Fate/mille fiore-フェイト ミルフィオレ-【完結】 作:おるか人
Scene.60 春の足音
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――――日入りの時刻が少し伸びはじめ、涙目・鼻声で花粉の猛威に喘ぐ人々がちらほら増えてきた頃。
「なっ、ななななななな、な―――――――なんじゃこりゃーッ!?」
冬木市某所。春の訪れを感じさせる病院の一角で、とある一人の少女が優雅の「ゆ」の字も無い素っ頓狂な叫び声を上げた。
何事かと近くを歩いていたナースさんがひょっこりと病室に顔を覗かせる。
「遠坂さんー? どうかしましたかぁー?」
「あっ、いやっ! 何でもないですわぁ!? おほほほほほー………!」
「そうですかぁー。病院では出来るだけお静かにお願いしますねぇー?」
淑女としての振る舞いを投げ棄てた失態に、人として当然のマナーを諭されるという恥辱もプラス。がらがら、ぴしゃんとナースさんが困り顔だけを残して病室を去った後、遠坂凜はすっかり顔を真っ赤にして縮こまってしまった。
「ぷっ………くくくく…………!」
そんないたいけな少女を見て思い切り腹を抱えている外道は、この日、凛の見舞いに訪れていた少年――――小物で姑息を地で行く性悪ワカメこと間桐慎二である。
「笑うな慎二ッ! きゅ、急にお見舞いなんて、らしくもなく殊勝な事をすると思ったら、アンタって奴はぁ…………!!」
「ひひっ。そ、そう睨むなよ遠坂ぁ……ぷぷ。お、オマエが長い入院生活で退屈してると思って……ここっ心優しい僕がっ………ぶぷぷっ、ひ、暇つぶしのッ種をッ――――アハ、あーっもう駄目! 死ぬ、腹がよじれて死んじまうっ! ぶはっ、わはははははははははは!」
「シ・ン・ジィいぃぃいいい………い――――――ッッぐぐぅ!?」
「姉さん、あんまり興奮すると身体に響きますよ?…………ぷふっ」
「そう言うアンタも、本音を隠し切れてないように見えますけどぉお……………!?」
キリキリと痛むお腹を抑えつつ、凜はもう一人の見舞客を。
しかし、当の彼女は姉の視線など何処吹く風といった様で、ちらと窓際に置かれている、空っぽになった病院食のトレイへと視線をやった。
「…………あっ。ご飯、食べられるようになったんですね。この間まで点滴だけだったのに」
「アンタ、イイ性格になったわね…………。ええ、流動食だけど。呪いのせいでダメになってた内臓も、少しずつ良くなってきたみたい」
「笑う門には福来るって言うよなぁ、遠坂? ホラ笑えよ。もっと体調が良くなるかもしれないぜ?」
ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべた慎二が、先ほど凜をびっくり仰天させたモノを改めて見せびらかす。
それは雑誌だった。粗悪な紙に安いインクで印刷された、一目で程度が低いと分かる類のゴシップ誌だ。
慎二によって見開かれたページには、黒い柱に『怪奇! 空飛ぶコスプレ赤マッチョ!』という見出しが白抜きで踊っており、内容は見出し通りの写真――――コスプレ染みた格好をした筋骨隆々の男が、誰かを横抱きにしながら街の屋根を伝っている様子――――が、でかでかと張り付けられていた。
何故、この記事が遠坂凛を狂乱に導いたか?………懸命な読者諸兄なら、もはやお気づきであろう。
そう、何を隠そうこの『コスプレ赤マッチョ』とは即ち、遠坂凜が使役していたアーチャーのサーヴァントでありッ! 彼が横抱きに抱えている『何者か』とは即ち、遠坂凜その人なのであるッ! 凜は教会に赴いたあの日、帰路の様子を誰かに見咎められてしまったのだッ!
「えーなになに? 『現代にニンジャは生き残っていた!』だって? おいおい、ニンジャだってよ、ニンジャ。オマエのサーヴァント、実はアーチャーじゃなくてアサシンだったんじゃねえの?」
げらげらと笑い転げる慎二の声をBGMに、凜は過去の自分の浅慮を大いに恥じる。
なべて魔術は秘匿されるべし――――魔術師の大原則を以って考えれば、真っ昼間からサーヴァントを実体化させたまま、人目につくような超人的な行動を取らせるなど論外もいいところではないか。いくらあの時は苦痛で頭が茹っていたとはいえ、こんなうっかりをしでかすとは。まして、醜態の証拠を確固たる形で世に残されてしまうとは………遠坂家末代までの恥だ。
まあ幸い、この角度からでは抱えられているのが凜であるかの判別はつかないし、ニンジャの末裔として一部で捜査網が敷かれているであろうアーチャーは既にこの世にいない。
つまり、結論としては笑い話で流せる程度の危機ではあるのだが………笑われるのが自分、そして笑う相手が間桐慎二とくれば、凜にとっては世を儚むくらいの屈辱である。
「もぉー………一ヶ月も前の記事なんてどっから見つけてきたのよ………」
がっくりと項垂れる遠坂凜。
慎二が見せびらかしている雑誌の発売日は、二月の上旬ごろと書かれている。
「ああ、もうそんなになるんですね………」
桜が少し目を細めて、当時の出来事を思い返す。
現在の暦は三月中旬。第五次聖杯戦争の終結から、およそ一ヶ月が経過していた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
―――― 遠坂凛 ――――
第五次聖杯戦争の終盤にて敗退。
千花によって聖杯の泥に取り込まれたが、フォレスティの意思は凜を『生きて苦しませる』事を望んだらしく、彼女の肉体は分解される事無く泥の中で生かされ続けていた。
最終決戦後にセラと士郎の手で泥の中より救出され、内臓器官への後遺症をいくらか残しつつも無事生還。数ヶ月の入院生活を終えた後は、溜まりに溜まったセカンドオーナーとしての仕事に明け暮れる事になったという。
その身を以って聖杯の汚染を知った彼女は、遠坂家当主として聖杯戦争を終わらせる事を決意。十年後、ロンドン時計塔のロード・エルメロイ二世と共に大聖杯の解体へと乗り出し、解体反対派との戦いに身を投じてゆく事となるのだが………それはまた、別のお話。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
―――― 間桐慎二 ――――
第五次聖杯戦争を勝ち残る。
凜と同じく戦いの最中で一度は聖杯の泥に取り込まれたものの、彼の場合は、直後に千花が泥のコントロールを失ったため、すぐに吐き出された。泥に触れていた時間が短かった所為か目立った後遺症も無く、たったの三日で退院を果たしている。
戦争後は間桐の支配者であった臓硯の死がきっかけとなったのか、彼の中にある魔術へのコンプレックスは次第に薄らいでゆき、複雑だった桜との関係も改善されていった。一年も経つころには、二人は普通の兄妹と呼べる関係になっており、兄妹共通の友人である少年は、その様子を「憑き物が落ちたようだ」と語ったという。
また、本人を含めて誰も気が付いていないが、第五次聖杯戦争において最終的に生き残ったサーヴァントはライダーであり、彼自身もまた『万条千花への復讐』という願いを過不足なく達成した上で生き残っている為、実質的に第五次聖杯戦争の勝者と呼べる人物である。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
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円蔵山――――柳洞寺の山門前にて。
葛木宗一郎は、とある客人の帰りを見送っていた。
「………じゃあ葛木先生、これで失礼します」
「ああ。お前こそ大変な状態だというのに、わざわざ悪かったな。今度は私から見舞いに行くとしよう」
短い別れを交わした後、階段をぎこちなく下ってゆく少年と、その同伴の女性。宗一郎は門前で立ったまま、彼らの背中が見えなくなるまで見送った。
「…………………………、」
二人の客人が影も形も見えなくなった後も、宗一郎は何を思ってか、しばらく門前で立ち尽くす。
そのまま、どれくらいの時間が経過したのか。飽く事無く佇み続ける宗一郎の姿を見咎めて、外出していたらしい柳洞一成が声をかけた。
「宗一郎兄、こんなところで何を?」
「一成か。………先程、衛宮が来ていてな」
「衛宮が!? 何故………けっ、怪我の具合は!」
「私の見舞いだそうだ。傍で介助する人間が付いていたが、この階段を上って来られる程度には回復したらしい。………一応、苦言を呈してはおいたがな」
「む、むむむ……………む」
無茶をしおって! という友人への不満と、いかにも友人らしい真摯な来訪理由への感服がせめぎ合い、一成少年の心が大きく揺れた。
「まったく、相変わらず無茶をする奴だ! 確かに宗一郎兄の容態も心配だが、今の衛宮はそれ以上だろうに。犯人は無事捕まったと聞くが………やはり、やるせない気持ちが拭えんな」
喝、と呟く一成。
総一郎もまた引き続き、自分が病に伏せていた最中に起きたという、前代未聞の大事件について思いを馳せた。
――――穂村原学園生徒集団昏倒事件。
キャスターとライダーの戦闘をきっかけに起きたあの事件は、最終的に教会と協会による情報操作によって『冬木市ガス漏れ事件』の締めくくりとして扱われる事となった。
事件概要は『悪質な愉快犯が街中に毒ガスをばら撒き、人が苦しむさまを見て愉しんでいた』というもので、一成が言った通り既に犯人は警察に捕まったと報じられている。
幸い、被害者の生徒たちは後遺症なども無く、数日の間、点滴を受けてベッドで休む程度で済んだのだが………例外が二人だけいる。それが遠坂凛と衛宮士郎だった。
凜は事件当時、何とか助けを呼ぼうと行動した結果、他の生徒より多くのガスを吸い込んでしまい、内臓に大きなダメージを負った。
士郎はもっと酷い。凜と同じく事件時に行動を起こした結果、階段上で意識を失って頭から転落。脊椎を損傷し、手足が動かなくなってしまったのだ。
犯人の非道なる所業は事件から一ヶ月経った今でも繰り返し報じられており、一成がそうであるように、事件が解決した今も、冬木に暮らす無辜の人々は多大な恐怖と義憤に駆られる日々を送っている―――――……。
とまあ、もちろん犯人は教会によって用意された偽物であり、事件中の凛と士郎の行動や、彼らが傷を負った理由も全てが嘘八百なわけだが………流石の教会も、今回は事が大きくなり過ぎた事、そして情報操作に乗り出すのが遅れた事もあり、協会と共同する事で一つの大事件を『それらしく』でっち上げるしかなかったらしい。
おかげで、事実無根の悲劇的英雄ストーリーを背負う羽目になった士郎と凜は、しばしば引き攣った苦笑いを浮かべる羽目になっている。
「………む、少し風が出てきたな」
「ああ。部屋に戻るとしよう」
「それが良い。もう良くなったとはいえ、宗一郎兄はまだ病み上がりの身。大事を取るに越した事は無い。それに、もし宗一郎兄の病がぶり返したら、また衛宮が怪我をおして見舞いに来てしまう」
今度会ったら俺からも説教をくれてやらねば――――そう言いつつ、一成は境内へと歩いて行く。宗一郎もそれに追従したものの、一度だけ立ち止まり、また門の方を眺めた。
「…………………………………………」
門の向こう側から吹く一陣の風が、男の短い髪を揺らす。
宗一郎は思う。――――あの夜もこんな風が吹いていた、と。
―――― 宗一郎様を殺さないで ――――
その風に乗って、微かに届いた女の声。弱々しく紡がれる末期の懇願。
あれが無ければ、自分はいまここに立っていただろうか――――…。
「宗一郎兄?」
「ああ。いま行く」
訝る声を背中に受けて、宗一郎は再び歩き出す。
今度はもう振り向かなかった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
―――― 葛木宗一郎 ――――
第五次聖杯戦争の序盤にて敗退。
一時は命の危機に立たされていたが、キャスターが遺した術の効果で、無事に生還を果たす。
戦いが終わった後、どこか遠くを見るような仕草が増えた。その時の彼がどこを見ているのか、何を思っているのか………それを知る者は誰もいない。
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柳洞寺からの帰路。連れ合って歩く一組の男女の姿があった。
衛宮士郎とセラである。
「う、…………痛っ」
「大丈夫ですか?」
「ああ。ちょっと足を引っかけただけだから」
のたのたと歩く士郎。――――その右腕と左足はだらりと力無く垂れ下がっており、左脇に挟まれた松葉杖を支えに前へと進んでいる。セラは、そんな士郎の右半身を支えるように隣を歩いており、その姿はどこからどう見ても病人と介助人のそれである。
こんな有様で柳洞寺の階段を上ってきたというのだから、宗一郎が苦言を呈するのも無理はないだろう。
「やはり、どうにも不便ですね。トオサカを通じて義手と義足を用意させるという話はどうなったのです?」
「ん………ああ、前にイリヤが言ってたやつか? 正直、あんまり気乗りしないんだけどな」
「またそんな事を。いいですか、士郎さん? トオサカは『貴方に命を救われた』という多大な借りがあります。借りたものは返す、貸したものは返してもらう………等価交換を原則とする魔術師でなくとも、このくらいは当然の常識でしょう。何を躊躇う必要があるのです?」
「だって、遠坂が助かったのは偶然じゃないか」
「偶然だろうと何だろうと、貴方が万条を倒したことで、彼女が泥から解放されたという事実は揺るぎません。それにトオサカとて、仮にも六代続く一族の当主、無償の施しを受けたままでは気分が悪いでしょう。遠慮なく吹っ掛けなさい、それがトオサカの為にもなります」
ぐうの音も出ない程に言い負かされた士郎は、居心地悪そうに目線を逸らした。
イリヤスフィールといい、セラといい、どうにも口では彼女たちに勝てない士郎である。
「っ、…………」
――――ガリッ、と。
余所見をしたのが災いしたのか、再び、動かない左足を歩道に引っかけてしまう。
(………身体が思うように動かせないって、こんなに不便なんだな………)
士郎は表向き、ガス事件の際に負った怪我が原因で右腕と左足が動かなくなったとされているが、実際のところは千花との最終決戦の際、限界を超えた力を行使し続けた代償である。
全身のあらゆる部位が筋断裂、骨折、神経壊死――――と、とにかく戦いが終わった直後の士郎の肉体はボロボロで、生きているのが不思議なレベルであった。
幸い、魔力をそれなりに温存していたイリヤスフィールが即座に治療を施したため、後遺症を残しつつも何とかこうして日常生活を送れるまでには回復を果たすことが出来たのだ。「あと数分治療を始めるのが遅かったら、片手片足だけじゃ済まなかったわよ」とは、遠坂凜の言である。
(義手と義足…………か。イリヤは人形師がどうとか言ってたけど………)
――――とはいえ、その右腕と左足は、もう二度と使い物にならないらしい。
生き残っただけでも十分もうけものなので、そこまで気には病んでいない士郎だが………それはそれとして、やはり以前まで当たり前に出来ていたことが出来ないというのは、些か以上の不自由さを感じずにはいられなかった。
(俺だけの問題ならともかく………これからずっと、家の中でも外でも、こうしてイリヤとセラに迷惑をかけ続けるわけにはいかないもんな。はぁ………遠坂には悪いけど………セラの言う通り、ここは『借りを返して』貰うべきか)
ただでさえ『記憶』の事で多くの面倒をかけているのだ、これ以上、彼女たちにワガママを言うのはやめておこう。士郎はそう決意した。
哀れ――――ここに、凛が金欠に喘ぐ未来は確定したのである。
「あっ………先輩?」
そうして士郎がセラと語らいながら家路についていると、道の途中でばったりと一人の女の子に行き会った。凛の見舞い帰りである間桐桜である。
「桜? 奇遇だな、こんなところで」
「先輩の家にお邪魔しようと思って」
「そうだったのか。なら、行き違いにならなくて良かった」
「はい、ここで会えたのはラッキーでした。………今の先輩を外へ連れ出すのは、あまり気が進みませんでしたから」
連れ出す?――――と首を傾げる士郎。
桜は少しの間逡巡した後、その瞳に決意を湛えて言った。
「先輩。前に言ってたお話………いま、させてもらってもいいですか?」
その言葉に、士郎は目の色を変えた。
「セラ、先に帰っててくれないか? 桜と二人きりで話がしたい」
「お一人で大丈夫ですか?」
「平坦な道なら、杖があれば十分だ。お見舞いに付き添ってくれてありがとな」
「どういたしまして。………
桜へ一礼を残し、セラはその場を立ち去った。
残された士郎と桜は、少しだけ重い空気の中で向かい合う。
「………ごめんなさい、突然………」
「いいんだ。イリヤやセラには………出来るだけ聞かせたくない。でも、俺だけは知っておかなきゃいけない。ほんの少しでもいいんだ。アイツの事を忘れないためにも」
そして士郎は促した。
「聞かせてくれ、桜。お前と千花の間に――――――いったい何があったのかを」
TO BE CONTINUED・・・
■次回―――――――――最終話。