Fate/mille fiore-フェイト ミルフィオレ-【完結】 作:おるか人
ランサーとの戦いを終えたアーチャー陣営は、自陣である遠坂邸へ帰宅した後、一睡もする事なく現在に至っていた。アーチャーはサーヴァント、その本体は霊体であるからして、不眠だろうが断食だろうが全く問題はないのだが……マスターである凜は人間なのでそうもいかない。
「凜……君の気持ちも分かるが、いい加減休んだらどうだ? 睡眠不足は集中力を欠く。戦場では命取りになるぞ」
「分かってるわよ…………でも、この疑問だけはハッキリさせないと、どのみち戦いに集中なんてできっこないわ」
アーチャーの至極尤もな忠告も、今の凜には届かない。
彼女は帰宅し、外着を脱ぎ捨てた格好のまま……食事も休憩もとらず、一心不乱に机に向かっている。
凜をこうまで頑なにさせているのは、机の上に置かれている短剣である。これは昨夜、ランサーの宝具発動に割り込んで飛来し、その後、校庭に放置されたのを持ち返ったものだ。
(チンクエデア…………確か、イタリアの富豪が世に広めた短剣だったか)
ウンウンと唸る凜の背中越しに、アーチャーは件の短剣を観察する。
―――イタリア発祥の短剣。それだけで、犯人は半分割れているようなものだ。
が、凜が徹夜をしてまでこの短剣を調べ尽くしているのは、持ち主の事だけが問題ではない。
チンクエデアは基本的に実戦用の武器ではなく、美術工芸品としての側面が強い短剣であり、全体に華美な装飾が施されている。特に刀身は金箔や宝石を散りばめたり、聖人の絵を描いたり、聖書の一句を刻んだりと、見るからに殺傷力度外視な風貌をしていた。
ここにあるチンクエデアもその例に漏れず、刀身を煌びやかな宝石細工で彩られている。その美しさたるや、然るべきところへ売りに出せば、優に数千万は下らないだろう一品だ。
……この“宝石細工”が、凜には何より見過ごせないポイントだった。
宝石には魔力が込められていたのである。それも、これはただ“魔力が宿っている宝石”ではない。宝石に内在する魔力は、明らかに“人為的に”蓄積させられていたのだ。
―――まさか。
とある予感を抱え……短剣を手に家へ戻り、寝る間も惜しんで工房に籠った。
そして、半日後の現在。……凜はとうとう、最初に感じた予感こそが逃れようのない真実だったのだと、受け入れざるを得なくなっていた。
脱力のままに、椅子の背もたれへと体重を預ける。ギィ、と軋む木材は―――凜の今の心情そのものだ。
「……ふざけた話だわ」
遠坂に伝わる“転換”の技法。
それが、この短剣の装飾に施されている魔術の正体だった。
これは、他の家が偶然同じ技術を持っていた……などという再現具合ではない。もしも、この宝石細工が凜の持つ宝石と紛れてしまえば、自分で“転換”を施した宝石がどれか、見分けがつかなくなるだろう。これは、それほどまでに相似している。
何故、フォレスティが遠坂の技術を修得しているのか。
「
どういう理屈なのかは知らないが、よりにもよって遠坂に
もしや、昨夜の一件は、ランサーの真名解放を止めるためではなく―――ただ凜を「
「ふふ、ふふふふ……上等だわ……」
「……り、凜? どうした? 何があった?」
英霊であるアーチャーでさえ声をかけるのを躊躇う程の雰囲気が、凜の全身から迸る。それは畏れか、怒りか、はたまた闘志か。
「何してるの? 行くわよ、アーチャー」
「お、おい待て凜! その身体で何処へ行くつもりだ!?」
「どこへぇ?」
グリンッ! と、凜の首だけが急速な勢いで背後のアーチャーへと向けられる。寝不足の充血でイッた目つきと相まって完全にホラーである。コワイ。
「決まってるでしょ……あのムカつくイタ公を探し出して、ギタギタにするのよ……!」
八ツ裂キ、五分刻ミ、微塵切リ……と物騒な呟きをこぼしながら、凜はユラユラとした足取りで工房の出口へと向かっていく。
それを従者として止めるべきか、止めざるべきか。アーチャーは、英雄人生における最大の選択を迫られる羽目になった。
(恨むぞ、万条千花…………!)
―――その後の顛末は、彼の名誉のために伏せておく事にする。
ただ一つ言える事は……生前も死後も、赤い英雄にとって“あかいあくま”は、これ以上ない天敵なのであった。
* * * * *
衛宮家の時計が二十一時を指す直前。イリヤスフィールは宣言通りに、士郎の前に現れた。
「こんばんは。お邪魔するわ、シロウ」
「ああ……うん、こんばんは…………」
呆然と対応する士郎。それを、
「まあ! 何ですか、そのだらしのない返事は? 畏れ多くもお嬢様からご挨拶を賜ったのですから、相応の態度で応じるのが礼儀というものでしょう!」
―――イリヤスフィールの後ろに控える、三六〇度どこからどう見ても『メイドさん』としか表現しようのない人物から、痛烈に批判された。
「まったく! 庶民の分際でお嬢様にこのようなお手間をかけさせるだけでも万死に値するというのに、その不覚に思うところすらないとは…………やはり衛み、」
「そこまでよ、セラ。下調べで分かったでしょう? 前回の遺恨は捨てなさい。……少なくとも、今ここで問うべき事じゃないわ」
「しかし、お嬢様……!」
「アインツベルンが優先するべきは、聖杯の成就。それ以外は有象無象の些末事よ。そうでしょう? 分かったら動きなさい。召喚場所の確保と準備、大至急よ」
「…………畏まりました」
家主の許可も得ないまま、ササッと衛宮邸の廊下を駆けていく白衣のメイドさん×1。
「…………………………なあ、イリヤ?」
その背中をやはり呆然と見送りながら、士郎はイリヤスフィールに問いかける。
「何で……俺ん家の場所、知ってるんだ?」
自分で口にしておいて「いや、そうじゃないだろ」と内心でセルフツッコミを入れる士郎。
「昼間別れた時に、使い魔にシロウの後をつけさせてたの」
そう言って、ぴっ、と人差し指を立てるイリヤスフィール。すると、どこからともなく針金で出来た小鳥が飛んできて、そのたおやかな指に止まった。
「あまりお行儀の良い手段ではなかったけど、城までの行き帰りって、結構時間がかかるから……予め調べておかないと、召喚が今夜中に間に合わないと思ったの。ゴメンね?」
「あー、……そりゃ、しょうがないな。うん」
全く意味が分からない。……いよいよ、士郎は本題を切り出す覚悟を固めた。
「なあ……イリヤ?」
「? 今度はなに?」
「俺の家に、何をしに来たんだ?」
イリヤスフィールはまるで、出来の悪い息子を見る母親のような表情を浮かべた。
「そんなの、サーヴァントを召喚させに来たに決まってるでしょ? 参加者に何も知らない半人前が選ばれたのはともかく、そのせいで開催が遅れてるのなら、主催者がある程度の便宜を図るのは当然よ。まあ、相手がシロウじゃなければ、ここまではしないけど……」
そうね、せいぜい殺して代わりを見繕うあたりかしら―――などと恐ろしい事を呟きつつ、イリヤスフィールは衛宮邸に上がり込む。
「いま、セラが城から持ち込んだ材料を使って、召喚の準備をしているわ。とりあえず、それが終わるまでは“お勉強”して待ってましょ」
メイドさん―――どうやらセラ、という名前らしい―――に続き、イリヤスフィールまでもが堂々と衛宮邸の敷居を跨ぎ、スタスタとお上品に廊下を歩いて行く。
そうして一人、玄関に取り残される家主・衛宮士郎。
今現在の彼の心境を一言で表すとしたら、これに尽きるだろう。
「なんでさ」
すぐそこの廊下の曲がり角、見えざる少女が「どうしたの、シロウ?」と訝しげな声を上げた。
* * * * *
―――どくん、と。
小さく、しかし確かな鼓動が満ちる。
冬木の夜に、新たなる稀人が降りようとしている。
紡がれる呪文は拙いものの、心根には不動の意思が在る。
「……来たか。待ち侘びたよ、士郎……」
冬木市の何処か。
暗い、夜の闇に閉ざされた祭壇。
目の前で脈動する、灰色に煤けた器。―――それを見つめながら、万条千花は笑う。
ついにこの時が来た。十年間待ち続けた、開戦を告げる鐘の音が。
暗闇の中……遠足を前にした子供のように笑う主を見つめながら、アサシンもまた笑う。
あの夜、万条千花と佐々木小次郎の間に交わされた約束が果たされる時も、もうすぐそこだ。
どこかで紡がれる呪文に合わせ、千花も口を開く。
「―――告げる。
汝の身は我が下に、我が運命は汝の剣に。
聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ―――」
謡うように紡がれる声は、紛れもなくその瞬間の到来を祝福していた。
* * * * *
「ぐ、くっ…………!」
衛宮邸の土蔵にて、士郎は体内の魔術回路が暴れ回る感覚に喘ぎつつ、呪文を吐き出していく。
「―――誓いを此処に。我は常世全ての善と成る者、我は常世全ての悪を敷く者―――」
心臓が早鐘を打つ。士郎は微動だにしていないにも関わらず、夏場を全力疾走しているような熱さが体内から込み上げてくる感触を覚えた。
(全身が……
今までまともな魔力の扱い方を知らなかった士郎には、あまりに刺激が強い体験である。
それでも。それでも…………この召喚を行う前に、イリヤスフィールが口にしたことが真実ならば。衛宮士郎は、ここでへこたれるわけにはいかないのだ。
――― 召喚なんかしない。俺には聖杯なんて必要ない ―――
イリヤスフィールから改めて聖杯戦争の説明を受けた士郎は、参加を固辞した。令呪とやらは放棄するから、新しい参加者を探してくれと。そんな士郎に、イリヤスフィールは言ったのだ。
――― 駄目よ、シロウ。貴方には責任があるもの ―――
何の責任だ、と士郎は問うた。
イリヤスフィールは答えた。衛宮士郎の根幹をこの上なく揺るがす一言で。
――― 十年前、
衛宮士郎は知らなければならない。
全ての真実を知らなければ、ここから先へは進めない。だから、
「―――汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!」
だから士郎は、戦いの舞台へと足をかけた。
己が信念に従って。
* * * * *
七騎目の英霊の召喚を確認。
状況はオールグリーン。
「お待たせ、小次郎……これで準備OKだ」
「うむ、では?」
返答が分かっているにも関わらず、律儀に伺いを立てる。
主君はそんな従者に、悪戯っぽい笑顔で応えた。
「うん。―――約束通り、今日から好きに戦っていいよ。セイバー、ランサー、アーチャー、ライダー、キャスター、バーサーカー……誰でもいい。お膳立ての面倒は、全部わたしが請け負ってあげる」
待ち望んだ一言を受け、アサシンは千花の前に跪いた。
厳かな祭壇の前、千花とアサシンはここに―――真なる契約を交わし合う。
「誓おう。汝の魔力を我が血肉と成す。万条千花、新たなるマスターよ」
それは先ほど、千花が謳った呪文への返答でもあった。
この契約を以って、第五次聖杯戦争は本当の意味で七人目の契約者を迎え入れ、戦いの火蓋は切って落とされる事となる。
「ふふっ。―――さあ、
差し込む月光。総身を照らし出された千花の姿は、やはり見惚れるほどの美しさであった。
「―――問おう。貴方が私のマスターか」
Chapter 1 “静かなる変質”――――――――――END
Chapter 2へ続く。
【作中捕捉】
■原作に無かった展開・・・(3)
士郎が正式な手順でセイバーを召喚する(R18行為無しでも魔力供給可能)。