Fate/mille fiore-フェイト ミルフィオレ-【完結】 作:おるか人
――――何だこれは。
目の前の光景に対する、間桐慎二の感想はそれ一つだった。
「ぎひぃぃぃぃぃぃぃぃあああアアア!?」
見た事のない姿。
聞いた事のない声。
有り得ざるものとして、頭から可能性すら排除されていた光景。
「ば、馬鹿な………何故分かった? な、何故ええええ」
「わたしの
………エコー映像ってあるだろう? お母さんのお腹に超音波を当てて、胎内の赤ん坊の姿を見たりできるやつ。アレと似たようなものさ。そしてフォレスティ一族は人体のエキスパート。女の子の心臓にくっついてる
あっという間だった。
戦闘が終わり、臓硯が喰いつくされた後。
千花は義妹の――――桜の左胸に手刀を打ち込み、身体の中から一匹の蟲を抉り出したのだ。
「さて。これが遠坂やアインツベルンあたりなら、散々いたぶって屈辱を味わわせた後でそこら辺に捨てれば良いところだけど………マキリはそうもいかない。キッチリ殺し尽くさなきゃあ、わたしの中の亡者共が落ち着いてくれないんだよね」
「こっ………!? ま、待て万条! 話をっ」
「聞かない。さようなら、マキリ――――わたしのために死んでくれ」
びちゃり、と。何やらよく分からない粘液を飛び散らせて、間桐臓硯だった蟲は圧し潰されて息絶えた。
間桐臓硯の死。今日まで想像さえして来なかった光景を前に、慎二の心は完全にフリーズしてしまっていた。何だこれは。ありえない――――そんな言葉ばかりが頭の中を無作為に走る。
「サクラぁぁッ!!」
慎二を我に返したのは、ライダーの慟哭であった。
混乱の最中にあった慎二は気付いていなかったが、千花が桜に狙いを定めた時点で、桜を救おうとするライダーとそれを阻むアサシンの戦いが始まっていたのだ。
遂に目の前で主の心臓を抉られたライダーは常に無い狂乱を見せ、下手人たる千花を八つ裂きにせんともがいている。しかし、やはりアサシンが立ちはだかり、彼女を前に進ませない。
徐々に戦いの余波が千花の近くへ、即ち慎二の近くへと迫って来る。
「………………ひィっ!?」
あまりの衝撃によって一時的に抑圧されていた恐怖が、一気に噴火した。
「ら、ライダー! 僕を連れて逃げろッ!」
偽臣の書による命令権を行使し、ライダーを動かそうとする。
だが、その命令は一瞬で弾かれた。今のライダーはそんな下らない命令に従うつもりなど欠片も無いのだ。命令違反のペナルティこそ受けているものの、彼女はお構いなしに千花の首を刈り取らんと動き続けている。
「あ、ああっ!?」
遂に限界を超えた偽臣の書が燃え落ちた。
これでまた、ライダーのマスター権は元通り、桜の手に移る。
と、その瞬間。今までは黙って事の推移を見届けるだけだった千花が――――
「ライダー、兄さんを護りなさい!」
突然、桜が叫んだ。
胸を貫かれ、失血のショックで気を失っているはずの桜が………ライダーに命令を発したのだ。
「ぐっ、う!? サクラ!? な、何故っ」
「ほら、ライダー? 君のマスターの最期の願いだ。ちゃんと聞いてあげなよ」
「まさかサクラを操って………あ、あああ……―――あ、が、ぅぅぅがああああああああああッ!!」
嘲笑する千花。怒りに打ち震えるライダー。
………そこからの展開も、あっという間だった。
千花は屋敷中に火を放ち、ライダーが慎二を連れて逃げざるを得ない状況を作り出したのだ。
「さて、間桐くん………わたしはこれでも忙しいんでね。今は見逃がしてあげるから、さっさと何処かへ失せてくれ。心配せずとも、いずれはちゃんと追い詰めて殺すつもりだから、それまでは精々、ライダーの足手まといになっててくれると嬉しいな」
以上が、ライダーに連れられ間桐邸から撤退する慎二へ向けて、千花が残した言葉。
そして、間桐邸で起きた襲撃事件の顛末である。
* * * * *
いずれ追い詰めて殺す――――そう嘯きつつも、千花の意識が自分に全く向けられていない事を、慎二は何となく察していた。
決定的だったのは、衛宮邸での一幕だ。
遠坂凜を殺したのか、と詰め寄る慎二に対し、千花の取った態度は。
「――――――黙ってろって言ったんだけど、聞こえなかった?」
徹底的な無関心――――だった。
千花は慎二を見ていない。精々、道路の真ん中に転がっている石ころを見かけて『邪魔だな』と思う程度の煩わしさしか向けていない。
踏んだところで気にならない。
避けるのも特に苦にならない。
最悪、蹴り飛ばしてしまえば事は済む。………それが、万条千花にとっての間桐慎二だ。
正確に言うなら慎二に限らず、士郎やイリヤスフィールといった例外、そして強大な力を持つサーヴァント以外には何の関心も寄せていない――――というのが正しいのだろう。慎二以外にも、セラが同じくその立場にあったのだが………慎二にとっては、どうでもいい事だ。
「………あの野郎………ッ!」
大事なのはただ一つ。
万条千花は、間桐慎二をあからさまに軽んじている――――という一点である。
「くそっ、見てろ。思い知らせてやる………今に思い知らせてやるぞ、万条ぉ………!」
それに気付いた時、慎二の胸中には懐かしい怒りが蘇った。
憐れむべき妹に、逆に憐れまれていたのだと知った時のような………強い、強い怒り。
衝動の赴くまま、慎二は士郎たちの作戦会議へと乗り込んだ。誰も彼もが自分の登場に意外そうな顔をしている――――それがまた、ひどく気に喰わなかった。
「万条は僕が殺すんだ。連れてけよ、衛宮」
怒りという感情は、良くも悪くも人を前へと進ませる。特にマキリの血族はそれが顕著だ。
常識、理性、倫理、恐怖。人が当たり前に持つものを軒並み置き去りにして、慎二はこの復讐に身を委ねる事を決心した。
* * * * *
そしていま、復讐は成った。
万条千花は気にも留めていなかった羽虫の抵抗によって、致命的な一撃を受けたのだ。
(ははッ。アイツ、信じられないって顔してる。自分に刺さった剣と、僕の姿をしきりに見比べてるぞ。ありえない――――そう言いたげだ。たまらないぜ)
湧き上がる脳内物質に陶酔しつつ、慎二は最後に、憎き仇敵へ向けて思いっ切り中指を突き立ててやった。
「ハッ。ざまァ……見ろ…………………!」
――――あぁ、イイ。最高の気分だ。
実に幸せそうなニヤケ面のまま、慎二はズブズブと泥の中へと沈んでいった。
* * * * *
「―――――――――――――――――――………………!!」
ランサーを追って祭壇入りしたイリヤスフィールとセラは、まず最初に、その声を耳にした。
声というより、音と呼んだ方が正しいかもしれない。まるで、異物を噛んだ歯車を強引に回そうとしているかのような不協和音が、祭壇の中心に立つ人物から発せられている。
「あれは、バンジョウ………? 魔力の流れがメチャクチャだわ。作戦が上手くいったって事なの………?」
士郎達が衛宮邸で立てた『作戦』は一つ。
万条千花に‟
わざと戦力を分散させて油断を誘う、注意を引きやすい士郎を先行させる、警戒されやすいサーヴァントを囮に使う、あえてライダーはしばらく地上に残す、泥に無効化される可能性が高いランサーの宝具は、地上と地下を繋げるため、最終手段であるライダーによる奇襲のために使い捨てる………一行が絞り出した労力の全ては、たった一撃の致命打を与えるためだけに費やされていたのだ。
「ッ、シロウ!」
戦況把握のために祭壇の周囲を見渡すと、泥にまみれて倒れ伏す士郎の姿があった。
千花と‟
しかし、そんな状態でもなお、触れたもの全てを汚染する泥の脅威は健在であり、それに触れ続けている士郎の容態は危険域を漂ったままだ。
一刻も早く治療を施さねば、手遅れになりかねない――――!
「セラ、バンジョウに止めを! シロウは私がッ」
「畏まりました!」
即断即決で駆け出してゆく二人の女。
イリヤスフィールは魔術で士郎を、直接触れる事無く泥の中から引っ張り上げた。そしていざ近くで目の当たりにした士郎の姿は、あまりにも無残なものだった。
「いや…………ぁ、そんな………シロウッ!?」
イリヤスフィールは、反射的に悲鳴を上げた。
外傷らしい外傷は少ない。精々、岩肌にひっかけたのだろう擦り傷や切り傷がちらほらと散見される程度だ。だが、精神的な傷はきっと計り知れないものだろう。何せ今の士郎は、全身くまなく泥にまみれ、
「ぁ、あ…………………!」
どうする。
どうすればいい。
どうすればシロウを――――!?
「聖杯………私、……私の聖杯は…………?」
胸に手を当てて調べてみるが、やはり彼女の聖杯は眠ったままだ。
もしもイリヤスフィールに小聖杯としての権能が返還されていたならば、持ち前の魔力を使う事で『士郎にかけられた呪いを消滅させる』という力技に訴える事が出来たかもしれない。だが、残念ながら円蔵山の大聖杯は、未だに千花の灰聖杯こそが本物の小聖杯だと誤認したままらしい。
「こんなの、どうすれば………シロウ………私っ、私……………!」
アインツベルンの魔術師として、厳しい修行に耐えてきた。修練を重ねてきた。失敗作として廃棄された無数のホムンクルスたちを見てきた。彼らの為にもと、成功作である事に強い自負を抱き、悲願の達成のため、第五次の戦いに備えてきたつもりだった。
なのに、いま――――イリヤスフィールはどうしようもなく無力だった。
「何で―――――私、…何でッ…………」
視界がぐしゃぐしゃに滲んだ。
この戦いで何度も思い知らされた『自分の弱さ』が、ここにきて最大の圧力を以って、イリヤスフィールの心を締め上げる。
「やだ……シロウ、………起きて。起きてよ! やだよ………置いていかないで……………!」
衛宮切嗣への憎しみは消えてしまった。
アインツベルンの誇りは跡形も無く砕かれた。
ここにいるイリヤスフィールはもはや、ただの一人の女の子だ。この上、衛宮士郎を喪う事になれば――――。
「おねがい、わたしをひとりにしないで…………………………ッ!!」
少女の瞳から、大粒の涙が零れて落ちた。
* * * * *
――――ひとつ、ふたつ。
水滴がぱたぱたと俺の頬を打っている。
(………………雨………?)
うっすらと目を開く。
見えたものは、砕けた天井、僅かに白み始めた空、そして――――俺の顔を覗き込む、一人の人間。
(……だれ、だ……………?)
俺が目を覚ました事に気付いたのだろう。
その誰かは、涙を湛えた眼をまんまるに見開いた。そしてまた、ぼろぼろと涙をこぼし始めた。
「生きてる…………? 生きてるの? ああ、シロウ。シロウ…………!」
――――ひとつ、ふたつ、みっつ。
とめどなく流れる涙が、俺の頬を濡らしてゆく。
「シロウ……………!」
しろう。その言葉を聞いた時、頭の中を小さな電流が走り抜けた。
ああ、俺は――――この光景を知っている。
「ぅ、………ありがとう。シロウ………ありがとう………………!」
生きててくれてありがとう、と。
救われた、と。
そう涙ながらに俺に語りかける少女の姿が、
(――――――――――そうだ。きっと前にも、こんな事があった)
まるで、救われたのは俺ではなく、目の前の少女であるかのような。
空っぽの心に沁み込んでゆく………『しあわせ』の感情。
思わず、
(これは、きっと―――――――三度目)
一度目は、十年前。■■■■に救われた瞬間。
二度目は、ほんの一日前。夢から目覚めた自分を出迎えた、この少女の。
(――――ああ―――――――――)
思い出した。
俺は――――この娘と約束を交わした。
美しい月夜の下で。決して独りにしないと。置いて逝ったりしないと。
(行か、なくちゃ………)
ガラクタ同然の身体に力を込める。
まだ戦いは終わっていない。
俺にはまだ、戦わなければならない敵がいる。
アイツを倒さなきゃ、この娘は二度と笑えない―――――――。
(この娘を……護らなくちゃ…………)
この娘を脅かす敵がいる。
この娘を追い詰める敵がいる。
この娘の笑顔を奪おうとする敵が――――いる。
(倒れてる暇なんて、無いんだ)
戦おう。――――この体は、固い剣で出来ている。
ならば、目に映る全てを救う事は出来ずとも。
この腕の中にいる、たった一人の女の子だけなら………きっと、護れるはずだから。
(ああ、そうだ。だって――――今の俺は)
そして少年は立ち上がった。
胸に刻んだ、たった一つの誓いの為に。
(――――――――イリヤの味方なんだから――――――――)
* * * * *
「っ、―――――が、は…………!?」
その時何が起こったのか、セラにはよく分からなかった。
イリヤスフィールと別れ、もがき苦しむ千花に肉薄した瞬間。まさに止めを刺さんと行動を起こそうとした瞬間に、何かが自分の腹を力いっぱい殴りつけたのだ。
「な、何が……ッ、起き…………!?」
せり上がる吐き気を呑み込み、もう一度千花の姿を視界に収めようとする。
セラの意識は、そこで途切れた。
「ごっ、ぉ―――――――………」
二発目の衝撃。
先ほどセラを襲ったもの――――千花の身体から伸びる、巨大な肉の塊――――が、今度は彼女の
「お、――じょう――――さま―――――――――」
遠のく意識の中で頭を過ぎったのは、敬愛する主の姿。
セラの身体は殴りつけられた勢いのままに祭壇を転げ落ち、糸の切れた人形のように動かなくなった。
「ォ、―――お――――――…お」
万条千花は生きていた。
無尽蔵の再生能力を失い、聖杯との繋がりを断ち切られ、聖杯の泥を操る力も失われた。もはや今の彼は、かつて士郎たちが恐れた力の全てを喪失してしまっている。
だがしかし、それでも万条千花は生きている。
残された力――――八代目万条によって植え付けられた、フォレスティの知識と経験――――を用いて、己が目的を果たさんと邁進する。
「――――、……――――――――」
………或いは。彼は、何も失ってなどいないのかもしれない。
彼の裡にあったのは、初めから『それ』だけだったのだから。
「――――――、ォ――――――」
肉体を強化する。
肉体を操作する。
自分の持つ、ありとあらゆる能力を総動員し、彼は立ち上がる。
「――――――ろ、ォ――――」
もう、見る影もなく弱体化してしまった。―――――だから?
もう、聖杯で願いを叶える事はできない。 ――――それが?
もう、どう足掻いたとしても死ぬしかない。――――馬鹿な。
「―――――しろ、う―――」
それがどうしたと言うんだ。
わたしの望みなんて、初めから一つだけじゃないか。
「―――――士郎――――――」
さあ、戦いを終わらせよう。
わたしの願いを叶えに行こう――――――――。
* * * * *
千花は
士郎は泣き縋る少女を背中に残して、宿敵へ向けて歩みを進める。
「シロウッ!」
――――慌てて士郎を追いかけるイリヤスフィールだが、その眼前に、突如として無数の大岩が降り注いだ。
地下空間が揺れている。先のランサーの一撃によって穿たれた孔が徐々に広がり、この空間自体が崩落を始めたのである。
イリヤスフィールは直撃こそ避けられたものの、次々と降り注ぐ岩盤に行く手を阻まれ、士郎を追う事が出来なくなってしまった。
対して、士郎と千花の周囲にだけは一向に被害が及ばない。いくら大岩が降り注ごうと、二人の少年の行く手にだけはぽっかりとした空白が生まれている。それはまるで、運命が彼らの対決を後押ししているかのような光景だった。
「‟―――――体は剣で出来ている”」
距離を詰めながら、士郎は己の世界を引き出すべく詠唱を開始する。
対する千花もまた、何かしらの言霊を口ずさんでいた。
「‟―――――体は
それは、フォレスティの歴史には無い力だった。
ただ独り、フォレスティ一族でありながら、フォレスティ一族の支配を脱した彼だけが行き着いた境地。
「ッ、シロウ―――――――――――――――!!」
凄まじい魔力が二人の少年を中心に渦を巻き、地下空間全体へと伝播する。
次の瞬間――――それは、たまらず叫んだ少女の声をかき消すように爆発し、周囲の全てを眩い光の中へと呑み込んでいった。
TO BE CONTINUED・・・