無言呪文? 浪漫に欠けるね! 作:にょわんちょふ
「ダメだ」
「そんな殺生な!!」
ルンルンのまま小走りで防衛術の教室へ戻り、息を切らしながら「死の呪いを撃ってくれ!!」と頼みこんだ私に、あまりにもあんまりな現実が襲い掛かる。
「なんでですかミスタームーディ! 納得のいく説明を!」
「むしろどうしてそこまでして死の呪文を見たい、ワシを呪い殺す為か? え? まだ判断能力の成熟してないガキ相手にむやみやたらにこの呪文を教えるような男に見えたのか? 油断大敵! 貴様は良識ある魔女か? それとも死に魅入られた頭のおかしい闇の魔法使いか?」
あぁなんだそういうことか、ならよかった。
これで"魔法力の問題でこの魔法は一日に使える回数に限りがある、だから防衛力の維持のためにも授業以外で使うつもりはない"とか言われたらぐぅの音が出るところだった。
「あくまで私が見たいのはその魔法の成立条件だ、別に使いたいわけじゃない……というか私はおそらくこの呪文は死んでも使えない、杖に誓ってもいい」
この私が、何者かの死を心から望む? ありえないね。
私が観測したいのは死そのものではなくその原因、並びに死によっておこる影響と変化の調査だ。
だいたい仮に使えたとして、ただ"死ぬ"なんてつまらないだろう。どうせなら天から雷でも落として業火に包ませながらの方がかっこいいじゃないか。
大体自分の研究のために人の命を奪うなんてあってはならないことだし、そんなものの結果得られたデータなんぞ何の価値もない。……嘘、あんまり無い。
「それが嘘ではないとどうやって証明する? 貴様が誰かに服従呪文をかけられた時に他人へ死の呪いを使わない保証がどこにある? え? むしろ貴様が服従の呪文にかけられたといいはる可能性の方が高いかもな!」
「……ぐぅ」
……非常に業腹だが、事実だ。反論のしようもない。
私の中で断定できていることが、他人の中でも事実とは限らないのだから。
……だがそれでも! 私は諦めないぞ!!
ダンっと教卓に片腕をつき、傷だらけの顔へ、額がぶつかりそうなほど身を乗り出す。
ムーディは身動ぎひとつしない。
こちらをじっと観察する青い義眼を、真っ直ぐに見つめ返した。
「わかった待っていろマッドアイムーディ! 今週末までに概要、思想、目的、条件、制約、宣誓、全部纏めた魔法契約書を書き上げる、結論を出すのはそれからにしてもらおうじゃないか!」
「フン、初めからそうしろ。貴様は研究者だろうが、ワシを説得できるだけの合理性を証明してみせろ」
そうと決まれば話は速い、早速思考を纏めなくては。
時計を見ると、授業終了から20分……次の次は昼食だし、どうせ間に合わないし、魔法史には行かなくていいか。
大広間で年齢線魔法の検証と並行してやることにしよう。
「では、失礼する」
深々と頭を下げ、扉を閉める。
さて、まずどこから始めようか!
□■□■□■□
ふむ、これもダメか……。
変身呪文で小鳥に変えた羊皮紙が、年齢線を超えた瞬間にまるまると太って地面へ落下したのを観察しながら、万年筆を指先でくるくると回す。
ま、元々これは無理だと分かっていた方法だしね。"無理だと思う"を"無理だった"に変える作業の積み重ねが、小さな違和感と少ない共通点を育んでいくのだ。
さて、では次は……。
「『あれ、夢乃ちゃん? 授業はどうしたの?』」
おや、向日葵先輩じゃないか。まだ授業時間は五分程あるはずだが……というのは私も同じか。
「『どうやら今やってる授業は"ラジオ番組"らしくてね、前の授業の質問が長引いてどうせ遅刻になってしまうし、サボることにしたよ』」
「『もー、ダメじゃんかちゃんと受けなきゃ……まぁたしかに、魔法史は生徒の九割が寝ちゃうくらいには退屈だったけど』」
だろう? 我らが向日葵先輩がそういうのであれば、やはり私の判断に間違いは無いと言えるだろう。
「『それより、向日葵先輩こそなぜ? あいたっ』」
足元の木片をゴブレットの方へ投げ込もうとし……手が滑って頭の上へ落ちてきた。
「『な、なにしてるの……? あぁえっと、占い学のトレローニー先生が酔っ払って倒れちゃって、授業が途中で終わりになったんだ』」
……薄々感じていたがこの学校、学術機関としてマトモに成立しているのか?
いや少なくとも変身術の授業は非常に聴きごたえのある講義であったし、闇の魔術に対する防衛術は言わずもがなだ。呪文学も妖精の魔法を一部習えるというし……ま、外れ値で全体を推定するのは馬鹿のすることだな。
「『なるほどね、ところで向日葵先輩、これをあそこに向かって投げてみてくれないかい?』」
「『
先程私の頭を襲った忌々しい木片を向日葵先輩が受け取ると、ゴブレットの方へ見事な放物線を描いて向かっていき――。
「『あいたっ……つぅぅ……』」
「『えぇ……?』」
三倍程の速度になって帰ってきた木片が、私の頭に突き刺さった。
「『むぅ……魔力を伴わない物体もダメ……あいや待て、そもそも向日葵先輩は17歳じゃないか、今判明したのは上級生に頼む、が不可能という方だね。だが投げこむという行為自体がダメな可能性も……』」
「『ねぇそれどういう意味? 私が上級生ってことを忘れてたってことかな? 夢乃ちゃん?』」
なら今回測り損ねた方はハリーにでも頼むか。
「あ、ユメノ! ここにいたんだ」
おや、丁度いいところに。
「さっそくすまないハリー、ちょっとこれを
「? わかった」
「『ねぇ夢乃ちゃん? 話は終わってないんじゃないかな?』」
頭にはてなマークを浮かべたままのハリーに投げられた木片は年齢線の直上へ辿り着き――。
「ぎゃふん」
「『夢乃ちゃ……夢乃ちゃん!?』」
先程の十倍の速度になって私の頭に突き刺さった。
あまりの衝撃と痛みに、真後ろにすっ転んでしまう。
か、軽くて小さな木片でもここまで速度が乗るともはや武器だな……。
しかし、さっきといい今といい、投げたのは別人にも関わらず何故私の方へ投げ返されるんだ?
「ふむ……」
少し、糸口が見えた気がする。
羊皮紙にさらさらと筆を走らせ、一旦研究を中断する。
次の実証実験はまた仮説をたてなおしてからかな。
「そういえばハーマイオニー、あの"朗読劇"に未知はあったかい?」
「あったわよ」
「ふふ、やはりそあったのかい!?」
な、なんだって!? 馬鹿な、私のデータに無いぞ……?
「今日は"血塗れ男爵"が授業に乱入してきてね、教科書に載ってなかった生前のことを話してたのよ……もっとも、聞いていたのは三人だけだったけどね」
「何百年も前の、試験にも出ない話なんか聞くくらいなら寝てた方がマシに決まってる。知ってるか、ハーマイオニー? 人間はゴーストと違って、寝なきゃ死ぬんぬ
だぜ」
「それはそうね、ロン。ただあなたは大切なことを見逃してるわ、それは夜は寝るものってこと、昨晩シェーマスと夜通しゴブストーンをやっていたのは誰だったかしら?」
なんてこった……しかしそんな事件事前に予測できるか……? いや、不可能だ、しかし今回"あった"ということは今後も起こる可能性がゼロではないということに ……ちぃ、出席自体はせざるを得ないか。これからは授業の教室内でできることを考えておかないといけないね。
「そういえば、ずっと気になってたんだけどさ、マホウトコロの人達って、やけにローブがカラフルだよね。どういう基準で分かれてるの?」
お、いい質問だね。
たしかにうちの生徒達は、全員が全員違う色のローブを身に纏っている。見える範囲でも私の深紫、向日葵先輩の純白、テーブルの奥では上級生達が灰色、黄色にオリーブ色、反対側では下級生が桜色や水色といったパステルカラーと色とりどりだ。
ホグワーツは寮の数で四種類、ボーバトン、ダームストラングは全員同じ、ワガドゥはそもそもローブを着ていない、とことローブの多様性では我が校が一歩リードしていると見える。
「私たちの学校では、生徒それぞれが年四回行われる試験の成績でローブの色が決まるのさ」
「へ~、斬新な仕組みね。ローブを見れば一目で優秀さがわかるっていうのは便利だわ」
ま、そのせいでつまらん階級制度ができがちというデメリットもあるがね。
「杖魔法、符術……あ~、ここでいうルーン学ね、みたいな魔法の実技の成績がいい程"赤く"、魔術学、魔法薬学、みたいな魔術の理論の成績がいい程"青く"、体育、飛行術の身体能力の成績がいい程"緑に"、ローブの色が染まっていくんです。それで数学や魔法史みたいな一般教養が優れているほど色が鮮やかになっていくんだよ」
向日葵先輩のわかりやすい説明に、三人がおおきく頷き合う。
続けて私の色鮮やかな紫のローブを指差しながら、ふふんと鼻を鳴らしながら得意げに続けた。
「つまり夢乃ちゃんは、魔法の実技と理論がとびっきり優秀で、身体能力がからっきしで、一般教養もパーフェクト……ってこと!」
「うん、なんというか、すっごく"ユメノ"って感じだね」
「僕、初めて君に"予想通り"っていう感想を持ったよ」
「日本の学校の試験、どんな感じなのかしら……私も一度受けてみたいわ!」
男子二人が非常に不本意な、いやむしろたった二日でよく理解していると喜ぶべきか? な評価を下す中、ホグワーツきってのミス・勉強だけがいつも通りだった。
「ふふん、自慢じゃないが、私は箒で飛び立って、一秒立たずに地面に頭から埋まったことがあるよ」
「本当に自慢じゃないね」
「逆にどうやったらすなるんだい? ネビルでもそこまではいかないぞ」
「あはは……ここまでハッキリ色が出るのって、結構珍しいんだよ」
まぁ、実際私もハーマイオニーが私達の試験を受けたら何色のローブになるのかは少し気になるかな。
私程は運動が苦手というわけではなさそうだし、藤色辺りになるのだろうか。
「少なくともロンはくすんだ緑でしょうね。ハリーは黄色かしら」
ふふ、ハーマイオニーはずいぶんロンに手厳しいんだね。
「ふん、そういうハーマイオニーこそ、ユメノの色が薄い版にならなきゃいいけどね」
「おや、そんなことはないと思うよ? むしろこと試験に限って言えば私より総合点では上になるんじゃないかな」
彼女の試験勉強への熱意はたった二日でわかるほど、目を見張るものがある。
体育の文を抜きにしても、私じゃ到底敵わないだろうさ。
「私は試験範囲しか勉強しないっていうのに耐えられないからね、それに問題文に難癖をつけて減点されることもよくあるのさ」
日本魔法界は頭が固すぎるんだよ、設問の条件が充分でない時にそこをついて別解をつくってなぜ減点されなくちゃいけないんだ。むしろ加点されるべきだろう。
「あれ? だったらヒマワリ、先輩の"白"ってどういう意味なの?」
「たしかに、色が混ざったら黒くなるよな?」
「それは色の三原色でしょう? 赤青緑は光の……あっ」
ふふ、どうやらハーマイオニーは気付いたようだね。
「そう、この汚れ無き純白のローブを纏う偉大でちっこい先輩は、全教科で最高の成績を修めた最優の魔女なのさ。マホウトコロ最高位の資格である金ローブは七年生の試験で初めてもらえるからね、それも時間の問題さ」
「えへへ、そんな大したことじゃないよぉ……ちっこくないですけど!?」
見るからに意外! という失礼すぎる反応をする三人に、続けて彼女がどれだけ優秀かを説明する。
「特に小柄な体躯を活かした高い身体能力とそこに組み合わせる魔法の判断と行使速度がずば抜けていてね、ほら、君達こういうの大好きだろう……戦闘中の彼女は、正に小さな"ジャパニーズ・ニンジャ"そのものさ」
「「か、かっこいい……!!!」」
「も~、褒めすぎだよ夢乃ちゃん……だからちっこくないですけど!?!?」
ほおぶくろをめいっぱい膨らませ、ぷりぷりと怒る先輩に悪かったよと謝る。
「……ふふ」
思わず、笑みが溢れた。
「もー! これ以上いったら本当に怒るからね? 私先輩なんだからね! もう夢乃ちゃんの暴走を尻拭いしてあげないよ、いいの!」
「はは、それは困るなぁ」
「困らせてる自覚があるなら自重しろー!!」
しろーーー、しろーー、しろー……。
生徒の増え始めた大広間に、向日葵先輩の恐ろしい咆哮が響き渡った。
今日もホグワーツは平和である。