Fate/mille fiore-フェイト ミルフィオレ-【完結】   作:おるか人

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Scene.08  譲れないものを胸に抱いて

 ―――遠坂邸、凜の寝室。

 

「………………………………………………んんっ……?」

 

 悩ましげな声を漏らしながら、凜がベッドの中で身じろぎをした。意識の覚醒と共に果てのない倦怠感がドッと押し寄せ、あからさまに顔を顰める。

 

「う、う~~~~……ぁ…アー、チャー」

「やれやれ。やっと起きたか、凜。流石の君も今回ばかりはっ、……………!?」

 

 ただでさえ朝に弱い遠坂凜だが、徹夜明けに泥のように眠った後となると、その気だるさは頭抜けているらしい。実体化したアーチャーが、苦言を申そうとした瞬間に固まってしまった。

 

「アーチャー……みず、……水持ってきて……」

「……凜、今の君は淑女として終わっているぞ」

 

 アーチャーが思わず目を逸らしたのも無理はない。今の遠坂凜は筆舌に尽くしがたい姿……というより、筆舌に尽くしてしまっては彼女の名誉が危うい姿をしている。それでもあえて言葉にするならば『百年の恋も冷める顔』と称すのが的確であろう。

 捻くれ者とはいえ、アーチャーも男性である。出来得るならば、女性のこんな姿は目の当たりにしたくなかった。それが己の主となると、なおさらだ。

 昨日、『今すぐ千花をブチ殺しに行く』と主張する凜と、『まず体調を回復しろ』と諌めるアーチャーが衝突したのは記憶に新しい。結局、テンションを上げ過ぎた凜が意識のブレーカーを落とし、バタンとぶっ倒れたのが事の顛末となったわけだが……人間の身体は、寝れば寝るほど元気になるというわけではない。寝たきりになった老人の筋肉が衰えていくように、丸一日を寝て過ごした凜は空腹と気の弛みと運動不足で、ちょっとどうにかなりそうなバッドコンディションであった。

 

「全く、優雅とは程遠い姿だな。とりあえず、スポーツドリンクはここに置いておく。予め常温に晒して温めにしておいたから、身体には良いだろう。ただ、一気に飲むなよ? 口に含むようにして、少しずつ喉奥に落としていけ」

「ぅ~~~~……ありがと……助かるわ……」

「……いつもの憎まれ口も出てこないか、重症だな。すぐに食べやすい食事を用意するから、それまで待っていろ。何かあったら念話で呼んでくれ」

 

 それだけ言い残して、アーチャーは速やかに姿を消した。

 文字通り影も形もなくなった空間を見ながら、スポーツドリンクを口に含む。……本当に温い。

 

「アイツ、本当はアーチャーじゃなくて“執事(バトラー)”とか“母親(オカン)”のサーヴァントだったりしないでしょうね……?」

 

 凜は未だ謎に包まれた己の従者の正体に、一抹の不安を抱いた。

 

 

 

 それから一時間後。アーチャー作・美味しくて優しい和食(Bコース)を平らげた凜は、とりあえず『元気』と称して問題ない体調まで回復した。

 

「うわっ、もうすぐ一時じゃない……遅刻なんてレベルじゃないわね」

 

 時計を見て、自分の情けなさにぐったりと項垂れる。アーチャーを召喚した翌日にも学校をサボったが、あの時とは違い、完全に自分の怠慢、落ち度が原因なのだから笑えない。

 

「やれやれ、間に合えば行くつもりだったのか。……まぁ、あの結界の事もあるから、今更学校へ行くなとは言わんが……」

「……が? 言わんが……何よ、アーチャー? 私が学校へ行くことに、まだ何か文句があるの?」

「まだ、というよりは……新しく、引き止めるだけの理由が生まれたというのが正しいな。あの万条千花という魔術師は、君と相性が悪い。既に奴の土壌と言っても過言ではないあの学園には、近づかない方が良いと思うぞ」

 

 アーチャーの言葉は正しい。学園の人間全員への記憶操作、魂喰いの結界、そして何故か会得している遠坂の技術……万条千花は得体が知れなさすぎる。下手に手を出せば、そこには恐ろしい罠が仕掛けられているかもしれない。いかに許しがたい屈辱を受けたとはいえ、ここは慎重になるべき場面だ。

 

「冗談でしょ? この私が、これだけ虚仮にされて黙っていられると思う?」

 

 が、そこで退かないからこそ―――彼女は遠坂凜なのである。

 勝利のためならば敵に背を向ける事も止む無し。しかし、戦う前から勝利を諦めるような事だけはできない。それだけは、六代目遠坂としての自負が許さないのだ。

 

「それに、相手は落ちぶれたとはいえ、歴とした魔術師よ。真っ昼間から、人目につくような戦いを仕掛けるはずがないわ」

「……どうだかな」

 

 断言する凜に、アーチャーは胡乱気な目を窓の外へと向けた。

 その方角には、件の穂群原学園が建っている―――。

 

 

* * * * *

 

 

 穂村原学園、屋上。

 

 

 

 ――― じゃあ、繰り返そう ―――

 

 

 

 千花が言い放ったあの一言を理解した瞬間、士郎はほぼ無意識のうちに、セイバーを召喚していた。それも、『万条千花(アイツ)を殺せ』という、紛れもない殺気を込めて。博愛主義と称される士郎からすれば、有り得ないほどの感情の爆発であった。

 だが、それも無理からぬこと。千花は、士郎にとって一番の逆鱗にハッキリと触れたのだ。

 

「ハアアアァァァァァ―――――ッッ!!」

 

 その甲斐あってか、呼び出されたセイバーも一瞬で事態を把握し、千花へと剣を奔らせた。

 だが、千花は士郎のように令呪を用いることなくそれに対処する。

 

「出番だよ。おいで、小次郎」

 

 謡うような声に合わせ、何処からともなく現れる影。常識を越えた間合いの長刀が空を薙ぎつつ、セイバーの首へと疾走する。

 あまりにも鋭い後の先の一撃。セイバーは回避を優先する事でしか、それに対処する事はできなかった。

 

「っ、く!」

 

 急停止からのバックステップ。間一髪で物干し竿はセイバーの喉を外し、空を斬るだけに終わった。

 士郎が闖入者の存在に気付いたのは、互いが一連の動作を終えた後。

 

「な、まさかサーヴァントか……!? いつの間に!」

 

 驚く士郎だが、手品の種は単純だ。千花のサーヴァント……アサシンは、最初からこの場にいたのである。ただの霊体化なら、半人前とはいえ魔術師である士郎にも気付けただろうが、アサシンを暗殺者(アサシン)たらしめるのは、優れた気配遮断スキルの存在。堂々と千花の背後に控えていたにも関わらず、士郎がアサシンに気付かなかったのはこのためだ。

 

「戦いの最中に余所見とは……余裕だね、士郎?」

 

 そして、アサシンの強襲に対応せざるを得なかったセイバー、突然の展開に驚いた士郎と違い、全てを知っていた千花の行動に迷いはない。士郎が気付いた時には、千花が懐から短剣を取り出し、猛然と斬りかかってくる寸前であった。

 

(まずい!!)

 

 武器は無い。防具もない。回避は間に合わない。

 

(頭は駄目だ。首も駄目。胸も駄目。選ぶべきは何処だ。戦闘に支障のない部位、致命傷にならない箇所を――――!!)

 

 咄嗟に、刃の前に差し出される右腕。鍛え上げられた前腕の筋肉が壁となって、刃の脅威を凌ぐ。

 

「がぁ、づ……ぅぅぅぅぅうあ!!!」

 

 焼けるような激痛。士郎はそれを気力で抑え込み、渾身の浴びせ蹴りを放った。不意の衝撃を受けた千花はたまらずナイフを手放し、屋上の地面を転がっていく。

 

「けほっ、えほっ……!」

 

 受け身をとっていたのだろうか。咳き込んではいるものの、大したダメージはなさそうだった。対する士郎も、あの勢いで刺された割には傷が浅く、出血もそれほど多くない。

 

(……何だ、この剣?)

 

 士郎は、自分の右腕に取り残された短剣を解析する。

 チンクエデア―――イタリアを発祥とする短剣。見た目の華美さが重視される観賞用の剣であり、切れ味や強度はそれほど重要視されない。いま目の前にあるチンクエデアも、その例に漏れず……人を殺すにはあまり適さない構造しているようだ。刃の表面に装飾された宝石が肉につっかえて、刃が奥まで刺さっていない。これが予想外に少ない出血の原因らしい。殺傷力で言えば、果物ナイフの方がまだマシだ。

 

(何で、わざわざこんな剣を……?)

 

 うっかり解析に集中しかけた士郎に、千花からの攻撃が飛んだ。指さしの姿勢から放つ魔力の塊……北欧に伝わる呪いの魔術、ガンドの一撃であった。

 

「くっ、う!」

 

 胸を目掛けて飛んでくる脅威。咄嗟に身を反らして躱すが、魔力の弾丸は二発、三発と続けて士郎に殺到する。

 

「一発でも当たったらヤバいな……!」

 

 士郎はちらとセイバーへと目を向けるが、彼女は千花のサーヴァントと打ち合うので精一杯の様子だった。はた目から見ても、あの和装の男は剣術に秀でている。援護は期待できそうにない。

 

(なら、俺がこいつを倒すしかない)

 

 今のガンド撃ちを見るだけで分かる。万条千花は、衛宮士郎とは比べ物にならないほど優秀な魔術師だ。先手で右腕をやられた事といい、戦況の不利は明らか。

 だが、だからといって諦めることなどできない。この男は。この男だけは……衛宮士郎が命に代えてでも此処で斃さなければならないのだ。

 

「何か、武器は……武器はないか?」

 

 武器があれば、あのガンドに対処する事だってできるかもしれない。まずは右腕に刺さっているチンクエデアを引き抜き、強化を試みる。

 

「くそ、駄目かっ」

 

 ―――失敗。無情にも、チンクエデアは一瞬で砕け散った。この短剣は元々の強度が低い上に、宝石を始めとして、魔力を通すのに余計な要素が多すぎるのだ。

 

(何か、他には……!?)

 

 こうしている間にも、千花のガンドは機関銃めいた勢いで士郎へと注がれている。屋上の広さを考えれば、逃走は長く続かない。

 ふと、士郎は胸元に常にない異物感を覚えた。気になってポケットをまさぐってみると、そこには木製の十五センチ物差しが入っていた。

 

(朝の授業で一成に借りたやつだ。放課後、生徒会室で返そうと思ってポケットに……そうか、これなら!)

 

 士郎は物差しを剣のように握りしめると、千花に背を向け、屋上の出口へ向かって走り出した。

 

「逃げる気かな? らしくないね、士郎っ!!」

 

 背後から魔力が風を切る音が聞こえる。不規則なジグザグ走行で惑わしているものの、ガツン、ガツンとコンクリートの地面を抉る音が否応なく士郎の恐怖を煽っていく。

 

「誰が、――――――逃げるかッ!」

 

 士郎の目的地は屋上の出口ではなく、その近くにある給水タンクであった。

 

「“複製(トレース)開始(オン)―――!”」

 

 強化された物差しの一振りが、給水タンクの周りにある柵の一部を寸断する。バラバラと地面に散らばる、かつて柵だった棒状の鉄。士郎はそのうちの一本を拾い上げ、再び強化を施した。

 

「“―――複製(トレース)完了(オフ)!”」

 

 強化された物差しで寸断された柵は、全長を約百二十センチ。士郎が普段使っている竹刀とほぼ同じ長さ。この鉄の棒は、この場この時のみ、士郎にとっての“剣”となる。

 迫り来るガンド。だが、

 

「はぁぁぁあああああっ!!」

 

 士郎はそれを、己が剣の一振りで打ち落とした。

 魔力の塊は鉄棒の一撃に耐えられず、爆竹のように弾けて消える。

 

「ハァ、ハァ、ハァ――――…!」

「そんな棒切れでわたしのガンドを……? いや、なるほど。強化か」

 

 腕がビリビリと痺れる感覚と同時に、『いける!』という高揚感が湧き上がった。

 

「反撃開始だ……ッ!」

 

 鉄棒を強く握り込むと、士郎は千花に向かって真っすぐに突進した。走りざまにガンドを正面から全て打ち落とし、そのまま術者をも斬り伏せる腹積もりである。

 

「乾坤一擲、ってわけか。ふふっ―――カッコいいなぁ」

 

 艶やかに笑う声は挑発か、それとも本気で称賛しているのか。千花はその場を動かず、人差し指の照準も士郎から外す事はなかった。

 疾走する士郎、待ち受ける千花。対照的な両者の間では強化と呪いが火花を散らす。

 

「おおおおおおおおおおおおおおおッッ!!!」

「はぁぁぁぁぁあああああああああッッ!!!」

 

 撃つ、打つ、撃つ、打つ、撃つ、打つ、撃つ、打つ、撃つ、打つ、撃つ、打つ―――繰り返される攻防のたびに、士郎は少しずつ、千花への距離を詰めていく。

 そして、攻防が十七回を数えた時。ついに士郎は千花を間合いに捉えた。

 

「万条ぉぉぉぉぉオオオオオオオオッッ!!!」

 

 唐竹に振り下ろされる剣。

 神秘による一撃が、少年の無防備な頭蓋を打ち据えた―――。

 

 

 

 

 

TO BE CONTINUED・・・

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