Fate/mille fiore-フェイト ミルフィオレ-【完結】   作:おるか人

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Scene.59  THE WORLD

 ――――体は(こえ)で出来ている。

 

     生命(いのち)(おり)で心は(くさび)

 

     流るる血潮(ちしお)罪科(ざいか)証明(あかし)

     (うま)れながらに悪に()み、

     死の果て先に悪と成る。

 

     彼の者は常に(ひと)他人(かりもの)(こえ)で栄華を(うた)い。

     また、その(こえ)で呪縛の墓碑(ぼひ)()を刻む。

 

     故に、その生涯に(あがな)いは不要()らず。

 

     この体は、無限の(こえ)で出来ていた。

 

 

* * * * *

 

 

 眩い光が収まった時、既に世界は変革を果たしていた。

 色気の無い祭壇が、崩落する地下空間が、二つの全く異なる世界へと姿を変えたのだ。

 

 ――――片方は、赤い世界。

 無数の剣が墓標のように立ち並ぶ荒野、結界の境界線に走る炎。衛宮士郎に許された、たった一つの魔術にして到達点。

 無限に剣を内包する世界、名を‟無限の剣製(アンリミテッドブレイドワークス)”――――――。

 

 ――――もう片方は、黒い世界。

 無数の墓標と痛ましい姿の屍が散乱する泥沼、世界を照らす黒い太陽。血の契約の下、フォレスティ一族が死後の魂を預ける事になる、怨嗟と呪詛が渦巻く墓場。

 かつてエドガルド・フォレスティによって生み出され、最後の血族たる万条千花の手によって完成した固有結界。

 無限に屍を内包する世界、名を‟無限の呪葬(アンリミテッドグレイブワークス)”――――――。

 

 全く異なる二つの世界がいま、二人の少年を中心に発生し、激しく拮抗している。

 決して交じり合う事無く、二人の少年の間でぶつかり合い、二つ同時に存在し続けるのだ。

 

「―――――――――――――」

 

 固有結界の同時発動。

 魔術師の歴史に前例のない稀有な事態を前に、しかし当事者の二人は何一つ思うところは無かった。

 少年たちの双眸には、立ちはだかる敵の姿しか映っていない。

 

「―――――――――――――」

 

 この世界に立つ人間は、たった二人。

 赤い世界の保持者である衛宮士郎と、黒い世界の保持者である万条千花の二人だけ。

 此処には慎二も、セラも、イリヤスフィールも………誰もいない。二色の世界がぶつかり合う、この最終決戦の舞台に上がる事を許されたのは――――たった二人の少年だけだ。

 

「士郎。わたしは――――――君を否定する」

「千花。俺は――――――お前を踏み越える」

 

 その宣言が、最終決戦の始まりを告げる鐘の音となった。

 

 

* * * * *

 

 

 互いが互いへ向けて駆け出し、持ちうる武器を展開してゆく。

 

 赤い世界から無数の剣が射出され、千花を襲う。同時に、黒い世界から無数の屍が湧き出し、肉壁となって全ての切っ先から千花を護った。

 黒い世界に湧く死体は、文字通りの存在だ。痛みなど感じないし、四肢の損壊など意に介さないし、考える脳など必要ない。ただ世界の主たる千花の命令に従い、持ちうる能力を行使するのみである。

 

「ァァ、ア―――――――アアアア!!」

 

 腕を斬り落とされ、脚を吹き飛ばされ、頭蓋を砕かれてなお、亡者たちは士郎の許へと迫る。

 

 ――――来い。お前もこっちへ来い。

 

 亡者の叫びが呪詛となって士郎の耳を叩く。心を揺さぶる。

 知識も、経験も、能力も、魂も………己の全てを未来の子々孫々に譲り渡し、残った絞り粕さえもこうして都合の良い奴隷として使い捨てられる。死してなお滅びず、転生さえ許されず、大罪人の一族に生まれ落ちた罰を、この世界で永久に受け続ける。

 

 それこそがこの世界。

 それこそが継承魔術。

 それこそが――――フォレスティ一族。

 

 ………もちろん、この世界だって、初めからこんな悍ましい姿だったわけではない。最初は本当に、先祖の力をほんの少し借り受けるだけの力だった。

 先祖の情報を体内の結界に記録し、その存在を祖霊として崇め奉り、必要な時に呼び出して必要な助力を乞う。結界を受け継いだ子孫は、未来の祖霊となるべく先祖の力を借りながら新たな研鑽を重ねてゆく。

 一族の為にと、死後の魂の一部を結界に預ける先祖の献身と、そんな彼らを敬い、自らもまた後に続かんとする勤勉な子孫との信頼関係があって初めて成立する力。それこそがエドガルドの生み出した継承魔術――――正式名称を固有結界・‟叡智(えいち)樹形図(じゅけいず)”――――が持つ本来の役目だったのだ。

 

 ただ、結界の生みの親である初代と、二代目の魂にはあまりにも差がありすぎた。

 エドガルドの美しすぎる、高潔すぎる魂を受け継ぐには、彼はあまりにも『普通』過ぎたのだ。

 

 だが、それは果たして罪だろうか。

 天才の子が天才で無かったとして、何の不思議があろう。

 誰よりそれを悔やんだのは、エドガルドが継承魔術を誕生させるに至ったのは、己が非才を恥じた二代目の懇願が故だったというのに。

 

 原初より八世紀――――終焉は毒のように子孫の全身を巡っていった。

 

 小さな歪みが新たな歪みを呼び。

 一つの失敗が致命的な破綻を誘発し。

 最後には‟この世全ての悪(アンリマユ)”という災厄を浴びた事で、この世界は完成した。

 

 墓の下に眠っていた魂も、献身で形作られた世界も、全てが汚泥に染め上げられた。

 安息の眠りは妨げられ、先祖の魂は醜い亡者へと成り果てた。

 後世へと願いを紡ぐ『血の契約』は、罪科の継承へとその意味を堕した。

 

 亡者たちに許された権利はただ一つ。それは、怨嗟の聲を上げる事。

 日の光を浴びる者を妬み、幸せを享受する者を嫉み、皆に惜しまれて死んでゆくような正しい人間が、自分たちと同じ呪われた境遇に堕ちる事を渇望する。

 

 あいつを憎め。

 そいつを堕せ。

 生きとし生ける者全て、己が道連れにせよ―――――――と。

 

「ぁあっァああああアあああ!!」

 

 亡者達の叫び声につられるかのように、千花もまた叫ぶ。

 固有結界とは、心象風景の具現化。

 つまり、この世界こそが千花が十年間、そして今現在も囚われ続ける世界。

 亡者の叫ぶ憎悪が、契約を交わした人間と同化する。亡者の望みが、そのまま契約者の望みとなる。裏表の無い真っ当な善意も、善悪の無い無垢なる赤子も、分け隔ても区別も差別も無く、皆須らく悪に――――染まる。

 

「あァ、が………はぁっ―――――は、あ――――――ぐ―――――ァ………!」

 

 頭痛、吐き気、寒気。とにかくありとあらゆる悪感覚が千花の体内を暴れ回る。身体中の毛細血管が大小の破裂をひっきりなしに繰り返し、絶えず吹き散る血霧が彼を地上で溺れさせる。世界の修正力が、異物を排除しようと固有結界を軋ませている。

 だが、千花は消耗など度外視で結界を維持し続ける。

 彼の心にある望みはただ一つ。己が全てを賭けて衛宮士郎の存在を否定する――――今やその一念だけが、万条千花を動かし続けているのだ。

 

「士郎ッ! しろォォォォォオオオオオオオオオ――――――――――――ッ!!」

 

 結界内に記録されたフォレスティの知識を、記憶を、経験を、技術を、人物を余すところなく開放する。

 フォレスティの怨念を、八〇〇年もの間に積み上げられた怨嗟の全てを、衛宮士郎という一個人へと殺到させる。

 数千、数万の死体たちが拳を振るう、剣を薙ぐ、魔術を放つ、兵器を用いる。殺意という殺意が一挙同時に押し寄せる。

 

(聲を上げろ亡者共! もっと、もっと、もっと、もっとだ! ありったけの全てを、いま、この瞬間に猛らせろッ!!)

 

 これが八つ当たりだなんて事くらい分かってる。

 だが、構うものか。

 この心に澱み渦巻く鬱積を吐き出せるのなら、もはや何だっていい。

 

 否定する。否定する。否定する。

 衛宮士郎――――わたしはお前の全てを、何もかも否定し尽くしてやる。

 でなければ。そうしなければ、わたしの人生は一体、何のためにあったと言うのか―――――!

 

 

* * * * *

 

 

 対する士郎もまた、特に難しい事は考えなかった。

 

「おおおぉぉぉぉおおおおおおおおおお―――――――――――ッ!!」

 

 放たれる攻撃は防ぐか躱す。

 迫って来る亡者たちは殺すか避ける。

 あとはただ、ひたすらに前へと進む。………それだけだ。

 

 前方から帯状の炎が三本、風の刃が二枚、フィンの一撃クラスのガンドが六発飛来。更に剣を担いだ亡者を二体、素手の亡者を四体、次弾の魔術を準備中の亡者を八体確認。

 

 脅威確認。

 行動選択。

 解析せよ、思考せよ、解答せよ。

 

 ――――結論。飛来する魔術は全て、走る速度を上げれば着弾前に躱し切れる。向かって来る亡者は進行方向に立つ剣持ち・魔術師の計五体のみを速やかに駆逐し、残る九体は上昇した速力で振り切る。状況に即した武装を此処に。

 

「はあ、あッ!!」

 

 士郎は傍に刺さっていた一本の宝剣を引き寄せると、進行方向の邪魔になる亡者に向かって投げつける。すると宝剣は一体の亡者に突き刺さると同時に爆裂し、周囲の四体を道連れに吹き飛ばした。

 士郎は想定通りの展開を見届けると、即座に肉体に更なる強化を施し、残った亡者たちと飛来する魔術を置き去りにしてゆく。

 

「あぐッ……ゥ、アアアァ!?」

 

 頭が割れそうに痛む。どういうわけか体内から次々と突き出て来る無数の剣が、肉と肌を内側から切り刻む。真っ黒な肌が真っ赤に塗り潰されてゆく。

 痛い。痛い。痛い。痛い痛い痛いいたいいたいいたいイタイ。

 

「ァァ、ア―――――――が、ぅぅ、ア―――――――」

 

 士郎の体は、とっくに限界を超えている。

 いや、そもそもこの戦いが始まる前。フォレスティの意思と‟この世全ての悪(アンリマユ)”による度重なる汚染の上に、追い打ちで聖杯の泥を全身に浴びてしまった時点で、もはや『衛宮士郎』という存在はどうしようもなく破壊されていたのだ。

 

 ………もう今の士郎には、自分の名前が思い出せない。

 日常の象徴であった姉貴分の姿も思い出せない。

 妹のような存在だった後輩も、腐れ縁の友人も、頭の固い生徒会長も、仄かな憧れを抱いていた優等生も、運命の夜に出会った清廉なる騎士も………そして十年前、己を救ってくれた魔法使いの名前でさえも。

 

「よこセ」

「よコせ」

「ヨこせ」

 

 頭の中で、声がする。

 お前も堕ちろ。こっちへ来い――――と。

 

「ふざ、けるな………………!!」

 

 悪魔の囁きを、亡者の怨嗟を、士郎はただの一言で切り捨てる。

 他の全てを差し出すことで、この胸に秘める大切なものだけは汚されまいと守り抜いていた。

 

 呪いに満ちた士郎の心で、しかし燦然と輝く小さな思い出がある。

 それは、夕焼けの公園で目の当たりにした笑顔であり、美味しいものを夢中で頬張る姿であり、月下で触れ合った体温であり、そして。

 

 

 

 

 

 ―――― 行っても良いよ。けど、ちゃんと帰って来てね? ――――

 

 

 

 

 

 約束よ?――――と。つま先立ちで寄り添う姿と、耳元に残る………小さな唇の感触。

 少女の残した精一杯の強がりが、いま一つの奇跡となって、壊れかけの少年を支えていた。

 

「千花ぁぁぁああああああああ―――――――――――ッ!!」

 

 万条千花。――――己の罪。

 一度は思いとどまった復讐を再起させてしまった自分。

 ………本来なら、士郎に抗う資格など無いのだろう。彼の振るう白刃を大人しく受け止める事こそが、士郎に出来る贖罪なのだろう。

 

 だが無理だ。もはや、そんな事は死んでも出来ない。

 あの娘を。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

(ああ。そうだ―――――俺は)

 

 そして、士郎は気付く。

 自分が抱く気持ちの正体を。

 

 

 

 

 

(俺は、()()()()()()()()()()()()()―――――――――!)

 

 

 

 

 

 ………それはある意味、皮肉な願望だったのかもしれない。

 生存欲求――――汚染に次ぐ汚染によって、衛宮士郎という存在の根幹が破壊され尽くしたからこそ辿り着いた答え。かつて目にした衛宮切嗣の笑顔が、イリヤスフィールのそれへと塗り替わってしまったからこその結論。

 正義に殉ずることしか出来ない衛宮士郎には、名前も知らない誰かのために命を投げ出せる衛宮士郎には、決して出せない解答(こたえ)だったのだから――――――。

 

 

 

 

 

「うああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――――――ッッ!!」

 

 しかし、その結論を責める者がいるだろうか。

 ()()衛宮士郎がそれを望んだ事を、誰が非難できようか。

 いいや、誰にも出来はしない。生きたい――――その願いを否定できる存在はこの世に存在しない。そんな資格は誰にも無い。そう、例え万条千花であったとしても。

 

 だからもう、士郎は迷わない。

 例え相手が己の罪より生まれ出でた存在だとしても――――斬り伏せる事に迷いは無い。

 

 無数の亡者を乗り越える。

 無数の魔術を凌ぎきる。

 前へ、前へ、前へと進む。

 

 そして士郎は、遂に赤い荒野を抜けて、黒い泥沼へと足を踏み入れた。

 一層激しさを増す攻撃を、一層強い抵抗で切り抜けてゆく。千花の憎悪を、己の願望(ねがい)で押し退け、突き抜け、踏破してゆく。

 

「――――――――――――――!」

 

 千花が何かを言っている。

 だが聞こえない。聴覚なんて、とうに機能を停止している。

 いや、聴覚だけではない。さっきまで口の中に嫌というほど感じていた血の味も、臭いも、もうちっとも感じない。辺りの景色は度の合わない眼鏡でもかけているかのように薄ぼんやりと霞んでいる。全身を襲っていた苦痛は遠く、絶えず握りしめているはずの剣の感触が曖昧だ。

 果たしていま、自分は走っているのだろうか。それとも空を飛んでいるのだろうか。その程度の事ですら判然としない。

 

「――――――――――――――!」

 

 だが、倒すべき敵の姿は見える。

 距離を詰めるための足も動く。

 なら、それでいい。それだけでいい――――――。

 

「――――――――――――――!」

 

 千花が突然、身体をくの字に折り曲げた。

 何やら咳き込んでいるらしい。口元を抑える手から、夥しい量の血液が零れ落ちている。

 その時だった。あれだけ執拗に士郎を狙っていた亡者の動きが、攻撃が――――――止んだ!

 

「おおおお、―――――ぉぉおおおおおおおおおおおッ!!」

 

 士郎は自分の身体に残された力を全て開放した。

 もう後の事など考えない。この瞬間に己の全てを出し切ると決めた。

 

「―――――――、―――――」

 

 力なく佇む亡者を斬り飛ばして走る。

 脚に絡まる汚泥を蹴り飛ばして走る。

 次第に歪み、崩れつつある黒い世界を全速力で駆け抜ける。

 

「―――――――だ―――――――」

 

 今までの比ではない勢いで、千花の姿が迫る。

 士郎の動きに気付いた千花が改めて亡者達に指令を下すが、その動きは決定的に鈍い。

 

「―――――――るんだ――――――」

 

 そして遂に、士郎は千花を刃の射程圏内に捉えた。

 あと一振り。あと一振りで戦いは終わる。

 その気持ちを裏切って、士郎の手から剣が消失した。

 

「―――――――えるんだ―――――――――」

 

 剣の世界が崩れてゆく。士郎の身体中から力が抜けていく。

 限界を超え、その先まで使い果たしてしまったのだ。

 もう正真正銘、士郎には何も残っていない。ここが終着点。

 

「―――――――――俺はッ」

 

 すはっ、と大きく息を吸い込む。

 まるで、自分の中に何もないのなら、何処かから手に入れればいいと言わんばかりに。

 

 言葉だけなら、ただの精神論で終わった事だろう。

 だが現実に、士郎は力を得た。何処かから確かな力が流れ込み、一度は辿り着いたはずの『終わり』を、少しだけ向こうへ遠ざける事に成功した。

 さっきまで剣を持っていた右手を、ぐっと握りしめる。

 何処かから引き寄せた、あるいは()()から貰い受けた力の全てを、その握り拳に込める。

 

 

 

 

 

 ―――― 神様、お願いします。どうかシロウを助けて! ――――

 

 

 

 

 

 壊れた耳にも届く暖かな幻聴に背を押されつつ、士郎は前のめりに倒れかけていた身体を、さらに一歩、新たに踏み出した左足で支えた。

 

「――――――――――俺はッ!」

 

 その足を軸にして、腰を捻る。

 踏み込んだ足の力を、前傾してゆく体重を、膝から腰へと届ける。

 その力に腰の捻りを乗せて、余すところなく下半身から上半身へと繋いでゆく。

 そして、腰の動きに連動させて肩を、続けて腕を、最後に拳を。全身の力と体重を固く握られた右拳へと送り届け、()()を思い切り、前へと振り抜く――――――――――!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「イリヤのところへ帰るんだぁッッ――――――――――!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 士郎の、文字通り全身全霊を込めた右ストレートが………千花の頬へと突き刺さる。

 

 その一撃は千花の身体も、絶えず響いていた亡者の怨嗟も、崩壊しかかっていた黒い世界も、何もかもを全てまとめて打ち砕き、この戦いを終結させた―――――――。

 

 

 

 

 

TO BE CONTINUED・・・




■継承魔術
術者の記憶と経験を、そっくりそのまま被術者へと転写する魔術。フォレスティ家初代当主エドガルド・フォレスティが、彼が元々いた家に伝わっていた‟流動”の魔術を応用して作り上げた。

その正体は‟叡智(えいち)樹形図(じゅけいず)”という名の固有結界。

士郎のように世界を侵食するのではなく、体内に展開して使用する。ネロ・カオスの‟獣王の巣”や衛宮切嗣の“固有時制御”に近い能力。

結界内には、結界の所有者が持つ知識と記憶が余さず記録され、それは元々の持ち主が死んだ後も色褪せる事無く残る。エドガルドの血を継ぐ者は‟血の契約”と呼ばれる術を受ける事で、この結界と、結界に刻まれた知識と経験を丸ごと受け継ぐことが出来る。本来、固有結界と血の契約は別の魔術であるが、合わせて継承魔術という通称で呼ばれている。

言うなれば、フォレスティ一族限定の英霊の座のようなもの。

結界を親から受け継いだ子が、更に自分の子へ結界を受け継がせる。その連鎖を繰り返す事で、結界に内在する知識と経験は際限なく増え続ける。そして結界の所有者は結界に刻まれた知識と経験をいつでも自分の物のように引き出せるため、代を経れば経るほどに結界の所有者は強くなってゆく。なお、一つの結界を血の契約を交わした人間全員で共有しているので、一族同士はどれだけ距離が離れていても自由に交信可能。おかげで、世界各地に一族が散らばっているフォレスティは、情報戦においても優位に立つことが出来ていた。

この結界の最も強力なところは、親から子へと結界を受け継がせたところで、親の中から結界が消えない事。カット&ペーストでなく、コピー&ペースト。親が何人子供を作ろうと、それが実の子であれば何人にでも自分の知識と経験を継承させる事が出来る。複製可能な魔術刻印と言っても良い。鼠算式に増える知識と経験が、フォレスティ家を押しも押されぬ強大な一族へと成長させた。

ただし、自分のものではない記録が結界に増えれば増えるほどに、結界の所有者は『結界から読み取った記録』と『自分自身の記憶と経験』の違いが判別できなくなり、徐々に自我を失ってゆくという副作用があった。これは、エドガルドが継承魔術を完成させたのはあくまで息子一人のためであり、まさか子々孫々と、それも産めや増やせで結界の所有者が増えていくとは想定していなかったからである。

※なお、創造主であるエドガルドの精神力であれば、例え何千人分の記憶が頭に巣食おうとも自我を見失う事は無かったりする。やはりフォレスティが狂った根本の原因は初代とそれ以降との才能格差なのであった。

やがて第三次聖杯戦争で‟この世全ての悪(アンリマユ)”を浴びた事をきっかけに心象風景は汚泥に塗れ、地獄さながらの光景へと姿を変えた。一族で結界を共有していたことが仇となり、精神的に打たれ弱い子供大人なフォレスティ一族は、汚染に耐えられず9割が発狂死。残る1割も肉体をボロボロにされ、生殖能力を喪失。一族の滅亡が確定してしまった。更に、最低限死んだ人間の尊厳だけは護られていた‟叡智(えいち)樹形図(じゅけいず)”は‟無限の呪葬(アンリミテッドグレイブワークス)”へと変質し、新たに、結界に記録された血族の絞り粕を奴隷として使役する能力を発現させるに至った。

フォレスティ一族の中で唯一、結界の記録を読み取ってなお自我を保っている九代目万条千花のみが、この結界で外界を侵食する使い方ができる(聖杯の泥が持つ浸食の性質と混じり合って変化した結果のため、この使い方は初代にも出来ない。正真正銘、九代目千花だけの切り札)。その場合、結界に記録された全ての情報を一挙同時に開放し、敵を攻撃することが出来る。

自我を保っているからこそ、千花がこの世界から受ける精神的苦痛は、歴代の一族とは比べ物にならないものであった。結界から記録を読み取る時はもちろん、何もしてない時でも何千人・何万人という人間が耳元で醜い叫び声を上げたり、全身をべたべた触られたり舐められたり齧られたりする感覚を覚えている。これは、固有結界に囚われた魂は地獄から抜け出すために肉体を欲しており、宿主である千花を精神崩壊に追い込み、内側から乗っ取ろうとしているからである。千花は、たまに一定時間記憶が飛んで、その間に別の人格が自分の身体を勝手に動かしたりしていた事があった。特に、一族にとって恨み骨髄な聖杯御三家の人間を前にしたときはその傾向が強かったようだ。

本編中、士郎がたびたび夢の中で訪れていた『地獄のような世界』というのも、この固有結界の事。士郎は学園での戦い以降千花と繋がったラインを通じて、彼の心象風景に迷い込んでいたのである。
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