り着いてしまった。しかも、門前には気配遮断どころか姿すら隠すことなく、堂々とした佇まいのアサシンが立っている。
「来たか」
地下道と祭壇を隔てる空間。
其処は、人工的な舗装が施されたそれまでの道とは違い、岩と土で形作られた場所だった。大人二人が横に並ぶのが限界だった地下道と違い、ぽっかりとしたドーム状になっており、天井の高さもあって、小さな体育館ならすっぽりと入ってしまいそうなスペースがある。
その最奥には、鳥居に似た意匠の門があり………その向こうからは、怖気がするほどの魔力が感じられた。
「アサシン………」
警戒を露わにする士郎に対し、不敵な笑みを見せる黒い侍。
すわ戦闘開始か――――と思われたが、アサシンは門前から僅かに退き、手のひらで門の向こう側を指し示した。
「命を賭して門を死守せよ、というのが主殿の命だが………そなただけは別だ。通るがいい」
道中で邪魔が無かったのはそういうわけか――――と納得し、士郎は黙ってアサシンの隣を通り過ぎた。
罠かもしれない、なんて考えは露ほども浮かばなかった。徹底的に邪魔されるか、そうでないなら最深部まで素通り………何となく頭に浮かんでいた可能性が現実になっただけだ、と。だからアサシンの攻撃範囲内に踏み込む時も、何ら危機感を覚える事は無かった。
士郎の意識はもう、門の向こう側に。
祭壇に待ち受けているだろう人物だけに差し向けられていた。
「―――――――――――――」
門を抜けた先。石造りの祭壇もまた、先ほどと同じくぽっかりと開けた空間だった。
岩と土をスプーンで丸く削り取れば、こんな形になるだろう………そんな感想を持つほどに簡素で淡白な印象だ。
だが、それは平時の話。今現在の祭壇は『災厄』を煮詰めた悪意が空気中に充満しており、物理的な重圧さえ感じる。赤黒く滾る呪いの塊――――門を隔てる事でいくらか軽減されていたらしいそれは、いま万全の力で以て士郎の精神を責め立ててくる。
「―――――――――――――」
これが聖杯。
これが‟
十年前、士郎の全てを焼き尽くし、千花を生み出した呪いの炎――――…。
「やあ、士郎」
宿敵は、その『災厄』の中に平然と佇んでいた。
否。今やこの『災厄』こそが万条千花
「千花………」
「フフ。来ちゃった。本当に来ちゃったねえ」
千花の姿は、以前までの穂村原の学生服ではなかった。
黒く、黒く、黒い――――夜を編み上げたような闇色の袍服。少年が楽し気に微笑むたびに、袖口に染め付けられた血色の赤がちらちら揺れる。まるで揺らめく炎の様に。
「次に顔を合わせた時が最後………ちょっとばかり形は違ってしまったけれど、まあいいや」
夜と、炎。
その姿から士郎は、否応なく一つの光景を千花に重ねた。
「さあ、士郎。決着をつけようか」
――――冬木市大災害。
あの始まりの惨劇を体現するかのような姿で、万条千花は衛宮士郎の前に立ち塞がった。
TO BE CONTINUED・・・
【作中捕捉】
■気の長い伏線 part3
Scene.1にて士郎が侵入した民家は、何と万条のアジトでした。士郎と子供たちは、アジトではなく、偶然アジトに入ってしまったボールが目的だったので、結界をスルー出来たのです。
結界「あ、何かボール入って来た。でもここで効果を発動したら逆に怪しいよなあ・・・あの中に魔術回路持ってるやついるしなあ・・・よし、ボール取ったら勝手に出て行くだろうし、放っとくか」
↑こんな感じに融通が利くかしこい結界だからこそ、今まで誰も見つけられなかった・・・という設定です。原作でも、衛宮邸の結界が侵入者に害意があるかどうかを自動で判別しているので、それをより高度に発展させたものと思って頂ければ問題ありません。