Fate/mille fiore-フェイト ミルフィオレ-【完結】 作:おるか人
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――――それは、間桐邸襲撃事件より数時間後。
士郎と凜が、轟々と燃え盛る間桐邸を目撃したのと同じころのお話。
「う、ん……………」
目を覚ました時、間桐桜は見知らぬ場所に寝かされていた。
フローリング張りの、広さ十二畳ほどの部屋だ。
辺りを見渡すと、いま自分が寝転がっている柔らかなシングルベッドの他に、本棚や机、ソファやクローゼットと言った一般的な家具やインテリアが目に入った。目につく場所にキッチンやシャワールームも確認できる。
一言で総括するなら、洒落た内装の1LDK………といった風情だ。
「……………………?」
此処はどこ?
私はどうしてこんな所に?
定かでない前後の記憶を探りながら、キョロキョロと視線を泳がせる。
「気が付いたかい、間桐桜」
突然のかけ声に、びくっと背中が跳ねた。
振り返ると――――いつからそこに居たのか――――部屋の入口に、真っ白な髪と金色の眼をした、美しい少年が立っていた。
言わずもがな、万条千花である。
「あなた、は…………」
少年の姿を見た時、桜はハッとした。間桐邸で起きた出来事を思い出したのである。
慌てて自分の左胸に手を当ててみるが、目の前の少年によって大穴を開けられたはずのそこには、擦過傷の一つも残っていない。――――いや、それだけではない。それどころではない。何という事か、十一年前のあの日から、いつだって身体の内側に感じていた蟲が這いまわる感触も、まったく、これっぽっちも感じないのだ!
体内の蟲が消えた――――幾度となく夢想しつつも、実現はしまいと諦めていた未来。知らず、彼女の総身が震えた。
「アポイントメントも取らず、傷害に拉致に軟禁と………ずいぶん乱暴な真似をしてしまって申し訳ない。
「どういう事ですか? 何で、私を?」
「端的に説明するよ。わたしの名前は万条千花。第五次聖杯戦争に参戦しているマスターの一人だ。
「………目的は?」
「悪いけど黙秘させてもらう。ただ、これより君の身に一切の危害を加えない事、そう遠くない未来に開放する事、この二つだけは約束しよう」
その二つの約束に『抵抗しなければ』という前提がくっついている事を察し、桜はしばし黙り込んだ。
思い出すだに信じ難いが、目の前の少年はあの臓硯を容易く殺してのけた、自分の理解を絶する魔術師である。抵抗心など湧くはずもない。
「他に質問はあるかな? 答えられる事なら答えるよ」
「………じゃあ、二つだけ。そう遠くない未来に開放すると言いましたが、具体的にはいつごろになりますか?」
「第五次聖杯戦争が終わるまで。あるいは、わたしが敗退するまでだね。だから、ハッキリ何日とは言えないが………長くて半月、早ければ明日にでも解放されるだろうさ。
食料に関しては部屋の中に十分な備蓄があるし、暇つぶしになりそうなものもいくつか用意してある。それと、さっき言った扉のロックは、わたしが死ねば自動的に解除されるから安心するといい――――って、ああ。そういえば、君の家はわたしが燃やしちゃったんだっけか。行く当てがないのなら、そのまま此処に住んじゃっても良いよ?」
「そうですか…………」
どういうわけか、桜はそこで口を噤んだ。
事前に『質問は二つある』と言っておきながら、次の質問が来ない事を訝る千花だが、特に先を促す様な事はしなかった。
そのまましばらく、だんまりのまま両者は向かい合う。
やがて沈黙が一分に達しようとした時、遂に桜は、重く閉ざされていた唇を開いた。
「………どうして、私を助けたんですか?」
当然の疑問だった。
あの時、桜の心臓は確かに千花の手で抉られていた。何もせず放っておけば、間違いなく死んでいたはずだ。どのような方法で治療したのかは分からないが、そこには必ず確たる目的があるはずである。
桜が一番最初に思いついたのは、人質だ。
第五次聖杯戦争には、彼女の兄である慎二と、先輩の士郎が参加している。慎二はともかくとして、士郎に対してなら、自分は有効な交渉カードとして使えるだろう――――桜にはその自覚があった。
だが、それだと一つだけ分からない事が残る。助けるだけならまだしも、自分の体内から蟲を取り除く必要があるだろうか、という点だ。
あの蟲は、桜が生まれ持った潤沢な魔力を喰らう役目を持っていた。抵抗してほしくないのなら、そのまま残しておいた方が、千花にとっては何かと都合が良かったはずだ。臓硯に勝つほどの魔術師が、その程度の事に気付かないわけがない。まさか先ほど言った『迷惑料』という言葉が本心ではあるまい。
もしや、人質に使うつもりは無い?
だとしたら尚の事、どうして私を――――?
湧き上がる疑問に、しかし答えは出ない。推測するにはあまりにも情報が不足していた。
そして同時に、この質問は先ほど黙秘された『桜をかどわかした目的』にかかってくる。質問しても答えが得られる可能性は低い。
何より。
(……………何で、今更……………)
十一年間、もはや諦めきっていた絶望から唐突に
それらが、桜の唇を重くしている最たる要因であった。
「助けた理由、か」
どうせ、答えは返って来まい。そう考えていた桜だったが。
「…………………………えっ?」
意外にも、解答は齎された。
尤も、その解答にどのような意味が込められていたのかまでは――――やはり、彼女には理解出来なかったのだけれど。
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冬木市某所の公園にて。士郎は一人、ベンチに腰掛けて黄昏ていた。
桜の話を聞き終え、桜と別れ、この公園に一人取り残されてから――――ずっと、士郎はこうしていた。
セラも言っていただろう。ほら、早く帰らなきゃ。イリヤが「何かあったのか」って心配するじゃないか………頭にはそんな考えがちらほらと浮かんでいるものの、肝心の身体は鉛のように固まって動かない。
「………『別に、君を助けたわけじゃない』――――――か」
それが桜の問いに対して、千花の返した答えだったそうだ。
一体、桜が『
「千花、お前は……………………」
桜を助けたわけではない。――――
士郎には、千花の残した言葉の真意が分かった。
彼が戦略的な意味も無く、間桐桜を助けた理由………それは。
「…………お前は、
――――たすけて、と。
そう叫ぶ声が、誰かに届いてほしかった。
――――たすけて、と。
そう求める自分に、手を差し伸べてほしかった。
千花の事を恩人だと語る桜の姿はそのまま、万条千花が………否、万条千花と成り果てた
千花は間桐桜を通して、かつての自分を救いたかったのだ。
………それが例え、益体の無い妄想に過ぎないと分かっていても。
「……………………くそっ」
後悔なんてしない。
後悔なんてしない。
後悔なんてしない――――けれど。
改めて、自分が踏み越えた命の重さを思い知らされると、心が欠けそうになる。
「謝ったりなんかしないからな」
きっと、この罪悪感が拭われる事は、終生に亘って無いのだろう。
士郎の言葉は、それでも自分が選び取った未来を生き抜いてゆく――――という決意表明だった。
「―――なに、シロウ?」
だから。
頭の上から降ってきた言葉に、士郎はしばし虚を突かれた。
「何を謝ったりしないの、シロウ?」
顔を上げる。
果たせるかな、そこには雪の妖精が立っていた。
かつてそうだったように。暖かな日差しの中、雪解けのように輝く笑顔で。
「イリヤ……………」
「セラから聞いて、迎えに来たの。まだシロウ一人じゃ迷っちゃうかもしれないでしょ?」
差し伸べられる小さな手のひら。
士郎はそれを、決して離れないようにと、しっかり握りしめる。
「さっ、一緒に帰りましょ?」
「ああ。――――帰ろう、イリヤ」
たったそれだけで、鉛のようだった身体は人間へと立ち戻っていた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
―――― 間桐桜 ――――
聖杯戦争中盤にて敗退。
誰もに既に亡きものと思われていた彼女は、戦いが終わった後にひょっこりと姿を見せた。
当然、関係者数人に「どうやって生き延びたのか」と問い詰められたが、彼女はその真相を士郎以外に語る事は生涯無かった。
戦争後は間桐の屋敷を失ったことで、一人暮らしを始める。姉からは「一緒に住まないか」「物件を紹介しようか」と助力の申し出がいくらかあったようだが、彼女はその全てを拒否し、自分で選んだという市内某所の部屋に住む事に固執したという。
将来、彼女がどのような道を歩むことになるのかは分からない。ただ、いずれにせよ彼女は『名もなき誰か』が生きた証として在り続ける事だろう。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
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かきーん、と。
カン高い音が周囲に響く。
「おおぉーっ!」
「あぁっ……!」
次いで湧き上がったのは、拍手喝采と、いっそ悲壮なまでの嘆き声。
帰路のさなか、相反するそれに気を引かれた士郎とイリヤが声の出所を見やると、街路樹の下にたむろする小さな子供たちの姿があった。
「どーすんだよ、お前」
「そんなこと言ったって」
「サヨナラホームランで良くない?」
「あと一回残ってるだろっ」
「そうだそうだー!」
ざわざわと不満を口に出す子供たち。
喧嘩………とまではいかずとも、少しばかり剣呑な雰囲気だ。
「…………………………?」
ふと、士郎の頭に何かがよぎる。
その正体を探る前に、子供の内の一人が「あっ!」と士郎の事を指さした。
「あん時のにーちゃんだ!」
「え、マジ!?」
「って事は、タイガーも?」
「違う女連れてるぞー」
「スケコマシー!」
思い思いの言葉を叫びながら、次から次へと寄って来る子供たち。
話を聞くと、どうやら近くの広場で野球をしていて、ボールを外の街路樹に引っかけてしまったらしい。
「またボール取って!」
キラキラとした目で士郎を見つめる子供たち。
士郎は「また?」と首を傾げつつも、それに。
「ごめん、いま怪我してるから」
――――と、
同時に………イリヤスフィールの眉がぴくりと揺れる。
「あ、ホントだ」
「これ、ワッザツエーだっけ?」
「松葉杖だよ………」
「かっけー!」
どうやら、言われるまで士郎の容態に気付かなかったらしい。
それなら仕方ない………と子供たちが納得しかけた時、ふと彼らの背後でテンテンと何かがバウンドする音が響いた。振り返ると、まさに彼らが引っかけたボールが地面を転がっていた。
「あっ、ボール!」
「風で落ちたのかな?」
「ラッキー!」
これでめでたく問題は解決。子供たちは嬉しそうにボールを拾い上げると、またワイワイと騒ぎながら公園へと戻っていった。
「…………イリヤ」
「なに?」
「ありがとな」
イリヤスフィールは「何の事?」と惚け、士郎は「何でもない」と、かぶりを振った。
「シロウ」
「ん?」
「良かったの?」
士郎は「何の事だ?」と惚け、イリヤスフィールは「ならいい」と、かぶりを振った。
「よっしゃいくぞー!」
「ばっちこーい!」
春の静かな住宅街に、子供たちの歓声が響く。
二人の少年少女は、寄り添ってその場から離れていった。
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――――士郎は、あの戦いで本当に多くの事を忘れてしまった。
年の初めに出会った子供たちの事。
一年を共に過ごした級友たちの顔。
十年かけて磨き上げた料理の手順。
二十年近くを過ごした冬木の街並み。
そして………かつて、自分を救ってくれた魔法使いの声。
本当は、もっと多くの事を忘れていた。
それこそ戦いが終わった直後は、いま隣に寄り添う少女と、生死をかけて争った宿敵の事以外は何も覚えていなかったのだ。
周囲の人間の助力もあり、いくらかは失われたモノを取り戻すことが出来たが………そこで取りこぼした記憶は、もう二度と元には戻らなかった。
それが、士郎の払った代償。
命と引き換えに差し出した対価。
………だから、だろうか。
士郎は、ふとした時に思い返してしまう。
壊れた頭にもハッキリと強く焼き付いた、ただ二つの確かな記憶を。
特に、感覚を失った右手に今でも根強く残る――――己が終わらせた命の感触を。
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崩れゆく地下祭壇。
一人の少年は屹立し、もう一人の少年は大の字で空を仰いでいる。
「―――――俺の勝ちだ、千花」
今すぐにでも途切れそうになる意識を執念で保ちながら、士郎は確固たる決着を宣言する。
それを否定せんとしたのか、千花も「う」やら「ぐ」などという呻き声を上げて身じろぎしていたが、とうとう彼が起き上がる事は無かった。
「そう、みたいだね。………わたしの、負け………か」
敗北を認めるその声は、ひどく乾いていた。
口を開くたびに溢れていた情念が、もはや微塵も感じられない。
「聖杯を止めてくれ。お前は負けた。お前の願いはもう、叶えちゃいけないんだ」
「ごほッ……願い………か」
千花は茫々とした瞳で、士郎を見た。
「……止める必要なんて無いよ」
「どういう事だ?」
「言ったろ? 灰聖杯は…願望器としては本物に著しく劣る紛い物だって。あれは嘘じゃない。……七騎分の魂を集めて、その力で外の世界への孔を穿つ――それしか出来ないんだ。それまでこいつは、奪った魂を入れておくだけの容れ物でしかない」
―――そう。それこそが、灰聖杯が『未完成品』とされる所以であった。
本来、聖杯は根源を目指さない………つまり、この世の内に収まる願いを叶えるだけなら、サーヴァントを全て脱落させる必要はない。大聖杯を起動させずとも、小聖杯のみで事を済ます事も可能である。
だが灰聖杯は、そもそも『他人が完成させた聖杯の中身を奪う』というのが根本の設計思想であり、千花のように真っ当な器として使用する事を想定していない。
では何故、この戦いにおいて灰聖杯が曲がりなりにも器としての機能を有していたのかというと、灰聖杯はアインツベルンの聖杯を流用して制作されたため、コピー元の機能がオミットされずに残っていたからに過ぎない。
これが千花にとっての幸運であり、不幸であった。
なにせ灰聖杯がちゃんとした完成品であれば、千花は戦う必要すらなかった。隠形結界の中で聖杯戦争が終わるのを待つだけで、願いを叶える権利だけが眼前に転がり込んできたことだろう。
或いは、灰聖杯が全くの未完成品であれば良かった。下手に器としての機能が備わっていなければ、“この世全ての悪”を利用した戦略も実現しないため、ひょっとしたら―――なんてか細い希望を見出す事も無かっただろう。
もしも、器の設計を担当した八代目万条が、呪いによって志半ばで倒れなければ。
もしも、第五次聖杯戦争が例年通り六十年後の開催となっていれば。
もしも、万条千花にもっと時間があれば。
――――全ては、有り得なかった
結果として灰聖杯が完成の目を見る事は無く、千花は『聖杯戦争から脱落した魂を奪う』だけの、劣化品の器を使って戦わねばならなくなった。
「ハァ……万条が何のために、拠点の地下に祭壇を造ったと思う? わたしが何のために、こんな御大層な隠形結界の中に身を潜めていたと思う? 世界の外に孔を穿つ作業だって、本物の聖杯に比べて、馬鹿げた時間がかかるからさ。戦いながら片手間で行うなんて器用な事も出来やしない。儀式なんて、君たちが此処へ攻め込んで来た時点で、とっくに中断しているよ」
最終決戦が始まってしまった時点で、千花は勝つしかなくなった。
衛宮邸にて行った降伏勧告、ついでのように要求したイリヤスフィールの身柄。そのどちらも、千花にとって必要に駆られての行動だったのだ。
そしていま遂に、正真正銘、全ての目論見は潰えた――――――。
「おめでとう、士郎。宣言通り『踏み越え』た、ってわけだ……」
「……………………………………、」
「…それで、どうする…? 君は、わたしを踏み越えて何処へ行く? 冥土の土産に聞かせてくれよ、君が歩もうとしているこれからを。いまの君が思い描いている、未来への展望ってやつを、さ……」
言葉を吐き出す度に弱まっていく命の火。
ただの燃え殻になりつつある少年に、士郎は強く約束をした。
「―――――――生きるよ」
余計な言葉はいらないと思った。
だから、強く、強く、それだけを口にした。
「―――――――生きていく。これからも、ずっと」
刻み込むように繰り返される約束に対し、千花は小さく何かを呟く。
「 、 」
まるで、それが合図だったかのように崩落が加速した。
祭壇が崩れ落ちてゆく。落盤が激しくなってゆく。
と―――――その時だった。
一際大きな落盤が起こり、崩れ落ちた天井から一筋の光が差し込んだ。
いつの間にか夜が明けていたのだろう。眩い朝焼けが岩盤の割れ目から祭壇を、そして千花を照らし出す。
「……………………………あさ、ひ………?」
衛宮士郎は、その瞬間を忘れない。
きっと一生――――忘れる事ができない。
「……まぶしい、な………、……………………」
だって、その時に見た彼の表情は、零れた声は。
紛れもなく、士郎が一度だって見た事も、聞いた事もない色をしていたから――――――――。
士郎が幻を見たかのような心地から覚めた時、既に千花は事切れていた。
もう二度と動かない。
もう二度と喋らない。
もう二度と………苦しむ事もない。
それを確認した瞬間、士郎の心に言い知れぬ感情が満ちた。
彼の戦いは、今ここに終わりを告げたのだ――――。
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………どうやら物思いに耽っている間に、ずいぶん長く歩いていたらしい。
気付いた時には衛宮邸の門がすぐそこにあった。
「そうだっ」
と、――――士郎がいざ玄関へ足を踏み入れようとした時、イリヤが何か思いついた様子で駆け出した。士郎を置いて一人で玄関の扉を開き、家の中へと入ってゆく。
「…………………?」
扉を開けっ放しのままで放置しているのは、片腕が不自由な士郎への配慮だろう。
ここまで一緒に来たんだから、入るまで一緒に居ればいいのに――――そんな風に思いながら、士郎も遅れて玄関をくぐる。そして靴を脱ごうと腰を下ろしかけたところで、急ぎ足のイリヤスフィールがセラの手を引きながら玄関へと駆け戻ってきた。
「イリヤ? 何を――――――」
「シロウッ」
「士郎さん」
そして二人は、士郎の当惑を遮って、言った。
『おかえりなさい!』
士郎は一瞬きょとんとした後、笑って言った。
「ああ。――――――ただいま!」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
―――― セラ ――――
第五次聖杯戦争より生還。
聖杯戦争が終わった後は、アインツベルン一族より放逐されたイリヤスフィールと共に冬木市へと移住。現在は『衛宮切嗣の親戚』『イリヤスフィールの姉』という立場で衛宮家の一員となっている。
最初こそ日本での生活や「イリヤさん」という新たな呼称がぎこちなかった彼女ではあるが、藤村大河を始めとする数人の善意と悪ノリによって次第に庶民的な感性に染まってゆき、数年後には立派な庶民派主婦と化したという。
なお、最終決戦においては特に活躍の機会に恵まれなかった彼女ではあるが………実のところ、戦闘後に意識不明の状態だった士郎と凜を運び出したのは、決戦後に目を覚ました彼女であり、二人にとっては紛れもない命の恩人と呼べる立場だったりする。もちろん、イリヤスフィールはこの件も存分に凜との交渉に利用したようだ。
月に一度、郊外の廃城を訪れ、亡き同僚に『妹』の近況を報告する姿が確認されているとか。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
―――― イリヤスフィール・フォン・アインツベルン ――――
第五次聖杯戦争の終盤にて敗退。
敗戦を知ったユーブスタクハイト・フォン・アインツベルンより絶縁を申し渡され、それを承服。セラと共に冬木市へと移住し、衛宮家の一員となる。
士郎やセラが作った遠坂家への『貸し』を存分に利用し、自分とセラは聖杯戦争で死亡したという表向きの事実を作り上げ、名実ともにアインツベルンの一族から離脱。その決断に思うところがないわけではなかったが、士郎と寄り添って生きていくという決意は揺るがなかった。
戦争が終わった後は、ホムンクルスの寿命を延ばすための研究に着手する。それが成功したかどうかは定かではないが、少なくとも彼女は、命尽きるその瞬間まで衛宮士郎の傍らに在り続けたに違いない。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
―――― 衛宮士郎 ――――
第五次聖杯戦争の最終局面にて敗退。
万条千花との最終決戦において限界以上の力を行使し続けた結果、生還こそ果たしたものの、右腕と左脚の不自由と重度の記憶障害を背負う事となる。
数年間は日常生活にも苦労する有様だったが、持ち前の精神力と周囲の温かい協力の甲斐あって、幾度かの留年の末に穂村原学園を無事卒業。以降はイリヤスフィールの研究を手伝いつつ、在宅業で家族を養う生活を送る。
正義の味方という信念を捨てた事、イリヤスフィールという一個人を尊重して生きてゆく事………士郎の選んだ生き方は、彼の生涯において常に、重い十字架として圧し掛かった。しかし、その選び取ったイリヤスフィールの笑顔だけは、唯一無二の『しあわせ』として、彼の心にいつまでも燦然と輝いていたという。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
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――――――― 生きるよ ―――――――
崩れゆく世界の中で、あなたはそう言った。
生きると。
生きてゆくと。
それが本当かどうかなんて分からない。
死に逝くわたしのために出まかせを言っているだけかもしれないし、その気が無くとも、将来的に覆される事だってあるかもしれない。
けれど、わたしはそれでいいと思った。
何故なら、その言葉はきっと義務ではなく――――あなたの
わたしとの戦いの中で抱え込んだものではなく、傍らに立つ彼女のための誓いなのだと信じる事が出来たから。
だから、もういい。
遺すべき言葉は、これ一つだけで十分。
――――――― 約束だよ、士郎 ―――――――
ほんの少しだけ『ヒト』に戻ったあなたへ。
その変化が、どうか
Fate/mille fiore-フェイト ミルフィオレ- ‐FIN‐
これにて本作は完結です。
ご愛読ありがとうございました!