Fate/mille fiore-フェイト ミルフィオレ-【完結】   作:おるか人

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Scene.09  二人の勝敗

 穂村原学園の屋上で、人知れず始まった二対二の戦い。その内の片方であるセイバーVSアサシンのカードは、まさに英霊の名に恥じぬ、人外魔境の様相を呈していた。

 

「はぁッ!」

「ふ、っ―――!」

 

 一呼吸の間に繰り出される数十の攻防。直線的な軌道でありながら、変幻自在の立ち回りで太刀傷を狙うセイバーの剣。片や尋常ならざる間合いの広さを活かし、セイバーの射程外から曲線の軌道で首へと迫るアサシンの必殺剣。両者の業は共に、常人の知覚では火花と共に散る金属音と、残像の閃きしか捉える事は叶わない。

 現状、戦況はどちらに有利なのかと聞かれれば……ほぼ互角と言って差し支えない。五尺にも及ぶ長刀を用いて、セイバーを一方的に斬りつけているアサシンではあるが、セイバーは驚異的な直感力によってその悉くを事前に対処し、完全に凌いでいる。しかしそんな神がかりな防御を見せるセイバーは、そもそもアサシンを射程範囲に捉える事ができないため、決定的な攻撃のチャンスを掴めない。

 攻めきれないアサシン、攻めきれないセイバー。立場は違えど同じ理由で、セイバーとアサシンは一進一退の煮え切らない戦闘を続けている。

 ただし―――互角というのはあくまでも、セイバーとアサシンの二人に限った話である。

 

「逃げる気かな? らしくないね、士郎っ!!」

 

 戦闘中のセイバーの耳に、敵マスターの声が届く。

 そう、この場で繰り広げられているのはセイバーとアサシンの戦いだけではない。お互いのマスターもまた、同じ場所で戦っているのだ。

 

(まずい……このままでは!)

 

 セイバーは焦燥に駆られていた。彼女と士郎は出会ってまだ丸一日も経っていない間柄だが、その程度の付き合いでも、どうしようもなく理解できている事がある。

 彼女のマスター、衛宮士郎は……弱い。

 肉体的にはともかく、魔術師として完全に落第なのだ。なにせ他人の協力(しかもほぼ全面的な)を得なければサーヴァント召喚に漕ぎ着ける事すら不可能だったレベルである。悪鬼羅刹が平然と跋扈する聖杯戦争を戦い抜くには、あまりに実力不足だと言わざるを得ない。

 そんな彼が戦っているのは、万条千花。八〇〇年の歴史を誇る名家、フォレスティ一族の神秘を継ぐ魔術師なのだ。相手が悪いにもほどがある。

 尤も、セイバーはそのような事情こそ知らないのだが……アサシンとの戦いの合間、千花が“フィンの一撃”クラスのガンドを放っている事を確認し、己がマスターに勝ち目がない事を悟っていた。

 忘れてはならない。セイバーはサーヴァントなのである。いかに優れた戦闘能力を持とうとも、依代たるマスターをやられれば消え去る他に未来はない。

 故に、いまセイバーが取るべき行動は主の救援に向かう事なのだが……。

 

「主従揃って、戦いの合間に余所見とは」

「っは、く――――――!?」

 

 焦りは感覚を鈍らせる。アサシンの刃が、まるで刀身そのものが命を持っているかのように泳ぎ、セイバーの防御をすり抜けた。

 

「仲睦まじくて結構な事だが、な!」

 

 喉元へ滑る物干し竿。咄嗟の足さばきが刹那の間に間合いを半歩ズラし、セイバーを絶命の危機から救い上げる。アサシンの剣は甲状腺までもう少し、という部分だけを薄く斬り飛ばし、屋上に僅かな血の飛沫を散らせた。

 

(危なかった……!)

 

 回避の勢いを利用し、そのまま一気に間合いを離そうとするセイバーだが……アサシンは攻撃の姿勢から流動する動きでセイバーに追従し、己の攻撃範囲である準近接距離間を崩そうとしない。

 

「ふむ、良い動きだ。できればそのまま集中を切らす事なく、お相手を願いたいところだな」

「…………………………………………!」

 

 間断無く襲い来る神速の斬撃。セイバーは再び“互角の戦い”に持ち込まれてしまった。そうしている間にも、千花の放つガンドが逃げる士郎を背中から追い撃っている。

 

(シロウ…………!!)

 

 セイバーは決して、アサシンに劣ってなどいない。確かに、純粋に剣の実力だけで言うならアサシンの方が上だろう。常識外れの間合いを誇る獲物や、常に首を狙う独特の剣技になかなか慣れない事もあって、攻めきれていないのも事実だ。しかし―――セイバーは未来予知に等しい直感を始めとして、全体的な膂力を底上げする魔力放出のスキル、そして剣士(セイバー)のクラス特有の平均的に高く隙のないステータスで、その差を埋めている。このまま剣を凌ぎ続ければ、いずれ反撃の機会も見えてくるはずだ。

 

 普段ならそれでいいが、今回ばかりはそれでは遅い。

 

 恐らくあと数分もしないうちに、士郎は千花に敗れる。そうなればチェックメイトだ。令呪を奪われ、隷属の身となるか、マスターの死と共に魔力の供給源を失って消滅するか……どちらにしてもセイバーが聖杯を手にする事など、もはや決して叶わない。

 

 セイバーは士郎が破れる前にアサシンを退けなければならない。

 対するアサシンはセイバーを倒す必要などなく、ほんの少しの間足止めしておくだけでいい。

 

 つまるところ。両者の実力が“互角”の関係である限り、セイバーは圧倒的に不利なのである。

 

(どうすればいい……!?)

 

 セイバーは急速な勢いで思考を回転させ、打開策を模索する。

 

(宝具を使うか?)

 

 セイバーは奥の手として“対城宝具”を有している。これを開放すれば、アサシンを確実かつ一撃で斃すことができる。しかも幸い、此度の戦場となったのは建物の屋上だ。放つ方向に気を付けさえすれば、街に被害が出る事もないだろう。……が。

 

(いや、駄目だ。この位置ではシロウも巻き込んでしまう!)

 

 アサシンの背後では、士郎と千花が戦っていた。学園の屋上はそれなりにスペースがあるものの、残念ながら対城宝具の出力を上回る面積ではない。宝具を開放すれば間違いなく巻き添えとなるだろう。マスターを救うためにアサシンを斃そうというのに、その過程でマスターを殺してしまっては本末転倒というものだ。

 マスターの戦いを邪魔させない、というアサシンの思惑が、図らずもセイバーの切り札を封じる一手となっている。

 

(そうだ、この不利な位置関係を解消すれば――――!)

 

 セイバーは魔力放出のスキルを足に集中した。瞬間的に脚力を強化し、爆発的な一歩でアサシンとの間合いを詰める。

 

「主が気になって本気が出せんというわけか。ならば、――――っ!?」

 

 周囲の景色が残像となって吹き飛ぶ中、ほんの僅か、アサシンが驚愕に息を呑んだ。それはそうだろう。今までの打ち合いでセイバーの“速さ”はアサシンに刷り込まれているはずだ。そこで突然、別次元のスピードを発揮したらどうなるか。

 認識の齟齬が、判断をワンテンポ遅らせる。先ほどセイバーが犯した失態を、今度はアサシンが焼き直す事となった。

 

「っ、―――は!」

 

 アサシンの一振りを潜り抜け、セイバーはかつてないほど敵に肉薄していく。この距離は長刀のアサシンには不利で、セイバーには有利な間合いだ。

 

「はぁぁぁあああああアアアアアアアアッッ!!」

 

 空裂の咆哮と共に、不可視の聖剣が振り抜かれる。

 この一太刀は間違いなくアサシンに手傷を負わせる。それが叶わなくとも、セイバーはこの勢いのままアサシンをすり抜け、立ち位置を逆転させるだろう。そうなれば、もはやセイバーが対城宝具の使用を躊躇う理由は無い。

 セイバーは誓う。この一刀で、膠着した戦況を打破してみせる―――と。

 

「なッッ―――――――!!?」

 

 だから、間に合うはずのない()()()()()()が視界の端に見えた時、セイバーは愕然と目を見開くことしかできなかった。

 

(いや、違う! 二振り目じゃない!!)

 

 そう。今のセイバーのスピードを相手にしては、一撃で後の先を合わせる以外に迎撃方法はない。どんな神速の剣技であろうと、二つ目の太刀が間に合う前にセイバーの剣が先に届くはず。では何故、アサシンの二の太刀はセイバーより速かったのか?―――その答えは一つ。

 

(この剣閃は、()()()()()()()()()()ッ――――!)

 

 思考はそこまで。縦軸の一撃を躱した騎士は、しかしその逃げ道を塞ぐ円の軌跡に囚われ、成す術もなく斬り伏せられた。

 

 

* * * * *

 

 

 ―――がつん、と。

 コンクリートの冷たい感触が、どこか遠くで士郎の頭を叩いた。

 

(あ、れ………………?)

 

 世界が斜めに歪んでいる。おかしな耳鳴りが絶えず響き、身体は微動だにしていないにも関わらず、意識だけがガクガクと揺れ動く。まるで凍傷にでもなったかのように、触れているはずの地面を肌で感じられない。

 

(身体が、動かない……なん、だ? なにが―――起こっ―――?)

「惜しかったね、士郎」

 

 まるで無重力を彷徨うような心地の中。

 霞む視界の向こう。士郎は、得意げに笑う千花の顔を―――見た。

 

 

 

 

 

TO BE CONTINUED・・・




【作中捕捉】
■燕返し?
今回アサシンが放ったのは、原作でも一度だけ使用された燕返し(不完全版)です。“払い”の軌道である三の太刀がないヤツ。
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