Fate/mille fiore-フェイト ミルフィオレ-【完結】 作:おるか人
穂村原学園の屋上で、人知れず始まった二対二の戦い。その内の片方であるセイバーVSアサシンのカードは、まさに英霊の名に恥じぬ、人外魔境の様相を呈していた。
「はぁッ!」
「ふ、っ―――!」
一呼吸の間に繰り出される数十の攻防。直線的な軌道でありながら、変幻自在の立ち回りで太刀傷を狙うセイバーの剣。片や尋常ならざる間合いの広さを活かし、セイバーの射程外から曲線の軌道で首へと迫るアサシンの必殺剣。両者の業は共に、常人の知覚では火花と共に散る金属音と、残像の閃きしか捉える事は叶わない。
現状、戦況はどちらに有利なのかと聞かれれば……ほぼ互角と言って差し支えない。五尺にも及ぶ長刀を用いて、セイバーを一方的に斬りつけているアサシンではあるが、セイバーは驚異的な直感力によってその悉くを事前に対処し、完全に凌いでいる。しかしそんな神がかりな防御を見せるセイバーは、そもそもアサシンを射程範囲に捉える事ができないため、決定的な攻撃のチャンスを掴めない。
攻めきれないアサシン、攻めきれないセイバー。立場は違えど同じ理由で、セイバーとアサシンは一進一退の煮え切らない戦闘を続けている。
ただし―――互角というのはあくまでも、セイバーとアサシンの二人に限った話である。
「逃げる気かな? らしくないね、士郎っ!!」
戦闘中のセイバーの耳に、敵マスターの声が届く。
そう、この場で繰り広げられているのはセイバーとアサシンの戦いだけではない。お互いのマスターもまた、同じ場所で戦っているのだ。
(まずい……このままでは!)
セイバーは焦燥に駆られていた。彼女と士郎は出会ってまだ丸一日も経っていない間柄だが、その程度の付き合いでも、どうしようもなく理解できている事がある。
彼女のマスター、衛宮士郎は……弱い。
肉体的にはともかく、魔術師として完全に落第なのだ。なにせ他人の協力(しかもほぼ全面的な)を得なければサーヴァント召喚に漕ぎ着ける事すら不可能だったレベルである。悪鬼羅刹が平然と跋扈する聖杯戦争を戦い抜くには、あまりに実力不足だと言わざるを得ない。
そんな彼が戦っているのは、万条千花。八〇〇年の歴史を誇る名家、フォレスティ一族の神秘を継ぐ魔術師なのだ。相手が悪いにもほどがある。
尤も、セイバーはそのような事情こそ知らないのだが……アサシンとの戦いの合間、千花が“フィンの一撃”クラスのガンドを放っている事を確認し、己がマスターに勝ち目がない事を悟っていた。
忘れてはならない。セイバーはサーヴァントなのである。いかに優れた戦闘能力を持とうとも、依代たるマスターをやられれば消え去る他に未来はない。
故に、いまセイバーが取るべき行動は主の救援に向かう事なのだが……。
「主従揃って、戦いの合間に余所見とは」
「っは、く――――――!?」
焦りは感覚を鈍らせる。アサシンの刃が、まるで刀身そのものが命を持っているかのように泳ぎ、セイバーの防御をすり抜けた。
「仲睦まじくて結構な事だが、な!」
喉元へ滑る物干し竿。咄嗟の足さばきが刹那の間に間合いを半歩ズラし、セイバーを絶命の危機から救い上げる。アサシンの剣は甲状腺までもう少し、という部分だけを薄く斬り飛ばし、屋上に僅かな血の飛沫を散らせた。
(危なかった……!)
回避の勢いを利用し、そのまま一気に間合いを離そうとするセイバーだが……アサシンは攻撃の姿勢から流動する動きでセイバーに追従し、己の攻撃範囲である準近接距離間を崩そうとしない。
「ふむ、良い動きだ。できればそのまま集中を切らす事なく、お相手を願いたいところだな」
「…………………………………………!」
間断無く襲い来る神速の斬撃。セイバーは再び“互角の戦い”に持ち込まれてしまった。そうしている間にも、千花の放つガンドが逃げる士郎を背中から追い撃っている。
(シロウ…………!!)
セイバーは決して、アサシンに劣ってなどいない。確かに、純粋に剣の実力だけで言うならアサシンの方が上だろう。常識外れの間合いを誇る獲物や、常に首を狙う独特の剣技になかなか慣れない事もあって、攻めきれていないのも事実だ。しかし―――セイバーは未来予知に等しい直感を始めとして、全体的な膂力を底上げする魔力放出のスキル、そして
普段ならそれでいいが、今回ばかりはそれでは遅い。
恐らくあと数分もしないうちに、士郎は千花に敗れる。そうなればチェックメイトだ。令呪を奪われ、隷属の身となるか、マスターの死と共に魔力の供給源を失って消滅するか……どちらにしてもセイバーが聖杯を手にする事など、もはや決して叶わない。
セイバーは士郎が破れる前にアサシンを退けなければならない。
対するアサシンはセイバーを倒す必要などなく、ほんの少しの間足止めしておくだけでいい。
つまるところ。両者の実力が“互角”の関係である限り、セイバーは圧倒的に不利なのである。
(どうすればいい……!?)
セイバーは急速な勢いで思考を回転させ、打開策を模索する。
(宝具を使うか?)
セイバーは奥の手として“対城宝具”を有している。これを開放すれば、アサシンを確実かつ一撃で斃すことができる。しかも幸い、此度の戦場となったのは建物の屋上だ。放つ方向に気を付けさえすれば、街に被害が出る事もないだろう。……が。
(いや、駄目だ。この位置ではシロウも巻き込んでしまう!)
アサシンの背後では、士郎と千花が戦っていた。学園の屋上はそれなりにスペースがあるものの、残念ながら対城宝具の出力を上回る面積ではない。宝具を開放すれば間違いなく巻き添えとなるだろう。マスターを救うためにアサシンを斃そうというのに、その過程でマスターを殺してしまっては本末転倒というものだ。
マスターの戦いを邪魔させない、というアサシンの思惑が、図らずもセイバーの切り札を封じる一手となっている。
(そうだ、この不利な位置関係を解消すれば――――!)
セイバーは魔力放出のスキルを足に集中した。瞬間的に脚力を強化し、爆発的な一歩でアサシンとの間合いを詰める。
「主が気になって本気が出せんというわけか。ならば、――――っ!?」
周囲の景色が残像となって吹き飛ぶ中、ほんの僅か、アサシンが驚愕に息を呑んだ。それはそうだろう。今までの打ち合いでセイバーの“速さ”はアサシンに刷り込まれているはずだ。そこで突然、別次元のスピードを発揮したらどうなるか。
認識の齟齬が、判断をワンテンポ遅らせる。先ほどセイバーが犯した失態を、今度はアサシンが焼き直す事となった。
「っ、―――は!」
アサシンの一振りを潜り抜け、セイバーはかつてないほど敵に肉薄していく。この距離は長刀のアサシンには不利で、セイバーには有利な間合いだ。
「はぁぁぁあああああアアアアアアアアッッ!!」
空裂の咆哮と共に、不可視の聖剣が振り抜かれる。
この一太刀は間違いなくアサシンに手傷を負わせる。それが叶わなくとも、セイバーはこの勢いのままアサシンをすり抜け、立ち位置を逆転させるだろう。そうなれば、もはやセイバーが対城宝具の使用を躊躇う理由は無い。
セイバーは誓う。この一刀で、膠着した戦況を打破してみせる―――と。
「なッッ―――――――!!?」
だから、間に合うはずのない
(いや、違う! 二振り目じゃない!!)
そう。今のセイバーのスピードを相手にしては、一撃で後の先を合わせる以外に迎撃方法はない。どんな神速の剣技であろうと、二つ目の太刀が間に合う前にセイバーの剣が先に届くはず。では何故、アサシンの二の太刀はセイバーより速かったのか?―――その答えは一つ。
(この剣閃は、
思考はそこまで。縦軸の一撃を躱した騎士は、しかしその逃げ道を塞ぐ円の軌跡に囚われ、成す術もなく斬り伏せられた。
* * * * *
―――がつん、と。
コンクリートの冷たい感触が、どこか遠くで士郎の頭を叩いた。
(あ、れ………………?)
世界が斜めに歪んでいる。おかしな耳鳴りが絶えず響き、身体は微動だにしていないにも関わらず、意識だけがガクガクと揺れ動く。まるで凍傷にでもなったかのように、触れているはずの地面を肌で感じられない。
(身体が、動かない……なん、だ? なにが―――起こっ―――?)
「惜しかったね、士郎」
まるで無重力を彷徨うような心地の中。
霞む視界の向こう。士郎は、得意げに笑う千花の顔を―――見た。
TO BE CONTINUED・・・
【作中捕捉】
■燕返し?
今回アサシンが放ったのは、原作でも一度だけ使用された燕返し(不完全版)です。“払い”の軌道である三の太刀がないヤツ。